■ EXIT      
イリナの奇妙な騒動 後編

□□□□□□『その3 たそがれの湖畔』□□□□□□

「まったく・・・調子に乗るんだから。」

暴れる相手を押さえつけながら、腰をつき上げるシーンを見ないようにして、 イリナは、身体をきれいに拭くと、身じまいを始めた。

イリナ自身は、『認識阻害の魔法』で、姿は見えても見えず、 同時にかけた強力な『認識変化魔法』で、彼女に最後に中出ししたスタッフが、アンリと思い込まれされている。
ましてや拘束具で口が聞けないのだから、なかなか魔法が解けない。
(言葉が聞こえると、気がつく事が多い)

撮り終えたディスクはバッグに納め、 今撮っているディスクは、すでにイリナが入れ代わった後のものだから、 写っているのは、気分の悪くなる光景だけだ。

急いで逃げ出した部屋の中で、 世にも悲惨な音がしたのは、10秒後だった。


「んーーーーっ、満足。」

ひさしぶりに、強烈なレイプ感覚を味わい、 身体にたっぷりと精液を染み込まされ、ひどく身体が軽い。

朝から、たっぷり飲まされ、中に注ぎ込まれ、 さらわれて、前後から輪姦されて、アナルもあふれそう。

子宮は精液でいっぱいだし、ちょっと緩めると中から噴き出しそう。
とろりと、胎内があふれている感覚は、イリナにとって最高の至福。

清楚でしとやかなイリナだが、妖精館に来る前は、 数ヶ月に一回は、精神が狂ってしまいそうな性欲の『発作』が起こった。

無数の男性をおびき寄せて、一晩中でも輪姦されないと、満足できない。

それをどうにか納めてくれたのが、妖精館であり、 二条香織のAV女優稼業だった。

『こんなにしちゃったら、ボク、いや私、何人孕んじゃうんでしょ』

中に蠢いてるおびただしい精子に、そっと下腹部をなでながら、 子供が出来てたら楽しいだろうなと、また至福に浸ってしまう。


誰の子供でもいいから、出来たらと思うだけでキュウンと胸が熱くなる。


ああ、そうだ。

例の会社によって、今のディスクを渡しておこう。
面白そうだし。



『その頃、』
あちこちに連絡を入れてみたファリアは、 今朝早く病院を出てからが足取りがつかめないイリナに、 ひどく不安を感じ始めた。

妖精たちの避妊は、スティックと呼ばれる避妊薬(避妊と膣内の匂い改善)で、 特殊な植物のエキスによる自然で完璧な避妊率を誇る。

イリナは、それを解除する薬をもらっていったのだった。

携帯通話装置(イリナはブレスレッド型)が通じず、 ミュルスの独自の情報網でも、イリナが引っかからないというのは、尋常ではない。
ファリアはシーナ・ラングレー(イリナの母親、ER軍中将)に連絡した。



「香織さんいますか?」
「あーっ、アンリさんこんにちはあっ」
アンリに変化し、会社に入ると当然顔パス。
電話中の事務員たちも、思わず声を上げる。

その声に出てきた香織、 「あら、どうしたのイ・・アンリ?」

くすっと笑いながら、数枚のディスクを渡した。
「これお土産です、シャワーどこでしたっけ?。」

イリナがシャワーに入ると同時に、 「な、なによこれえええええっ!!」 ディスクを見始めた香織が絶叫した。

最初は、『全員絶対ぶっ殺す!!』と息巻いていた香織だが、 最後に入れ代わって、凄絶な浣腸ホモプレイになった顛末で毒気が抜けた。

兵隊相手のプレイは省略して、 たまたまアンリの格好を試していたとき、さらわれたと、かいつまんで話した。

「ホンっとに気をつけてよ。いまやアンリ・スタンザーは業界のビッグネーム。
どうにかして謎の女優とのツテを掴もうとして、必死の野郎も多いんだから。」

ただ、時にはこういうのもいいわね、と香織も面白そうに目を光らせる。
香織の審美眼からすると、商品にするためには、もう少し作り直しをする必要があり、 アンリは協力を約束した。

「に、二条社長〜〜っ!」
事務員の声と、どやどやと大勢がなだれこんでくる足音がする。

「おーっ、アンリさん、会いたかったよおおっ。」
「社長っ、水臭いじゃないですか!。なんでオレに声をかけてくれないんです。」
「安くてもいいから、今度はオレ使ってください!」

いつも香織の所に出入りしている男優たちが15人。

事務員が、電話中にアンリの名前を呼んだため、 相手の撮影技術者が、『二条プロにアンリさん来てるみたいだぜ。』
と、男優たちに言ったのが、大騒ぎになってしまった。
どいつもこいつも、抜け駆けするつもりでコソコソしたものだから、 かえって他の男優の目を引いてしまい、連鎖的にこんな大人数になってしまった。

男優たちとしても、仕事は楽しい方がいい、 まして香織とアンリの強烈コンビなら、天国モードだ。
金払ってでもSEXしたい。

『あっちゃ〜〜っ』
参ったという顔をする香織だが、『売りつけに来た物は安く買える』という、 商売人根性もしっかり起こる。

アンリはたくましい男優さんたちに、コロコロ笑ってるし、 別に今仕事にかかっても、文句などまず言わないだろう。
何しろ、あのイリナだから。

「アンリ、ついでだから今済ましちゃう?」

「ええ、私はかまいませんよ」

けろっと返事するアンリに、おおっと男たちも沸く。

「まったくもうあんたらはあっ。アンリは休み中なんだから、 無理に仕事をする分、あんたたち頑張るのよ。」

男優たちの尻をたたきながら、大急ぎで支度を始めると、 写された安モーテルとそっくりの部屋を用意。

鎖につるされるアンリの、妖艶で背徳的な匂いに、 男たちの勃起は、ますます激しくなった。

先ほどまでの男たちとは、比べ物にならない男優たちの男根に、 アンリの身体は、芯から痺れ、のけぞった。

「んうっ、うっ、んんっ!、んんうううっ!!」
襲い掛かる男優たちは、笑み崩れるのを必死で押さえ、 アンリと香織の美味な肉体に溺れていった。

15人相手に二人で奮戦し、軽く昼寝をすると、そろそろ5時。
「時間でしょ?、せっかくだから車で送るわ。」

嬉しげにうんとうなずくイリナに、ちょっと感嘆の目をする香織。
『私だったら、さすがにこれだけSEXしまくった後では、妖精館は遠慮したいけどなあ。』

だが、2度にわたるハードレイプシーンの前に、 さらに6人相手に乱交プレイで楽しみまくったと知ったら、 香織はどんな顔をしただろうか?。

さらに、イリナの心理は底知れない。
『ひさしぶりにいっぱいしたし、もうちょっと楽しめるのなら最高。』

・・・・・・げに恐るべしイリナの性欲。


香織の所にも、妖精館のドレスを置いていたイリナは、 白く清楚な妖精の姿になる。
このけがれを知らぬ美しい姿に、 どれほどの男性がひざまづき、心を奪われただろうか。

イリナは妖精館の前で下ろしてもらったが、 ふと気になる人を見つけ、前の湖のほとりへ歩いていく。

日も落ちかけ、湖のさざなみが茜色に染まっていく。

痩せた背の高い男性が、静かにその波を見ていた。

「いい夕日ですね。」
渋い髭を生やした中年の男性は、イリナの声にちょっと驚く。

「ええ、美しい眺めです」
優しい微笑みに、ふと男性も顔を赤らめた。

静かな風とさざなみ、跳ね返る夕日の粒。
男性が、何か遠くの記憶を見ているのをイリナは感じる。

失った、過去の光景。

二人で暗くなるまで、静かにそれを眺めていた。


星が見え始める頃、イリナに誘われて男性は妖精館に入った。


『その頃』、 会社に戻った香織に、ファリアからのメッセージがあった。
「ファリアさんですか、香織ですが。え、イリナ??、ほんの先ほど妖精館に送りましたよ。」

ところが妖精館にはイリナが来ていない。

密かに、大騒ぎになった。
何しろ、お客様命の妖精館、絶対にそういうそぶりは見せない。

だれも、まさか妖精館の目の前の湖で、 ボーッと二人で甘い時間を過ごしているなどとは、想像もしなかった。

都市周辺の道路に、交通マナー運動などの名目で検問がしかれ、 密かに猛烈なチェックが入っていく。


大捜索が周辺に展開し、逆に真空状態になった妖精館、 暗くなりかけて、明かりが変わる頃にイリナたちが入ってきた。

ほとんど誰もいないロビーを、男性といい雰囲気で奥へ進み、 事務のスマイリィ女史だけが、イリナに気づいた。

だが、お客様と連れ添っている妖精に、声をかけるのはタブーの一つ。
「あ・・・あ、・・・・、・・・」

声も出せず、口をパクパクさせるスマイリィ女史は、 そのまま奥にはいるまで、アワアワとうろたえるばかりだった。

『イリナがお客様と連れ立って戻ってきた』という報告に、 ファリアはすっ飛んできたが、もうどうしようもない。

お客様と妖精の世界は、絶対不可侵。
お客様や妖精に危害を加えるとか、天災や事故などが無い限り、 指一本触れることは許されない。

とりあえず、捜索部隊は解除になったが、 かえってファリアと、シーナたちはヤキモキするはめになった。


静かにお茶を出し、窓を開け、静かな虫の声を部屋に流す。
特には何も言わず、静かな時間が流れる。

そっとよりそってくれる女性、優しげな微笑、 次第に、男性の目が赤くなり、そして潤んでくる。

やがて男性は、イリナのヒザで静かに涙を流した。
胸に何年もつかえていた、氷のような哀しみ、 それが、涙と共に激しく流れ出していく。

白い、細い手が、男の太い手に握られる。
重なり合う身体が、汗ばみ、あえぎと甘い吐息を絡めあう。

ベッドがきしみ、白い肌が波打つように動く。
白い肌を割り、男性の数年分の高ぶりが、温かい胎内に突入していく。

「グレディッ、グレディッ!」
数年ぶりに呼ばれる、女性の甘い声。
忘れていた高ぶりと、快感、そして欲望が猛り立つ。

イリナの白い裸身を抱きしめ、腰を深く、届く限り突き入れる。
艶な微笑が、とまどう男を抱きしめ、己の中に導き、愛する。

こんなにも女性はあたたかだったか、 こんなにも女性は豊かで美しかったか、 いとおしいという気持ちが、凶暴なほどに高まり、 何度も、細く美しい耳にかみつきたいほどの感覚でしゃぶりつく。

「ああっ、そこっ、だめえええっ、感じるのおっ」
激しくたたきつける腰の動き、 深く女性を求める沸き立つ欲求、 その一つ一つが、嬉しく、そして、満たしてあげたいと本気で思う。

美しい脚線美が、ぐっと強く締め付け、 肉襞に喰らいつく亀頭を、さらに奥へ導き入れる。

握り合う手のぬくもり、 広がる腋の白い輝き、 細い顎を震わせ、男の名を叫ぶ小さな顔、 失われた優しい女性の笑顔と、それが重なる。

グジュッ、グチュッ、グジュッ、グチュッ、

受け止める肉の、何と柔らかく、しなやかで妖しい事か。
からみつく快感の、今にもその奥に発したい快感と高ぶり。

「いいっ、ああっ、いいですうっ、わたしっ、わたしいっ!」

心からいとおしさを感じる、イリナという女性。
私が、こんなことをして、許されるのだろうか?!。

だがもう、グレディは耐え切れなかった。

「だっ、だめだ、もうっ!」
「おねがいっ、中にっ、くださいいいいっ!」

深く突き抜かれる快感と、衝撃。

のけぞりあい、頂点に達する。

ドビュルルルルっ、ドビュルルルルッ、ドビュルルルッ、

激しい悦楽のエクスタシー。

響きあう肌の震え、イリナの美しい肢体が、何度も喘ぎのけぞる。

抱き合う肌は、とても温かく、そして幸せが満ちている。

「とても、すてきですわ、グレディ様。」
納められたまま、離そうとしないイリナの下半身。

キスを、何度も繰り返し、身体の奥から新たな力がわきあがる。

動きあうきしみが、暗い部屋に再び満ちる。
短い夜が明けるまで、何度も、何度も。



□□□□□□『その4 また会いましょう』□□□□□□
激しく、狂おしい数年分の思いを受け入れ、満足しきった夜が明けた。

お見送りをするイリナの後ろに、音もなくファリアが立った。
わずかに不眠の色がある。昨夜は寝ていないらしい。

「おはようイリナ、少しいいかしら?」

「は・・・あの・・・えっと・・・」
おかしい、イリナがこんな反応をするのは、初めてだ。

「おはようございます、ファリア様、イリナ様。」
早番で出勤してきたスマイリィ女史が、挨拶する。
途端にイリナが返事。

「なんですか、ファリアさん」
まるで、ファリアの名前を思い出せなかったかのような返事。

だんだん不信感が増してくるファリアだったが、 なぜ昨日スティック解除剤をもらったのか、たずねた。

ポッと顔を赤らめたイリナは、 「ごめんなさい、言えません」

ファリアはイリナを医務室へ連れて行った。


『受精完了』
検査システムが、冷酷な結果を報告した。

受精卵はすでに卵巣に着床しかかっている。
完全に卵巣に根付いてしまったら、エルフは堕胎は不可能。
無理におろさせれば、二度と妊娠できなくなる。
ハーフでありながら、異状に濃い血をもつイリナは、 エルフと同じ危険を背負っていた。


「イリナ、すぐに卵子を取り出すわ。いいわね。」

それは説得ではなく、命令だった。
イリナの朝からの行動を聞いたファリアは、もはや手の打ちようが無いと、断を下した。
父親の確認はほぼ不可能。彼女は全てを自分の責任で背負うつもりだった。

今イリナは、妖精イリナ・クィンスではなく、 ラングレー王家の正当な血を引く者、イリナ・ラングレーなのだ。


「いや」

あっさり、ファリアが目をむくような返事をすると、 だっと部屋から飛び出した。

  フィッ

同時に二つの光が、イリナの前方に起こり、テレポートが実体化する。

気高く、美しい二人の女性エルフ。
セシリア・ラングレー女王と、シーナ・ラングレー中将。
イリナの祖母と母である。

そしてもう一つは、傷だらけの顔を晒した、盲目のエルフ。

かつて白の魔女と恐れられ、伝説の中に消えたと思われていた稀代の魔法使い、 アーデマイン・ビュセルフォルス、イリナの魔法の師だった女性。
イリナの消えた歴史の最重要関係者。

「申し訳ありませんセシリア様、シーナ様。」
見知らぬエルフの出現に驚き、追いかけてきたファリアは二人を見た。

「その方については心配ない。一体どうしたの?。」
ファリアの連絡に、文字通り飛んできたのだった。
周りはすでに、ラングレー王家直属の特殊部隊が、密かに固めている。

かつてイリナの師匠だったアーデマインは、イリナと連動している封印された人形をもっている。
それは、イリナに何かあった時のための、最後の切り札だった。
それが今朝からおかしな力に揺れているのに気づき、セシリアに連絡を入れた。
『まるで、イリナが二人いるかのような??』


そして、アーデマインがイリナの方を向き、不審な顔をした。
彼女は目が見えないだけに、他の感覚が異常に鋭い。

「お前、何者だ?」

「え、アーデマインさん何を??」
きょとんとしたイリナが返事をしたが、これは致命的だった。
現在のイリナは、アーデマインの事は何一つおぼえているはずが無いのである。

セシリアとシーナも顔色を変えた。

『捕縛結界!』
アーデマインが瞬時に高速呪文を発動すると、 イリナの周辺に強力な逆五方星結界が出現する。

ズンッと、イリナの身体に強力なプレッシャーがかかる。
『複合呪文に、触手方捕縛法か・・・なかなかやるでないw』
イリナがちょっと眉をしかめたが、口の端をほんの少し上げて笑った。
逆五方結界から、目に見えぬ水系統の無数の細い触手が伸び、 イリナの全身をとらえ、それを風が補強し、呪文や魔力を妨げる。

アーデマインのオリジナル呪文の一つであり、 どんな魔法使いでも、すぐに逃れることは不可能。

『ただ、確か母親と祖母も、そうとうな魔法使いだったし、急いで逃げないとやばいわね。』

実際、シーナとセシリアも、魔法の補助呪文を構えている。
相互に打ち消さないよう、すぐには唱えないが。

イリナの指先が、その場で左右別々に空間に印章を描き、 結界の中に青い光があふれた。
結界が光に浸食され、見えないはずの結界全貌が浮き上がる。

シーナが捕縛強化、セシリアが麻痺の強力な魔力を放ったが、 青い光に触れた途端、力なくその周りに旋回した。

「よっと。」
まるでカーテンを開けるように、結界が押しやられ、 イリナはテレポートで消えた。

「バカな!?」

さすがに三人とも最高クラスの魔法使い、 今、何をしでかしたのか理解した。

イリナは大気中に無数に展開する分子レベルナノマシン群(魔力供給源かつ回路構成マシン)
そのものを書き換えて、結界を無形から有形に変え、 実体化して力を失った結界を払いのけたのだった。

シーナ、セシリア、アーデマイン、三人とも青ざめた。
そんなことができそうなのは、彼女たちが知る限りでは一人しかいない。
悪魔というあだ名が最も似合う魔王、レインハイム皇国の王。

「まさか・・・ね。アレがそんなことしたら、この世は終わりよ。」
「ありえぬ、もしそんなことがあったら、私はアル中になって死ぬぞ。」
「アレがそんな冗談をやったら、ER全土、笑い死ぬしかないです。」

いやもう、言いたい放題の完全否定。
三人とも、イリナのフリをしてるアレを想像しただけで、鳥肌が立ってしまっている。
周りに展開する特殊部隊は、万が一にも思念のバリアーが解けない事を、本気で祈った。

もし、アレに聞こえたら、 『何を想像しておるのかっ!!』
と最悪の黒聖書系禁呪が飛んでくるのは間違いない。


そして同時に、二つの通信。

『イリナ嬢、確保しました』

アーデマインの弟子の一人、ギュンダーから念話で連絡が入った。
アーデマインの4人の弟子がイリナを追跡していたのだった。

そしてもう一つは・・・・・。



アーデマインは弟子たち、 彼らは、ER同盟各国でトップクラスの実力者ばかりだが、 イリナの凄まじい力に、プライドは粉砕寸前だった。

「うん、もう、いい男ばっかりなのに、お堅いのねえ。」

全員で強力な防護陣を張り、中で必死にイリナの魔力を防いでいた。
どちらかといえば、イリナに襲われてるようにしか見えない。

何しろ、イリナが面白半分、投げキッスで放ってくるのは、 理性を麻痺させ本能を暴走させてしまう『魅了』の凶悪なしろもの。
へたに引っかかったが最後、欲望の奴隷にされてしまう。


「いい加減にしろ、キサマ何者だ?!。」

アーデマインが激怒しながら飛んできた。
「本物のイリナは、病院でねむりっぱなしだと連絡が入ったぞ。」

ふっと力が消えた。
「あ〜、とうとう見つかっちゃったか。しかたないわねえ。」

くすくすとイリナは笑うと、その姿が、光の粒になって大気中に散った。


テレポートでも、他の何かの術でも無い。
イリナの質量そのものが、その場の大気に散ってしまっていた。



「ん〜、ファリアさん、おはようございます・・・」
ファリアがイリナの名前を呼びながらゆすり起こすと、 ぼ〜っとしたイリナは、のんびりとした口調で、寝ぼけ眼のまま挨拶した。

病院のカメラをチェックした所、 看護婦が起こしに行ったあと、パジャマ姿で部屋から出たイリナが、 いったん病室に戻り、それから出てきていないことが判明した。

要するに、イリナは部屋で二度寝に入って、丸1日眠りっぱなしだったらしい。

イリナの病院の部屋は、最上級のVIPルーム。
受付その他はオールパスだし、第一、普段は誰も使わない。
掃除やベッドメイクは自動で行われるため、彼女が寝ていることに、 病院側も気づかなかったのだ。


では、あのイリナはなんだったのか?。
イリナの思念体、あるいは魔力そのものの暴走、いろいろな説が出たが、 結論など出るわけもなかった。

ただ最後の、結界を払いのけての逃走は3人にわずかな疑問を残し、 それが出来そうなレインハイム皇国の王は、シーナとセシリアの奇妙な視線に、 何度も首をひねる事になった。


コポポポポ・・・・

深度6000メートルの深海底。
そこに身じろぎ一つしない、小山のような存在があった。

無数の触手が絡まりあい、数百メートル四方を覆う巨大生物。 海の大妖怪『妖(あやかし)』。

イリナの失われた記憶、エカテリナだった時代に、 彼女と出会い、不思議な縁を作った生物。

その精神世界、濃い青色の空間に、美しいエルフが全裸で横たわっていた。
静かに眠るイリナの裸の上に、ぴったりと重なって。

「ふうっ・・・」

かつて聖母とよばれたミューン、そのパーソナルデータのコピー体は、 身体を起こすと、大きく息をした。
単なるデータ体ではあるが、気分は生きてる時と少しも変わっていない。

「楽しそうだったね。」
横にいた輝く球体、『妖』の精神体が声をかける。

「だって、久しぶりですもの、外の世界で遊ぶのは。」

ミューンは面白そうに笑った。
かつてエカテリナがここに来た時、彼女のパーソナルデータを残した。 今もそれは静かに眠っているが、イリナがいつの日か失われたとき、 彼女を起こそうと決めている。

だが、エルフ史上最強クラスの魔法使いだったミューンは、 彼女のパーソナルデータで、面白いことに気づいた。

『コピー体同士は、情報の共振によって、感覚や思考を共有できる。 そして、コピー体は本体と共振できる。』

時々そうやって、イリナの感覚をそっとのぞき、外の世界を眺めていたミューンは、 次第に世界の情報に詳しくなり、遊びに行きたくなった。

そして、強力な魔法結界がある妖精館と違い、病院に三日も入院する検査期間に、 彼女とより深いシンクロが出来る事に気づいた。

『妖』の力を借りて、イリナの身体周辺にナノマシン群を集め、 無数の力場を操作して、分子レベルでのイリナのコピーを作った。

普通そんなことは不可能だが、『妖』の桁外れの魔力と、 アーゼン以上にナノマシン操作に手馴れたミューンは、それが可能だった。

力場体は、実体同然に存在するが、 力場を解けば、分子レベルで飛散する。

これなら、いくら遊んでもイリナに迷惑はかけない。
その間は、できるだけ眠っていてもらう事にしたのだった。

ただ、ほぼ完全なコピー体だっただけに、 イリナの記憶や感情はもとより、体内に入っていたスティックまでコピーしていて、 これを解毒しないと、セックスする時のスリルが半減してしまうため、 妖精館に取りにいったのが失敗だった。


「う〜ん、もう少し楽しみたかったなあ。」

中身はミューンとはいえ、イリナの記憶や感情の影響は避けられず、 特にハンスへの甘い愛情は、最高級のスイーツのようだった。 またアーデマインは、これまで何度か違う形で接触していたので、 ミューンがうっかり思い出したのが災いした。

横で、精神体が笑うように輝いた。

24時間のアバンチュールだったが、大勢の男性や、 イリナの家族、アーデマインたち、実に面白かった。

『また会いましょうね。』

ミューンは、そっとささやくと、青い世界の中に身を横たえた。
次の話
前の話