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レンフォール戦記 序章 第05話 『王家の勤め』


正午をやや過ぎた頃に、リリスは娘のアリシアをフリージア城の中央にある女王の執務室に呼び寄せた。リリスとしては、そろそろ王族としての義務を果たして貰うつもりなのだ。

「アリシアちゃん、王家の者の勤めとは何だと思うかしら?」

「民の生活を守ることです」

アリシアは真顔で言い切った。
夢魔族だけでなく、国民の信任を集めているレンフォール王家では当然と言えるであろう。

「それは当然よ、民を蔑ろにする者に支配者としての資格は無いわ…
 税として富を取り立てるものには、それに相応しい責任と義務が生じるの…
 でもね、今は…そのような当たり前な事を聞いているのではありません」

「え?」

「アリシアちゃんにとって、一番大事なのは…
 それは、子 孫 を 残 す こ と よ !」

夢魔族の子孫残しは切実な問題なのだ。
特にサキュバスの上位に位置するリリムの出産率の低さは凄まじく、子供を宿すのに数千年掛かる場合も珍しくなく、子孫繁栄の観点からすれば、早めに子作りに取り掛かるべきなのだ。

「た、確かにそうだけど…」

「うんうん、判っているなら問題ないわ。
 なら、早速子作りしないとね?」

「えええええっ!?」

「そんなに驚かなくても?」

「普通は驚くよ!」

「はいはい、アリシアちゃんはウブなんだから〜」

確かにリリスの意見は性的に開放的な夢魔族であっても性急とも言えた。
名君にして迷君のリリスは暴走超特急なのだ。

「ウブと言う次元じゃないんだけど…」

「確かに急ぎすぎたわ」

「もう〜」

リリスは一呼吸の間を空けてから話し始める。

「冗談はこのくらいにして、アリシアちゃん…
 そろそろ成人の儀を受けてはどうかしら?」

夢魔族にとっての「成人」に達した事を証明する成人の儀とは、第二次性徴を終えた者が、異性との交わりによって新たな生命の生誕に取り掛かる事を指している。

この儀式は身近な異性、もしくはアルマ教の神殿娼婦か神殿男娼によって、神殿内部にて執り行われる。

夢魔族の大半が性に奔放で開放的だが、アリシアは例外的だった。 同族の女性達が当然のように、高い露出度を誇る服を着る中で、アリシアは控えめな服装を好んでいた。異性の手を繋ぐだけで真っ赤になるぐらいに純情だったのだ。

この年齢で、ここまで純情な夢魔というのもまた珍しいであろう。

「ええっ!? でも…恥かしいよぉ〜」

「あら? 不思議なことを言うわね」

「不思議って?」

「リリシアの事はどう思ってるの? 恥かしい存在かしら?」

「まさか! 大好きです、尊敬してます!」

「でしょ…アリシアちゃん。
 貴方が恥ずかしがる、その閨事のお陰で立派な姉が生まれているのよ?」

「うっ…」

リリスの指摘はアリシアの急所に等しい。
アリシアにとって、姉リリシアは大好きであり、母に次いで尊敬しているのだ。
当然、民からも慕われており、次期女王として能力にも問題ない。

リリスの表情が急に真顔になると、一瞬にして執務室の温度が下がったような、まるで張り詰めたような緊張が満ちる。アリシアも雰囲気の変化を機敏に感じ取って、真剣な表情で女王の放つ次の言葉を待った。

アリシアが緊張しながら言葉を待つ。 しばしの時を置いて、女王にして魔王に相応しい威厳を持ってリリスの口から言葉が解き放たれた。

「王女アリシアに対して女王として命令します。
 儀は10年は待ちます…それまでに相手を決めなければ、判りますね?」

「っ!」

「否定は許しません」

「判りました…」

リリスは娘に言い終えると、突如として威圧感を完全に消し去って、ニヤリと笑った。

「もう…そんな顔しないの。
 ふふふっ、貴方には既に相手は居るはず…そう、サイ君でしょ?」

世話話をするような軽い口調で言った。
実に短い威厳である。

「ななななっなんで、知ってるの!」

「ひ・み・つ♪」

サイとは、リリスが連れて来たアリシアが幼少の頃から付き従っている執事の一人である。
アリシアと同じ少数の上位リリムであり、さらに個体数の少ない男性である。少女と見間違えるような外見と、心優しい性格から城内での人気も高い。

そして、サイはアリシアにとって初めて出来た、異性の遊び相手でもあり、今では最も気になる男の子なのだ。もっとも、その裏ではウブなアリシアを心配したリリスと姉リリシアの暗躍があったりする。 そのかいもあってか、ゆっくりと時をかけてアリシアとサイのお互いの感情は両思いへと想いを昇華させていたのだ。

もっとも、関係の進捗具合はアリシアらしく手を繋ぐに留まっているが…

今では休日にはアリシアとサイは一緒に印象制御魔法で変装して、仲つつまじく王都を散策したりしている。本人達は知る由も無かったが、王城では有名な公認カップルだったりするのだ。

「アリシアちゃん、彼との関係はどんどん進めてOKよ〜
 善は急げと言うわよ! さぁ、私の前でサイ君とチュ〜しなさい♪」

「ママァ〜」

むぅっと、アリシアは可愛い頬を膨らませて少し文句を言った。
その仕草がまた愛らしい。

「あら、不満? 舌を絡めて行う大人のキスの方が良かったかしら?」

「ええっ〜!?」

このようにリリスと娘アリシアのやり取りは母の圧勝で幕を閉じたのだった。
母は強し…何か違う気がするが…

ともあれ、夢魔族の現状を考えてもなお、10年の猶予を与えるあたりにリリスの優しさを感じとる事が出来るであろう。しかも相手は両思いの相手なのだ…














リリスの娘リリシアはフリージア城のホーフブルク(宮廷城)の役目を担っている城館に設けられている自らの執務室にて副官のクローディアと共に軍務を執り行っていた。

「例の広域索敵網は順調のようね…」

「はい、昨年から実動を開始しました広域索敵網の実地評価は好評で、得られた情報によって国外における7箇所の野盗と2隻の海賊船の討伐に成功しました」

クローディアはリリシアの問いに的確に応える。
彼女はリリシアに劣らぬ美貌と、エルフのように長い耳、そして腰まで届く薄紫色の豊かな長髪が チャームポイントを有している。また、リリシアと同じようにリリム族でもあった。


リリシアは情報の必要性を強く理解しており、レーヴェリアにおいて初めてと言える広域情報網の整備を南方地域全体で進めていたのだ。長距離魔法通信によって地上偵察隊と海洋哨戒艦との情報をいち早く、フリージア城内にある情報省専門部門に集計して軍務のみならず国政に反映させるのだ。

得られた情報を集計し、分析をかけて、判断を下す。
不測の事態に対しても、従来とは比べ物にならない準備期間が得られる事はとてつもない有利性を秘めていたのだ。

リリシアの構想の優れた点は、情報を軍務に留めなかった事であろう。
経済でも、その威力は遺憾なく発揮され、リリスの統治を大きく助けていた。

そして、サステイナブル・ディベロップメント(持続可能な開発)とエコロジカル・フットプリント(経済活動が環境に与える負荷を、資源の再生産および廃棄物の浄化に必要な面積として示した数値)を調べる機関としても活躍している。

環境に配慮しない経済は長続きしない。

つまり、レンフォールは広域索敵網によって集められた情報を元に、長続きする経済を事前に察知しているのだ。そこに大きな不況は存在せず、最低限の損失で大きなリスクを回避していた。

レンフォール王国経済においては 人的資本・社会資本・自然資本の三本柱で考えられているのだ。

耕作地、牧草地、森林、気候、社会インフラ、魔法ギルド規模、学者数、金融力、生産力、鉱山数、商船数、軍事力、国民気質、陸地実質支配面積、海洋淡水域実質支配面積…等、集められる情報は多岐にわたった。

夢魔族の高い知性と魔法適正がこれらの難事を可能にしていた。


「近隣諸国の反応は?」

「リリシア様の広域索敵網の成果と、その波及効果によって、近隣諸国におきましてはリリス様が提唱しました南方諸国連合の賛成派の勢いが増しております」

「よかった…」

レンフォール国の有する、優れた観光資源、豊かな経済圏、小規模だが精強な軍隊、安定した治世、しかし永続的な平和というものは存在しない。リリシアは母の望む平和な王国を1日でも長続きさせようと努力していた。

「しかし…リリシア様、一つ問題があります」

「どのような問題かしら?」

「南方諸国広範囲に渡って食料の買い付けが行われています。
 荷役場の活性化からして大規模かと…」

「貴方から具体名が出ないとなると大きな流れが…巧妙に隠されてるのね?」

「はい…幾つもの仲介業者を介していますが、後3日もあれば裏が取れます」

不作を見越しての買い付け?
ありえないわね…今年の気象状況からして秋は大豊作だし…

そもそも、仲介業者が増えただけ手数料が増えるはず…
ある程度は隠しているが、此方に見つけて欲しい意図も見られるわ…
でも、それによって得られる利益とは何かしら?
確定するには、情報が足りないわね。

「しかし…収穫を前にした夏に食料買い付け、普通じゃないわね」

「はい」

「そうなると医薬品もですか?」

「残念ながら、仰るとおりです」

それは………
クローディアの言わんとした事…
そう、戦争の可能性しか考えられない。

そして、間違いなく、私達の反応を見ている…
即応能力の確認にしては金と手が込んでいるわ。

ひょっとして……

考えを纏め終えたリリシアは決断した。

「杞憂に終われば臨時演習で済むわ…
 万が一に備えて私の隷下の騎士団の召集を命じます」

「了解です。早速、カトレア騎士団とアリッサム騎士団に命令を伝達します」

「女王には私から伝えます…戦争警告を…」

戦争の気配すらなかったレンフォールにも暗い影がよぎろうとしていた。
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【あとがき】
リリシアの戦略スタイルは19世紀に準じており、情報戦略は21世紀に準じてます。


(2009年02月24日)
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