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ER戦記 第08話 『リリシア』


第一任務艦隊旗艦に所属するアーセナルシップ四隻から放たれた 2400発の巡航ミサイル郡はセ連軍と鳳華軍のネットワークキーステーションを 完膚なきまでに叩き潰していった。

その効果は絶大である。

ルマール国内とその近辺に展開していた25万にも及ぶ大軍を支えていた 軍事鉄道網、後方兵站、前線兵站、指揮系統を粉砕してして、 本国から新鋭機をかき集めて投入したフロントバヤ・アビアチィアも数の優位 を生かす前に運営するべき軍事施設ごと消し飛んでしまった。

制空権と補給を失った軍隊の末路は悲惨である。

主力部隊から逸れた小規模な部隊は、どこからとも無く襲撃してくる反共産ゲリラ やニーベルンゲン特殊作戦軍の奇襲攻撃の餌食になっていった。

ゲリラの襲撃を恐れて密集隊形で撤退を続ける部隊に対してはロケットアシストと 誘導砲弾の組み合わせによって飛翔距離の伸びた艦砲射撃と徹底的な空爆 によって本来の戦力を生かすまもなく無力化されていった。




この状況を作り出したアーゼン大将は特殊作戦軍のガウィン中佐、 高島中佐、観戦武官のリリシアと共にブラックホークに搭乗し、ルマール国境近辺 を飛行していた。

見るものを魅惑する20歳ぐらいの美女リリシアは観戦武官として参加している。 彼女は、この世界とは異なるレーヴェリア界に属する夢魔族の生まれであり、ゲートを利用することによって此方側に来ていた。

リリシアは、ぼんやりと考え事をしていた。

ほんとっ、久しぶり行き来できるようになったゲートを 潜ってから、ほんと驚きの連続。
科学技術に支えられた経済、技術レベルの飛躍的な向上。

それらに牽引されるように文化レベルの向上…

その中で一番驚いたのはチョコパフェの存在!
美味しすぎるわ! その秘密を必ず手に入れてみせる!!

そうよ! それが私の使命!!

………
……


「リリシア殿?」

「…は、はい?」

ガウィンの問いかけでリリシアは少しずれた考え事を中断した。

「ここから先は戦闘区域です。
 緊急機動を行う場合がありますので注意してください」

ガウィンは軍事システムに関する説明を行ったり、 高機動ドクトリンや強襲浸透ドクトリンの説明を行ったりしたが、高い知能と屈指の実力を有するガウィンもリリシアが一番に聞きたかったことは美味しいチョコパフェの作り方だという事を知ることは出来なかった…










ペルネリア地区4-82-1で増強1個大隊を包囲か…
アーゼンは戦術ネットワークに表示されている情報を見て数瞬の思案する とガウィンに言った。

「テストケースとして理想的な状況だな…
 機密保持は万全だな?」

アーゼンの問いを予想していたようにガウィンが答えた。

「この近辺の制空権は完全に我が軍が有しており敵機の侵入は不可能です。
 また、これは完全な違法行為ですが…
 友軍偵察衛星に関してはハッキングによって、何時でも細工が可能となっております」

アーゼンはガウィンの首尾に満足した。
もっともこの位の準備が出来ないようでは、アーゼンの副官など絶対に務まらない。

「よし、これより状況を開始する」

アーゼンが力強く宣言した。

「了解!
 周辺の友軍に即時待機命令を伝達します。
 それに伴い、420秒後に警戒中のEA-18Gが定位置に到着予定」

EA-18G-2とはF/A-18Fを電子戦機として開発された機体である。
狭い戦域を限定すれば、使いやすい電子作戦機とも言えるだろう。

ガウィンの指定どおりに担当空域に到着したEA-18Gは 戦術レベルに限定すれば過分とも言える程の猛烈な電子妨害を開始した。

アーゼンは今回の出兵を特殊実験に使用するべく、幾つかの準備を整えていたのだ。 事前計画に従い必要な命令を関係各所に通達していく。

機密保持、各種機材を含めて、全ての準備が整った。

アーゼンの体から魔王という表現が相応しい力と威圧感があふれ出してくる。

ガウィンや高島の表情が険しくなる。
妄想暴走中であった、思考を切り替えてリリシアも余波を受けないように内なる力を高めていく。

もっとも、アーゼン自身が常に展開してるジハド(聖戦)の魔法の加護よってヘリ のパイロットのみならず周辺の友軍はその手の凶悪な干渉波は受け付けない様になっている。

新規ゲートの開拓を目論んだ、
科学と魔法を大々的に組み合わせた実験が始まろうとしていた。









魔法に関するレポート。書類分類【第一級機密】

環境調整用ナノマシン郡は環境浄化と大気安定を主目的としており、ごく自然に元素に近い存在として漂っている意思のない存在である。 しかし一定数以上が集結したまま年月が過ぎると、 簡単な自我を有するシルフのような形として具現化する可能性が出てくる場合がある。

さらに長い年月をかけて力と思考を蓄積を行えば、より上位の存在になる場合がある。

また魔法の唱咏が定められているのは、この中にナノマシン郡にアクセスするコードの一部が含まれていると推測さる。機械に呪文を録音して、再生しても魔法効果が無いことから発動条件は多岐に及ぶと予想される。


現代の量子科学では解明できない、一定数まで自己増殖する超高性能なナノマシン郡を生み出した文明は一部遺跡を除いて詳細は判明していない。

第248回 4項B 機密文章抜粋 










「実験の余波とはいえ、すごい威力よね…」

大気中の環境調整用ナノマシン郡に介入して物理現象を起こす魔法とは違い、アーゼンの唱えた エレブ・ヴァ・クリフォト(積層飢死霊獄)はそれらを媒介として上位領域にアクセスして力を得る最上位魔法。

あえて分類するならば禁呪の中でも忌避される位に危険なモノであろう。

リリシアは驚きを禁じえなかった。 アーゼンとの付き合いは短くは無いが、彼がリリシアの目の前で、力を振るう場面はそれ程多くは無かったからだ。

空間干渉を広範囲にわたって行い跡形も無く消し去ってしまう力――――― 彼女はこことは異なる異世界レーヴェリア界に君臨する十二氏族の一つ、 親人間派の一つの夢魔族(サキュバス、リリム 等)に生まれ、その中で公爵の地位――――王、大公、公爵、侯爵、辺境伯、伯爵、 子爵、男爵(女男爵)、準男爵(準女男爵)、騎士の階層に分かれており、上位に属する公爵ともなれば城と領地を有する だけでなく、国政における最高決定権を有する魔王の側近と呼べる地位――――に属しており、魔王の使う大魔法を見る機会もあったが、これほどの威力は見たことが無かった。

先ほどの威力を目の辺りにしたリリシアはアーゼンの実力を鋭く見抜いていた。

あれほどの大魔法を使用したのにも関わらず、殆ど疲弊している感じがしない…
これだけの力を秘めているこの男は、あの大魔法も唱咏無しでも使えるはず!

リリシアの考えていることは上位種から適応される事象の一つである。

つまり魔力消費が桁違いに多い大魔法は周辺の力で補わなければ自分自身の魔力を瞬く間に枯渇してしまう。 隙が出来る長い呪文をあえて唱えるのは体内魔力の消費を抑える為である。
つまり魔法は技量と魔力があれば唱咏無しで魔法を行使する事が出来る。


リリシアは考えを中断して周辺のやり取りに注意を向ける。

「今回得られた各種データーによって例の計画に必要な数値が検出できました」

ガウィン中佐はクロスコム( 通信衛星を利用した情報通信機器) に表示された情報をアーゼンに報告した。

「…周辺部隊はそのまま警戒体勢を維持。
 情報漏洩の防止と情報操作にニーベルンゲンを投入しろ」

アーゼンの言葉を聴いた、リリシアは心の中で思う。

周辺に生存者なんて居るとは思えない、それに離れた場所に居る人間…いや私ですら、先ほどの出来事を把握できるとは思えない。私のように近くに居なければ到底無理な話だわ。

リリシアはアーゼンの徹底振りに疑問を感じ口にした。

「でも、情報が漏れたとしても貴方ならば問題なく処理できるのでは?」

「人間は非力だ。
 だから頭を使う。

 故に僅かな情報であっても、そこから推測されると厄介なことになる。
 禁断の智恵の実を食した人の真価は群れてこそ発揮される…
 恐ろしいほどにな。

 だからこそ…打てる手は打っておく必要がある」

一呼吸おいて更に言葉を紡いだ。

「相手の目と耳を奪うのは戦の基本だと思わないか?」

今回の実験データによって実働を開始するアウターヴァニシング計画はリリシアと 彼女の属する夢魔族にとっても非常に有意義な計画である。
その事を一番に理解しているリリシアはアーゼンに徹底振りに得心した。

「4個中隊が即時投入可能です」
「よかろう、不足分は我々が補えばいい」

「ま・さ・か…
 その中に私も入ってる?」

夢魔族は自由奔放で明るく比較的マイペースで平和的な種族。
戦いよりも娯楽などに精を出す。

直接介入しなくても勝敗が決まっている戦いに対しては、祖国存亡が関わっていない限りは、出来るだけ避けたいのが本音であるが…

「もちろんだが?」

アーゼンは有能なリリシアを遊ばせておくつもりは毛頭無かった。

「リリシアよ…無論、代価は出すぞ?」

アーゼンの一言で決まった。





   3時間後


先ほどアーゼンが行った実験区域周辺に展開していた敵部隊の退路を限定するために行われた 艦艇からの巡航ミサイルと戦略爆撃機による爆撃によって生じた崖崩れによって彼らの 撤退ルートは大きく制限され、大きく迂回を行わなければ友軍支配圏に辿り着けない ルートしか残されていなかった。

それだけではない。

攻撃ヘリやガンシップの激しい対地攻撃によって、
稼動状態にあった戦闘車両郡の大半は鉄の棺桶と化していった。

道路や見晴らしのよい場所は精密誘導兵器の射的場と化しつつあり、無駄死にするつもり の無いセ連や鳳華の軍は空から襲い掛かってくる死の暴風雨を避けるべく少なくない車両や重火器を 放棄して森林の中へ逃げ込んでいったが、車両の減少は撤退速度の低下と同意語である。

もちろん航空攻撃のみの攻撃で地上部隊を殲滅するのは事実上不可能といっていい。

自然の要衝に作られた永久陣地に立て籠もった1個師団に対して、1000機単位の猛爆 を3日間継続したにも関わらず、作戦能力を残していた事が第二次世界大戦にて、あった位に歩兵というものはしぶとい。

戦術レベルで行われる空爆の主目的は、
主力戦闘車両の破壊と部隊の組織率を低下させる事である。

最終的に地上部隊を制圧できるのは、同じ地上部隊のみであろう。

長い訓練と実践によって培われていた経験により、空爆の被害を最低限に抑えるために彼 らの取った行動はアーゼン大将の予想内であった。

彼らは知らず知らずと自ら死地へと赴く。

空爆前にヘリボーンにて森林広域に分隊単位で所定位置に展開を終えていた特殊作戦軍の 各部隊は索敵圏内に敵を捕捉すると無駄の無い部隊行動を開始した。

特殊作戦軍の隊員が装着している戦闘服はレインハイム皇国軍特別部隊と同じ、ミスリルカーバイト繊維と イオン導電性ナノゲルを組み合わせた防刃、防弾、防熱、耐冷、耐圧、耐衝撃、対魔法、魔力増幅に優れたナノスーツ。

ナノスーツの人工筋肉部分の動力はATP合成酵素によって得られているため、倍力時間を2倍程度に抑えていれば12時間の連続 稼動が可能となっている。それ以後は優秀な防弾スーツのみの機能となるが、微量の魔力でも充電を行うことが出来るので、かなり完成度を有すると言っても過言ではない。

主要武器に高性能アサルトライフルとして名高いXM8のカスタムモデルを使用している。

隊員全てにIFF(敵味方識別装置)とクロスコムを実装。隊員と無線偵察機 (ドローン) のみならず友軍の戦術ユニットの連携やデータリンクを可能にしている。

基本的な軍用魔法(無線封鎖時の行動に備えての指向性テレパシー、精神感知、感覚遮断、緊急時のヒーリング)を習得し総合力を高めており、更にはアーゼンの条件洗脳によって作戦行動中は感情をコントロールする徹底ぶりであった。


戦闘員の数においてはセ連軍と鳳華軍の数は4倍に達していたが…
司令官の質、訓練度、実戦経験、装備の質、地形の有利、制空権の有無、補給の優越、全てにおいてER軍が勝っていた。

「こちらリコー4-5、小隊規模の敵を補足。これより無力化を行う」

軍隊における無力化とは殺害を示す。

250メートル先の敵兵士をスコープに捕らえた隊員は無駄の無い動きで補足し続ける。
彼の補足した情報はリアルタイムに所属分隊と所属小隊長の共有情報となる。

分隊長が迅速に指示を各隊員に下す。

基本的な攻撃方法は三位一体方式―――1分隊10名を3つに分けて行動させ分隊長を司令塔として位置付け、 3人が一つとなって目標に対して統一攻撃を行う。 3人が同時に攻撃を行うのではなく一人が攻撃している間、二人はアタッカーをフォローする方法である。

各隊員がポジションに着いたのを確認すると、分隊長は静かにGOサインを出す。
分隊員が引き金を引く度にサイレンサー装備のXM8Gの銃口から、特殊サイレンサーによって通常よりも 消音化された6.8x43mm弾が、パスッ、パスッと飛び出していく。

射撃モードはもちろんセミオート。

厳しい訓練を受けた特殊作戦軍の兵士は、
強襲や奇襲時における攻撃では無駄弾を撃つことを極端に嫌う。
戦場では弾と水は貴重だ。


最初に撃たれた鳳華軍の兵士は声をあげる前に胸と頭を打ちぬかれて絶命した。
それが始まりだった。

周辺の兵士は何処から撃たれたか分からぬまま、
各隊員から致命傷になりうる攻撃を浴びて複数の兵士が倒れ、そして死んでいった。

「敵だ!」

軍曹の声に行軍していた小隊全員が慌てて身を屈める。

ヒュン!

風を切るような音が鳴った刹那、軍曹がその場に崩れ落ちる。
警告を発した代償は軍曹の命を持って支払われた。

敵の概略位置が分からない現状、何処に身を隠せばいいか判断できない。


「うっうわーーー」

泡を食って逃げ出そうとした兵士も地面に転がった。
軍曹と同じように急所に一撃…即死だ。

「!」

恐怖に駆られた彼らは、風よって揺らいだ木の枝を敵を誤認して一斉射撃を開始した。
耳を弄する銃声はさらに彼らを不利な状態に追い込んでいく。
パニックに陥ったままの小隊は有効弾を撃つことなく僅かの間に全滅した。

この一帯の戦場で似たような状況が繰り返されていく

いまだ重火器を有する敵部隊や中隊規模に纏まっている敵に対しては、無線偵察機によって伝達された 情報を元にAH-64GやF-15S/MTDによる攻撃によって吹き飛ばして行き、密集すれば空爆で対応し分散すれば特殊作戦軍になすすべも無く殺されていく。


圧倒的な戦力で敵を蹂躙し続ける特殊作戦軍は見事に戦場をコントロールしていた。
敵には恐怖と無秩序を植え付け、無数の選択肢の中から最悪の選択を選ばせて行った。


とはいえ、本来4個中隊では戦線が薄くなり敵の脱出を阻止するのは不可能であったが…
特殊作戦軍は一定地域のみに絞り担当地域の作戦を完璧にこなして行った。

そう、開いた戦域にはアーゼン、ガウィン、高島、リリシアが補完していた。









ER軍の猛攻撃から逃れるようにして行動していたセ連軍1個中隊は戦場に 不似合いな美女が前方の岩に座っていたことに怪訝を抱いた。

彼女を捕虜にして連れ帰ろうと、邪な考えをもった者もいた。
しかし直ぐに悟ることになる…彼女もまた恐るべき敵であるということを。

「貴方たちに恨みは無いわ…
 だから…
 せめて苦しむ間もなく死なせてあげる」

リリシアは儚げに微笑むと広域魔眼を使用した。

広域魔眼とはヘミシンク効果を利用した現象――――特定の音の周波数を組み合わせて 、人の意識状態のコントロールする音響技術であり、系統が違うが魔眼の一種 として見られているのは、どちらも波長を利用した魔術であるため―――である。

本来は相手を魅了するために使う魔眼であるが、リリシアは相手の心を操作するの を嫌い余程の事がない限り使用しない。

今回使用したのは魅了に比べて簡単な一部感覚の操作である。つまり敵の痛覚カットである。

岩の上に腰を掛けていたリリシアは左手を肩ぐらいの位置まで上げて
歌うような声で呪文を唱えた。

「アイン・ソフ・アウル・フィル・アレイ・ベリオール…」

彼らの反応は呪文の唱咏を耳にした瞬間に彼女も敵だと理解した。
それも恐るべき魔法使いである事を!

周りに居た歩兵のみならず生き残っていた主力戦闘車両や装甲車から彼女に対して、一斉に 銃弾が放たれたが、上位の魔法使いが常に展開している魔力シールドによって有効弾は全て弾かれ、 周辺の樹木や岩を粉砕しただけで彼女自身には一発も当たらなかった。

リリシアの魔力に込められた言葉が紡がれた。

「四位階に秘められし炎よ
 審判の炎となりて、我が敵を焼き尽くせ! 
 煌滅歪爆!(セレティーア・レージ)」

リリシアは左手が兵士達の中心に向けて優雅に振られると小さな光りが解き放たれる。
その小さな光は瞬く間に兵士達が密集している上空まで到達し…

エネルギーが解放され、閃光と共に弾けた。

超高温の熱閃の奔流は爆心地点と周辺に展開していた6台の戦闘車両と数十人の兵士を巻き込んで跡形も無く消し飛ばしていた。


この日の攻撃を境に、セ連軍と鳳華軍の戦線は完全に崩壊していくことになるが、 2国にとって不幸だったのは、崩壊は戦線に留まらなかった事だろう。

戦争は政治の延長上の出来事であり、戦争もまた政治の延長上である事を身をもって、セ連と鳳華は体験することになる。



第一章完
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