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レンフォール戦記 序章 第03話 『レンフォール王家の日常 後編』


リリスは、世情を知ってそれを政事に生かすために、数々の方法を考え出した。
時には、諜報機関を作り、民政で何が必要かを調べさせる事も行った。 囚人との会話も行ったりした。そして、極めつけが微行であった。

リリスは微行による生の情報に触れる機会が楽しく感じられるようになった。
病み付きになるのだった。

完璧と言える変装によって微行時に正体を見破られたことは無い。 リリスの掛けた印象制御魔法は彼女に匹敵する魔法力と解析能力が無ければ見破ることは出来ないのだ。

ただし、印象制御魔法は幻術と違って見破られ辛いが、元と大いに異なる外見を行うほどに魔力消費が激しくなり、制御も維持に難しくなっていく。リリスの外見は元が良すぎるために、ある程度抑えても、その魅力の高さは隠せなかった。

リリスが印象制御魔法を使って微行を行う際に、 気に入っている架空の人物の一つに、エステル・テューイアと名の夢魔族の女事業家があった。

エステルの仕事は王都ユーチャリスのアザレア地区にあるアルマ教管轄の 上品な娼館ペディルム(上靴)の支配人である。当然、エステルは美人で気立てがよく評判は上々であった。

レンフォール国内では一定の階位に達していない者が街娼を行う事を国法で禁止しており、指定の階位に達していない者は、国の認可を受けた神殿か娼館に所属して、そこでアルマ教の神殿娼婦として働くのだ。

そして、そのアルマ教とは何か?
アルマとは「恵み」を意味する言葉で、その発祥はレンフォール王国建国と時を同じくして誕生し、多くの夢魔族が信仰している国内最大の宗教でもあり、その開祖がレンフォール王国女王のリリスなのだ。

アルマ教の教えは大雑把に分けて3つある。

「優しく」「清潔に」「上品に」

他の宗教と大きく違った点は、レンフォール王国認定の場所で働く神殿娼婦の者に 神官階級を授けた事であろう。そこに種族の壁は無い。 例外が有るとすれば男性で神官になれるのは、夢魔族の男娼に限られている事であろう。

閨事を介して行う、新たなる生命を宿す行為を神聖と言わずして何であろうか?


そして、リリスがあえて新宗教を立ち上げたのは出産率向上だけではなく、夢魔族という種を守るためであった。

周知のとおり夢魔族の出産率は極めて低くい。その反動か夢魔族の女性達は天性の子供好きでもあり、彼女達にとっては子供を生み育てることが最大の夢であり憧れなのだが、 成人を迎えた夢魔族は進んで開放的にならなければ、生涯において子供を手に入れることは困難だった。

彼女達の性に関して極めて寛容なのは生態にあわせている文化ゆえだ。
厳格な禁欲文化を始めたら、そう遠く無い将来に種族として絶滅するであろう。

更に、生まれもって約束されている美貌と不老長寿は決して彼女達を幸せにする訳ではない。捕らえて奴隷にしようとする闇商人が後を絶たない事から、群れから離れれば常に狙われる危険性があるのだ。閨事に関して一部では『淫魔』と呼ばれるぐらいに、高い適性と強靱性を有しているのも拍車をかけた。

その特性を誰よりも理解している夢魔族の女性達は、二つのシステムを作り上げた。


最初に作り上げたのは「夜伽」である。

夢魔族の村は時折やって来る旅人がその村で宿を取ると、村の長によって選ばれた、未出産の夢魔族の娘達が旅人の部屋へと向かい、閨事を誘っていく。 その夜の中で娘が妊娠すれば村としては大助かりだった。 運良く妊娠すれば子宝を宿した娘として村全体を上げてサポートしていくのだ。

夢魔族の女性の結婚は気に入った男性が出来たときに結婚する。 未婚であっても子連れのケースは珍しくない。

しかし、早晩に「夜伽」の仕組みを導入しても出産率は殆ど変わらなかった。 道理であろう、最も妊娠に適した同族の男性であっても、滅多に妊娠できないのだ。 他の種族の男性であっても同じであった。


次に作り出されたのが神殿娼婦である。

未出産の夢魔族が世界各地の神殿に住み込み、宗教的な行為として閨事を担当したのだ。
これは大当たりした。 夢魔族は神聖な子作りに専念でき、各宗教は於いて信徒を繋ぎとめる意味において重宝されるようになったからだ。

しかし、時が経つに連れて、一部の宗教において彼女達の自由意志が少しずつ抑圧されるようになった。 その理由は、宗教ではなく慈愛をもって受け入れていく彼女達を崇める様になってきたからだ。 手段と目的が入れ替わっては宗教にとって本末転倒であるが、夢魔族達が求心力の一つとして担ってきた功績を忘れ去ったような、あまりにも一方的な展開であった。

各地に分散し、数に劣る夢魔族では抵抗することなど無理な話であった。

そして、リリス・レンフォールが、自由奔放な夢魔族の同胞達が力によって押さえつけられている事実を見て憤慨する事になった。 特に許せないのが生まれた子供を人質にしていた事だった。

リリスは躊躇うことなく、魔王としての力を振るい、対軍魔法と言われる超広域魔法すら使用して、囚われていた夢魔族を救出した。そして、魔王という名声を得ても拠点を得ずに、風の吹くまま、世界各地を自由気ままに転々としていた自分を恥じて、レンフォール王国という国を興すと同時に、同胞を守るためのアルマ教を立ち上げたのだった。




「最近、忙しくてペディルムに行けなかったけど…
 まっ、副支配人に必要事項を伝えてあるから大丈夫でしょう♪」

リリスはエステルとして王都中心部からアザレア地区に向って歩く。 町全体に活気がみなぎっており、生活に減り張りが在るのであろう、道行く人々の顔は明るい。 その光景の中をリリスは上機嫌に歩いていく。

リリスは人々が幸せそうに頑張っている姿を見るのが好きなのだ。 彼女にとって、その光景は国家統治の一番の報酬といえた。

アザレア地区とは、王国経済が軌道に乗るとリリスが肝いりで作った王都ユーチャリスの未開発地区に作られた地区である。

愛の楽しみ、愛の喜び、恋の喜び、充足、自制心、満ち足りた心を指す花言葉。

アザレア地区にはレンフォール王国最大のアルマ教の神殿が立てられた。しかも、これは唯の神殿ではなかった。 信徒と観光を受け入れる、閨事と娯楽産業を連結させた次世代型の神殿であった。


アザレア地区の存在は、未出産の夢魔族の彼女達が安心して子を授かれる場所として活躍しただけでなく、レンフォール王国の一大観光地へと変貌を遂げて、周辺国からの観光によって膨大な外貨をレンフォール国へ落としていった。

それによって神殿娼婦達だけでなく、観光産業の恩恵を受けた一般住民の生活水準も向上したのだ。

リリスは神殿産業の利益を無駄に使わず、 入浴施設の充実や下水道施設の充実などに投資していく。また、一般大衆浴場の入浴料の補助や、アルマ教の神殿娼婦が子供を出産した時の育児手当としても使っていった。 これらの仕組みは夢魔族にとって、今までに無い画期的な仕組みであり、より一層の夢魔族がレンフォールに集まるようになった。


このような経緯で王都ユーチャリスの観光名所の一つになっている、アザレア地区の大通りの 広々とした歩行者専用に作られたレンガ造りの歩道の上をエステルとしてリリスが歩く。

驚くべき事に、レンフォール国内では馬車専用の道と歩行者専用の道に分かれている。
これ程の資金と手間を掛けている訳は、貴重な子供を馬車事故から守るためなのだ。 また防火空間としても役に立つ。

歩いているリリスに対して活きのよい声が掛けられた。

「おおっ、エステル!
 どうかな、熱いお茶でも飲んでいかないか?」

挨拶主は、大通りにて茶屋を営む40台位の人族の男性だ。
その男性と共に店内にいる、13か14位の可愛らしい少女が、着物という東方の民族衣装を身に纏って お客に注文の品を配っていくのが目に入る。

エステル(リリス)がそれなりの頻度で利用している。 この茶屋は川に面しており、涼しげで内装に気を使った清潔感のある、良質な環境の中で 東方の渋い緑茶というお茶を主軸に、それに合ったお菓子が出されるのだ。その苦味がまた美味しく、甘さが控えられたお菓子と共に人気を博して繁盛している。

その、茶屋に面する川は、アルマ教の教えのお陰で清潔そのものだ。
川も透き通った透明であり、衛生観念の徹底さが良くわかる。 綺麗なのは川だけでない、街の中のゴミも綺麗に掃除されている。 また、ゴミに関しても、徹底的なリサイクル概念が行き届いており、再利用出来るものは徹底的に再利用しているのだ。

このように世界一清潔な街である事も観光資源として有利に働いていたのだ。

「こんにちは♪
 おじさん、ごめんね。今からシ・ゴ・トなの」

「そうか、残念だ。
 あまりウェスを困らせるなよ!」

「善処するわ! それじゃあ、またね〜」

ウェスとは、ウェス・エリュキナと言い、エステルがいない間の娼館ペディルムをやり繰りしているエルフの女性である。 リリスは茶屋のマスターとの会話を終えると娼館ペディルムに向けて歩くのを再開した。


歩きながらリリスは思った。

久しぶりに行くからウェスもかなり困っているでしょうね。
ふふ…久しぶりにご褒美を上げなきゃね?

彼女は妖艶に微笑むと、歩調を速める。

リリスが与えようとしているご褒美は、ウェスにとっても一番に欲しがっているものだ。これが初めてではなく、何度もご褒美として情愛を与えているのだ。そう、ウェスはリリスが扮するエステルに対して強く惚れきっている。そして、エステルの為なら何でもやってしまうであろう。

リリスは、今日の予定の中に、ウェスを労わる事を付け加えた。
こうやって、さりげなく忠義に報いるのもリリスの魅力の一つなのだ。
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【あとがき】
神殿娼婦の神聖化を真面目に書くと、こうなりました(笑)
ゴミ処理に関しては江戸時代のような感じです。


(2009年02月15日)
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