レンフォール戦記 序章 第01話 『レンフォール王家の日常 前編』
レーヴェリアという世界の中央圏から離れた南方地域にレンフォールという国があった。
温暖で水資源が豊かな国で総人口は81万人と小国だが高い魔法工学技術によって栄えていた。
その国の統べるのは女王リリス・レンフォール。
リリスはレーヴェリア界十二氏族の一つする夢魔族を統べる魔王の一角。強大な魔力とそれを操る高い詠唱技術によって魔王の一人に数えられる偉大な存在。そして慈愛に満ちた統治により尊敬を集めていた。
夢魔族(サキュバス、リリム等の総称)
嫣然として微笑むと王侯貴族もかくやと言うばかりの気品と優れた美貌を有しつつも、
その魅力は異性の情欲に訴えかけて虜にしてしまう。
外見だけではない。
エルフと同じように愛情や気品を先天性のものとして身に着けているのも忘れてはならない。
群れから逸れた夢魔族の殆どが、各地域において最上の神殿娼婦
として手厚く扱われる程だ。
ちなみに・・・
各地域に神殿娼婦としてのんびりと暮らしていたサキュバス達も、
レンフォール国の建国の噂を聞きつけると我先に
、女王として崇めていたリリスの元に馳せ参じていった。
その結果、各地に点在していた
神殿娼婦の質は低下を招いたのは言うまでもない。
リリスは世界各地に散っていた夢魔族を
列強の影響外に有る南方地域の一角、ユーチャリス地方に
呼び集めて街を作り始めたのがレンフォール国の始まりであった。
リリスの
優れた政治手腕は街と街を繋ぐ街道の整備、連絡を密にする魔法通信網の整備、河川の氾濫に備えた治水事業、常備軍や治安組織などの後世に多大な影響を与えた制度の制定、その他様々な施策を執り行って街を徐々に繁栄させていった。
経済は政治の結果に連動している。
治水事業によって土砂災害による土壌の流出を食い止め、食糧事情に余裕が出てくると、二次産業が栄え始める。
産業を促進する国家支援が優れた工芸品を生み出す環境を整えていったのだ。そして二次産業が栄えると交易が活発化していく。
夢魔族が生み出す充実した娯楽施設も経済発展を後押ししていった。
レンフォール国では都市や城に花の名前を使うのが慣わしだ。
王城名もフリージアと名付けられている。
花言葉には期待、感受性、純潔、あこがれという意味があり、
純潔という言葉以外はレンフォール国の現状に当てはまっていた。
その理由は、以下にある。
国の中核を占めている夢魔族は不老長命で高い魔力を有している反面、出産率はきわめて低く成長速度も遅かった。
更に、男性の夢魔族は殆ど生まれない。
その為にリリスは国の活力を高める為に、フリージア城を基点に王都ユーチャリスに共存できる
種族を隔てる事無く受け入れていったのだ。
長い月日の間に各地を流民として流れてきたエルフ、ダークエルフ、ドワーフ、人も治安の良いレンフォール国に帰化していった。ただし、誰もが移住出来るわけでもなく、清潔を好む夢魔族の風習に合わせられる事が条件だったのだ。
母によって進められてきた異種族との共存政策で、夢魔族の数は
歴史上初めて10万という数を超え、今現在では夢魔族は約15万という数に到達したのだ。
フリージアという名は、リリスの願いが込められていたのだ。
リリスの統治に国民からの恐れや畏怖は無い。
魔王としては異端と言える程に全く無かった。
何故ならば…
「なっ…なんでぇ!!」
レンフォールの王城に悲鳴が木霊した。
悲鳴の主はリリスの次女アリシア。
端麗で整った容姿であったが、目鼻立ちにはまだ、幼さが残る愛らしい容姿と心優しい人格で皆に好かれている、
長女リリシアと並んで将来を期待されていたレンフォール国の王女の一人。
一国の王女が叫んだ理由は、実に可笑しな理由だった。
彼女は目を覚ましてベットから降り立ってから、やけに涼しげな感じに疑問に思い、自らの格好に驚いたのだ。ここまで大きな声を出したのは極め付けに普通じゃない格好だったからだ…
「き…着ていたパジャマが変わってる!」
アリシアは慌てふためいていると、黒のイブニングドレスを着こなしたリリスが嬉しそうに室内に入ってきた。この狙ったようなタイミングによる入室はリリスはアリシアが起きるのを、ずっと部屋の外で待っていたからだ。
「うん、そうよ、私が換えたから。どう? 似合ってるでしょ♪」
「ママァ〜 なんでよぉ!」
問いただしたアリシアの顔はこれほどに無いぐらいに真っ赤に染まる。
その感情は怒りでは無かった。
アリシアが寝る前に着ていたパジャマは彼女に似合った
清楚な感じがするパジャマだった。しかし、現在が身に纏っているパジャマは違う。
首と程よい大きさの胸との中間地点にある、可愛らしい大きなリボンを基点として、少しづつ別れて行き、最終的には白い陶器のように滑らかな白い肌の乳房の一部やヘソが露になる。また白基調で若干透けた素材で作られているのもポイントだ。後ろの部分に関しても、夢魔化を行っても羽や尻尾がちゃんと展開できるような本格的な作りになっている。
下半身に関してはシルク素材で作られた極めて面積の小さいパンティと
同じく、シルク製のニーソックスが履かされていた。
要約すればスケスケで恐ろしく挑発的で露出度の高く、パジャマというかセクシーなランジェリーに近い格好だったのだ。そもそもパジャマなのかも疑わしい服であったが、驚き混乱しているアリシアには、どの様な系統の洋服なのかは気にする余裕は無い。幼い天使か妖精、あるいは穢れを知らない純潔の少女のような愛らしいアリシアが着ている事実は、人によっては裸より刺激的に見えるであろう。
やや混乱していても、恥かしい格好という自覚の有るアリシアは羞恥で真っ赤だった。
「気に入らなかったの?」
「ほとんど見えてるよ〜っ!!」
「だって、アリシアちゃんは恥ずかしがりだから…こうでもしないと…ね?」
「だからって!」
「大丈夫…それ、私の手作りよ?」
母リリスの的外れな指摘にアリシアはズッコケそうになる。
ママっ、それ意味が全く判らないっ
私が言いたいのは手作りとかじゃないのに…
アリシアが心の中で激しく突っ込んだ。
声に出したりしたら、前の時のようにエッチな服の素晴らしさを熱く長く語られてしまうからだ。
リリスはコレでも治世は善政で産業発展によって豊かな国にした名君なのだ。
時より迷君へと変わるが、器量が大きく滅多に怒らず、更にこのような事を頻繁に行う魔王に民は敬愛心を持っても畏怖など持ち様が無かった。
また、子煩悩で大の着せ替え好きは内外を問わず有名だったのだ。
母の暴走にアリシアは溜息ながらに言った。
「せっかくだから、皆に見せない?」
「見せません!」
「可愛いのに…残念だわ…」
「ママァ……もういいよ。着替えるから出て行ってね」
「はいはい、私は先に大浴場へ向うわね」
リリスは手をヒラヒラさせて室内から出て行く。
夢魔族にとって体を清潔に保つ入浴という日課はとても大事な行いなのだ。
清潔は美に直結して、誘惑にも欠かせないからだ。
母が室内から出て行ったのを確認したアリシアは大浴場へと移動のために着替え始める。
いつもならパジャマのまま移動するのだが、あのパジャマの名を語るにはおこがましく過激な格好では恥ずかしくて出歩けない。
「一体、これで何着目になるのかなぁ…
でも…これって、何時の間に作ってるんだろう?」
アリシアは疑問に思って考えたが答えは出なかった。
不毛な考えを止めたアリシアは、
窓から入ってくる太陽の光に照らされながら、
前髪を額に垂らし切り下げたボブカットの髪をサラリと動かしつつ、身に纏っていた服を脱ぐ。
夢魔族の証を具現化してない時はエルフとなんら外見上の違いは無く、その
エルフのような尖った耳も可愛らしい。
成熟しきっていない少女の体とはいえ、その白く透き通った肌を見たら多くの男性が感嘆の声を上げるであろう。 あどけなさと女らしさが混じる、色濃い夢魔族の血を感じさせるボディライン。
女をアピールする綺麗な形で膨らむ白く整った乳房。
腰から尻に掛けて付きはじめた肉の曲線が美しさを漂わせている。
「でも…ママらしいよね」
アリシアは着替えを引き出しの中から取り出しながら優しい表情で呟く。
彼女は母が自分の為を思って色々と手を尽くしている事を知っているのだ。
アリシアは魔王の娘として相応しい魔力とそれを操る知性を有し、
夢魔族としての証である、高濃度の魔力操作時に展開する角、翼、尻尾の具現化
が出来るにも関わらず、夢魔族として似つかわしくない精神構造をしていた。
アリシアは必要以上の肌の露出に羞恥心を感じてしまうのだ。
つまり、ウブなのだ。
リリスはそれを直そうとしていた。
いずれ子を成す時に男性に苦労しないようにとリリスなりの心配なのだ。
もっとも夢魔族の中でもいいところ取りのアリシアの容姿ならば異性に困る事など無いのだが…
母の優しさを再確認したアリシアは、
気分を切り替えて、急いで着替えを終える。
部屋から出ると、いそいそと大浴場へと向った。
入浴にて体を清め終えたアリシアは、先に浴場から出た家族の後を追って
城内のグレート・ホールの外にあるダイニングルームに足を向ける。
家族そって朝食を食べるためだ。
レンフォール王家では家族の一緒に過ごす時間を大事にし、グレート・ホールで行われるような大規模なパーティー形式の食事は余程のことがない限り行われない。
アリシアはダイニングルームに到着すると、母と姉が既に席についており雑談を交わしているた。アリシアも急いで室内にある白いリンネル製のテーブルクロスが掛けられた円卓の周りに置かれた椅子に腰を下ろす。
「おはよう、アリシア」
「リリシア姉様、おはようございます」
アリシアは美しい姉に挨拶する。年齢差はあったが、二人の仲は極めてよい。
リリスは親族同士で争うような低劣な教育は行わない。
おふざけは多いが、優れた洞察力で捉えるべき事は捉えて、きちんとカバーしているのだ。
だからこそ尊敬を失わない。
アリシアが着席して暫くすると、侍女長のレリーナが、侍女達と共に井戸水によって冷やされた葡萄酒と各種のパンが入った籠を運び込んで来た。
準備を終えたレリーナは冷えた葡萄酒のボトルを手に取って鮮やかに栓を抜いてリリス、リリシア、アリシアの順で注いで行く。ワインを注ぎ終えると小麦粉・塩・水・イーストのみで作られたバタールをちょうど良いサイズにナイフで切って、バターと一緒にそれぞれの席にある皿に乗せていく。
レリーナは才色兼備であり宮廷の食料調達および食事の給仕を執り行う内膳正を兼ねているのだ。耳は尖ってはいるが夢魔族ではない。彼女はエルフで、建国時にリリスに雇われて以来、ずっと侍女長を勤めてきているのだ。
レリーナはレンフォールの一家の好物を熟知しており、可能な限り健康と美容に良い料理を選んでいる。
食欲を誘う香ばしい匂いに
アリシアの視線はバタールに釘付けになる。
リリスは全ての皿に行き渡ったのを確認するとレリーナに礼を言うと、娘達と会話を交えながらゆっくりとした
朝食を始める。
朝食がある程度まで進むと、スクランブルエッグと共に
一度ベーコンをフライパン入れて、カリッとなるまで炒めた物と、赤玉ねぎ入りレンズ豆のサラダが色とりどりに皿に盛られて運ばれてくる。スクランブルエッグの甘い匂いと香ばしいベーコンの香りが食欲を誘う。
リリスはベーコンをナイフとフォークで上手く捌いて口の中に入れると、カリッとした食感と絶妙な塩加減、程よい油分の効き具合によって見事な味が口の中に広がった。リリシアとアリシアも同じような仕草で食べて、その味に異口同音で賞賛の声を上げる。
「美味しい!」
「ほんと!」
献立を褒められたレリーナは嬉しそうにお辞儀した。
その光景を優しい笑みで見守るリリス。
フリージア城には、こうした優しい日常が詰まっており、彼女達の1日はこうやって始まっていくのだ。
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【あとがき】
レンフォール戦記の世界観がより判りやすいように序章を開始しました。
序章が終わり次第、前に投稿した本編の修正加筆版をUPします〜
(2009年02月13日)
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