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ER戦記 第06話 『最高意思決定機関』


内政問題を解決する為に行われたセ連と鳳華による侵略行動が、予想もしなかった新た なる内政問題に発展しつつあった。

輸送連絡線の破壊による補給負担増が重く圧し掛かってきたのである。
さらに占領地各地で次々と湧き上がる抵抗運動。

占領地を押さえつけるための陸上兵力増派は乏しい後方支援体制に更なる負担を与え、 現地調達は現地住民に重く圧し掛かり、さらなる抵抗の火の手となる。

しかし、情勢は更なる追い討ちを掛けるように悪化していく。
セ連と鳳華のルマール戦線での苦戦の伝えは抵抗勢力を励まし勇気付けて行き、抵抗運動は激しさを増して行った。

セ連と鳳華の両軍は、ER軍の増援が到着する前にルマール戦域における状況を一挙に打開するべく、 防空軍に所属する作戦機に加えて虎の子の空母機動部隊の艦載機投入を決定した。

その増援兵力は、セ連軍でSu-43を中核とする、7個飛行大隊と、そして空母クスフドォル、レペン、ルブビッチとその護衛艦艇18隻、鳳華軍はSu-27を中核とする6個飛行大隊と空母海風、南海とその護衛艦艇12隻の一大海洋勢力である。

だが、ここで問題が発生する。一気に投入するのが好ましいが、長距離を短時間で移動できる航空機とは違い、艦艇の移動には月単位の時間がかかる。そして現状では1ヶ月もしないうちに現地の航空兵力が枯渇してしまう。

苦肉の策として空母機動部隊が作戦圏内に到達するまでの間は、本国の予備役に属している航空部隊と各共和国の駐留軍から抽出した航空部隊で代用とする作戦である。
このような大規模な移動作戦は念密な下準備が必要不可欠だが、時間的余裕もなく直ちに実行に移される事になる。

エンジン不調によって基地に引き返した機体、機体トラブルによって墜落した機体は合計24機に達したが、この蛮勇と尊い犠牲によってルマール内に520機以上の作戦機が展開できたのであったが…この決断は後々大きな仇となって帰ってくる。









「予想通りといえば、予想通りの展開になりましたな」

「ええ、しかし第3任務艦隊と派遣軍だけで対処できますか?」

「葛城には次世代戦略攻撃機ともいえる試作機を派遣してあります。
 よいテストケースになるでしょう」

「それに大兵力が大兵力として活躍する為には継続した補給が必要不可欠です。
 SLOC(海洋を通った兵站や連絡ルート)の維持が出来なければ、
 例え空輸や陸上輸送で代用を行っても兵站維持に限界があります。」

その理由は海空の輸送距離と価格を比較すると自ずと出てくる。

1馬力で運べる重量は 船舶では906キログラム〜4077キログラムであり、鉄道で271.8キログラム〜679.5キログラム、 自動車では45.3キログラム〜90.6キログラム、航空機では6.795キログラムであり、 海上輸送のコストは陸上の5分の1、航空輸送の50分の1である。

輸送量、コスト共に海上輸送と肩を並べるものは存在しなかった。


「例え敵が第3任務艦隊を避けるようにルマール隣国に荷揚げを行ったとしても、
 第一任務艦隊の作戦が完了すれば彼らの軍事作戦は全て徒労に終るでしょう」

「判りました。
 では、アーゼン大将の立案した例の作戦の実行を許可します。
 出師準備の整っている王立軍の指揮権も彼に委譲しなさい」

「女王陛下の仰せのままに」

「それと・・・
 戦後処理の件ですが東方地区の経営はいかが致しましょう?」

「誰か適当な人物が経営するわ。
 私たちが資源を必要とするなら、交易にて入手すればよいのです。
 私たちに高度な科学と産業基盤があるかぎり何時でも手に入れる事が出来ます」

セシリアは事実のみを言っていたが、言葉にされていない部分にこそ真実が含まれている。
セ連にしろ鳳華にしろ、官僚機構の腐敗が進み、硬直化した国を領土に加えたとしても、得るものよりも維持費がかかり結局は経営が行き詰まってしまう事を――――――国家とは訓練された官僚が居なければ効率的な運営が不可能な事を歴史から学び取っていた。

セシリアの凄みは自ら体験していない事でも、歴史の事例を元に最良の道を学び取ってしまう事である。









ER軍ルマール方面派遣軍総司令部

「ああ、まず第一段階だ…ルマールに侵入した敵を徹底的に叩く。
 第二段階は敵の後方支援体勢を崩壊させる。
 第3段階は身の程知らずの鳳華民国を破滅の階段に誘う事だ。」

「破滅の階段ですか…
 この作戦、本当に成功するのでしょうか…
 極めて短い時間の間に12458箇所の破壊が必要になりますが?」

「ああ、どんな生物、組織、事象には崩壊因子が組み込まれている。
 我々がそれを活性させてやるのだよ。

 それには人民中央政府直轄の発電所、変電所、大規模港、運河、通信中継所、高度産業施
 設、石油事前備蓄所、代用燃料生産所の8割以上を破壊する事だ。海軍、戦略空軍、衛星
 軌道軍を動員しての攻撃になるだろう。」

「……」

「コンピューターからの反対意見は無い。
 戦略偵察によって集められた最新情報を加えて再計算したが問題は無い。
 そして参謀本部も十分可能だと判断した。

 それに…
 成功した暁には、鳳華は1世紀ほど近代国家としての能力を喪失するだろうな…
 相手よりも、賢く、敏捷に、秘密に行動し、環境に応じて分散あるいは集中して戦えば、
 此方の思惑通りの結果になる」


人の身でありながら有り余る魔力によって、年老いもせずに500年以上の時を生き延びてきた、 アーゼン・レインハイム大将。

彼は特殊部隊を率いて戦うだけでなく、広い戦略眼を有し軍団規模の指揮も卒なくこなし、個人 戦能力も極めて高く公正厳格。

それだけなら絵に描いたような理想の人物であっただろう…

しかし、彼はかなりの毒舌家にして皮肉屋。

そして、敵対勢力に対して一切の遠慮や慈悲を掛けてこなかった事から、ロペニア教では神の敵として指名手配され、テロリスト達からは憎悪と恐怖で語り継がれ、現魔人や魔王として恐れられている。 だが、唯一身の栄達と利益を図り責任回避に汲々とする人物に対して、実力行使を躊躇わない事からER上層部から深く信頼されてもいた。

そんなアーゼンは一呼吸を置いて凄みのある笑みを浮かべつつ続ける。

「人民中央政府の圧力が弱まれば、ハィグル自治区、黎疆自治区…
 そして今回の侵攻で制圧された諸国で抵抗勢力による武力蜂起が起こる。
 既にニーベルンゲンの一部が彼らの支援の準備を整えている…
 我々の役目はここまでだ。あとは分裂工作を推し進めればいい。」

「それにしても、この計画書の原案はいつ頃に作られたのでしょうか…
 とても今回の事態の後に作られた物とは思えない詳細な内容なのですが…」

「ああ…
 この計画書は私を中心に第三次世界大戦中期の頃に考えられてた。
 戦後社会を見越しての予防策の一つとしてな…」

淡々と語る口調だが、その雰囲気は慣れている副官のガウィン中佐ですら寒気を覚えた。

「私はあの国も許せないのだよ。
 鳳華思想は信じられないぐらい低脳な発想だが…
 政策の失敗を他国に転換して歪んだ歴史を教育機関で垂れ流す仕組みも気に入らない。

 食糧危機、エネルギー危機、人口危機を放置しつづけて、
 その解決方法を自ら考えず他国に擦り付けようとする。
 だが、この作戦が第5段階に達した時には小躍りしたくなるような事態になると思うぞ。
 人とは自らの失策を自ら直面する日が、必ず訪れるものなのだよ………」









第一任務艦隊旗艦(重巡洋艦)アレストルの戦闘指揮所

先任戦術情報士である、ファン・リー大尉が無駄の無い動きで処理をこなしていく。

「第一任務艦隊は作戦ポイントに到着。
 また、当海域に接近しつつあったセ連艦隊は第3任務艦隊の阻止攻撃によって、
 索敵圏外に退避した模様」

「うむ…後は作戦開始時間を待つのみ…
 あと50秒か…」

第一任務艦隊司令を勤めている、真田幸一少将が言う。
そして、作戦開始時間となった。

「……1400時になりました。
 艦隊司令部よりからの命令中止勧告はありません。
 アカウント承認…葛城よりデータ―受信中!!」

一呼吸を置いて、先任戦術情報士であるファン大尉が懸念を口に出す。

「しかし、このデータ通りにミサイル攻撃を行うと内陸部の敵基地を攻撃することになり、
 内陸部にまで戦火が拡大しますが…」

「構わん、司令部からは葛城からの指示に従うように命令が下されている。」

この第一任務艦隊には、4隻のアーセナルシップ(ミサイル攻撃目的運用艦)を中核に 巡洋艦3隻、護衛艦8隻からなる任務艦隊である。

アーセナルシップとは単一目的用の兵器庫艦の事であり、高速大型タンカーに巡航ミサイル用の 垂直発射セルを600セルもの数を装備するが、価格と維持費を抑えるために自らは索敵用のレーダー設備を持たず、衛星、航空機、他の艦艇からのデータを頼りにしている。

敵性防空ユニットに対しては迎撃ユニットより多くのミサイル飽和攻撃と、迎撃 を受けにくい高度を匍匐飛行によって目標撃破成功率を高めている。

「ミサイル目標到達率はどの位になるか?」

「計算の結果は…
 NOE飛行(匍匐飛行)にて目標まで到達しますので、
 防空ユニットの遭遇や飛行中の故障などを差し引きましても、
 4隻合計の2400発のうち、最低でも68.7%…1648発は目標に着弾します」

「旧式防空ユニットしか持たぬセ連軍や鳳華軍が相手でも、その程度の目標到達率か…
 やはり、兵器の変遷は戦略の実施には影響するが、その原則は侵さないか」

真田少将の呟きは実戦経験の豊富な将官らしく正鵠を射抜いていた。

一度の攻撃に限り圧倒的な攻撃能力を有しているアーセナルシップですらも、空母機動艦隊と比べると著しく多方面に活用できる柔軟性に欠けている事を指摘していた。

アーセナルシップでは地上目標攻撃任務しか出来ないが、適度に集中した空母群では対地攻撃任務、制空戦闘、制海権維持などの多様な任務すら行えるのだ。

つまり戦争の状況を思うままにコントロールすら出来てしまう。

大気圏内戦闘に限れば、航空母艦とは強大な攻撃力と、それ同等の防御力(艦載機は攻撃にも防御にも使用できる) に加えて、陸上基地にはない機動力を有している。高い機動性を有していれば、積極的先制を握る事も可能であり、敵よりも先に機制を制する事が出来たものが勝利 の女神のご機嫌を取る事が出来る。

兵器にとって最重要な要素は即応性である。

かつて海洋を支配した戦艦、陸上に君臨した要塞も機動力と言う即応性が無かった為に、戦争の主役の座を追われて表舞台から消えていった。

その事が判っているのに何故にアーセナルシップを建造したかといえば2つの理由がある。

先ず第一に、高価な空母攻撃部隊を支援するのが上げられる。 同等の技術レベルを持った相手に対しては、アーセナルシップの同時多目標攻撃能力をもって敵の防空網を 圧迫し、敵がアーセナルシップの攻撃に対応している間に艦載機を敵地深くまで侵入させてしまう。

そして第二に、敵の軍備をアーセナルシップに対応させる事にある。

逆説的だが巡航ミサイルの飽和攻撃に対応する為には、
それ相応の防空ユニット群が必要になる。

そして防空ユニットとはどれも値が張る装備であり、一朝一夕で揃えられる品物ではない。
当然、軍事費は無制限ではない、この船は存在する事によって直接戦火を交わさずとも敵に経済負担を与えるのが目的もあった。

そう、ER軍の軍事ドクトリンは要約すると、相手にどれだけ散財させるか…に絞られている。

「全巡航ミサイル、インホット。
 発射準備を完了しました。」

全ての作業を終えた士官達の報告を受け取ったファン大尉が真田少将に向かって口を開く。
それに対して真田は更なる破壊を生み出す命令を下した。

「国家の未来とは演説や捏造によって作られるのではなく、
 鉄と血のみが国家の礎を作るのだ…
 発射ッ!」

第一任務艦隊から解き放たれた巡航ミサイルの群れが新たなる歴史を刻む為に飛翔し始めた。
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