■ EXIT
生と死


高度一万メートル。

対流圏と呼ばれる、我々の生活する大気の最上位、 この上は成層圏と呼ばれ、蒼い宇宙への階段になる。

その位置には、地表の変化や大気の変動もほとんど関係が無く、 ましてや、地を這う人間風情のかかわる世界ではありえなかった。

だが、そこに薄い飛行機雲を引く、無粋な銀の機体が、 ゆっくりと侵入してくる。

C-5Eギャラクシー

ずんぐりした胴体、巨大な翼に4基のエンジン。

122トンの積載量を誇り、 大型の機体にも関わらず、初期型からの改良が続けられ、今ではパイロット1人でも運行可能、 誕生から50年は経過しているが、改修を受けて今もなお現役の軍用輸送機である。。

 ピッ  

電子音と共に、オールグリーンの表示が出る。

機長のゼンダ・マグナス大尉は、 定時のチェックを終了した。

コ・パイのミネバ・ランバ少尉も、 エンジン系のチェックを終了する。

「大尉、順調なようですね。」

ティアドロップの古風なサングラスをかけた、 こわもての大尉は、重々しくうなずいた。

「ああ、物が物なだけに、気を使わせるな。」

「緊急時ですからね、この子(ギャラクシー)が空いていて良かったです。」

少尉は、ゼンダ大尉と組んでそろそろ2年になる、 空輸部隊では、安定度でトップクラスのペアだ。

27歳のミネバは、化粧っ気はほとんど無いが、 目が大きく、ちょっと見た目には22〜3に見えてしまう。 柔らかそうな唇に、わずかにピンクのリップをしているのが、 かえって清楚な色気を感じさせる。

「空いていたのは、軍にとっては都合が良かっただろうが、 せっかくのバカンスを、台無しにしてしまったなあ。」

すまなそうに言うゼンダ大尉、 二人は、組んですぐに男と女の関係になり、 今でも、その関係は深く安定している。

「バカンスは、また取ればいいのです。 それより、ベラシとボスコニアの緊張を抑えるためとは言え、 後ろの荷物を、使うことにならねば良いのですが・・・。」

「そうだな・・・」

すまない、と心の中で感謝する。

思慮深く、ゼンダをたててくれる彼女に、 どれほど助けられているか分からない。

ポケットの指輪を、今度こそ渡さねばと、誓いなおす。

そして、そのためにも、後ろの物騒極まりない大荷物が、 使われぬよう、願うのだ。

合計42トンにも及ぶ広範囲用の各種対地爆弾。

ノースタゴタの基地から、信管つき即時利用も可能な状態で、 これだけの弾薬を安全に運べるのは、 彼らの操作するC-5Eギャラクシーぐらいのものだ。

ER連合に協力的な国家ペラシ、 その隣、リヴァール連合と同盟を結ぶボスコニア

国境を接し、しかも異なる主義主張の国家。
それでなくとも緊張の激しい両国間に、 昨日衝撃が走った。

ベラシ式典行事の悲惨な爆弾テロ。
ボスコニアでは国境沿いに走る鉄道の大規模な爆破事件。 同じ日に起こった大事件は、 両国を、爆発寸前の火薬庫にしてしまう。

これを抑えるには、それ以上の力で脅すしかない。
ER側も、その程度の事は分かっているとは思う。

リヴァールとER双方が脅しあいで、 間接的にベラシとボスコニアを押さえ込むしかないだろう。

そのためにも、ベラシとボスコニアの連中の頭に、 冷や水をぶっ掛ける必要がある。
凶暴極まりない弾薬が集まっている事実、それだけが必要だ。

リヴァールとER双方の基地にあるのは、短距離爆撃機。

真っ先に使われるのが、自分たちだと知れば、 いくら頭に血が上っていても、考え直さざる得ないだろう。

大半の人類は、好きこのんで戦争などしたくは無い。 抑止力のためには、あえて毒をもたねばならぬ時もある。

だが、そうでない人類も、少なからずいることが、 人類の不幸なのかもしれない。

操縦室のロックが、そっと音も無くはずれ、 わずかに開いた口から、男性の手らしいものが、 何か、丸くつやつやした半球状のものを、そっと置いた。

次の瞬間、 鼓膜が破壊されるほどの音が、狭い室内を蹂躙した。









ピーッ

操縦室の緊急通信のコールが、耳障りな電子音を立てた。

「こちらノースタゴタ基地第2管制所、“ナイトメア”コースを外れている。」

“ナイトメア”は、このC-5Eギャラクシーの作戦中のコードネームであり、 このコードを使っている今は、軍事作戦中なのである。
通常、作戦によって定められた時刻以外の通信を行うことはない。

だが、管制基地の広域レーダーは、 無視できぬほど大きく航路を外れた“ナイトメア”を示していた。

「どうした?“ナイトメア”応答せよ、応答せよ!」

管制官の声が、明らかに動揺している。 だが、それに返答すべきパイロットとコ・パイロットは、 後頭部を撃ち抜かれて、ぴくりとも動かなかった。

後に、奇跡的に回収されたボイスレコーダーは、 通常の運航をしていたある瞬間から、 気が狂うレベルの音響だけが記録され、 その後の様子は何一つわからなかった。

音響爆弾と呼ばれる、都市内部での対テロ対策用兵器がある。 閃光弾のような、静音性や隠密性は乏しいが、 作動時間が長く、屋内での攻撃性は閃光弾以上とされる。

しかも、ボイスレコーダーのような音声記録装置は、 完全に無力化できる。

発狂レベルの音響に、 耳を押えてのたうちまわるパイロットたちが、 後頭部を撃ち抜かれたとしても、 何の記録も残るわけがなかった。

手際よく取り付けられた、自動操縦ユニットは、 “ナイトメア”を不気味に導きながら、 高度計と組み合わせられた発火用タイマーを、 ミリ秒単位で減らしつづけていた。

ノースタゴタ空軍基地が騒然となった。

“ナイトメア”が完全にコントロール不能と分かった瞬間、 空軍トップの士官たちが、ただの愚人の集団と化して、 責任のなすりあいと、ののしりあいを始めた。

「シャラアアアアアップ!(黙れ)」

窓がビリビリと震えた。
そして、痛いほどの静寂。

身長155センチ、 大男ぞろいの空軍士官の中では、子供のように小さな姿だが、 怒髪天を突いた時の声は、万余の兵も押し黙る。

「貴様らそれでも、名誉あるリヴァール空軍の一員か!、  恥をしれえええっ!!」

ノースタゴタ空軍基地司令、マスティゴ中将の一括は 雷撃のごとく、その場にいた全士官を打ちのめした。

ギョロ眼を血走らせ、 あご全体と鼻の下にふさふさと濃いひげを生やした中将は、 すさまじいまでの威厳で、断を下した。

「レッドフラッグ、ブルーフラッグ、対長距離空戦装備で即時出動せよ!」

ノースタゴタの第一(レッド)、第二(ブルー)空戦部隊に全力出動がかかった。

マスティゴは、その場で基地全体への放送を行った。 簡素に事情を説明し、行われた放送は、後々までの語り草になったという。

「我らはリヴァール連合の最精鋭の剣である。
 我らの刃は、愛する民とわが国土を守り、いかなる敵とも戦い抜く不滅の刃である。  

 今我らの手を離れんとする兵器は、  民の血と汗の血税であり、未来への願いなのである。
 それは民のため、国土のため以外、いかなる理由があろうと使うことは許されぬ!。  

 リヴァール空軍の名にかけて、マスティゴが命ずる  空軍の勇者たちよ、民を、国土を、命をかけて守れっ!」

戦術核に匹敵する爆薬と対峙する、これは戦争となんら変わらない。 ましてや、航空機の故障や墜落ではない、 『何者かの意志で』コントロール不能になっているのである。 軍と基地の名誉にかけて、これを奪われてはならなかった。

マスティゴの獅子のごとき咆哮は、 2万近い基地の人員すべての意思を、瞬時に一つへとまとめあげた。

だが、C-5Eギャラクシーは、積載量を誇るだけではなく、 大型輸送機トップクラスの航続距離能力もある。 いかに高速であれ、大量の燃料を消耗する空戦型の戦闘機では、 補助タンクを積んでも、捕捉できるぎりぎりの距離だった。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 「・・・・ふむ、」

奇妙な顔をして、フェリペがカメラを閉じた。

リンゼも、ただれた欲望がおさまったのか、 絡まりあう二人を見て、少しだけ表情を変えた。

サーニャが一方的に体を痙攣させ、 湧き上がった衝動を、あっという間に発散させられていた。

エカテリナの磨き上げた媚術にかかると、 サーニャほどの趣味人でも、子供のようにあしらわれる。

だが、これまでエカテリナは、 一方的に相手をあしらうようなことは、全くしなかった。

「おゆるしください・・・」
エカテリナは申し訳なさそうに片膝をつくと、3人に頭を下げた。 たとえどのような相手だろうと、 この三人の興ざめをさせるような行為は、自分の首を絞めるに等しい。
エカテリナがそれを知らぬはずは無い。
そして、この娘は、自分の命より他人の命を大事にする。

「何事か?」

そこには、究極の趣味人たるフェリペはいなかった。
リヴァールの国政を背負い、この国の安定と未来を守る、傲然たる権力者がいた。

その怒りに触れれば、何者も容赦なく踏みつぶす獅子。
誇り高き「流血の姫君」の顔。

エカテリナは簡潔に、外で何があったかを伝えた。

襲撃され、街にたどり着いた18人の政府調査団、 調査団が発見した異常な汚染地域、 砂エルフがおびえる『死の谷』。

事実を事実だけ伝えた。 フェリペたちには、それで十分。

フェリペの秀麗な美貌が、凶暴な般若に変わった。

「あやつ・・・・またしても!」

フェリペの白い歯がキリキリときしんだ。

「我が愛する国土を穢すとは・・・断じて許せん!」

あえいでいたサーニャが、細い裸身を起こす。

「あれの金づるの一つなのね。」

その小さな頭部が猛烈に回転を始める。
物流や基地の配置、特殊廃棄物の移動が、 脳裏に浮かんだ情報網から、浮き上がってくる。

「ならば・・・」

リンゼが、ちらっとフェリペを見た。 アイコンタクトで、会話を行う。

『証拠が欲しい』

フェリペは同意したが、一つ懸念が浮かぶ。

『だが、この場ではかなり難しい・・・』

『ふむ・・・?』

他人から見れば、何一つ分からないが、 フェリペ、リンゼ、サーニャは、 アイコンタクトや、さりげないわずかな動きだけで、 驚くほど高度な会話が出来る。

『今すぐ調査させたいところだが、  メイド部隊は、女性の少ないここでは目立ちすぎる。  まして、砂エルフ以外のエルフ族では、なおさらじゃ。  不審がられては、身動きが取れぬ。』

『なるほど、困ったわね』

これだけの会話が、瞬時に伝え合えるのだから、 連合議会や、王宮会議の席など、 3人にとっては、無人も同じだ。
3枚のジョーカーの名は伊達ではない。

サーニャが顔を上げ、フェリペとリンゼの視線と絡む。 みな同時に、同じ事を思いついていた。

「わかりました、すぐに私が情報を集めてきます。」

エカテリナの声に、3人ははっと胸を突かれた。

そう、今は3人ではない、『4人』なのだ。

冷酷非情にして傲岸不遜、 冷血緻密にして超サディスト、 傍若無人にして凶暴不羈、 リヴァール連合に名を轟かす3人の魔女の、 たった一人の「愛人」。

この魔女たちが、彼女にだけは、隠し事が出来ない。
意志を手に取るように読まれ、愛おしさで胸が熱くなる。
だからこそ、自分たちはここに来たのだと。

けが人の救護に走ったエカテリナが、 調査員を見舞いに来ても、だれも不審には思うまい。

「ヴェモンと共にまいります、すぐ戻りますからお待ちください。」

己の優れた愛人を、うっとりと見るフェリペたちに、 エカテリナは優雅に一礼をすると、 かわいらしい裸身をひるがえした。

クルーアとジジャが、争うように彼女の身支度をし、 風のように出て行った。

クルーアもジジャも、エカテリナの肌が大好きで、 彼女の身支度となると、つい手がでてしまう。 エカテリナの困ったような笑顔に、フェリペたちが苦笑する。

ジジャはとにかく、クルーアが我を忘れて手を出すなど、 彼女を知り抜いているフェリペからすれば『ありえない』。 エカテリナの魅力、 中でも恐るべきは『人気』という不思議な感覚のなせる奇跡であろう。

「そなたが娼婦だなどと、神の悪戯にもほどがあるというものよ・・・。」

美の女神のようなフェリペが、苦悩の表情を浮かべて首を振る。

フェリペたちの『会話』をたやすく読み取る感性、 その内容を瞬時に理解しうる知性、 桁外れともいえる多彩な才能、 彼女たちすら魅了される人格と魂、 そして人をひきつけて止まぬ「魅力」。

リヴァール広しと言えど、どこにこれだけの女性がいると言うのか。 あの鉱山王が、養女にすることを考えたのも、あたりまえだ。

執務室のフェリペの脇に立つ、優雅なドレスのエカテリナを思い浮かべ、 フェリペとともに国政に力をふるう様を、思わず想像してしまう。

リンゼとサーニャもまた、苦悩と陶酔の表情を浮かべている。

軍服を身に着け、リンゼと国軍の作戦指導に火花を散らす姿、 サーニャの会長室で、スーツ姿のエカテリナと共に世界の市場を操る姿、 それぞれに、それもまた、一服の絵であった。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

「ユッヒ、ユッヒ!、  無茶すんな、機体が持たねえぞ!」

後席のナビゲーター、ダレン・ブロダニア少尉が悲鳴を上げた。 前席のパイロット、ユッヒ・ライトレン中尉が、白い歯を剥いて笑った。

「オヤジのセリフ聞いただろうが!」

それ以外は、説明不用とばかりに、 雲の塊を必要最低限の動きでぎりぎりにすりぬけ、 重い空気の波をかわしながら、次第に高度を上げていく。

MR−22 スカイホーク 格闘性能に優れながら、長距離飛行から爆撃までこなす万能型戦闘機。

愛器のエンジンを限界まで使用しつつ、 弾道起動で、高度をあげ、 目標位置に最高のスピードと燃料比率で到達するコースをとる。

「こいつなら、大丈夫だ。」

自分の身体の一部となった機体と、 それを身を削るようにして万全に整える整備技師のオヤジさん。

『こいつなら、大丈夫だ。』

同じ言葉で、オヤジさんはユッヒに言った。 『限界まで、こいつを使ってくれ』と、そう聞こえた。

そしてもう一人、全士官が尊敬をこめて呼ぶ“オヤジ”。
マスティゴ中将の放送。

「男がここで命をかけなくて、どーするよ!」

「ったく、しょうがねえな。コンマ03、ライト向けろ、  ドンピシャ、07秒最大加速、風がのれるぞっ!。」

地形と気流、レーダーの情報から、マッハの速度の中、 中規模の向かい風の波を読むという、 これもまた奇跡に近い能力で、スカイホークは一気に高度を上げた。

レッドフラッグのエースに、後続機も必死に続く。
空中給油機や、万一のための戦闘要員を乗せた輸送機等も続いていた。

もしこれが、マスティゴ中将の基地でなければ、 これほど大規模な軍事行動は、内乱を疑われても不思議ではない。 だがマスティゴは情報を隠さず、 近隣の基地に、一時的な駐屯や上空の哨戒を求め、 自分は管制塔に入って、その特徴的な体をさらした。

もちろん、少しでも疑いがあれば、自分を攻撃させるためだった。

愚かしいほどの愚直な行動は、 基地と周辺地域の混乱を、しっかりと抑えぬいた。

ただ、それほどの人物であるがゆえに、 『目ざわり』と今回の事件を狙われたのも、皮肉な事実である。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

「“影”(シャドウ)様、
 計画通り“ナイトメア”は予測地点へ向っております。」

中年の、何の変哲も無い男性が、 うやうやしく報告をする。

ちらっと、ゆがんだ視線が一瞥をくれる。
中年男は、首のあたりにひやりとした寒気を感じる。 一片の異常も反駁も許さぬ、冷酷極まりない目だった。

「あとの手はずも、ご指示通りに・・・」

“影”がうるさそうに手を振ると、 口を閉じ、あたふたと部屋を出た。 入れ違いにノックが起こった。

ニュウシュツヲキョカシマス

網膜認証、容貌確認、セキュリティプレートネーム、 金属探知、爆薬と危険物探査、 5重のセンサーが確認の後、音声と共にドアが開いた。

白衣姿のメガネをかけた男が入ってきた。 手には中型のトレイと、 手の中に隠れそうな、小さなガラス瓶がのっている。

「“影”様、ご命令の分、採取終わりました。」

瓶の中には、桃色のねっとりした粘液が入っていた。 歪んだ視線の秀麗な顔が、不快そうにしかめられる。

「それだけか」

眼鏡の下にびっしりと汗をかき、トレイが震えた。

「ご命令の研究は進めましたが、男性エルフの精巣からは、  ある程度以上の質の『生命原質』は取れぬようです。  やはりこれまでの研究結果のように、  女性、それも成人前の卵巣からが、量、質、ともに良いようです。」

男は声が震えぬよう必死に抑えながら、料理の材料のように話した。 “影”が気に入らぬ話し方は、自分の身が危うくなる。

『生命原質』とは、 生命酵素やRNA遺伝子とその酵素、 様々なホルモンやプロスタグランディン前駆物質、たんぱく質などの、 巨大なまとまりで、全てが関連し合い、協力し合って働く、 大型の分子統合体とでも言うべき物質である。

生命力の源とも言うべきものであり、 この世界の科学をもってしても、合成は不可能。

そして、死ねば真っ先に失われる存在、 つまり相手が生きていねば、採取は不可能。

“影”がなにゆえ、エルフのそれを集め、 研究しているのかは、想像に難くないが、 あまりにも生々しく、背筋の震えを禁じ得ない。

その小さなビンを満たした『生命原質』に、 どれほどの命がこもっているというのだろう。

「ちっ、少ないな。もっと大量に集めろ。」

悪魔が、人の魂を集めろと命ずれば、 こんなにも荒んだ、冷酷な声になるのであろうか。

メガネの男は、この数十秒の間に、 げっそりと青ざめた顔を隠すように、 そそくさと出て行った。

“影”は、部屋の本棚の一冊を押し、手を離した。

指先の指紋と血液型を認証した本棚は、 音も無く左へずれ、暗い空洞を開いた。 “影”はビンを持つと、その中へ降りていった。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

「『狐』から緊急連絡です。」

『狐』は、リンゼ直属の国家機密情報員の名称。
彼女の右耳に仕掛けられた、コード解除システムが、 暗号信号を通常音声に聞こえさせる。

ノースタゴタ、王都、ボスコニア 数人の情報員が、同時に入れた連絡を聞き取る。

彼女の能力なら、10人の報告も同時に聞き取り、 それぞれに判断を下すことが可能。

おびただしい複数多源情報を、 不自由不安定な脳の機械化をせずに同時並列処理し、 多元的な判断を可能とする、超情報処理能力。

リヴァール情報局長は、各員に指令を飛ばした。

「やられたな。」

この時点で、リンゼが悔しそうに舌打ちする理由は、 ほぼ一つしかない。

「まさに蛇の執念深さじゃな。」

「“影”が追い討ちを?」

フェリペとサーニャの確認に、 うなづくリンゼの、赤い髪をかき上げるしぐさが、 ひどく艶かしい。

ノースタゴタに起こった、大量の破壊兵器略奪。

「それに昨日の事件も、下工作だったのかもしれん。」

ER連合に協力的な国家ペラシの、 式典行事の悲惨な爆弾テロと、その隣、リヴァール連合と同盟を結ぶボスコニアの、 国境添いに走る鉄道の大規模な爆破事件のことである。

そちらに引っ張られた関係上、 国軍はノースタゴタの事件に、対応する余裕が無い。

「さすが『雷帝』マスティゴ、よく対応しておるではないかぇ。」

マスティゴ空軍中将は、 その桁外れの大声と豪胆さで、『雷帝』とあだ名されている。

彼でなければ、事件発生初期のうちに、何もすることが出来ず、 あっさり振り切られてしまっていただろう。

「それゆえに“影”から目をつけられたのですよ。」

フェリペの言葉に、リンゼが苦々しく返す。

緊張を引き起こして、死の商人たちと利益を上げ、 軍や他の目と戦力をそちらにひきつけ、 己の不利益を隠すために、調査団を襲撃し、 さらに徹底した隠滅のための爆撃、 その責任を負わせ、 “影”に組みせぬ、硬骨漢のマスティゴをひきずり落とす。

「さらに、いくつかの不穏な動きもあるけれど、  まだ充分な調査が出来ないわ。」

しかも、全ての事件において、 “影”は一片たりとも痕跡を残していない。

さすがに『妖怪』と畏れられるだけはあった。

エカテリナの行動と観察眼が無ければ、 誰にも事件の全貌は分からぬはずだった。

ただ、エカテリナをW・W・W(ワイルドワイドウェスト) の荒野に追いやった張本人が“影”であったことを考えると、 因果応報という気もする。

「ここも危ないわね。」

逃げ足には何の心配もしていない3人、 だが、さっとフェリペの顔色が変わった。

「しまった、エカテリナ!」

“影”のやり口は、よく知っているフェリペ、 殲滅、虐殺、殺戮、 あれほどの悪食にして徹底した性格は、他にいない。

フェリペの的確な推察どおり、 街に、次々と銃弾が打ち込まれた。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

C-5Eギャラクシーが、 ゆっくりと、確実に、機首を下げた。

『爆撃は当たりさえすればよい。』

“影”の言葉どおり、 プログラムされた自動操縦に従い、 エカテリナたちのいる町、ベンドンシティへ向った。

『要は、あそこに町があるからいけないのだよ。  E・グリーンベルト構想など、目的地が無ければ、  立ち消えになる。』

40トンを超える凶暴な爆弾を積んだ輸送機は、 失速や操舵ミスを起こしにくい確実な航路で、 まっすぐに町の中心を狙った。
次の話
前の話