ワイルド・ワイド・ウェスト 17 『変 転』
「1・2・3・、はいそこでゆっくり息を吐いて、背中を伸ばします。」
薄い布をまとった女たちとイリナが、
ゆっくりを背中をそらしていく。
きれいな姿勢と、曲線の優美さが、まぶしいほどに美しい。
ルイーデの館で叩き込まれた、様々な調整法。
それを、一つ一つ砂エルフの女たちに伝授していく。
基本は全て健康であり、安定した体調を整えて、
若くみずみずしい肉体を保持することにある。
娼婦は肉体労働であり、十分な休養が必要になる。
そして、身体を作ることを怠れば、とたんに醜く歪んでいくだけだ。
「もうお腹も大きくなり始めたのに、よく動くねえ。」
ジジャが呆れたように言うが、
「動かないと、赤ちゃんに悪いんですよ。」
たしかに、母親がそう言っていたのを思い出し、
ジジャは一本とられた、という顔をする。
エカテリナがさらわれていたベンドンシティの地下酒場は、
そのまま彼女たちの拠点とあいなった。
何しろ、酒場の主が全てをほっぽり出して、
ふるさとへ帰ってしまったのだ。
食料難で困り果てていたプシュケ族も、
彼女たちの稼ぎで食料を補給でき、心から感謝していたため、
彼女たちには喜んで協力した。
また、街のスケベな男(特に実力者)どもも、
わざわざプシュケ族の居留地まで遠出をしないですむため、
これまた協力的であった。
もともとの地下酒場の客たちが、一番困っただろうが、
すぐに別の場所に、同じような酒場が出来たため、
酒はそちらで我慢する事になる。
ただし、エカテリナは一人しかいない、
これが一番の難題になった。
地下酒場でうっかりエカテリナの肉体を貪った男は、
彼女の甘美が忘れられず、彼女を出せと暴れるのもいて、
いい加減ウェモンはうんざりさせられた。
『俺だって彼女がほしいんだよ!』
思わず怒鳴りそうになるのをぐっとこらえて、
『丁重に』お引取り願うのである。
前回の経験と、経過のほぼ同じ調子から、
あと一ヶ月後には、出産をむかえるだろう。
彼女の妊娠期間は異常に短い。
だが、彼女から卵子を取り出して代理出産させた子供は、
普通のスピードだったと、鉱山王ガッハから聞いていた。
目立ってきたお腹をさすりながら、
エカテリナは嬉しそうに微笑む。
連れて行くことは出来ないが、
この地で、砂エルフたちが喜んで育てると言ってくれた。
子供のために、何もかも捨てて、
この地に隠れていることも考えたが、
それが出来ないのは、自分が一番よく知っている。
自分の何かが、それを絶対に許せない。
もしやってしまえば、一生後悔し続けるだろう。
後悔しながら育てられたら、子供は一生不幸だ。
「それにしても、ウェモンも大変ねえ。」
「何が?」
可愛く小首をかしげるエカテリナに、
ジジャは美しい唇を苦笑い。
「昨日見ただけでも3人、お断りをするのにてこずってたわよ。」
まさか客を殴るわけにもいかず、
暴れるのを抑えるのは、かなりテクニックがいる。
「ええ?、最近暇だなあって思ったら、そうだったの??。」
「暇だなあって・・・えええ??」
ジジャの方が目を白黒させた。
「妊婦と遊んでみたいって、お客様はけっこう多いのよ。」
古代から現代にいたるまで、
ゴミや汚物は、人類の存在コストとして、
常にそばにあり続けた。
ゴミ問題で廃棄された街というのも、
考古学で、少なからず見つかっている。
また、ゴミは出したものを映し出す鏡でもあり、
最大の恥部の一つでもある。
ゴミを探す産業スパイやパパラッチも多い。
当然、その内部を暴かれるのは、大変な苦痛になる。
「エカテリナ!、ジジャ!」
ミューンの娘たちで一番若いブレナが、買い物かごを抱えて駆け込んできた。
「どうしたの?」
「お、表に、街の外から何人ものけが人が、」
「おちつきなさい、ブレナ」
姉のファミが、思わずたしなめるが、
エカテリナは、全部聞き終わる前に駆け出していた。
「ちょっ、ちょっとまって、エカテリナぁ!」
風に血のにおいが混ざっていた。
無法の土地W・W・Wだが、すでに何人もの手当てが始まっていた。
普通のならず者なら、『くたばったら埋めてやる』程度。
町長が怒鳴りまわりながら、指揮していた。
これだけでも、けが人は只者ではない。
「ベンドウェット町長、なにかお手伝いはできますか?」
こういう時、何があったかなどと聞くのは、
パニックを起こしている相手を激怒させかねない。
「あ、エカテリナ、すまんが止血をまずたのむ、うあっまたきた。」
5,6人が乗ったけが人だらけの砂漠用ジープが、
蛇行しながら入ってきた。
戦場では、けが人一人に三人の手が必要だといわれる。
10数名のけが人で、周囲は野戦病院さながらの騒ぎになる。
「エカテリナ、むちゃしちゃだめよぉ」
ジジャを先頭に、女たちがどどっと駆けつけ、
エカテリナの命令ですぐに止血と介護を始めた。
とにかくケガは、止血。
しっかり強くおさえ、血管を圧迫してでもしっかり止める。
そして体温低下を防ぐのが、何より優先する。
自然の中で暮らしていた砂エルフたちは、
その辺のことは知り抜いている。
十人近い女たちが、手馴れた手つきで、一斉に手伝いに入ったので、
町長もほっとした顔で、一息ついた。
「すまん、たすかったよエカテリナ。政府の正式な調査団らしいんだが、
いったいどこのバカが攻撃したのか・・・あ、いやすまん忘れてくれ。」
にこっとエカテリナが微笑み返す。
「心得ております、御気になされませぬよう。」
客として何度ももてなされた事のあるエカテリナに、
うっかり口を滑らせた町長は、ほっとした顔つきになった。
「また、頼むよ。」
「お待ちしておりますわ。」
まあ、町長が口を滑らさなくても、
銃創と思われる傷が何人もいる。
女たちが耳を澄ませば、何があったかはザルより筒抜けだ。
『くそっ、軍隊みたいなやつら・・・っ』
『ビード、ビイドオオッ、逃げろおっ』
『あれは・・・正式装備じゃ・・・、』
『汚染物質が・・・計測器が振り切れて・・』
うめき、あえぎ、必死にのたうちまわる断末魔で、
女たちの手にすがり、死に切れぬ怨念を伝え残す。
街にたどり着いたのは18人、
政府の調査団は100名を超える規模だったらしい。
まさか政府の正式な調査団が襲われるとは、
誰も想像していなかったのか、
あるいは、あらかじめ仕組まれていたのか、
砂嵐などの対策は十分だったが、護衛はわずかしかいなかった。
「襲撃を受けたとき、突発的な竜巻が複数襲い掛かってきて、
それで双方ちりぢりになって、逃れられたらしいわ。」
ジジャが、冷静になろうと努力しながら、
聞いた情報をまとめた。
「どうやら、政府がW・W・Wの緑化構想を、再度挑戦することにしたようですね。
あの辺は、竜巻は珍しいのですが。」
ファミが、何か不快そうな顔で言う。
そう、比較的竜巻や砂嵐が少なめな、
W・W・Wのへその緒のような場所がある。
「でもあそこは、危険すぎます。」
ミューンの娘たちの中でも、口数の少なめなスターナが、
切羽詰った声をあげた。
ストレートの黒髪に、おっとりした美人で、
ずり落ちそうに、大きな丸いメガネをかけている。
「あそこは、私の母の妹が嫁いだ部族があったのです。
ですが、あるとき恐ろしい疫病が発生して、全て死にました・・・」
声が震えて、思わず涙ぐんでいた。
「今から25年前のことです。
母は、妹を心配するあまり、そこへ向かおうとしました。
いえ、大勢の砂エルフが、同族を救おうと、駆けつけたのです。」
『来るな!、誰も来てはならぬ!。』
谷にかかっていた橋の入り口で、当時の族長が必死に叫びました。
両眼両耳、あらゆる所から血を滴らせ、
橋を焼き落として、誰も渡らせないようにしたのです。
『血に触れたものは、一人残らずうつってしまった・・・だれもくるなああっ!』
「命知らずの若者が、それでも谷間を伝って乗り込んだのですが、
彼もまた、来てはならないと叫び、全身に油をふりかけ、身体を焼いて死んだのです。」
恐ろしい話に、全員が肌を泡立て、声もなく青ざめる。
「それから10年して、動物たちの動きから、
ようやく疫病が消えたことが確認されたのですが、
それが、第二の悲劇の引き金になってしまいました。」
スターナは、震えるように息を吸った。
「母をはじめ、親族の死を確認したい者たちは、
死に絶えた村を訪れました。ですがそこに、何人かの『エルフ』がいたのです。」
誰もがはっとして、エカテリナを見た。
彼女を毎日見ていて忘れていたが、
この地には、砂エルフしか生存できない。
エカテリナのような白いエルフは、生きていけない。
彼女は例外中の例外だった。
「彼らは、全身にひどい傷を負い、両足が砕けている者もいました。」
散々拷問を受けたあと、10日ほど前に軍用ヘリで運ばれ、
わざと、死なない程度の高さから、突き落とされたのだ。
白いエルフが、生きていけない土地へ。
彼らは必死に助け合いながら、どうにかこの滅びた村にたどり着いた。
「生きていた最年長のエルフが、言ったそうです。
『ここは、影(シャドウ)の、ゴミ捨て場だ・・・』と。」
エカテリナの顔が硬直し、
ウェモンが、鬼のような激怒の表情を浮かべた。
リヴァール連合の暗部に潜み、軍の中枢に深く食い込み、
生き血をすするように蠢く妖怪。
エカテリナをさらわせ、死に追いやりかけた相手。
「母たちには、その意味が分かりませんでした。
しかし、彼らを放ってはおけず、みんなで担ぎ出したとき、
一機の飛行機が、村の上を通過したのです。」
すでにスターナには、表情が無かった。
「村の外に、金属の大きな筒のような物が落ち、
耳をつんざくような破砕音おこりました。
黒い雲のようなものが、地面に低く広がり、
それに触れた仲間が、即座に胸をかきむしって倒れ・・・、
全員死に物狂いで逃げたそうです。」
エルフたちを抱えていた半数の砂エルフは、黒い雲に飲まれ、
残った仲間たちも、次々と病気を発し、
スターナの母親も、彼女たちの必死の看護のかいも無く、
苦しみ悶え、まるで300年の時を過ぎたかのように、
老婆となって死んだのだった。
スターナの母親は、家族に何があったかを必死に伝え続け、
『死の谷』と呼ばれるようになった場所に、
すべての部族が近づかないようになった。
時折、飛行機らしい物が『死の谷』のあたりを飛ぶことある。
「なんて・・・ことを・・・・」
エカテリナは、顔を覆って今にも鳴きそうな声を放った。
スターナの母親を襲ったのは、強毒性の高濃度放射性化学兵器廃棄物。
最初の凄まじい疫病は、デボラウィルス系の不要になった生物兵器。
それは、
彼女がイリナ・ラングレーだった頃に得た記憶の欠片。
だが、今の彼女には、それを気づく余裕も無かった。
危険極まりない気候のW・W・W、
そこに平然と、特殊部隊訓練をさせ続けてきた影(シャドウ)は、
偶然、極めて気候変動が少ないルートを発見した
そして、
己のためだけに役立つ事を思いついた。
ゴミ処理には、膨大な手間と費用がかかる。
ましてや、この手の危険極まりない廃棄物の処理は、
凄まじい費用と施設と技術がいる。
だからこそ、タダ同然で廃棄することで、
影(シャドウ)は、莫大な利益を貪り、巨大な金づるとした。
そのうち、もっと面白いことを思いつく。
異種族や不快に思った相手を、生きながら地獄へ落とすために、
そのゴミ捨て場へ、突き落としてきたのだった。
ほぼ正確に、エカテリナはその思考を読み解いていた。
「だから、か。あの調査団が全滅させられようとしたのは。」
ウェモンが歯をぎりぎりと軋ませながら、
搾り出すように言った。
「生き残っている調査団を、襲ってくるかもしれない。」
エカテリナの推測は、全員が納得した。
「ったく・・・、あんな奴をのさばらせておくなんざ、
ガッハや公爵夫人たちは、なにやってんだ。」
ウェモンが、そう言ったとたん、
地下にあるその部屋が、ビリビリ震えた。
「なっ?!」
「じ、地震?」
ゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴン
ビシッ、バリバリッ、
奥の狭い壁が割れ、石が崩れ、異常な振動音が響いた。
グバッ
石が砕け、飛び散り、ウェモンがエカテリナを抱えて飛んだ。
巨大な物体が、回転しながら現れた。
ギシュウウウウウ
機械音とともに、回転が止まり、
無数の突起に覆われた巨大な金属の壁が、
ジグソーパズルのように分かれ、組合わされ、形を変えていった。
排気装置らしいものが、埃を急速に吸い取っていく。
「うっふふふ、ビンゴ」
世にも嬉しげな、聞きなれた懐かしい声がした。
絹と綾に包まれ、妖艶で美しい笑顔が、残酷なまでの笑みを浮かべていた。
「ウェルサンダルスの組み立て形式、実に応用が効くわね。
いた!エカテリナ!!」
キンキン声で、嬉しげに傘を振る、ゴスロリドレス姿。
「やっと、やっと会えたな。」
厳しげな軍服姿の中で、緑の大きな目が潤み、すべてを物語っている。
「どーじゃエカテリナ。最新型ボーリングフィールドマシンじゃ。」
肥満した脂ぎった顔の巨漢が、ひらりと飛び降りる。
リヴァール貴族議会と王室における、裏の最高権力者フェリペ公爵夫人。
リヴァール連合最大のコングロマリット総帥、サーニャ・エグゼリオン。
軍情報局局長リンゼ・ワグナリウス。
そして、リヴァール鉱山王ガッハ・バルボア。
エカテリナのパトロンたち。
「み、みなさん?!」
ウェモンの腕から身軽に飛び降り、
柔らかい両手をいっぱいに広げて、
全身で4人を抱きしめた。
彼女の柔らかい腕に、身体に、甘い吐息に、
放たれる生命の波動に、
全員の生命が沸き立ち、心から感謝と喜びが際限なく吹き上がる。
−−−−この腕に抱きしめる事ができるなら、私は何をいとうだろう。
生きてこの世にあることが、生まれてきた喜びが、
この腕の中にすべてある。
私は今、生きている、生きている喜びは、あなたの笑顔に全てある。
この腕に抱きしめる事ができるなら、私は、何を、いとうだろう。−−−−
薄暗い地下の部屋に、不思議な光が満ち、
みな、そこがどこなのかも忘れ、ただ、今出会えたことに感謝だけを捧げていた。
「息災であったか・・・」
潤んだ目を必死にこらえながら、
驕慢と純朴の間を、揺らぐようにフェリペが聞いた。
赤く染まりそうな頬を、必死に押さえ込んでいる。
「うちの子たち、あなたの心配をして、毎晩泣いて寝られなかったわ。」
エカテリナに寄り添いながら、必死に顔をあさってに向けようとして、
赤く腫れた目で、その努力全て無駄にしているサーニャ。
「よしよし、よく手入れをしているようだな。」
長く美しい耳を、糸切り歯に挟み、そっとねぶりながら、
彼女の体臭をさっそく舌で、鼻で味わうリンゼ。
「やれやれ、リンゼどの。よだれが垂れておるぞ。」
ガッハのぼやきも、陶酔しているリンゼの耳に入っていない。
むかっ腹が立ったのか、ガッハが薔薇のつぼみのような唇にキスをすると、
エカテリナも、優しく万感の思いを込めて、甘く返した。
「あ・・あ・・・・あ・・・・・・!」
「ちょっ、こ、こらあっ」
「!!!!」
3枚のジョーカーは全員硬直。
「え、エカテリナ、あとで口をよ〜〜くゆすぐのよ。」
怒りを必死に抑えながら、フェリペが命令。
困った顔をしながら、鬼相のフェリペにうなずいたのでした。
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