黒き爪
「『エカテリナ』ってのはどう、いい名でしょ?。」
「エカテリナ・・・」
朝食の時間に、ルイーデは昨夜考えた名前を与えた。
不思議な顔をして、少女は与えられた名前を呼んでみた。
「すごく立派な名前ですね。」
ちょっと困ったような顔をしながら、少女は笑った。
「だいじょうぶ、ちゃ〜んとその名に似合うようになるわよ。」
野菜たっぷりのスープと、穀物のパン、ミルクや卵など、色合いもきれいだが、かなり栄養を考えたメニューが並ぶ。
「エカテリナ、食べる前に言っておくわ。」
ルイーデは、自分が娼館を経営する責任者であること、エカテリナはそこに買われてきたのだということ、この国は、奴隷の売買は禁止されていないのだと。
「娼館の意味は分かるわよね。」
エカテリナは少し頬を染め、こっくりとうなづく。
「でもね、娼婦は奴隷じゃ務まらないの。ここにいたくなければ、そう言いなさい。私とはお別れになるけど、できるだけいい主人を探してあげる。」
エカテリナの身体が、びくりと震えた。
「この食事を食べてしまったら、あなたは娼婦として勤めなければならないわ。」
やり直しは効かないのよ、と言おうとして、エカテリナが静かに手を合わせ、食事への礼をするのを見つめた。エルフがよくやる、自然の恵みへの感謝の礼。
「いただきます。」
「じゃあ、食べましょうか。」
ルイーデはそれ以上言わず、笑みを浮かべ食事を始めた。
自分で選ぶか、他人に流されるか、ためらわず自分で選び取ったエカテリナに、ルイーデは満足した。
リヴァール王国連合における、4級市民(エルフ、ハーフエルフ)の戸籍管理は、一般市民より厳しい。
選挙権こそないものの、一般市民並みの納税の義務を果たしている限り、市民であることに変わりはない。しかし、納税ができなくなったとたんに、その扱いは一変する。
『市民管理扱い』すなわち『奴隷』となる。
それは一般市民の所有財産であり、『管理者』すなわち所有者の権利を保護するために、一般市民よりも厳密で正確な扱いが行われている。
それはすでに市民ではない。
その証拠に『市民管理扱い』の生んだ子供は、当然のごとく管理者の所有物となる。
王国連合内で『管理扱い』に対する裁判は、100%所有者が勝つ。
また、戦争や事故で戸籍が不明になったり、捨て子などの親や管理者が不明の場合も、
エルフ、ハーフエルフは理由いかんにかかわらず、発見次第『市民管理扱い』のレッテルを貼られる。
エカテリナの管理は、当然ルイーデ。
戸籍は巧妙に細工され、死んだ別人の娘の戸籍(闇で売買されるもの)になっている。記述にはこうあった。
『両親は事故に巻き込まれて死亡、1級市民の事故のため詳細は伏されている。』
支配階級である1級市民の起こした事故では、4級市民の問題は不問に付される。
ただ、所有者がいる場合のみ、弁償の相談が行われるだけだ。
「んん・・はふう・・・んちゅ・・・」
隆々とそそり立つペニスに、白い指が絶妙な加減でしごき、淡いピンクの唇が、丹念に、いとおしげに、その亀頭にキスをし、なでるように、楽器を奏でるように、快感を増幅させる。
細やかな動き、絶妙のキスと舌先、しっとりとした肌が、ぬれたように輝き、潤んだ目が、美しく輝いていた。
娼婦の訓練用の男は、赤銅色の身体に血管を浮かせ、歯を食いしばり、快楽に必死に耐えなければならなくなっていく。
最初は口淫の訓練から始まった。
行儀や作法については、教える必要はほとんど無かった。
いっしょに食事をしてみて、洗練されたしぐさにルイーデは舌を巻いた。
口の中でさくらんぼの茎を結ぶことから始まり、ルイーデがじきじきに教えるテクニックを、水を吸うように吸収したエカテリナは、その日のうちに訓練用の男性に実技を施す。
最初はたどたどしかった口の動きも、男性の興奮と快感のイメージが伝わってくることが面白く、自分からさまざまなテクニックに挑戦する。
男のうめき声が、次第に悲鳴に近くなっていった。
『いい、エカテリナ?
この国で4級市民のエルフがやっていくのは、並大抵のことじゃないわ。
女が胸を張って生きるために、女の武器を使うのは、むしろ当然の戦い方。
それだけに、この世界は厳しいわ。実力が全てだもの。
自分を磨くことを忘れたら、即座に蹴落とされる。
私も決して甘い顔はしないわ、店に必要がないと分かれば、即座にやめてもらいます。』
その目は、昨夜とはまったく違う、冷たい厳然としたもの。
エカテリナは真剣な目でうなづいた。
恐ろしい素直さで、男性の喜びを探求していくエカテリナに、探求される側はたまったものではなかった。
しかも、ふと目が合った時、優しい視線がにこりと笑う。
男の意地も張りも、ふにゃふにゃに溶けてしまう微笑みだった。
深く飲み込むように咥え、裏の筋を、柔らかい舌先が強く、優しく、こすりあげていく。
男の脚ががくがくと今にも崩れそうになる。
とどめとばかり、顔を大きく動かし、亀頭を口の中に転がすようにしゃぶりつくす。
舌先が尿道をこねくり、すすり上げる。
ルイーデから伝えられた壮絶テクニックに、男は完全に白目を向いた。
エカテリナの白いのどに、深く押し込まれ、痙攣が走った。
『奴隷じゃ娼婦は務まらないの。
なぜって、《男》を満たせるのは《女》だけなんだもの、
《奴隷》という人形とSEXして、何が楽しいと思う?。』
それが、マツグランの売春組織をリヴァール1に押し上げたルイーデの持論だった。
それがエカテリナの心に深くあるきっかけを与えたのだが、話した当人は気づいてすらいないだろう。
「ん・・んう、んぐ・・・」
白い喉が何度も飲み込んでいく。
生臭い匂いや味にも、めげることなく、けなげに飲み干していく。
ルイーデの方が驚く、いくら必死とはいえ、普通最初から飲めるものではないのだが。
ほとばしらせるペニスを、包みこみ、舌先でしごき、優しくほぐすように尿道の奥まで吸いだす。
細い喉に白い濁液がつたい落ちるエロティズム。
吸われる方は、残酷な快感のオンパレードだ。
『気持ちよくなってくれてる』
そう感じられると、ますますうれしくなり、巨大な陰嚢にやさしく頬ずりまでする。
「ちょっ・・ま・・」
射精直後で敏感になっているペニスに、
こうも優しく強烈な愛撫をされては、
見る見る充血し膨れ上がる。
「ありがとうございます、気持ちよくなってくださってるんですね。」
カプ
「あひやあああっ!」
百戦錬磨の訓練要員が、エカテリナのなすがままになっていた。
普通の娼婦なら、10人の訓練要員相手に、口が腫れるまで訓練をさせるのだが、
「全員ノックアウトとはねぇ・・・」
形の訓練なら、どうとでも耐えられる男たちも、
高貴さをおびた優しい笑顔から、本気でつくされ求められ、
男の悦びをとことん満たされてしまっては、なすすべもなかった。
恐ろしいほどの飲み込みの良さだが、
何か、凄まじい決意のようなものを感じる。
不思議に思いながらも、次の計画を決めた。
ルイーデの視線の先には、桃色のレオタードを身につけ、柔軟と体力強化等のプログラムを気持ちよさそうにこなしていくエカテリナがいる。
しなやかで美しい四肢、内側から輝いている肌、ほてった薄桃色の頬、身体をひねり、足を組み、関節を恐ろしい柔らかさで伸ばしていく。
この柔らかい身体に抱きしめられ、あるいは迎えられた男は、
どれほどの快楽を得ることになるのだろう。
ルイーデはしらずしらずのうちに、笑みがこぼれていた。
「これで今日の訓練は終わるわ。何か質問はない?」
エカテリナが急にもじもじしだす。
頬を赤く染めて、少しおびえたような目を向ける。
「あ、あの・・・」
眉をひそめたルイーデは、その次の言葉に大笑いした。
「お母さんって、呼んでいいですか?。」
思わず豊かな胸に抱きしめ、思いっきり頭を撫で回す。
「お店ではダメよ、でも、二人っきりのときはいいわよ。」
けなげにしがみついてくるエカテリナが、
いとおしくてたまらなかった。
昼間の訓練の疲れで、ぐっすりと寝入っているエカテリナ。
天使のごとき罪のない寝顔。
横で寝ていたはずのルイーデが、静かに起き上がる。
香水のビンをベッドサイドからそっと取り出し、
エカテリナの寝顔に向けて、シュッと吹きかけた。
速攻短時間性の睡眠ガスだ。
これで2時間ほど、エカテリナは目を覚まさない。
透けるネグリジェから、見事な肢体が浮かび上がる。
ゆっくりと、ルイーデの目が危険な光を帯びてくる。
虚無と狂気に満ちた光が、妖しく闇の中で目を輝かせた。
左手の肘の皮をつまみ、ぐいと引き上げると、
音もなく薄い皮がめくれ上がり、
金属光が鈍く光った。
パシャン
金属製の標本のようになった手が、
4方に、カサの骨のように開き、無数のセンサーが先端で光りだす。
センサーがするすると伸び、エカテリナの頭部に次々と接触する。
そして、脳波と精神の交錯する原色の光景が、ルイーデの意識世界に映し出される。
『マインドサイバネティクス』
それは、リヴァール王国連合の軍研究所で、
20年前に行われた、洗脳専用の特殊兵の開発計画。
だが、計画は失敗に終わり、あまりに非人道的な結果と犠牲を恐れ、
たった一人の成功例を含め、全てを闇に葬られたはずだった。
そのたった一人の成功例は、静かにエカテリナの精神世界へと潜り込んでいく。
ルイーデはこれまで、数百人の女たちに精神改造をほどこしてきた。
膨大な体験と長年の修練は、
開発計画の稚拙な精神操作など、歯牙にもかけぬ領域へ達している。
イリナの精神に、彼女の黒い爪が伸びていった。
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