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ER戦記 第07話 『アーゼン・レインハイム』


「相手を知りたければ、何に恐れているか知ることだ」

表舞台に出て以来、人々から魔王と恐れられ続けているレインハイム皇国の建国者にして、ER軍特殊作戦軍司令アーゼン大将の口癖である。

「所詮この世は弱肉強食、強ければ生き、弱ければ死ぬ。
 そして相手の弱点につけ込むのは戦術の基本であり、外交を成功させるのに必要なのは、
 言葉ではなく力である」

アーゼンが力を信奉しているのも有名な話である。

戦略や戦術に関しても世界屈指の能力を発揮し、その選択肢の幅は広く悪魔的な行動 すらも平然と行う世界最恐の男としても悪名高い。

魔王として恐れられている彼の考えの基軸は、おうむがえし戦略(TFT戦略)である。

TFT戦略(Tit-For-Tat)は別名、愚か者の戦略と呼ばれ、常に相手の行動にあわせて行動を起こし、相手が協力的であればこちらも協力的し、相手が裏切れば次はこちらも裏切る。

そして相手が再び協力に転じれば、こちらも協力に転じるという、自然淘汰という進化論の自然観測手法から生まれたものである。人間が考え出したものではなく、自然社会の生き様を写し取った戦略と言えるであろう。

この戦略理論は散逸構造論にも影響を及ぼし、矛盾がなく正しく活用すれば間違いがない戦略として名高いものがある。ただし、この戦略は狂信的な宗教国家や自尊心だけ高い国家では行うことすら出来ないであろう。臨機応変な態度で接する事の出来る柔軟性の高い国家にしか使いこなせない戦略でもある。

その、TFT戦略は次の重要な要素で成り立っている。

自らは決して裏切らない姿勢により国際世論の受けが良く、自ら裏切り合いの泥沼のきっかけを作らない事で、上品な戦略間での協調行動を育む事が出来る。そして裏切りに対して厳しい報復をする事で、軽んじられたり付けこまれたりしない。



このTFT戦略が世界的に有名になったのは、第二次世界大戦末期にアーゼン元帥(当時)の手によって行われた熾烈な報復行動である。

大都市に核攻撃を行ったロペニア教国の蛮行に対してアーゼン元帥の取った行動は、教国内の殉教者を称えるべき人々すらも吹き飛ばす容赦のない報復行動を行った。当時、統合参謀本部長のアーゼンはTFT戦略を公言していたが、ロペニア教国も本気で公言通りの戦略を行われるとは思ってなかったのであろう。

彼は迷うことなくロペニア教国の聖都(首都)郊外にある軍事中枢に対して中距離弾道弾による報復核攻撃を行った。

報復核攻撃によって発生した混乱と同時にロペニア教国全土に対して投入できる限りの空母艦載機、戦略爆撃機を遠慮なく投入して大都市を含め 戦争継続に必要な戦略資源を片っ端から吹き飛ばしていった。

ER軍のみならず戦略予備として扱われていたER圏3大国のラングレー王立軍、佐伯自衛軍、レインハイム皇国軍をも投入した大作戦である。

ロペニアにとって特に堪えたのがロペニア国内の教団が独占管理していた穀倉地帯のみに投下された 試作対地層用酵素破兵器である。この人体に無害な兵器は徐々に教団を恐怖のどん底に叩き落していった。 食物の輸入を制限し、自ら生産した穀物を高値で国民に売り渡すことによって暴利を貪っていた教団は大打撃を受けることになった。

ロペニア国内の教団管理地帯で使用された場所では植物が育たなくなったのだ。

以前と同じ収入を維持するためには、国内農作民の穀倉地帯を没収しなければ不可能であり、それは民からの恨みを買う事になる。この熾烈とも言える報復行動はロペニア教国を支配する教団の既得権を奪い取った。

アーゼンは世界各国の 報道機関にコメントを出した。

「ロペニアに神の加護が有るならば、
 如何なる災厄に対しても必ず神の奇跡とやらが起こるであろう…」

もちろんロペニア教国に神の奇跡は起こるわけが無かった。

逆に何処からともなく湧き出てきた『腐敗した神官の実態』の詳細情報が世界各地のマスコミに流され、人々の心に強い不信感を抱かせるようになる。

過去から続く強圧的な外交政策が裏目に出たロペニア教国は、外交的にも政治的にも追い詰められ、中立国の世論の大半がロペニア教国に降りかかった災厄は自業自得として捉えるようになっていった。

アーゼン元帥によって立案され実行された計画はロペニア教国から宗教以外の全ての可能性を奪い取ったのだ。 アーゼンに対する人々の評価は『血も涙も容赦も無い悪魔』として更に悪名を轟かせるが、アーゼン大将の副官から、自分自身に対する一般評価を聞いた時に、凡人ならば背筋が凍りそうな笑みを浮かべて「相手に合わせただけだ」と淡々と応えた。

この笑みは、8世紀前に大陸辺境で苦労しながらもエルフの妻と共に幸せな家庭を築き、人権平等を唱えていた青年時代の彼からは想像することすら出来ない笑みであろう。

言いがかりによる一方的な宗教裁判によって彼は最愛の妻を失った時に己の無力さに絶望し、許しがたい怒りと憎しみが彼を変貌させた。

力なき思想は無意味と悟り、失望した理想主義者が行き着く果ての究極の現実主義者へと変貌を遂げた彼は、今までの理想を追い求めていた想いを復讐の流血と共に事象の地平線に流しきってしまった。

彼の凄みある笑みは壮絶な人生によって生み出されたものである。


ロペニア教国に降りかかった自業自得とも言える被害によって、先の見えない戦争状況に加えて、大規模破壊兵器を使用した共倒れの恐怖の可能性を知った通商連合上層部は名誉ある和平交渉のテーブルに着くことを決意する。当然であろう、本来戦争とは利益を求めた先行投資の一環であり、そこから利益が見出せなくなると継続する意味すら失われる。

大戦後、アーゼンは統合参謀本部長の座を退き特殊作戦任務専用の軍を作ることに邁進する。
ERFは役職に応じて階級が決まっているので大将へと降格となるが、アーゼンは気にもしない。


ちなみにアーゼンの理想郷とも言える彼の作り出したレインハイム皇国にはデッドリバーという枯れた川に囲まれた非常に変わった都市がある。

デッドリバーとは一般社会で生活できない、または社会復帰の困難な元重犯罪者、反社会的危険思想家、人格破綻者等が集められ厳重に隔離されている飛行禁止地域内にある永久閉鎖都市だった。

危険すぎることから一般市民の立ち入りは禁止されているが、人権擁護団体がデッドリバーに住むことは許可されている。 人権活動とはその人権を保護するべき対象と一緒に住んでこそ真実味を帯びる、と強烈なまでの皮肉屋アーゼンの粋な心配りの一つである。

また、社会に適応できないから孤立する。孤立するから社会を恨み、社会秩序を壊そうとする理由で該当者を問答無用に殺すのも忍びないから隔離するのがアーゼンの唯一の優しさでもあった。

そして、彼らの人権保護を訴えるならば、彼らの危険性を知れ。その危険に逢っても貫ける意志を示せ。そう「死に直面しても、曲げることのない強い意思こそ聞くに値する」がアーゼンの凄まじいまので厳しさでもある。デッドリバーから出るためには、人格公正を遂げるか、志願して第一級危険地域での長い任期を終えなければ不可能である。

脱走という選択肢はあるが―――――ただし、対人地雷原に加えてIFF(敵味方識別装置)に反応しない対象を無条件で攻撃する水素電池で 動く無人重攻撃ヘリ「AU-121」ドラッヘン、同じく水素電池で動く無人四脚機動兵器「TF-5」レーヴェが都市周辺で目を光らせている。

そこから逃げ切れた者は、アーゼン自身による恐怖の追跡を受ける受けることになるが、 好き好んで地獄を見たい者は絶無であろう。彼自身の実力と恐ろしさは世界中の誰もが知っている。

単身でリヴァール王国連合のワーレゴ陸軍基地を制圧したり、ロペニア教国の主力艦アドミラル・エルゼグを黒聖書系禁呪の最高峰のアポクリファー(この呪文を副作用が無く使いこなせるのは、アーゼン・レインハイムとリヴァエラ・ダウディング、そしてセシリア・ラングレーぐらいである)で、いとも簡単に45000トンにも及ぶ特殊鋼の塊すらも圧縮崩壊してしまうぐらいの魔力に常人では対抗できるはずもないのだから。

一般公開されていない為に未だに大多数の人は誤った見識を抱いているが、魔法とは旧世代に大量に散布された 気象調整用ナノマシン郡が体内に侵入した際に各種神経細胞の干渉下におかれた際に発生する物理現象である。

魔法が不発に終わったり効果が不十分なのは脳内神経の発達度と脳内における物理現象に対する理論的形成能力や集中力によって左右されるからである。

アーゼンが強大な力を有しているのは、常人では基礎すらも理解することの出来ないラテニスティア言語といわれる先人文明の ナノマシン制御用プログラム言語を完全に理解し、さらに天才的な計算処理能力を有しているからである。

すなわち彼は周辺の ベーシックレベルからナノマシン郡を完全に支配下においており、自らの遺伝子改造によって肉体を強化し、 必要に応じてナノマシン郡を体内で生成出来るようになった。

つまり…
彼は自らが科学的に理解している物理現象を計算能力が追いつく限り難なく操る事が出来る。


絶対的ともいえる力を持っているアーゼンであったが、彼の本当の凄みは自らの力におぼれず、どんなに強大であろう とも個人レベルでの限界を熟知しており、 数に対抗できる数があってこそ質は生きてくる。数に対して質で対抗しても、よほどの質的差がない限りいずれ押し切られてしまうことを知っていた。

現に、数百年前に実力者達の集団と戦い、アーゼンは辛くも勝利したものも深手を負ったのだ。
力を振るえない時に、守るべき対象が襲われたら?
自分を守れても国は守れない、これでは統治者としては本末転倒である。


このような極端すぎる政策がレインハイム皇国民から受けいられているのには理由がある。

まずは、厳格なまでの公平な態度。

皇国の重鎮であっても犯罪行為が行われた場合は容赦なく断罪するし、アーゼンの恐怖は法(法も民主的でかなり良法)を犯さない限り降りかかってこない。 そして強制義務教育によって国民レベルが高く、それによって得られる経済成長により生活レベルが決して低くないこと。

このような特殊な社会では無能な政治家が徒党を組んで利権を貪ることが不可能なため、無能な者には高級官僚や政治家になる事すら出来ない。

高級官僚や政治家は高給だがアーゼンの恐怖を身近に感じる職務となっている。天下りや汚職は自らの死刑執行書類にサインするようなものである。実際、オペレーション式(上から与えられた仕事を言われたとおりに行う)の仕事しか出来ない人物には出世の道は開けない。

管理する立場の人間にはマネージメント分野のスキルが求められるからである。くだらない汚職や不正が少ないのも国民からの支持に繋がっていた。

そして建国以来、他国の侵入を許したことのない安心感である。

『弱小国が正論を言っても相手にされない』

『自国防衛ができない弱小国は大国の餌食になるしかない』

と…このような訓示がレインハイム皇国の学校全てに書かれていることから、どの様な国家であるか容易に想像つくであろう。









セヴェロスク連邦前線航空部隊(フロントバヤ・アビアチィア)

「これだけの航空兵力が揃えば奴等を数で圧倒出来るぞ!」

ルマール国に展開する前線航空部隊司令イヴァン・ダニロヴィッチ・チャルニホフ中将の気持ちは、ルマール国侵攻以来の戦況を思えば当然であろう。

共産圏最強と称えられた自慢の航空部隊はER軍事顧問団の航空部隊やER空母機動部隊に徹底的に蹂躙され、いいようにあしらわれている。

今回の戦争は自国の経済混乱によって第三次世界大戦に参戦出来なかったセ連軍人にとって久々に訪れた晴れ舞台であり、初戦は順調であったが、現在は控えめに言っても敗色濃厚である。自国の膨大な軍事力を活用することも出来ず、相手のペースに引きずられている事がその鬱憤を更に引き立たせていた。

「ええ、やつ等に報復できます!!」

彼の副官も同じような気持ちを抱いていた。

もっとも、彼らの気持ちは表裏一体であり、援軍として駆けつけている味方艦隊の到来を待つ余裕もなく、一時的に優位になった航空戦力を活用して一気に戦略拠点を制圧しなければいけない状況が焦る気持ちを作り出していた。

損害に構わず地上軍を突進させても管制地雷源や対地支援攻撃の嵐によって悪戯に損害を増すだけで侵攻拠点まで叩き戻されてしまう。

この状況を打破するためには、次の攻勢でルマール国内にある3箇所の戦略拠点を全て破壊しつくすか制圧しなければ戦争が長期戦になってしまう。その3箇所の戦略拠点の実態とは3箇所の中規模の港である。

何故、中規模程度の港が重要かといえば、そこから揚陸されるER本土からの援助物資がルマール全土の防衛力を確実に高めていたからである。

長期戦になればセ連軍の備蓄してある補給物資も危険なレベルまで消耗しつくしてしまう。 それに加えて、ER軍の更なる増援が来たり、ルマールのこれ以上の要塞化が進んだ場合は、勝率が円周率が割り切れるより低くなることを体験によって前線に展開している軍人全てが強制的に学ばされていた。

ルマール近辺現地航空戦力の全てを失ってでも刺し違える形で敵戦略拠点を無効化する事が出来ればルマールに友好的な新政権を樹立することが出来るのだ。

すでに、セ連や鳳華の目標は既にその一点に絞られていると言っても過言ではない。 だが、彼らの運命を知っていた人々が居た。

ただし、セ連や鳳華の人々ではなく、
彼らの敵対しているアーゼン・レインハイム大将がその一人であることが問題であった。

イヴァン中将の最後の望みを叩き潰すように、NOE飛行(匍匐飛行)によって飛び続ける巡航ミサイル郡がルマール国内近辺のセ連軍各基地に襲い掛かってきたのだ。
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