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レンフォール戦記 第一章 第01話 『決意』


美しい満月の夜。
町並みを見下ろせる緩やかな丘の上に建っている城砦があった。
交易都市カトレアの美しい景観に見合ったアルシェス城砦と呼ばれる美しい城砦だ。

しかし、そこから見下ろせる町並みの所々が燃えている。

もうそこまで『彼ら』が来ているのだ。

月光に照らされている、その城砦には前日から続く防衛戦の指揮を執っている美女が居た。

「守備隊…そろそろ限界ね…」

静かに呟く姿は、神が創った芸術品のようであった。
美しく整った容貌とパイロープガーネットのように赤い瞳の中 には、強い意志と人々を人を惹きつける輝きを宿している。 腰まで流れる髪は揺らぐ度に、月の光だけで 碧き海に反射する夜空の星のように輝きを放ち、 抜けるように白い肌はホワイトオパールのように白く、 触れれば吸いついてきそうなほど優美に清楚に瑞々しく、 名工によって磨かれた宝石のように曇り一つなかった。

それは夢魔族、生きた宝石とも称される中でも最上に属するであろう。

そんな彼女は、 悔しさと悲しさが心の中に溢れても、決して表情に出すことなく 配下を鼓舞してきた。


「圧倒的な数はそれだけで脅威になる……
 母が戦場で何時も言っていた口癖だったわね…」

質で勝っていても数に圧倒的な隔たりがあればこのよう に押し切られてしまう。
守りきれる箇所に限りがあるからだ。防御線の隙間から突破されてしまう・・・
独白が淡々とだが残酷な真実を語っていた。


私の名前はリリシア・レンフォール

レーヴェリア界十二氏族に連なる夢魔族の女王リリスの長女。
レンフォール国の第一王位継承者。

母リリス・レンフォールは強大な魔力とそれを操る高い詠唱技術によって魔王の一人に数えられる偉大な存在。

その優れた手腕は南方諸国連合の結成という難事を成し遂げただけでなく、 経済発展を促進し、飢餓をなくして、怯えなくても暮らせる安らかな日々を南方圏で実現した。

数々の功績により『レンフォールの女神』と領民からでなく、隣国からも慕われ尊敬されていた偉大な守護者。

しかし、私達を暖かく守ってくれていた母は、既にここには居ない。

南方諸国から海を挟んで北方に位置する、亜大陸のクブラドル半島に本拠地を置いている軍事国家ゴーリア国の侵略の際に 母は、南方諸国連合軍の主力を逃がする為に、満身創痍にも関わらず親衛隊と共に殿を行い・・・最後には私と親衛隊を逃すために聞いたことも無い魔法によって敵もろとも文字通り消えてしまった。

最後に私達に見せた含みの無いとても綺麗な笑顔が忘れられない。

ゴーリア国の侵略軍の主力は跡形も無く消え去った。
私達の大切な母と共に。


南方諸国連合軍も奮闘したといって良いだろう。
地形と戦術の優越を生かして6倍の敵に対して1年も耐えたのだから。

その代償は大きかった。

名実共に旗印だった母を失い、南方諸国連合の烏合離散の様子を見せ始めていた。

母の偉大さを改めて知り、政治の厳しさを知った。

反対派の政治工作によって引き起こされた加盟国の政治環境の変化だ。
他の国々で巻き起こった南方諸国連合の賛成派と反対派の意見は、途中までは同じである。

「同盟が無ければ大半の南方諸国がゴーリアによって飲み込まれていただろう」

反対派はこう続ける。

「しかし、ゴーリア国の敗退によって無駄な軍事費を出し続ける必要も無くなった。
 こちらの軍事同盟は悪戯に相手を刺激するものになってしまうだろう」

賛成派はこう反論する。

「連合解体は早計です。
 私達は一つに纏まらなければ彼らの脅威に対抗できません。
 彼らの戦力回復能力を甘く見るのは危険です」

見た目はどちらも正論であったが、反対派と比べて有力な賛成派は余りにも少なかった。

簡単な理由である。
この戦いによって南方諸国連合推進派の大半が戦死や負傷により 現役引退を行い、本国に残っていた有力者の半分以上が反対派であった。

本来ならば南方諸国連合は体制存続の為に 賛成派に属する有力者の少なくない数を残しておかねばならなかった。

現実はそのような贅沢な行いを許してはくれなかった。
賛成派の有能な騎士、貴族を後方で遊ばしておくほどの余裕がなかった。
そうしなければ、軍事力に劣る南方諸国が ゴーリアの侵攻に対抗できなかったからだ。

反対派が強気だったのは、背後に列強の一角であるルズィーヤ・ディール帝国があったからだ。

南方諸国連合に加盟していた大半の国家や自治領は、 反対派の暗躍や売国奴的な行動によって解体へと向かっていった。さらに反対派の暗躍は同盟解体だけには留まらず、庇護を求めるために帝国に次々と利権を売り渡していった。

南方諸国には希少なミスリル鉱山が他国に比べて豊富にあった為に 昔から目を付けられていたのだ。

瓦解した南方諸国連合。
母が苦心して結成した相互支援同盟の崩壊。

レーヴェリア界中央圏・・・つまり文明圏の中心から一番離れている、 この南方諸国郡が中央世界並みに平穏を保っていたのは母のおかげで あった事を 今回の件で改めて痛感させられた。

私達は度重なる悲報に浸る贅沢は許されなかった。

それから私は母の代行として 妹のアリシアと共に大臣達と懸命に国を支えてきた。

母が戻ってきても安心できるように。


しかし、現実は常に理想を裏切る。
決意だけでは、現実を覆せない。

先の戦争で受けたレンフォール騎士団の受けた損害を考えると 楽観できる要素は無かった。
経済的理由から軍属は総人口の1%

レンフォール国内の経済自体は優れた工芸品や充実した娯楽施設によって豊かであったが・・・
豊かな食糧事情を誇っていても、種としての繁栄は厳しかった。

その理由は出産率の低さと、男性の夢魔族は殆ど生まれない点である。
母によって進められてきた異種族との共存と、それを生かすアルマ教によって、夢魔族の数はレーヴェリア史上初めて100万という数を超え、レンフォール国には61万人(レンフォール国民の総人口は104万)もの夢魔族が生活を営んでいる。この数字は、レーヴェリア界に住む夢魔が、どれだけ多くの夢魔がレンフォール王国にて暮らしているかを知る事が出来るであろう。

軍備は総人口の1%が目安だ。
それ以上の数字になると、予算不足による装備の悪化や 労働力の不足によって経済活動に悪影響が出てしまう。

つまり軍の経済に悪影響を出さない動員限界数が10400人という数値になる。

必要以上の動員は、夢魔族以外の比率も上がり総合的な戦力低下に繋がる。
リリシアのような上位種が大多数ならば別だが、どの種族においても上位種は極めて少ない。

救いなのはレンフォール国の中核を担う、 夢魔族は聡明で美女揃いで知性と気品ある行動によって国際社会の受けが良く、 男性中心の社会が一般的なレーヴェリア界において 彼女達の存在は効果は抜群であり、文明国が相手ならば決して悪いものではなかった。

最大の不幸は、敵となるゴーリア国にはそういった手法は全く効果が無かった。
それに、ゴーリア国は完全に文明国とは言いがたく、力によって奪い取る事を至上としていた。遊牧民族のような気質があったのだ。

南方諸国において侵攻部隊に大打撃を受けたゴーリア軍であったが、 キィーム・ラシヤ将軍率いる侵略軍が民族国家の生存を賭けて 戦列艦に守られながら再び南方諸国に来襲したのである。

一度の戦いに勝利しても、本国からの増援で更に膨れ上がるゴーリア軍。
稚拙な戦術であっても物量の脅威は本物だ。


ルズィーヤ・ディール帝国は本気で守るつもりが無く、戦争が始まると駐留部隊と共に 次々と本国へ引き上げていった。彼らが本腰を入れれば守りきる事が出来るにもかかわらず・・・・

連合を解体に導いた売国奴達もこれらが帝国の計略だと気がついた時には遅かった。
自らの過ちに気付いて流民として逃れることの出来た者は僅かであった。


そして・・・

ゴーリア再来襲から2年。
幾つもの国が悲鳴と絶望の中で蹂躙され滅亡していった。 激しい攻撃にも関わらず、戦争難民が殆ど発生しなかった事がゴーリア軍の 侵攻の速さと、必死さを語る事が出来るであろう。多くの民が殺され、奴隷として売り払われていく。

正に生存競争の縮図があった。

レンフォール国の国境に一番近いカトレア領の中心都市である 交易都市カトレア。
この街にも、ついにゴーリアの先遣部隊がやってきた。

その規模は12000にも達する兵力で、人口6万2千人の街を襲うにしては 破格とも言える戦力だ。

この12000という数も、彼らからすれば余り大きくない。
ゴーリアは同時に複数の国家に対して より大規模な戦力を投入した侵略を行っている。

どちらにしても義勇兵込みで2308人 (夢魔族、エルフ族、人族、トゥマリン族(半獣人族)の混成部隊)にも満たない 守備隊ではどうにもならない事だけは確かで、不老長寿で訓練次第では高い魔力 を操れる夢魔族であっても数という暴力の前では押し切られてしまう。

むしろ地理の優越があるにしても5倍以上の敵に対して、巧妙な防御戦闘と遊撃戦闘で1日という貴重な時間を稼ぎ 、市民の避難を行える時間を確保した事を賞賛するべきであろう。

町並みを見下ろしているリリシアに一人の女騎士が近づいていく。

「リリシア様・・・残念ながら状況は芳しくありません・・・
 どうか姫様だけでもお逃げ下さい!」

リリシアのいるバルコニーに来た親衛隊長のクローディアが言った。
室内には二人しかいない。

他の上級騎士や内政官は、住民避難に取り掛かっているからだ。

「・・・・駄目よ。このカトレアが破られれば、遮る物が無く王都ユーチャリスまでは一直線」

人的資源に余裕の無いレンフォール国は限り有る守備兵力が分散するのを嫌って、 守備拠点を可能な限り減らして、重要拠点に集中するような体制を採っていた。軍事ドクトリンも防戦趣向が強い。

「しかし!」

クローディアがなおも食い下がる。

「民を守ることが私達貴族の勤めよ・・・
 クローディア、貴方は避難している民を集めて王都まで下がりなさい」
リリシアは優しく諭した。

「残るのは親衛隊長である私の役目です!」

敬愛する主人に涙ながらに訴える。

クローディアの普段クールな姿を見ている人々が見たら驚いたであろう。

「大丈夫・・・私の方が生き残る確率は高いわ」

リリシアはクローディアの涙を自らの指で優しく拭きながら、言い聞かせるように 諭した。

「貴方のこれまでの忠義と心遣いに感謝します。・・・でも、これは私の役目」

「せめて! 私の魔力を持っていってください!」

クローディアが叫んだ。

夢魔族において、同属同士で行われる魔力委譲 は主に『尊敬』『助力』『愛情』を意味している。

「ありがとう。
 お言葉に甘えて、貴方の力を少し借りるわね」

リリシア程の上位種になれば、 接吻だけで効率よく相手の魔力を取り込むことが出来る。

別れを惜しむようにそっと始められた、 月に照らされたタイプの違う美女同士の口付け。
求め合うようにお互いの指が複雑に絡み合う。

二人の行為は単なる魔力委譲だけでなく、愛情を確かめ合う行為も含んでいるのであろう。
芸術的な美しさだけでなく、神聖さも感じさせた。

キスを終えるとリリシアが言った。

「クローディア・・・お願い。
 私の愛しい妹・・・
 アリシアを補佐してあげて」

翼を具現化させてリリシアは空に舞った。


クローディアは気づいてしまった。
リリシア様の優しさと決意が入り混じった表情・・・
あの表情は、リリス様の最後の時と同じ・・・
心の中に悲しみの嵐が吹き荒れる。

「リリシア様ぁ〜」

距離が離れるごとに小さくなっていくリリシアの背中を 見つめながら、耐え切れなくなったクローディアは泣き崩れた。
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【あとがき】
改訂版 レンフォール戦記をUP!

すでに終わっている1章(19話)は全話を加筆して修正していきます。
という訳で、改定前に読んだ人も良かったら読んでください〜

それでは今後ともよろしくお願いします。

(2008年05月25日)
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