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■ EXIT
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ウィルボール


ウィルはたまの休日、愛人のカーリと一緒に街をぶらつく。
お金がある方ではないので、安いレストランで食べたり、映画館で映画を見たりする程度だ。

今日はサッカーER圏代表の、メダル受賞記念パレードを見に来ていた。
ウィルはあまり乗り気ではなかったが、カーリが今のパレードというものを見たがったのだ。
「昔は背の高いパレード用の馬車に主賓が乗っていたものですが・・・」
カーリは背の低いオープンカーで立ちながら手を振る選手を見てつぶやく。
「皆によく見えるようにって事だろ」
ウィルはぶっきらぼうに答える。

「ウィル様は何かスポーツをされていたので?」
カーリが聞く。
ウィルはあまり昔のことを話さない。
彼女だけにはグリタニカの第3王子であることを話していたのだが。

「草野球くらいだな。グリタニカにいた頃、一度だけ」
彼は答えた。
「水泳は別なのですね」
「・・・外でもやりたかったのさ」
ウィルは苦笑した。
グリタニカのエルフは人魚の血を引いていると言われる。
20km以上の遠泳訓練などは軍なら日常的に行なわれているのだ。
元々、海賊国家であり、海中からの奇襲を襲撃時の基本戦術としていたため、泳ぎ達者などと言うレベルではない体力の持ち主が数多くいるのである。
グリタニカ建国王『黒海王』ウィルフレッド・ロウ・ソロウ・グリタニカ1世は、大型の軍船ガリオン級を1人で制圧したという。

50人からの水兵を相手にする戦闘力もさることながら、泳ぐ速度はサメのそれに匹敵したといわれる。
当然、水泳の大会に出れば下っ端でもぶっちぎりの優勝は間違いない。
そんなわけで、グリタニカは国外水泳大会へのグリタニカエルフの参加を禁じているのだ。
今でも、グリタニカのエルフは『海エルフ』という別名で呼ばれている。


パレードも佳境に差し掛かる。
ウィルは退屈していた。
カーリは設置されたスピーカから流れるアナウンスに耳を傾けていた。
『では、次はスーパーストライカー、『鉄脚』ハリー・フォローズ!』
「『泣き鬼』ハリーか・・・」
「お知り合いですか?」
「ああ。ガキの頃、泣いたあいつにケンカで勝てる奴はいなかった。悪ガキ仲間さ」
「ウィル様はどうしてサッカーをやらなかったのですか?」
「やる機会はあったんだがな。すぐに国から逃げた」
「逃げた・・・」
「それ以上は聞くな。俺の事情だ。お前が背負うことは無い」
「・・・はい」

ボールが、どこからともなく転がってきた。
パレードの先にあるサイン会場へ行く子供が、人込みの中で落としてしまったようだ。 いや・・・
既にサインがあった。それも複数。
「フリード・カパネルラ・・・ランディ・キーナン・・・?」
「さっきアナウンスで聞いたのですが、1つのボールにいくつもの人からサインしてもらうのが、今では流行っているようです」
「1つのボールにか・・・また、難しい要求だな」
「返すにしても、複数の名乗りがあるかもしれませんね」
良くも悪くも悪党の考えに触れてきたカーリは、落とし主探しが難航することを予想した。
スター選手のサイン入りボールは、ネットオークションで高値で取引されることもあるのだ。

「・・・・大体わかった。行くぞ」
ウィルはパレードを離れる。



「サイン集めは順調か?リック」
「ウィル!?」
ボールの持ち主は、ウィルが知る不良少年だった。
ウィルが社長を務める人材派遣会社の社員でもある。
要はアルバイターなのだ。
最近は急にお金が必要になり、学校に通わず休日もアルバイトに専念している。
そして、スター選手のサインをボールに集め、売るつもりでいるのだ。
「使ったボールだな。どこで手に入れた?」
「・・・・」
質問に、リックは黙って俯く。
「どうした?買ったんじゃないんだろ?」
「・・・どこかで盗んできましたね?」
少年の様子に、カーリが口を挟む。
「学校の、体育館の倉庫から・・・」
「誰かに言ったのか?」
「・・・・」
少年は黙って首を横に振る。

「俺は理由までは聞かねえ。学校ならちゃんと話して、頼んでもらって来い。ついでに、もう1つな」
「え?」
「ウィル様?」
「そのボールを盗んだ事情を教師に説明して、ついでに頼み込んでもう1つ貰って来い。お前が俺のところに持ってくるのは、ボールが2つだ。使ってるかどうかはどうでもいい。いいな?」
「あ、は、はい!」
「さあ、行け!」
「はい!」
リックは弾かれたように社長室を出て行った。

「ウィル様・・・なぜあのようなことを?」
「リックは元々チーマーのヘッドだった。それが、半年前に突然脱退リンチを受けてここへ来た。最初は不眠不休でぶっ倒れてたっけな」
ウィルは話す。
「裏があるんだろ。急に大金が必要になったりするような・・・」
「わかりました。そうおっしゃられるなら、もう1つのボールも、何かお考えがあってのことなのでしょう?」
「まあな」
溜息をつくカーリに、ウィルはにやりと笑みを見せた。



リックがボールを2つ抱えて学校の正門を抜けようとすると、ウィルとカーリが入ってきた。
「フリーキックはわかるか?」
「よく知らない。PKなら見たことがある」
「PKよりも遠くからボールを蹴るやつだ」
ウィルは説明し、授業中で無人のグラウンドに歩みを進める。
「1球勝負しろ。お前がキーパー。取れなかったら、サイン入りの方は学校に返せ」
「そんな!?」
「サッカー選手のサイン入りが高値っつっても、治療代にゃ遠くおよばねえぞ。今やってるバイトもだ」
「知ってたのか!?」
「そこまで金がほしくなる理由が、他にあるか?」

ウィルはリックが新しく貰ってきたボールを、サッカーゴールからグラウンド中央に向けて蹴った。
それはハーフライン近くまで転がっていく。
「俺はあそこから蹴る。俺が外したらお前の勝ち。お前が取ってもお前の勝ち。いいな?」
ハーフラインは実際のサッカーグラウンドに近く、ゴールからかなり距離もある。
キーパーがいなくても、素人ではゴールに入れるのも容易ではない。
一方的な施しはしないウィルの方針を、少年は知っていた。
同時に、形式的にでも勝負の形にした社長のこだわりに、尊敬の念を感じ取る。

立会人のカーリがホイッスルを吹き、1だけの勝負が始まる。

いつもの白いスーツで白黒のボールを蹴るウィル。
大きく放物線を描き、リックはその軌道を予想して先に回り込む。
トンネルなどしないようにも注意する。

ゴール端の際どい所にボールは飛んで来て、ワンバウンドした。
その瞬間、ボールはまるでキーパーのリックを避けるように軌道を変える。
「なっ!?」
慌ててボールに飛びつくが、それを嘲笑うかのように反対側のゴールネットを揺らした。
「そんな・・・」
リックはがっくりと膝を付く。

「約束通り、サイン入りの方は学校に返して来い」
「・・・はい」
少年は涙を滲ませながら頷いた。
注意はしていたが、正直言って油断していたのも事実だ。
ウィルが、実はプロサッカー選手だったとか、そんなことも、この場合は問題ではなかった。

ウィルはサインが入っていない方のボールにフェルトペンでサインを入れる。
「ハリー・フォローズにサインを貰え。ボールは知らない人から貰ったで通せ」
「は、はぁ・・・」




数日後、ER代表選手が泊まるホテル。
「俺のサインか?売るためじゃないだろうな?」
差し出されたボールを受け取ったエルフの男は、リックに言った。
「いえ・・・すみません。母のために、売るつもりです」
「母親?」
「肝臓病なんです。治療するには、お金が必要で・・・」
ハリーが興味無さそうに自分を眺めているのが、リックにはわかった。
「残念ながら、安いお涙頂戴の・・・・ん?」
突き返そうとボールを回した時、既に書き込まれているサインがハリーの目に留まった。
「ウィル・・・!」
そして、少し使われたボールに刻まれた、偏った渦巻状の、独特の傷を見つける。
「これはっ!?」
数秒間、ハリーは完全に凍りつく。
「あの・・・?」
「お前、ウィルに会ったのか!?」
「えっ!?」
あまりの驚きぶりに少年は面食らう。
知らない人から貰ったのだと説明すると、ハリーは数歩後退りし、「そうか」とだけ言った。

予想だにしなかった反応。
その後、ハリーは数人の選手達を呼び、ボールとサインについて意見を求める。


「学校とかのグラウンドでやっても、俺もここまでは無理だ」
「2回やれば付くけどな」
「同じ場所でか?」
「そりゃ無理な話だ。ウィルでもねーと」
「あいつなら1回でここまでいけるんじゃね?」
「近距離なら鋭角で曲げてくっからなぁ」
「俺、アイツにブランクあっても、止めれる自信ねえよ・・・」
「なんたってウィルだもんなー」
「アイツ、ここにいるのかな・・・」

とまあ、そんな思い出話がしばらく続き、話はまとまった。

代表で、ハリーがリックに結論を伝える。
「これ、俺達に売ってくれないか?」
「はい・・・?」
頭が真っ白になる。



その後どうなったかというと、集まった選手達が、ボールと引き換えにリックの母の医療費を出すことになった。
どういうことなのか、と聞いてはみたが、皆一様に要領を得ない答えばかり。
代わりに、サインの主についてはあまり聞かれなかった。

後で調べてみると、この時に集まった面々がとんでもないスター選手ばかりであることがわかった。
他国リーグから移籍してきたのだが、ERサッカーリーグでもベテランで、天才的な実力で常にトップを走り続けている選手達なのである。



「サインだけならいくらでも偽造できるのでしょう?一体、どんな魔法を使われたのですか?」
リックの舞い上がった感謝の言葉を聞いた後、カーリはウィルに尋ねた。
「暗号みたいなものさ。あいつらなら一発でわかる。リックがボールを返しに行ってる間に、そういう風に傷をつけた」
彼はこともなげに言った。
カーリはクスリと笑う。
そんな素振りがなかったことに、彼女は気づいていた。



「頑張って!」
ラングレー王国の王女イリナが、フィールドの選手達に声をかける。
何人かが手を挙げ、それぞれが応えた。

ERサッカーリーグオールスターズのエキシビジョンマッチ。
ハリー・フォローズはオーバーヘッドシュートなど、高難度の技を決め、観客を沸かせた。
スター選手同士の息の合ったダイレクトプレイも決まり、興業的な試合は大盛況の内に終わった。

最後、勝敗を決めるPKが行なわれる。
ここで、あの夜集まったスター選手達が皆同じシュートを放った。
ゴールから外れる方向に向かったかと思っても、バウンドした瞬間急激に方向を変える。
カーブの角度こそまちまちだったが、それは間違いなく1つの伝説的な技だった。

「『ウィルボール』!これは『ウィルボール』ですよ!」
年配エルフの解説員が興奮して叫ぶ。
「『ウィルボール』?あの、回転をかけてボールを曲げるシュートですか?」
若手のアナウンサーが聞き返す。
「30年程前に一度だけ見たことがありますが、あの時は本当にボールがひとりでに動いてディフェンダーやキーパーを避けたりして、その時にキックオフ1分11人抜きの大偉業を、私は目撃したのですよ!」
「え、何の大会ですか?」
「世界大会の決勝戦です!」
「ええっ!?」
派手な技というのは、相手が強ければ強いほど決めるのが難しくなる。
たとえばプロサッカー選手が運動神経の無い素人11人を抜くのなら、誰も驚かない。

「その、11人抜きした選手というのは・・・?」
「ウィルフレッドという選手でしたが・・・その後、サッカー界から姿を消してしまったそうです・・・」
「では、彼らのこのパフォーマンスは、彼へのメッセージということなのでしょうか?」
「そう見ていいでしょう。『ウィルボール』を完璧に使いこなせるのは彼だけでした。あまりに難しいテクニックでしたので、彼と共にサッカー界から姿を消したと思っていましたが・・・まさか、また見ることができるとは・・・思っていませんでした」



「あの日、ウィル様が見せたシュートですね」
カーリがベッドでテレビを見ながら囁く。
「ああ」
ウィルは頷く。
「ある日、テレビを見ながらやってみたら偶然できたのさ」
と、あくまでサッカーはやっていなかったと言外に主張する。
いや、言い張る。
「もしも、そのときにサッカーを始めていれば、業界を代表するスターになったかもしれませんよ?」
「オバサンにも言われたよ。今からでもやらないのかってな」
その『オバサン』が何者なのかは聞かなかった。
見当は付く。
なにしろ『魔王』と悪名高いアーゼン・レインハイムでさえ、彼にかかれば『オッサン』呼ばわりなのだ。


ウィルには、誰にも話さない過去がある。
事実を知る友人達も、この時のことには口を堅く閉ざしている。

『ウィルボール』とは、彼が佐伯国のサッカーアニメを見て編み出したテクニックである。
まるでボールに意思があるかのような動きをすることから、『意思(WILL)を持つボール』と彼は名付けた。
まあ、自分の名前からつけたというのが、今では有力になってしまっているが。

世界中で使いこなせるのはウィル唯一人で、当時の仲間達も真似しようとはしていたが、彼らがスーパースターとなった今でも、ウィルほど上手くは使いこなせず、練習はしていたが試合では封印している。

ちなみに、今回のエキシビジョンの最後のPKで、『ウィルボール』によるシュートの成功率は、6人中2点であった。
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