サディスト
「トリプルS」
外を見ていた娼婦の一人が、ぼそっと聞こえるようにつぶやく。
まだ夕暮れ前の、客の来る前の時間。
にぎやかだった娼婦たちは、急に静まり返る。
「ちょっと化粧を直してくるわ」
「あたし、トイレ」
「あ、あたしも付き合うわ」
娼婦たちは、ばたばたと入り口から逃げ出した。
「トリプルS」というのは、娼婦たちの暗号で、
特別やっかいな客をあらわす。
ルイーデの館で、こう呼ばれる客は、今のところ一人しかいない。
静かになった店の入り口から、
コツ、コツ、コツ、
甲高いヒールの音がする。
その音にひかれるように、青いドレスを着たエカテリナが表れた。
「よくいらっしゃいました、リンゼ様」
「うふ、ちょっと早かったかしらね。」
きつい目元を、最大限緩ませ、
軍情報局長のリンゼ・ワグナリウスは、めったに見せない微笑を向けた。
濃いサングラスの下は、淡い水色の瞳、
くすんだ色の茶色の髪を編み上げ、軍帽に納めてある。
深い草色の軍服と皮のブーツをつけた姿は、ひやりとするような刃物の冷気を持つ。
「さ、お前の部屋でゆっくりしたい。」
「はい、お好きなハーブをご用意していますよ。」
愛人の細い肩に手を回し、奥へ行く姿は、
ごく普通の同性愛嗜好者の様子だが、
店の奥や、自分の部屋でガタガタ震えている娼婦を見ると、
リンゼがどれほど恐れられているか分かる。
リンゼと当たり前のように話すことが出来るのは、
エカテリナとルイーデぐらいのものだ。
「嬉しいわエカテリナ、最初に私を呼んでくれるなんて。」
エカテリナの自室に入ると、リンゼは熱い吐息を吐いた。
エカテリナが娼婦船エメラルドから戻って10日あまり。
リヴァールの鉱山王ガッハ、フェリペ公爵夫人、
企業体総帥サーニャ、軍情報部長官リンゼ、
エカテリナの最上級のひいき客たちは、彼女を巻き込んだ大きな事件の後、
祈るような気持ちで、自分たちの欲望を押さえていた。
「分かっているわ、私を呼んだのは、自分の元気なことを知らせたいのでしょう。」
いいえそんなと、思わず開こうとする愛らしい唇を、
赤く濃いルージュを引いた唇がふさぐ。
カチリ
鋭い犬歯が、音を立てた。
湧き上がる血の味、ピンクの唇に盛り上がる赤いルビー。
「んん・・ん・・・」
細い眉がヒクリと動く。
唇の鋭い痛み、だがエカテリナは抱擁を解かない。
血の味のキスの中、舌が舌を犯し、だ液が流れ合い、
淫靡な欲望が、ぞくぞくと身体中を這いまわる。
目を潤ませて、リンゼは唇を離す。
赤い血の色、唇から滴るルビー、自分が傷つけた愛するもの、
激しい愛情と、吹き上がる欲望が、理性と抑制をはずしていく。
リンゼの長い手足に、
エカテリナの細い身体はからめとられ、
クモにもてあそばれるチョウのように、
白い肌を赤く染める。
喘ぐ口が、白い耳をなめ上げ、
震える柔らかい組織を、その犬歯に挟み、チリチリとしごく。
「ひあ・・・っ」
特別感じやすい耳の組織、それを鋭く尖らせた犬歯にこすられ、
痛みと、びりびりした感覚が走り抜ける。
耳に残る赤い筋、おくれ毛をまといつかせた震える首筋、
白い肌に、目がくらむ。
チリッ、
犬歯が、首筋をこすり、
爪の伸びた指先が、小さなサクランボのような乳首を挟みつける。
「はひ・・・っ、ひ・・・っ、」
ぞくぞくするあえぎ、
震える白い肌が、様々な血の色をおびて染まる。
赤い痕をつけた肌に、赤いルージュが点々と散り、
花びらを散らしたように、彩っていく。
何度目かの血のキス。
また、犬歯が、唇を食い破り、濃い血の味が喉を落ちていく。
それでも、エカテリナは嫌とは言わない。
いや、むしろリンゼの唇を包み、その血で優しく染めようとする。
リンゼの淡い水色の瞳が濡れる。
この後にどんな苦痛が待とうと、この娘は自分の本当の気持ちを感じてくれる。
リンゼの優しい腕を、ひしとすがりつく身体を、
彼女の本当の気持ち、毒々しいまでの激しい愛情を。
痛みとは、苦痛とは、何なのだろう。
自分の痛みより、愛する者が感じる痛みの方が、
何倍も、何十倍も強く感じる。
びくっ、
何度目かの痛みが、乳房の上に走る。
金の針が、肌を刺し通している。
喘ぎながら、エカテリナは数度目の針を受け入れる。
喘ぎながら、リンゼはその針とエカテリナを見つめる。
自分の肌なら、たいしたことも無い痛みなのに、
なぜこうも、愛するものの痛みとは激しいのだろう。
針が白い肌を貫くたびに、
リンゼの中を、苦しく、痛く、そして甘く痺れるものが走る。
そこから盛り上がる赤い玉、
その味がどれほどの甘美か、誰にも分かるまい。
服従しているはずの少女に、
その痛みに痺れ、甘え、酔い痴れて使えている自分がいる。
乳首がつままれ、
ビクンと、エカテリナが震えた。
何度目かの、ピアッシング、
あえぎが、苦く、熱い。
苦痛に耐える少女が、こんなにも愛しい。
淡い水色の瞳が、つうと涙を流す。
なぜ、自分はこんな事をしてしまうのだろう。
けれど、震える乳首が、赤い血の色が、たまらなくいとおしい。
少女の優しい腕が、自分の頭を抱き、優しくほおずりをしてくれる。
涙が、止まらない。
止まらない。
手が、もう一つの乳首をつまみ、金の針が血を流させた。
二人の痛みが、痺れるような甘美となった。
月光の中、静かな寝息が聞こえる。
その白い肌を、飽きもせず見つめるリンゼがいる。
月の光に、それは輝いている。
無邪気で、一片の悩みも無いような安らかな寝顔、
ひしと寄りそう温かい、うるおいのある肌。
絶対にありえなかった、安らぎ。
シガーに伸びかけた手すら止まり、
自らの神聖なものに、怯え震える彼女がいる。
輝く肌には血の痕すら無く、傷もほとんど消えかけていた。
濡れた目でエカテリナを見つめながら、
リンゼはそっと、そっと、エカテリナの小さな身体を抱きしめていた。
|
 |
|
 |
|