ワイルド・ワイド・ウェスト 7
ドンッ、ドドンッ、
ズギュンッ、キューン、
倒れ付した二人の上を、無数の銃弾が飛び交い、
月光と闇の中を、おびただしい火線が走る。
はいずるようにエカテリナがジジャの元に寄る。
「じ、ジジャさん、しっかり、しっかりしてください。」
だが、長時間の暴行で意識が混濁しているジジャは、
呼びかける声すら聞こえず、動くことも出来ない。
エカテリナは、必死に彼女の肩を担ぎ、
疲れきった身体で、岩陰に引きずり込んだ。
「軍だからってなめんじゃねえぞおおっ!」
一度は武器を奪われ、追われたドットサン商会の連中だったが、
本社の助っ人が間に合い、武器を受け取って、逆襲に転じてきたのだった。
それまでの20名に、助っ人が20名、
ほぼ戦力は互角だが、月が明るいため、山陰の暗闇を伝って襲い、
かなりの優勢を得ていた。
特殊部隊は、初年兵とはいえ軍から選抜されたメンバーであり、
実力はかなり高いはずなのだが、サバイバルの疲労と、
極上の女にありつき、ハメをはずしすぎたのが裏目に出ていた。
ほとんど裸のまま応戦している兵も多い。
その上、商会のならず者たちも、これ以上恥をかけば、
どこにも行き場がなくなってしまうため、必死さがちがった。
エカテリナは、必死にマッサージを行い、口内を清め、息を吹き込み、
出来うる限りの蘇生作業を行っていく。
ようやく、ジジャの目に光が戻ってくる。
「うぐ・・っ、うげええっ、」
胃の中まで精液が詰まっているような感覚がこみ上げる。
必死に吐く背中を、エカテリナはそっとさする。
苦痛がジジャの正気を取り戻させた。
「はあ、はあ・・・どうやら・・・生きてるみたいね。」
「それに、来たようです。あの人が。」
長く肌がなじんでいるせいだろうか、エカテリナはウェモンの気配が分かる。
巨大な炎のような気配は、すぐそこまで来ていた。
岩に飛び乗ったウェモンは、一瞬でエカテリナが手を振るのを見つけた。
次の瞬間には、岩から消えて、はるか先を影から影へ飛び移るように移動する。
闇の中を銃弾が飛び交うという、危険きわまりない場所へ、風の様に飛び込んでいく。
その後方から、ベラルルのグレシアス族に連なる部族の砂エルフたちが、広く展開し毒矢を構えた。
グレシアス族は、人数こそ少ないが、砂エルフの源流とも言える『五本の指』の部族の一つ。
ベラルルは正真正銘の姫様であり、連なる部族の数は多いのだ。
ドッドサンの助っ人が急に数名倒れた。
ウェモンが旋風となって走り抜けた後には、
首があらぬ角度に曲がり、アバラが心臓を突き破り、頭蓋骨が陥没している。
裏格闘技の伝説になっている師匠に拾われ、
その精髄を受け継いだウェモンは、
究極の人間凶器とも言える存在だった。
自然な動き、そのものが恐るべき力を内包し、
特別に構えるわけでもなく、気合一つかけるわけでもない。
ただ、触れた者全てを、竜巻のように巻き込み、破壊し、なぎ倒す。
相手の勢いが弱まったのを見た特殊部隊の司令官は、逆襲に転じたが、
気がつくと副官が倒れていた。
「うっ!」
首に、冷たい小さな物がめり込むのを感じた。
直径2センチほどの鉛の玉。
ウェモンがそれを指先で弾くと、10メートル先の、厚さ5センチの樫の板をぶち抜く。
ほとんど何の気配も無いこの武器を、夜の闇に使われたら、まず助かるすべは無い。
指揮官は人形のように倒れた。
双方の指揮者が倒れた事で、
完全に戦場は混乱し、恐怖で無意味な殺し合い、潰しあいになり、
同士討ちまで発生する。
そして、気がつくと、ウェモンの旋風に巻き込まれた人間が倒れている。
恐怖で逃げ出した者もいたが、
影から砂エルフたちの打つ正確な毒矢に、次々と射ぬかれ、どちらも全滅した。
エカテリナを背負い、ジジャを抱き上げて、ウェモンが走ってくる。
女性とはいえ、人二人を乗せて、岩から岩へ軽々と飛ぶ。
「心配かけたね」
「君の笑顔を見たら、それで十分だ。」
しがみついてくる細い腕に、ウェモンはいくらでも力が出る思いだった。
後日談になるが、全滅した訓練兵の部隊については、
大した問題にはならなかった。
何しろ、新兵の『実戦経験』を積ませる訓練。
小規模な部隊の消失は、そう珍しくは無い。
むしろ中途半端に残られて、多数のけが人の後始末をしたり、
非道な訓練内容が外部に漏れることの方が、
ずっと面倒なことになる。
『訓練中の事故死』ということで、
二階級特進と適度な見舞いを、事務方が機械的に行うだけですむのだ。
結果的に、砂エルフたちは膨大な戦利品を得られ、大喜びした。
またウェモンの鬼神のごとき戦いに、心から感服して、
ジジャの部族(ペシュ族)の男たちは、名残惜しげにエカテリナと分かれることになった。
ただ、ジジャだけが、エカテリナについていくと言い出した。
砂エルフが自分から荒野を離れると言い出すのは、極めて珍しい。
「でも・・いいの?」
エカテリナは、次の夜にそっと聞いた。
「はい、もう私は部族の中には居られません。」
ジジャは顔を赤らめ、濡れた目をしていた。
「私は、どこかが壊れてしまったようです。
何をしていても、SEXのことが頭をはなれないのです。
昼間でも、どこでも、見境無く男性を求めてしまいそうで・・・」
過酷な戦場で、戦争恐怖症になる者もいれば、
逆に、戦場以外では生きられなくなる戦争依存症になる者もいる。
ジジャも、凄まじい輪姦を経験し、
性欲に対する抑制が効かなくなってしまったのだ。
その上、元々がマゾの素質があったらしい。
「特に、人間に犯されることを、考えただけであそこが濡れて止まらないのです。」
以前、ドットサン商会の部隊に集落を襲われ、
さらわれて、性奴隷にされたことがある。
毒に対する抵抗性が強い砂エルフに、唯一強力に効く媚薬、
砂走りと呼ばれるトカゲのエキス。
それで、徹底的に仕込まれ、快楽の奴隷になった記憶が、
もう止まりそうに無かった。
「いいわ、私たちのルイーデの館は、あなたを歓迎しますよ。」
翌朝、三人は部族連合に送られて、
唯一小さな鉄道の走っているW・W・Wの片隅の町、ブェルドボフに来た。
ボルドムが目をわずかにしばたたせる。
「エカテリナ、来たくなったらいつでも俺たちは歓迎する。」
ベラルルがエカテリナを見て、ニンマリと笑った。
「ウェモンが惚れるのも無理はありませんね。
ウェモンは本当にすばらしい男です。あなたが、うらやましいわ。
でも、こちらに来た時は、わが氏族はお二人を喜んで迎えますよ。」
後日談になるが、10ヵ月後に、ベラルルはたくましい黒髪の男の子を出産した。
誰の子供かは一目で分かるほど、元気で黒髪の豊かな赤ん坊だった。
彼女も、周りの者も、勇者の子供を心から喜んだそうである。
三日に一本だけ、もう少し交通の便のある街ムモイへと列車が走る。
だが、ここで終わるような話ではなかった。
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