■ EXIT      
華の香り


シュワーッ

空気を泡立てるようなかすかな音がし、 大きな白い車体が、すべるように走る。

ERの各都市や、市内通行の大動脈リニアレール。

リニアモーターにより、非接触で走る車体に、 車体が巻き起こす風を、細かな渦に変えて騒音防止、 透明度の高いプリウマ樹脂性のチューブの中を走るため、 景観もほとんど妨げない。

ちなみに、この樹脂は雨が降ると汚れを落とすイオンを発し、 掃除は数年に一回のメンテナンスで充分。 電気を通すと少し温度を上げるため、雪害の防止にも役立っている。

リニアレールは最高時速700キロを超え、 (市内では安全のため200キロまで) 2000キロ以内は『短距離移動』になり、 一般市民で飛行機を使う人間はいなくなった。

だがしかし、便利な故に昔からどうにも仕方が無い問題も発生する。 すなわち、混雑と満員列車。

『また人が増えちゃったね・・・』

少し苦笑しながら、イリナは市内移動のリニアに乗っていた。 彼女なら、フリーパスの通年指定席券でもお小遣い程度で買えるだろうが、 そういう感覚は、これっぽっちも持っていない。

好きなものを探しに行くなら、普通にリニアで移動し、 足と目で一生懸命回って見て、触って、探すのが好きなのだ。

ERの行政官たちの尽力で、 どうにか、乗車率120%を超えることは無いようには工夫されていたが、 人の欲求と欲望はなかなか止められない。 急いで乗ろうとする人を、抑えるのは至難の業。

人が増えれば、問題も発生する。
繁栄と問題は、絶対に離れない裏表なのだ。

そして、人が密集すれば、必ず不届き者の割合も上昇する。

『・・・・・・?』

彼女の真後ろで、もぞもぞ動いている男性がいた。
息が荒く、鼻をひくつかせ、上着のポケットのなかで手をもぞもぞ。

『痴漢さん・・・・かしら?』

なにしろ、イリナは元が良すぎて、どう印象変化魔法を使っても、 男性がすり寄ってきてしまう。
気配を薄くしても、接近密着する車内では気づかぬ方が難しい。

困ったことに、イリナの場合、 へたくそならまだしも、上手な痴漢だと、 感じてしまい、抵抗できなくなることがある。

彼女としてもこんな車内で興奮するのは困るので、 痴漢だけは容赦なく撃退する。

小さなかわいらしい少女に見えるが、 高位の魔法使いなので、お仕置き程度でもしゃれにならない。

だが、その男性は少しもイリナに触ろうとしなかった。
30歳前後だろうか?、細いが筋肉質な体格で、 神経質そうな顔だちで、鼻が高い。 レンズとツルが一体になったサングラスは、ちょっと怖そう。

カーブの重力で人が寄ると、 必死にイリナをかばって踏ん張り、彼女に少しでも負担をかけないようにする。

だが、人の波が落ち着くと、また鼻をひくひくさせ、 喘ぎ始めるのだから、かなり変わっている。

『まあ、痴漢さんというわけでは・・・・ないのかな?』

≪前の駅で、転落事故のため、急停車いたします、ご注意ください≫

アナウンス直後、急速な重力で体が傾いた。

ポスッ

さっきの男性が、彼女をふわっと受け止めた。
鼻に神経を集中していた男は、アナウンスを聞き落としたのだ。

「・・・・?!」

男性がやわらかな体の直撃に、全身を硬直させた。
高い鼻がすっと息を吸い、同時に、

『え・・・・・・・?』

男の前が、ドンっと伸びあがってしまった。 相当な勃起力で、イリナの背中にぐいと食い込んだ。

男は顔を真っ赤にして、前かがみになり、

「す、すいません・・・・」

蚊の泣くような声であやまった。

『あ・・・、この人匂いにすごい敏感なんだ。』

これだけ人が多くても、リニアの内部は空気浄化素材と、 空気清浄機の働きで、不快指数も低く、空気もきれいだ。 匂いに敏感な人でも、大喜びで乗れるのである。

このままほっておいたら、男性は悲惨な事になりかねない。
ここまで勃起させた状態だと、 間違いなく、痴漢として逮捕されてしまう。

「さ、いきましょ。」

イリナがにっこり笑って、男性の腕をつかむと同時に、駅に着いた。









男性はイリナが助けてくれたことに、深く感謝した。
サングラスを外すと、灰色の目に不思議な色気のある視線を持っている。 砂漠の国の出身者に、こういう視線を持つ男性は多い。

「私はこういう者です」

『調香師 ビブレス・ブフレ・ディスヌフ』

差し出した名刺からして、ふわりといい香りがする。

「香水とかの調合を行う方ですか?」

また照れくさそうに頭を下げる。

「はあ、申し訳ない。あなたの香りについ意識を奪われてしまって、
 気がついたら側に寄っていました。でも・・・・」

すうっと、高い鼻がかぐわしい香りを吸い込む。

「すばらしい・・・・こんなすばらしい香りを嗅いだのは初めてだ。」

うっとりとした顔で、しばし陶酔。

『うあ〜、えらい人とであっちゃった』

困った顔をするイリナ。

「先ほどは、偶然近距離で嗅いでしまって、
 意識が飛びそうになってしまい、本当に失礼しました。」

また、深々と頭を下げる。

「いえ、それはもういいんです。そろそろ落ち着きましたでしょ?」

話を切り上げようとするイリナに、

「いっ、いえっ、
 お願いします、お願いしますからお見捨てにならないで下さい!」

ほとんど泣かんばかりに手をつかまれ、 必死に懇願されてしまう。 もちろん、周り中の視線が集中、恥ずかしさでイリナは真っ赤になる。

これでは男が泣きつく別れ話だ。

結局拝み倒される形で、イリナはビブレスの家についていく事になった。

その家は、高級住宅街の中でも、そうとうに広い敷地を持っていて、 見事な庭園と泉、植物園に花園まであり、 見て回るだけでも、一日かかりそうな広さだった。

もともと彼の家系は、代々手広く香料や香辛料を商う一族で、 彼はその末息子で、小さい頃か調香を行っていたらしい。


分厚いじゅうたんが、大きな部屋の真ん中にしかれ、 異国風の飾りや、装飾はなかなか良い趣味を感じさせる。
砂漠の国の立派な織物は、ふかふかで気持ちが良い。

盆に濃いミルクティと、色々な香料や、香水のビンをのせてきた。

「あ・・・おいしい!」

「紅茶に、ほんの少し香辛料系のハーブを入れたんです。」

色々珍しい香料や、彼が調合した香水は、 実にふくよかで、すばらしい香りばかり。

うっとりしてしまうイリナに、 ビブレスは真剣な顔を寄せる。

「私は様々な香りを探求することに、命をかけてきました。
 ですが、貴方のような神秘の香りは、初めてです。
 貴方の香りの秘密を、どうかどうか、教えてください。」

とまどうイリナの手を、はっしと掴み、

「何もしないで結構です、どうぞ気を静めて、
 できればリラックスしていてください。」

指先をゆっくりと、鼻を触れる寸前まで寄せて、 イリナの指の香りを嗅ぐ。

ゆっくり、ゆっくり、掌から手首、ひじと、 においを嗅ぐ息、かすかな蠢き、静かな室内で、 奇妙な緊張と、くすぐったい感覚。

次第に鼻は、肩からわきの下、 首筋や髪を嗅ぎ、耳元を探るように動き、 耳先に息がかすかにかかって、感じやすいイリナは、 息が荒くなりそうになる。

「ソックスを脱いでいただけますか?」

妖しい、呪文のような声に、思わずいそいそと脱いでしまう。

足元に回り、小さな足先から足の甲、細く締まった足首、 きれいなふくらはぎからヒザと、 彼の立派な鼻が、探りまわすように動く。
ふと、変なことを思い出してしまう。

『そういえば・・・鼻ってペニスの意味があるって…
 だ、だめ、何を考えてるの?!』

ちりちりする興奮と、緊張は、 いつの間にかイリナの興奮を煽っていたらしい。

「ぬっ…あ…おおお、す、すごい、これは…」

あそこがジュクッと濡れると、 押し寄せた香りに、ビブレスは目を血走らせた。

「あ…だ、だめ…」

抑えようとしたが、香りに理性をぶっ飛ばされたビブレスは、 我を忘れて、スカートの中に顔を突っ込んできた。

「だ、だめえ、いやあ…」
「な、んと、なんと危険な香りだ、意識がくらくらする、
 この世の物とも思えぬ香り、ああ、痺れる、しびれるぅ」

真っ赤になったイリナは、 濡れたショーツに鼻が触れるのを感じ、 その刺激で、腰が震えてしまう。

下着の上から、何度も鼻がなすりつけ、 内股を嘗め回され、獣のようにうめきながら、 彼の肌の異常な熱さに、イリナの肉体も興奮してしまった。

彼女の興奮状態の体臭は、強力な媚薬の作用を持つ。 しかも、臭覚が人の何十倍もあるビブレスが嗅いだのだから、 もはやその効果は押して知るべし。

満員電車の中で、彼が猛烈に勃起してしまったのも、 それが本当の原因だった。

「だ、だめ、だめですビブレスさあん…やめてくださいい…」

必死の理性が、なんとか止めようとするが、 手にも体にも、力が入らない。

「うおおっ、イリナさんっ、イリナさんっ、」

スカートをむしりとられ、 下着を嘗め回され、べとべとにされていく。

彼の鼻が、イリナの股間も、へそも、胸も、 泳ぐように這い回り、凶悪な香りの虜となって、 イリナの身体を探りまわす。

柔らかいじゅうたんの上で、 イリナの白い身体が次第に剥かれ、 剥き卵のような美麗な裸身が、 午後の日差しの反射で恥じらいに染まる。

次第に愛撫に蕩けてきたイリナは、 柔らかく、恥じらいに乱れ、抱きしめる腕に、 身体を任せてしまう。 唇を吸われ、甘い唾液を、すすり、すすられ、 胸を、腰を、指先が中を、探りまわす。

「んっ、ああっ、あうっうっ、そんっなっ、」

鼻が再び指のあった場所へ、 舌が、唇が、ついばみ、しゃぶり、嗅ぎまわし、 中を探り、潤んだ襞を味わい、しぶきに濡れた。

「イリナさんっ、イリナさんっ!」

のしかかるビブレスを、柔らかく受け止める。
興奮でへそまで反り返ったペニスが、 肉襞の蠢きに飛び込み、熱と愛液に熔ける中、 雄雄しく突き進んだ。

「んはあああんっ、あんっ、あんっ、ビブレスっ、」

ヌチャッ、ヌチャッ、

長大なペニスの律動、たくましく突き上げる蠢き、 イリナの体が、快楽に痺れ、思わず強く抱きしめる。

白い腿の締め付けに、 赤い肉の絡みつきに、 熱した肌の吸い付きに、 猛々しい動きが、深く、激しく、イリナの小柄な肉体を貫く。

「んあっあっ、ああっ、深いっ、深いですぅっ!」

目を閉じ、快感を味わい、痺れるイリナ。

「すばらしい、すばらしい、何て、何て人だっ!」

華奢な肢体を壊さんばかりに抱きしめ、 突き砕くように、腰を叩きつけ、 ぶつかり合う肉と、こすれあう粘膜の衝撃が、 絶頂へと、一気に駆け上がる。

「だ、だめだあっ、いくぞおっ」

「きてっ、きてえええええっ!」

絶頂が二人を同時に貫き、 のけぞりあう腰が激突する。

「あ−−−−−−−−−−−−っ!!」

白金の髪が、汗に光り、跳ねた。

ドブウッ、ドブウウッ、ドブウウッ、ドブウウッ、

重いほとばしりが、イリナの膣底を突きぬけ、 何度も何度も、打ちのめした。

痙攣する腰に、精液のほとばしりは際限ないように続いた。

汗まみれの筋肉質な身体が、 しばらく放心していたが、 イリナの左足を掴むと、ほとんど抜ける寸前まで腰を引き、 一気に突き上げた。

「いひゃんっ!」

絶頂直後で、すごく感じやすい状態なのに、 ガチガチの反り切ったペニスは、 容赦なくイリナを貫いた。

「ひあっ、あっ、ああっ、激しぃっ、あうっ」

ガンガン突き上げてくるペニスに、 唇が唾液でぬれ、髪が激しく揺れ動く。

イリナの体臭に中毒したビブレスは、 いまだ狂乱状態で、彼女を続けさまに犯した。

あまりの激しさに、涙を浮かべながらも、 彼を責める気にはなれない。 それに、激しいのは嫌いじゃないし。

激しく腰を使いながら、 抱き寄せられ、甘い濡れた唇をすする。

優しく微笑む女神に、理性の痛みと、肉体の狂乱が、 激しさを増して、イリナを抱え上げ、 宙に浮かんばかりに攻め立てる。

「ああんっあんっ、あぁっ、ひっ、ひあっ、ぜっ、」

イリナも、甘く声を上げ、優しく応えて腰を蠢かせ、 彼の興奮を自分の中に深く沈めていく。

熔ける、熔ける、熔ける、

痙攣と絶頂が、何度も二人を貫く。 甘い、きれぎれの喘ぎに、何度もほとばしりをぶちまける。

甘く、腰が熔けてなくなってしまいそうに。


翌朝、死んだように横たわるビブレスを優しくいたわり、 イリナは、静かに館を出た。




数日後、妖精館を訪れたイリナを、ファリアが呼んだ。

「お呼びですか、館長」

ファリアはちょっと不思議な笑みを浮かべ、 小さな琥珀の箱を差し出す。

『貴方の優しさといたわりに、
 限りない感謝を込めて、我が最高傑作を送ります。』

中の小さな紙片に、羽ペンの優しい文字と、 輝く金色の香水ビン。

香水の名前は、“I・RINA” 嬉しそうにビンをみるイリナに、ファリアがため息をつく。

「ビブレス・ブフレ・ディスヌフって、  伝説の調香師なんだけど、知っていたの?」

「伝説・・・ですか?」

イリナはきょとんとしていた。もちろん、知るわけがない。

「世界最大の香水メーカーL社の、  専属契約を蹴っ飛ばしたのは有名な話よ。
 で、今度の新作で、L社を始め世界中のメーカーが、  必死に泣きついて大騒ぎになってるわ。」

調香師でL社の専属といえば、ほぼ最高の名誉だが、 それさえ振ってしまうというのは、すごいと素直に感心してしまう。

「ところがね…彼がうっかり口を滑らしちゃったのよ。」

え…?。ファリアのため息に、いやな予感がした。

「『この香水はイリナ嬢にささげたものだ、彼女の物だ!』って。  今朝から、妖精館の電話がパンク状態よ。
 いったいどこから調べてきたのかしら?。」

「え〜〜〜〜〜っ?!」

ノックがされ、事務のスマイリィ女史が、すまなそうに顔を出す。

「すいません、ファリア館長…L社やB社の代表の方たちと、  駐ルフィル各国大使の皆様が、今回の香水のことでご相談があると…」

これから3日間、妖精館は仕事にならなかったそうである。
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