■ EXIT
ワイルド・ワイド・ウェスト 7

ドンッ、ドドンッ、
ズギュンッ、キューン、 倒れ付した二人の上を、無数の銃弾が飛び交い、 月光と闇の中を、おびただしい火線が走る。

はいずるようにエカテリナがジジャの元に寄る。
「じ、ジジャさん、しっかり、しっかりしてください。」

だが、長時間の暴行で意識が混濁しているジジャは、 呼びかける声すら聞こえず、動くことも出来ない。 エカテリナは、必死に彼女の肩を担ぎ、 疲れきった身体で、岩陰に引きずり込んだ。


「軍だからってなめんじゃねえぞおおっ!」
一度は武器を奪われ、追われたドットサン商会の連中だったが、 本社の助っ人が間に合い、武器を受け取って、逆襲に転じてきたのだった。

それまでの20名に、助っ人が20名、 ほぼ戦力は互角だが、月が明るいため、山陰の暗闇を伝って襲い、 かなりの優勢を得ていた。

特殊部隊は、初年兵とはいえ軍から選抜されたメンバーであり、 実力はかなり高いはずなのだが、サバイバルの疲労と、 極上の女にありつき、ハメをはずしすぎたのが裏目に出ていた。 ほとんど裸のまま応戦している兵も多い。

その上、商会のならず者たちも、これ以上恥をかけば、 どこにも行き場がなくなってしまうため、必死さがちがった。

エカテリナは、必死にマッサージを行い、口内を清め、息を吹き込み、 出来うる限りの蘇生作業を行っていく。

ようやく、ジジャの目に光が戻ってくる。
「うぐ・・っ、うげええっ、」
胃の中まで精液が詰まっているような感覚がこみ上げる。
必死に吐く背中を、エカテリナはそっとさする。

苦痛がジジャの正気を取り戻させた。
「はあ、はあ・・・どうやら・・・生きてるみたいね。」
「それに、来たようです。あの人が。」


長く肌がなじんでいるせいだろうか、エカテリナはウェモンの気配が分かる。
巨大な炎のような気配は、すぐそこまで来ていた。

岩に飛び乗ったウェモンは、一瞬でエカテリナが手を振るのを見つけた。
次の瞬間には、岩から消えて、はるか先を影から影へ飛び移るように移動する。
闇の中を銃弾が飛び交うという、危険きわまりない場所へ、風の様に飛び込んでいく。

その後方から、ベラルルのグレシアス族に連なる部族の砂エルフたちが、広く展開し毒矢を構えた。

グレシアス族は、人数こそ少ないが、砂エルフの源流とも言える『五本の指』の部族の一つ。
ベラルルは正真正銘の姫様であり、連なる部族の数は多いのだ。

ドッドサンの助っ人が急に数名倒れた。

ウェモンが旋風となって走り抜けた後には、 首があらぬ角度に曲がり、アバラが心臓を突き破り、頭蓋骨が陥没している。

裏格闘技の伝説になっている師匠に拾われ、 その精髄を受け継いだウェモンは、 究極の人間凶器とも言える存在だった。

自然な動き、そのものが恐るべき力を内包し、 特別に構えるわけでもなく、気合一つかけるわけでもない。

ただ、触れた者全てを、竜巻のように巻き込み、破壊し、なぎ倒す。

相手の勢いが弱まったのを見た特殊部隊の司令官は、逆襲に転じたが、 気がつくと副官が倒れていた。

「うっ!」
首に、冷たい小さな物がめり込むのを感じた。

直径2センチほどの鉛の玉。
ウェモンがそれを指先で弾くと、10メートル先の、厚さ5センチの樫の板をぶち抜く。
ほとんど何の気配も無いこの武器を、夜の闇に使われたら、まず助かるすべは無い。
指揮官は人形のように倒れた。

双方の指揮者が倒れた事で、 完全に戦場は混乱し、恐怖で無意味な殺し合い、潰しあいになり、 同士討ちまで発生する。

そして、気がつくと、ウェモンの旋風に巻き込まれた人間が倒れている。
恐怖で逃げ出した者もいたが、 影から砂エルフたちの打つ正確な毒矢に、次々と射ぬかれ、どちらも全滅した。

エカテリナを背負い、ジジャを抱き上げて、ウェモンが走ってくる。
女性とはいえ、人二人を乗せて、岩から岩へ軽々と飛ぶ。

「心配かけたね」
「君の笑顔を見たら、それで十分だ。」

しがみついてくる細い腕に、ウェモンはいくらでも力が出る思いだった。

後日談になるが、全滅した訓練兵の部隊については、 大した問題にはならなかった。

何しろ、新兵の『実戦経験』を積ませる訓練。
小規模な部隊の消失は、そう珍しくは無い。

むしろ中途半端に残られて、多数のけが人の後始末をしたり、 非道な訓練内容が外部に漏れることの方が、 ずっと面倒なことになる。

『訓練中の事故死』ということで、 二階級特進と適度な見舞いを、事務方が機械的に行うだけですむのだ。

結果的に、砂エルフたちは膨大な戦利品を得られ、大喜びした。
またウェモンの鬼神のごとき戦いに、心から感服して、 ジジャの部族(ペシュ族)の男たちは、名残惜しげにエカテリナと分かれることになった。

ただ、ジジャだけが、エカテリナについていくと言い出した。
砂エルフが自分から荒野を離れると言い出すのは、極めて珍しい。

「でも・・いいの?」
エカテリナは、次の夜にそっと聞いた。

「はい、もう私は部族の中には居られません。」
ジジャは顔を赤らめ、濡れた目をしていた。

「私は、どこかが壊れてしまったようです。 何をしていても、SEXのことが頭をはなれないのです。 昼間でも、どこでも、見境無く男性を求めてしまいそうで・・・」

過酷な戦場で、戦争恐怖症になる者もいれば、 逆に、戦場以外では生きられなくなる戦争依存症になる者もいる。

ジジャも、凄まじい輪姦を経験し、 性欲に対する抑制が効かなくなってしまったのだ。

その上、元々がマゾの素質があったらしい。
「特に、人間に犯されることを、考えただけであそこが濡れて止まらないのです。」

以前、ドットサン商会の部隊に集落を襲われ、 さらわれて、性奴隷にされたことがある。

毒に対する抵抗性が強い砂エルフに、唯一強力に効く媚薬、 砂走りと呼ばれるトカゲのエキス。
それで、徹底的に仕込まれ、快楽の奴隷になった記憶が、 もう止まりそうに無かった。

「いいわ、私たちのルイーデの館は、あなたを歓迎しますよ。」


翌朝、三人は部族連合に送られて、 唯一小さな鉄道の走っているW・W・Wの片隅の町、ブェルドボフに来た。

ボルドムが目をわずかにしばたたせる。
「エカテリナ、来たくなったらいつでも俺たちは歓迎する。」

ベラルルがエカテリナを見て、ニンマリと笑った。
「ウェモンが惚れるのも無理はありませんね。 ウェモンは本当にすばらしい男です。あなたが、うらやましいわ。 でも、こちらに来た時は、わが氏族はお二人を喜んで迎えますよ。」

後日談になるが、10ヵ月後に、ベラルルはたくましい黒髪の男の子を出産した。
誰の子供かは一目で分かるほど、元気で黒髪の豊かな赤ん坊だった。
彼女も、周りの者も、勇者の子供を心から喜んだそうである。

三日に一本だけ、もう少し交通の便のある街ムモイへと列車が走る。

だが、ここで終わるような話ではなかった。
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