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ER戦記 第04話 『前夜』


帝国暦204年6月11日

ルフィル国際都市の中心部にある総帥府官邸に総帥から出頭を命じられていた全 ての男女がその官邸内に設置されている特別会議室に入った。

特別会議室

重ねられた特殊複合装甲の隙間に挟まれた振動吸収材に加え電磁流体力場で守られたこの場所は 遠隔盗聴や戦術核攻撃にいたるものに対抗できる機能を備えていた。

総帥が呼び出したのは6名。

セシリア・ラングレー主席秘書官
アルトール・エンシェンバッハ統合参謀本部長
佐伯陽子外務部本部長
ティエリ・アズヴァール通商部本部長
アリサ・ハーヴェスト技術部本部長
そしてニーベルンゲン特殊作戦軍司令アーゼン・レインハイム大将。

この重要な職務に就いている人々だった。
集まった目的は既に伝えられている。

「今後の重点は宇宙です。
 地上設備に関しては緩やかな設備投資を継続していけば現在の経済発展を維持できます。
 この事から先端設備投資の8割を宇宙関連にを注ぐ事に対しては全く問題を感じていません。

 問題は大戦で失った艦隊と宇宙施設の再建を急務に行わねばならない連合側の動きです。
 戦後復興…特に海洋戦力の回復に膨大な資金と資材を投資しなければならない連合の、
 直接介入は無いと言っても過言ではないですが…

 連合側は宇宙での優位を取り戻す間の時間を稼ぐ為に色々な策謀を巡らせて来るはずです。
 先ずはこの議題から行います」

セシリアは明瞭に口を開き議題の方向性を示す。

「反抗勢力に対しては内部勢力や他勢力を焚き付ける事によって争いを起こさせ、
 相手を消耗させるのは連合側の常套手段だな。
 その内乱を鎮圧する為に国家安全保障の名を語った武力介入に過剰な軍備増強…
 まったく、500年前から進歩が無い」

アーゼンは毒と皮肉を込めて言い放つ。

「相変わらずアーゼンは手厳しいな。
 しかし、今のセ連では万が一にもルマール国の油田地帯と地下資源を得たとしても、
 既に国家延命は不可能なのだがな。
 とりあえず…だアルトール元帥、連合の思惑に踊らされているセ連についての報告を」

総帥に問いただされたアルトールは慌てる事無く答える。

「衛星軌道監視軍に監視させていセ連軍の動きですが、前月上旬頃からセ連軍南部方面軍の
 根拠地周辺の活発な動きが2日前から低調になりました。
 これはセ連によるルマール国侵攻のカウントダウンに入ったことになります」

アルトールは一呼吸おいて報告を続けた。

「我が方のセ連に対する対抗措置は部隊配置を含めて全て完了済みです。
 戦争の期間は極めて短くなると思います。

 その理由は、80年代の宇宙開発競争でセ連は衛星軌道上に拠点を築かず、
 いきなり第4惑星フェーベを目指して悪戯に国力を衰退させた後遺症と、
 経済を無視した軍拡によって既に経済破綻寸前である事から…
 最長で3ヶ月、最短で1ヶ月でしょう。

 それを超えた場合は、例え他国の支援があろうともセ連は国家破綻は免れません。
 非正規戦闘に関してはニーベルンゲンが対応するので問題ありません。
 気になるようでしたらアーゼン大将よりお聞きください」

アルトール元帥は要点をまとめて報告した。

「そちらは計画通りに進んでいるようだな、あとは軍に一任する。
 そして陽子。
 情報部にも調べさせているが、外交部でもセ連の背後で動いている国が連合のどの国で、
 どの人物から出たのかを探って欲しい」

総帥は質問を続けた。

「次にティエリ。
 宇宙に投資した資金の回収率と、交易における利潤率はどうなっている」

ティエリもアルトールと同じく慌てる事無く答える。

もっとも家柄が良くても、自らが引き受けている業務内容の報告を満足に出来ない人物だったら 要職には就く事は不可能である。

「報告します。
 エリウスとアールヴァイン工業地帯に投資した資金の回収率は73.9%に達し、
 来年の夏頃には全ての回収を終えます。

 回収が当初の予想より早まったのはコロニー建造計画による内需拡大と月面を始め、
 小惑星資源地帯からの豊富な希少金属の供給による経済活性が主な要因です。

 交易に関しては…
 終戦に伴い軍需景気に湧いていた国際連合共同体の景気低迷によって、
 消費活動が縮小され前年度に比べ7.5%下がりました。
 しかし、交易減退分は宇宙開発景気によって拡大した内需でカバーが出来るので、
 全く考慮する必要はないでしょう。

 このまま上手く舵取りを行えば経済成長率も9.2%の高水準を保てます。
 また、休戦に伴い兵士の復員により生じた我が方の失業問題は、
 労働力が不足している宇宙産業と宇宙開拓産業に回せば解決する計算が出ています」

「充実した生産設備とそれをコントロール出来るシステムこそが本質的な国家と成るが…
 それを満足に提供できない国家はすでに存在する意義を失ってるな。

 我々はそうならないように一層の努力が必要だな。
 ではアリサ、核融合パルス推進とナノウェアシステムの開発状況についての報告を……」









同日深夜

第3任務艦隊は航空母艦1隻を中核に重巡洋艦1隻、ミサイル巡洋艦3隻、護衛艦12隻を従えて、ルマール国の南東150海里のエルリダ海峡に入りった地点を航海していた。

20隻ともなれば、多数の航跡を残すと思われるが、最新の船舶工学に基づいて設計 されているER軍の艦艇は殆ど航跡を残さず、レーダーで探知できないステルス艦艇で構成されてい る第3任務艦隊を見つけるのは非常に困難だった。

第3任務艦隊旗艦、航空母艦葛城の長官室には、シーナ・ラングレー中将とシーナの夫にして葛城航空部隊長のユリウス・ラングレー少将がいた。

「現在、艦隊は陣形を維持しつつ目的座標に向けて巡航速度の32ノットで航行。
 ここまでは発見されず来れたわね…
 ユリウス、フィールズ軍港で受け取った艦載機の状況はどうかしら?」

シーナが尋ねると、ユリウスは肩をすくめながら口を開く。

「フィールズ軍港で受理したF-22H先行量産型は全く問題は無かったな。
 今後の実戦にも良く耐えうる機体だと思う、拡張性もF-15系列に劣らず素晴らしいものだ。

 流石に君の妹が関わってる機体だけに直ぐにでも量産化を進めてよいと思うが…
 問題は先技研から送られてきた例の新鋭機だな。
 性能は素晴らしいが、あの整備に掛かる手間は戦場では致命的とも言える」

「その辺は、我慢してもらうしかないわ。
 次世代の戦争を見据える為にも、あれの試験運用は貴重な参考資料になるかもしれないし…
 大変だと思うけど私からもお願いします。
 それに多少の問題なら微力ながら私の艦隊がカバーするわ」

人間的魅力のあるシーナが言わなければ、嫌味を含んだ謙遜にしか聞こえないであろう。
彼女の従える艦艇は大戦後期に竣工した最鋭艦艇で固められている。

その実力は大戦末期に行われた ティール諸島沖海戦でアークライト大将率いる連合軍艦隊の主力、2群、3群、5群の3個任務群の合計12隻 の航空母艦からから発進した作戦機、904機が行った3波にわたる航空攻撃を、シーナ中将は巧みな艦隊運動 を行いつつラムジェットミサイル、レールガン、パルスレーザー等の新世代の防空システムと420機の制空機 を連動させた飽和迎撃によってことごとく阻止し、743機に及ぶ敵機を撃墜していたのだ。

その後、 航空兵力の大多数を失った連合軍艦隊は、第3任務艦隊の反撃によって更に航空母艦3隻、巡洋艦3隻、駆逐艦11隻と直衛機を85機を失い、残る艦艇も大小の損害を受けて、退避を試みたが優速のシーナ艦隊の追撃から逃れられず連合軍は作戦参加艦艇の7割を失い、文字通り壊滅してしまったのである。

艦隊戦力の大多数と同時に制海権を失った連合軍はERFの反攻作戦による攻撃を防ぐ事ができず、ER圏に近 くて少なくない影響を及ぼす全ての根拠地をERFによって完全に破壊されるか、占領されてしまう。

その時点で中立国を仲介して和平交渉を開始し第3次世界大戦は終結を迎えた。

今の艦隊はティール沖海戦時と比べて規模は航空兵力と護衛兵力も小規模だが、それでも基地航空隊程度では太刀打ちできない防空能力を有している。

「シーナの頼みは断れないな。
 わかった、何とか使ってみよう」

ユリウスの答えに、シーナは夫にしか向けない魅力的な笑みを受けべて口を開く。

「もう一つ頼み事を…
 私、二人目の子供が欲しいの」

シーナは端末を操作し、長官室にロックをかけてユリウスを見つめる。

「喜んでお受けいたしましょう」

ユリウスは苦笑いを浮かべてネクタイを緩めた。

行動を確認したシーナは少し恥ずかしそうに微笑みながら口を開く。

「感謝します…
 行動開始時期は貴方に一任しますね」
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