大舞台
歓声があがった。
ゆっくりと移動していく舞台を、
ライトが四方から舞台を照らす。
グラムリングシティ歓楽街を埋め尽くした群集は、
現れたあでやかな女たちに、息をのんだ。
『今、我はここに宣誓する。人々のために剣を取ることを!』
中心にいるのは、褐色の肌をしたりりしい貴公子。
濃い緑のラメの上着、細いすらりとした皮のズボン、
白いドレスシャツは、シルクのレースを飾り、
シアンの凛とした美貌を引き立てている。
今、彼女はアンドレウス侯爵という革命に立ち上がった貴族を演じ、
細身のレイピアをきらりとふりかざしていた。
『アンドレウス様、いってしまわれるのですね。』
舞台の高い窓から、銀の鈴を振るような、悲しい声がした。
薄桃色のすばらしいドレスに身を包み、
長い金髪を古風に編んだ蒼い目の女性が、窓から悲しげにアンドレウスを見下ろす。
エカテリナは、アンドレウスをしたう王女レンシアナだった。
国民の為、革命に身を投じるアンドレウスと、王女ゆえに引き裂かれるレンシアナ、
その悲恋と激動を描いた舞台『王家のバラ』は、
一流の劇団がリヴァールで超ロングランを記録した有名な演劇だった。
もちろん、館の女性たちが全てを完全に演じるのは不可能。
そこで有名なシーンだけを演じさせ、間を歌や踊り、そして朗読者を使い、
ショー仕立てにして、見物人を飽きさせない。
ゴウウン、ゴウン、ゴウン
何より、舞台そのものがゆっくりと重い音を立てながら、
巨大な4本の脚を使って大通りを移動していく。
その様子を見るだけでも、一見の価値があった。
大通りを次の辻まで移動し、そこでまた舞台を演じる。
歓楽街そのものが舞台の一部とも言っていい。
ファッティウォーカーと呼ばれる、超大型移動ベースは、
時速4キロで移動しながら、コップの水すら揺らさないほどのバランサーを持っている。
山岳地帯ですら、傾斜15度までは、全くの無振動という優れもの。
舞台は順調に演じられ、歓楽街はお祭り騒ぎだ。
「さすが鉱山王、やることがすげえなあ」
ファッティウオーカーはガッハが鉱山で使っている物。
このイベントも、鉱山王が企てたものとみな思っていた。
だが、実はたった一人の客のために、準備されたものだったのである。
舞台の上方、ていねいに作られたロイヤルボックス、
その真ん中に優雅に座っているのは、フェリペ公爵夫人。
さすがの彼女も、まいったという顔をしていた。
「ここまでばかばかしいと、壮観ですね。」
彼女の右に座ってる、リヴァール情報部士官の服を着た赤毛で細身の女性がつぶやく。
口調は冷たいが、彼女を知るものにとっては最大限楽しくてしかたが無いという顔をしている。
「あなたの気まぐれも、ここまで大当たりだったのはあまり無いんじゃありませんこと?」
フェリペの左に座っている、プラチナブロンドの髪を結い上げた優雅な長いドレス姿の女性が、
優しげな顔を、ちょっとかしげた。
彼女たちは、フェリペのレズ仲間である。
右の赤毛の女性は、情報局局長リンゼ・ワグナリウス。
サディストの気があり、地獄耳。
リヴァール国内の情報で、彼女の耳に入らぬものは無いと言われている。
左の優しげでふっくらした女性は、サーニャ・エクゼリオン。
リヴァール最大クラスの財閥、エグゼリオンコングロマリットの総帥であり、
経済界では、株式の天災(天才ではない)と呼ばれるほど恐れられている。
小柄で優しげだが、すでに3人の夫を気に入らずたたき出している女傑だ。
3人で『3枚のジョーカー』と呼ばれているのも、無理ない話だろう。
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エカテリナに目をつけたフェリペは、
ひいきに鉱山王ガッハおり、ルイーデも一筋縄ではいかない人物であることを知ると、
ルイーデの元に、自分が遊びにいくと連絡をした。
莫大な前金をふり込み、その用意も含めて3ヵ月後を予定した。
フェリペ自身、遊び人として超高名であり、
彼女の開くサロンは、その方面で知らぬものがいない超一流。
遊びや夜の世界で、彼女の機嫌を損ねたら、そこは絶対につぶれる。
ただの娼館が、どんな遊びを見せてくれるか、
あるいはどうつぶれるか、
それともエカテリナを差し出すか(ガッハを通じて知っているはずと確信している)。
だが、一週間後来た返事は
『当日は、歓楽街入り口でお待ちいただきますよう、伏してお願い申し上げます。』
こんな返事を送ってきた例は一度もなかった。
さすがに興味を引かれ、友人3人にも声をかけてみたのだった。
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大観衆の声援と、演技に輝く女たち、
それに負けまいと、歌手や詩人たちも声を張り上げ、
ダンサーたちも歓声に興奮している。
この馬鹿馬鹿しいまでの大仕掛けは、
エカテリナを中心とした女たちの知恵が生み出したしろものだった。
幼い見習い娼婦のちょっとした思いつき、
それがエカテリナの思考と結びつき、
シアンたちベテランの知識と体験に融合して、
ガッハがファットウォーカーの貸し出しを快諾したことで、
一気に話がまとまった。
品や技量こそ劣るが、場をここまで盛り上げて、
そのロイヤルボックスに座らされては、遊び人フェリペの血が騒ぐ。
おびただしい視線が、くすぐったく心地よい。
社交界の遊び人たちにとって、注目を浴びるのは、最高の快感の一つ。
シアンが長い娼婦体験から、
この手の人間が注目を集めるためにどれほど努力と工夫を凝らすかのたとえ話をした。
そこでロイヤルボックスを作ることも決まったのだった。
『まいったわねえ、これじゃあ"けなし"にくいわ。』
意外に思われるだろうが、彼女が一番嫌うのが『野暮』。
権謀術数にいくらでも嘘をつける彼女も、
こと遊びとなると、うそや偽りは絶対に出来ないのだ。
いつの間にか、盛り上がった舞台に素直に手を叩いている自分に、苦笑してしまった。
到着と同時にフィナーレが飾られ、
大歓声のうちに幕が下りた。
「どうぞ館でお休みくださいませ。」
ゆっくりと降りてくるロイヤルボックスに、ルイーデが深々と頭を下げた。
複雑な顔をしながら、絨毯を踏むフェリペ。
初めてみる娼館に、興味深げな目を送るリンゼとサーニャ。
『それ』が聞こえてきたとき、全員の目がいっせいに見開かれた。
耳にしみこむような、心地よい和音。
繊細な弦の引き出す音が、旋律が、背筋をそそけ立たせるような快楽となって突き抜ける。
『ま、まさかこれは・・・・?』
フェリペの足が速くなる。
開かれた両開きのドアから、すばらしい音が波となっておしよせた。
弦を張った二つのアーチが、羽を開いた鳥のように、直角に開かれ、
白い指先がすばらしい音楽を奏でていく。
中心のつなぎ目を脚ではさむように座ったエカテリナが、
恍惚とした表情で、無心に弾きこなしていた。
その左右にも、3人のハープが和音にあわせる様に弾かれ、
音がさらにはじけあい、絡み合い、美しい波となって全身を洗っていく。
エカテリナもまた、音の波に洗われ、全身に染み込む快感にあえぎ、
さらなる快感を求めて、音を負い続けていく。
楽器と一体となり、さらにそれに淫していくエロスの光景。
いまや幻の楽器となった、古代エルフの楽器『ウェルサンダルス』。
その真の力を引き出したとき、聞く者も、弾く者も、快感の虜と化すという。
フェリペすらも聞いたことがない、古代の秘曲。
次々と奏でられる快感の波、
あまりにも美しく妖しい演奏とエカテリナの輝き。
いつしか、何年も忘れていた涙が、頬を伝い落ちていた。
静かに曲が終わりを告げ、
部屋に静かな余韻がどこまでも続いていた。
ふっとフェリペは淡い緑の目を開いた。
「ふむ、よい余興であった。また聞かせてたもれ。」
きびすを返し、歩み出て行きながら、
彼女が告げた言葉は、『女皇』の最上級の賛辞だった。
「フェリペ夫人、今宵はあなたに感謝せねばならぬな。」
リンゼが冷たい顔をかすかにゆがめながら笑った。
「フェリペ、独り占めはだめよ。」
サーニャが上気した顔で、くすくすと笑っていた。
だまっているフェリペに二人は苦笑いした。
『これは完全にまいってるわね』
サーニャがアイコンタクトを送る。
『ああ、だが3人ともだろう?』
リンゼも目線を返した。
「帰るのがこれほど辛いのは、初めてじゃのう・・・」
フェリペの静かなひと言に、二人は本当に驚愕してしまった。
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