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ER戦記 第03話 『黎明の空』


帝国暦204年4月15日

ルフィル国際都市にある統合参謀本部構内。
その地下に設けられた 作戦指揮司令所の上段部分で統合参謀本部長のアルトール・エンシェンバッハ元帥 と外務部本部長の佐伯陽子の二人はいた。

佐伯陽子
佐伯正利の妻で、遥、香奈、麗香の優秀な3人の娘を育てつつも、 外交関連を一手に担うER社の重鎮であり、ラングレー王国外務省の長でもある。

すでに58歳に達するが34歳の時に不老長寿をもたらすテロメア改良手術を受けており、 受けた当時の美貌と健康を衰えさせる事無く維持し続けている。

「報告を見たところによると新興独立国家郡の防衛力増強は順調のようね。
 あの件以来、リヴァール王国連合を中核とする通商連合の介入が止まったとはいえ、
 まだまだ予断を許さない状況なのよ」

「やはり、セヴェロスク連邦の軍部強硬派の存在でしょうか?」

アルトール元帥の質問に対して陽子は一呼吸をおいて答えた。


「大戦に本格的に参加出来なかった代わりに、ひたすら軍拡に励んでいたセ連軍は、
 最大のライバルである通商連合の軍事力が低下している今こそ南方地帯に進出して、
 不凍港獲得の最大のチャンスだと思ってるのよ…

 彼らの主張では解放らしいけど・・・実際は侵略そのもの。
 知っている通り、既にルマール国国境付近にはバラノビチ・ポドルスキー大将が指揮する、
 セヴェロスク連邦軍第16機械化軍団の一部が展開を開始しています。

 ここまでは情報部の分析通りの行動だけど…
 そこで、問題なのは何だと思うかしら?」

陽子はアルトールの反応を試すように質問した。

「セ連軍の意図が本当に強硬派から出たのか見極める事ですね」

「その通りです。
 強硬派から発生した意図ならば簡単です。

 かの国の経済事情から大規模兵力の派兵は到底無理でしょう。
 必要最低限の軍事力でも絶え間ない情報収集と、適切な戦略予備軍の展開を行えば、
 我が方の防御攻勢だけで確実に阻止出来るでしょう…

 ただし、他国からの工作によって焚き付けられているとしたならば事情は変わります。
 意図を見抜かぬ限り大規模な派兵は危険を招きますし、例の工作にも影響が出てきます」

陽子の疑問はもっともである。
工作元は通商連合であるとしても、通商連合加盟国の中には国際連合共同体や自治区を通して帝国やERと貿易を行っている国もあり、複雑怪奇な国際情勢を生み出している事から、どの加盟国が工作を行っているかが問題なのである。

アルトールは数瞬の間、目を閉じた後に口を開いた。

「最小戦力でセ連軍の意図を挫けば良いのですね…
 それには、新興独立国家郡の防衛戦参加だけでなく、特殊作戦軍の派遣が必要不可欠です。

 この二つが満たされるなら、現在の新興独立国家郡に派遣中の軍事顧問団に加えて、
 2個装甲旅団、1個航空軍、小規模でも良いので1個機動艦隊の追加派兵と…
 安定した補給で凌ぐ事はできます」

陽子はアルトールの答えの難解さに苦笑を浮かべつつ答えた。
新興独立国家郡の防衛戦参加は困難ではない。彼らは自らの国の存在感を世界に示すために、少数兵力ならば喜んで兵力を提供してくるだろう。ERも軍事戦力としではなく、外交戦力として使うので装備や錬度は考慮しなくても良い。

難解なのは特殊作戦軍の派兵であった。

「新興独立国家郡の防衛参加の件は任せて。彼らも北の脅威には無関心でいられない筈。
 派兵戦力の編成は任せますが、艦隊に関しては第3任務艦隊でお願いするわ」

「判りました」

「でもニーベルンゲン特殊作戦軍の派遣は難しいわ。
 彼らを派遣をしなくても十分対処できると思うけど、何故かしら?」

ニーベルンゲン
敵からは恐怖を、味方からは畏怖をもって語られる程の伝説を築き上げたレインハイム皇国の主である、魔王アーゼン・レインハイムが作り上げた特別機関である。

主任務は重要施設警護、要人警護、破壊工作防止、特殊工作、潜入捜索、等を行う破壊と生存 に長けた異能者集団を中核に編成されている特殊部隊である。

特別独立機関なので総帥府の直接命令かアーゼン大将の独自判断でしか動くことが 無いが、動くと何かが起こる機関として敵国からは危険視されている。


アルトールは陽子の疑問に応えた。

「セ連は不利になると徹底した不正規を行うはずです…
 それを未然に防ぎ戦いの長期化を防ぐ為にアーゼン大将を責任者として派遣したいのです」

「判りました。
 なんとかして総帥府には私から必ず話を通しておきます」

陽子は納得した表情で答え、話題を変え始めた。

「そういえば、ERの再構築の日に備えての軍の再編成の進み具合はどうですか?」

「陸軍、海軍、航空軍の軍縮は順調です。
 いつでも余剰兵器は帝国及び新興国家郡に対しての無償供与出来る状態です。

 宇宙軍に関しては順調に増強が進んでおります。
 やはり対軌道輸送技術の発達によって建造出来たエリウスとアールヴァイン工業地帯の存在
 が大きいですね」

陽子の問いにアルトールは答える。

エリウス
それは宇宙関連施設が設置されている地上基地やメガフロートと、月面採掘基地や宇宙における物流の中継拠点として第3次大戦の6年前に建設された。

衛星軌道上に浮かぶ従来の軌道ステーションとは一線を超えた規模の、多種の施設を備える大規模港である。メガフロート施設と連携し運用する為に建設計画が並行に進められ、メガフロート完成の翌年の帝国暦196年にエリウスは完成した。

主要目的は月のラグランジュポイントに建設した資源衛星加工施設郡との中継拠点である。
希少金属や工業資源は惑星上よりも宇宙空間に浮遊する資源衛星や月の方が遥かに埋蔵量が多い事で知られている。

そして、月には核融合に必要不可欠なヘリウム3などエネルギー資源が豊富にあり、これらの重要資源を惑星上以外からも得られるようになった事は、連合や連邦に比べ資源採掘地帯の少ないERや帝国の生存権を飛躍的に高めた。

ただ、同時期に建造された通商連合側の次世代軌道ステーションであるベリオスよりも規模も性能も進んでいた事が通商連合側の宇宙覇権計画の妨げになると判断され、それが元で発生した軍事衛星同士の小規模な軍事衝突が第三次世界大戦の引き金となった。

しかしER圏や帝国圏だけでなく中立国の世論ではエリウスが無ければ宇宙資源採掘権は通商連合側に独占されていただろうとの意見が大半で、宇宙開発に対して市民の反応は極めて好意的である。エリウスは戦時中でも航宙機支援、弾道弾迎撃支援、宇宙輸送艦建造で活躍し制宙権の維持と資源供給源として大きく貢献した。



アールヴァイン工業地帯
元は月や資源衛星から採掘した各種資源を加工し精製するために第一次宇宙開発計画でラグランジュポイントに建設された、中継ステーション郡を拡張して建設された資源加工工場群と連携した世界初の宇宙工業地帯である。

これは、資源を直接地上まで輸送し加工する連合側の方式に比べると効率や安全性は高いが、もう一つのER軍を建軍出来るぐらいの莫大な資金が必要である事が問題視されたが、工場が起動すれば確実の利潤と生存権向上が見込めるため、ER社の重要計画として始められ戦時中でも増築工事は止めることなく続けられた。

その懸命の努力の結果、大戦中にアールヴァイン工業地帯は実働し制宙権の確保とあいまって、戦時中でさえも友好国に豊かな資源や資材を供給し続けた。
そして今では第二期宇宙開発計画に基づいてERと帝国の共同出資で建設が進められているオニール型工業用コロニーの大型建設資材製造工場としても起動し始めている。


「しかし奇妙なものです。
 どの陣営も大気圏内用兵器は一部を除いて殆どが第三世代の改良で済ませてるのですから。
 軍事も経済の束縛から離れる事が出来ない良い例なのかもしれません」

「どこもかしこも莫大な予算が掛かる宇宙開発競争に資源と資金を優先的に回した結果…
 つまり常識が勝ったという事ですね」

アルトールに答えるように陽子が口を開く。

二人の指摘は寸分たがわず合っていた。
膨大な軍備を一斉に新式に更新しようすると膨大な資金や資源、そして工業力が必要になる。

そして軍備とは利権保護に役に立っても、他陣営の生産基盤や資源地帯を侵略しない限り、生産力向上や利権獲得に繋がらないので健全な国家は国土や通商航路や既得利権の防衛戦力を超えた軍備増強を行おうとはしない。

それを超えた戦力を保有した結末は国家財政破綻と決まっているのだから。


例え武力で他国の策源地を制圧して目先の破綻を免れたとしても占領地維持費や損害回復費用 を始め多様な問題が湧き出てくる事から簡単には黒字にはならない。

第3次世界大戦では双方の陣営が本格的動員を行わず比較的短い期間の衝突で矛を収めたのは、双方の陣営が宇宙開発を本格的に再開したい意見の一致が合った事からである。

それは宇宙開発の衝突で勃発した大戦と考えればとても皮肉な事実でもある。


「さて、これからが大変だわ。
 今まで蒔いてきた種をどれだけ芽吹かせる事が出来るかで、
 将来の宇宙における優位不利が決まるのだがら」

陽子は真剣な表情でアルトールに言った。

「私も宇宙資源採掘権の重要性から次期大戦では宇宙が主戦場になると確信しています」

二人予想は正鵠を射抜いていた。
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