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レンフォール戦記 序章 第02話 『レンフォール王家の日常 中編』


朝食を終えたリリスは城内の執務室にて政務に取り掛かる。 それまでのふざけた様な態度は無く、真剣そのものの表情であった。 そのリリスがこれから取り掛かる案件は国土開発に関する事であった。彼女の治世は特に国力増強と政事の環境に重点をおいている。


レンフォール王国は 王都とその周辺地域が、独立した政体としてひとつのまとまった都市国家に近い小国であったが、リリスの力によって それなりの歴史を築いてきた。 しかも、その歴史を作り出したのは、リリスの持つ魔王の力ではなかった。

農地開拓による食糧増産と、リリスの優れた手腕による周辺諸国とのやり取りのお陰であり、 それらはリリスの知識からもたらされたのだ。 特に大きな効果を出したのは念入りに行われている治安維持が生み出した波及効果であった。

治安維持の名目で地域を問わず野盗討伐に出かけた魔法戦に長けたレンフォール騎士団に対して 野盗程度では到底太刀打ちは出来ず、次々と平定されていった。 多くの国では農村などの目が届きにくい地域での野盗の跳梁は珍しくなかった中で、この試みは革新的な行いだろう。

騎士団の活動により野盗勢力の活動が下火なると、以前よりも安全な交易路によって、陸路を使う商人が増えて行き、内陸部に対しても交易が活発になっていく。

街と街の間で物資や人材の行き来が激しくなると、交易路の結節点として利便性の富んだ街は徐々に穀倉地帯を上回る税収源へと変化していった。交易の活性化によってレンフォール国が順調に国力を伸ばしていくと、近隣諸国もリリスの薦めもあって継続的に野盗討伐が行われるようになった。

更に大規模な野盗に関しては周辺の国々は国境を超えて協力し合って対処していった。

すべての国でレンフォール国のような経済的な成功を見せたわけではないが、治安安定による経済活性によって南方諸国の経済は上向きに向かう。 経済的に安定すればあえて、周辺諸国も国境紛争を起こす必要が無い。戦争を行わなくても、交易活性によって、それなりの利益が出るようになったのだ。

これは、確りとした政事の賜物であろう。

必要以上の贅沢を嫌う女王リリスは、フリージア城を少しづつ増設していき、国家中枢として恥かしく無い 程度の威容になると、それ以上の手を入れるのを避けていた。 むしろ、度を超えた豪壮華麗は美ではなく醜であるとリリスは常に口にして、周辺の景観と合うような 美しさを重視している。まったくもって自然体からの美を重視する夢魔族らしい。

豪壮華麗を維持するには多大な資金と労働力が必要で、リリスはその様な事の為に無闇に民に負担を掛けるつもりは無い。 自国民を虐げる統治者など、どこから見ても美しくは無い。

王室が率先して無駄な出費を抑えた分、より多くの資金を国内投資に注げる。
レンフォール国ではこのような政事が常であった。


リリスは城内の女王の執務室にある 大きな会議机の上に広げられたユーチャリス地方の地図を眺めていた。どことなく表情が楽しそうなのは、彼女は国を豊かにすることに喜びを見出しているからだ。それは、統治者として最高と言っても良い資質であろう。

地図と報告書を間を何度も視線を行き来させると、執務机の横に置かれた 大型の猛禽類の羽根から作られた羽根ペンを手に取る。

「ふむふむ…うん、これで良しと!」

リリスは地図に印を付け終えると、羽根ペンを机の上に置いて、腕を組んで考えにふける。

「この一帯の治水工事は完了済んだわね…次は二圃式農業の工事を行おうかしら?」

と、地図の正面に立っていたリリスが色香を漂わせつつ優雅な仕草で言い放つ。 姉のリリシアは軍事担当として、駐屯地へと向っており、ここにはリリスの他にはアリシアしか居なかった。 母の近くのソファに座って魔法書を読んでいたアリシアがそこから視線を外して考える。

明らかに母からの質問だったからだ。

「うーん…道路工事とかはどうかなぁ?」

「アリシアちゃんは、どうしてそう思ったの?」

リリスはあえて、質問を質問で問い返して、アリシアを試しているのだ。

「交易が活性すれば税収が増えるから、そのお金で食料を購入出来るし…
 それに、馬やロバでの物資の輸送でも役に立つと思ったから」

夢魔化を行えば空を飛べる夢魔族とはいえ、重量物を運べる訳でもなく、物資輸送は陸上路か海上輸送に頼っている。魔法を使用すれば運べない事も無いが、すべての効率において劣っており、とても採算が取れるものではない。

「なかなか良い答えね」

「ママッほんと!」

リリスはご褒美とばかりにアリシアの頭を優しく包み込むように両手と胸で抱き込む。 夢魔族は子供が大好きで、接することに喜びを感じるのだ。我が子となればその喜びは倍増する。 しかも、リリスは成人に達したリリシアに対しても同じような行動をとる筋金入りだ。

「本当♪」

リリスは娘の余りの愛らしさに、小さな体を抱きしめた両腕の力を 少し強めてギュっと抱きしめると、アリシアの口から少し甘い吐息が漏れる。

気持のよい思考の中でアリシアは思う。

ママの心臓の鼓動が聞こえる…
すごく気分が落ち着く…

リリスの体からは無色無臭でリリーサーフェロモンに似たものが微量に出ており、 それがアリシアに対してリラックス作用などを誘発させていた。 リリスの気分次第で性フェロモンのような効果に変質したり、また、戦地に在れば味方の勇気を奮い立たせる効果に変質するのだ。

アリシアは極度のリラックスに陥ったのも、リリスが娘に対して深い愛情を感じているからだ。

しばらくしてリリスは娘を両腕から解き放った。アリシアが少し残念そうに「あっ…」と口から漏らしてしまう。その娘の名残惜しい仕草もまた愛おしさを感じつつ、リリスが優しい口調で諭すように話し始める。

「じゃ、私の考えを言うわ」

「うん」

「アリシアちゃんの考えは間違ってないわ。ただ、少しだけ先を行き過ぎただけ…
私はね…外からの輸入が止まっても、平気なようにしておきたいの。平和だからこそ、有事に備えておかないとね。何かがあってからでは遅すぎるし、食料の余裕は産業の幅をより広めていくわ」

「なるほど〜」

アリシアは感心し、まだまだ母に及ばない事を痛感した。
為政者として現状に満足しない向上心と、常に備える態度…女王の器の大きさが感じられる。

リリスは水資源の豊富なレンフォールに於いて、灌漑(かんがい)農業よりは面積当りの収量は低下する、手間と面積が必要な二圃式農業工事をあえて選んだのか?

それは水分中に含まれている微量の塩分が土壌に蓄積して、その塩類集積によって農地が荒れて生産力が低下する事を危惧していたのだ。現に、それで文明が衰退して滅亡した国家もいくつかあるのだ。

天水依存の農業ならともかく、灌漑農業では僅かなミスによって将来にわたって、取り返し似つかない爪あとを残すのだ。
そのような惨事に繋がる事をリリスは恐れていたのだ。

そこでリリスは二圃式農業工事を選んだ。休閑地は一年をかけて降水による土壌中の保水を行い、翌年の耕作に使用する事によって塩類集積を防ぐのだ。また灌漑農業と違って場所的制約を受けにくいのも利点であった。

リリスの純粋な力だけでなく、幅広い知識がレンフォール国政により良く生かされている。

「アリシアちゃん…焦らずゆっくりと学べばいいわ。
 私達の時間はとても長いのよ?」

「はい!」

リリスの執務室に、アリシアの元気な声が響く。
アリシアもリリシアと同じように、リリスの教えをスポンジの如く学んでいくのだ。

リリスは素早く案件を片付けていく。
なぜならば、昼には外出しなければならない。

リリスは別人に変装し、身分を隠して、城下街へと赴く微行が大好きなのだ。

側近は安全性の面からリリスの微行を好ましく思ってはいないが、 仮にも魔王と呼ばれる存在とまともに戦おうとするならば1個軍の軍勢が必要であった。 また、リリスは政務もきちんとこなしており、実力と偉業もあって反対される隙など無かった。

それにリリスの微行は、民の暮らしぶりを自らの目で直接見る貴重な機会でもあったのだ。

高みより見下ろす政事には、いつか大きな綻びが出てくる事もリリスは過去の歴史から知っていたのだった。
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【あとがき】
中世のような技術水準の世界では、
食料の確保が国力増強の要になるので、少し詳しく書きました。


(2009年02月14日)
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