■ EXIT      
ランナーズ

※※※ 闇の奥 ※※※

眉の太い、輝く目をした男、迷彩服を身につけ、背は高く180を越える。 どこか甘いマスクに、厳しさと優しさが混同する。
小麦色の肌をした、強い目をした女性エルフ。
草色の地味な上下に、しっかりしたブーツとすんなりした手足、 金髪は軽く汚し、目立たないように工夫されていた。

2人がまるで糸でつながれたように、 足音一つ立てず、深い森の中を走る。
エルフの細い大きな耳がピクリと動いた。
かすかな草ずれの音に、小柄な身体が俊敏に反応する。

パスッ、パスッ、パス

恐ろしい連射速度で、サイレンサー付きM84FSが火を噴く。
訓練されたエルフの耳は蝙蝠のレーダーのように、正確な距離と位置を掴む。
藪や岩に身を隠した3人が、僅かに露出した部分を狙う。弾丸に仕組まれた毒薬が、即座に戦闘力を奪った。森の中のエルフは、森の中の人の10人より危険だといわれる。 毒にのたうちながら、3人はようやくその意味を悟った。
だが、あとの6人は顔色一つ変えず、巧みに樹の陰を縫うようにして接近する。
男が、長めのナイフを抜き、撃たれた3人のいない場所に殺到した。
指揮官らしい男が眉をしかめた。
見事に殺気を殺していたはずの6人だが、 射られた3人が、残りの場所を教えていた。

男の長身がムチのようなしなやかさで舞い、 恐るべき刀術が、まばたきする間に次々と屠っていく。
弾がリーダーの額をかすめ、かすかに動きが止まった。
「ぐほっ!」
瞬時にナイフがアバラの間を突いていた。

闇の中に、濃い血の匂いだけが漂う。
エルフの光る目が、かすかに燐光を放つ。
男の無骨な手が、その頭を抱きしめ、柔らかい唇を正確にとらえ、 舌をからめ、唾液の甘美な味わいを貪る。
息が荒くなる、 男根が激しくいきり立つ、 暗闇と血の匂いが、原初の血を激しく沸かせる。

「くっ!」
だが、男は必死に甘美な唇を引き剥がし、 荒い息をしながら、髪をなでた。
「あとは、生き残ってからだ。楽しみにしててくれ。」

光る目が潤む。
「ほんとうに、よかったの?。私なんかで」

「お前のいない世界、お前がお前じゃない世界、そんなものいらねえ。」
白金 竜は、ロン フェイランの金髪を抱きながら、宣言した。

−−−−そう、あの夜、あの絶望はもういらない。−−−−

3日前、白金は、フェイランに呼び出された。
『思いっきりおしゃれしてね』
妙なメールだと思いながら、白いヴェルサージのとっときのスーツを着こんだ。

情報部の腕利き諜報員として名を馳せていたフェイラン、 第4市民階級でエルフにも関わらず、血の滲むような努力を 行い、セヴェロスク連邦軍の中で昇進した。

G2(対テロ用特殊部隊)のトップアタッカーとして恐れられている白金、 接点のなさそうな二人が出合ったのは、 1年ほど前、 ある外交会議のパーティを狙ったテロで、 白金がフェイランを助け出したのが始まりだった。

とっときでも心配になるぐらい、 フェイランの赤い輝くドレスはすばらしかった。

『指輪買ってくるんだったな・・・』
今、この場でプロポーズしたら、怒るだろうか?。

だが、何かおかしかった。

1年近い付き合いで、彼女のことは知っているつもりだ。
どこか自然じゃない。

食後、バーのカウンターで、フェイランが切り出した。
「あのね、分かれて欲しいの。今度結婚するから。」

だが、白金はその瞬間に、彼女の小指がピクリと動くのを見逃さなかった。
情報員の彼女すら、動揺する『嘘』。

コツ

グラスが置かれた音が、とても響いた。
フェイランの白い肩がびくりと震えた。

『こいつ・・・・殴られる覚悟すらしてる。』

何より、ほんとに分かれたい女が、こんなおしゃれなどするはずが無い。

「お前さ、誰に向って言ってるんだ?。思いつきの嘘で、ごまかすな。」
「嘘じゃ・・・ないわ」
「動揺みえみえだよ。お前がそれほど動揺しながら言ってるのに、おれが気づかないと思うのか?」

白金の太い指が、白く細い手を掴んだ。
その手から伝わる温かさに、もう隠しようが無かった。

フェイランの金髪が、白金の肩にかかる。
震え、かすかに嗚咽しながら。

二人は夜の街をさまよった。
『G3の新しく創設される部隊に抜擢されたの』
その言葉は、白金を地獄の底に突き落とした。

白金は、死体処理班のじいさんと飲み友達で、 そのつてから、新部隊の実態を知っていた。
『誘われても、絶対うけるんじゃねえぞ、あんたがいなくなったらワシはさびしいからな。』

フェイランは、諜報活動の偶然から、 部隊の機密の一部を知っていた。
もしかしたら、機密を知ったことへの報復かもしれなかった。

数度の失敗を繰り返しながら、 繰り返し検討され続けていた、改造を施した殺戮マシンの部隊創設。
ロボトミー(脳改造)すら行われ、忠誠心と殺人への禁忌のない怪物となること、 それが抜擢なのか?。
業火のような怒りが、白金の心を煮えたぎらせる。

ギシッ

ベッドがきしんだ。

白金に誘われるままに、ホテルの一室を借り、 無抵抗に、のろのろと服を脱いでいく。

あれほど輝いていたドレスが、くすんで、色あせて見えた。
生き生きとしたエネルギーに満ちていたフェイランが、 まるで人形のようだった。
悲しみと、悔しさと、絶望が重く押しつぶしていた。

キスを激しくかわす、そのとき、フェイランがびくりと震えた。

『わかるか』
指先の愛撫に、擬してモールス信号を伝える。
『わかります』
背中に回した指から、返事が返る。

彼女の辞令が報復だとすれば、 どこで話を盗聴されていてもおかしくない。
特殊部隊と諜報部員だからこそできる会話だった。
細い首筋を舐めていきながら、 指先が乳房を嬲るように触っていく。それすら言葉。
『おれがいる、いくな』

舌先が乳首に届く、細い裸身が、びくりと震える。
『でも、命令は、絶対』

指先が、茂みからクリトリスへと這いこむ。
「ひぐっ!」
敏感になっていたフェイランは、声を上げてうめいた。
『同じ死ぬなら、どこまでも、いっしょだ』
「だっ、だめっ、そんなっ!」
指先がくりくりと敏感な場所をさぐり、嬲る。
『いけない、あなたが、しんではだめ』
左手が乳房をつまみ、こねる。
唇が愛らしいサクランボのような乳首をしゃぶり、吸い上げる。
指先が、スリットをなぞり、さぐり、かき回す。

同時に責め立てられる、愛しい男の愛撫。
快感が、白い肌を染める。
食いしばった歯の間から、快感と悲しいうめきが漏れる。 どっとほとばしる愛液が、指を包み、濡らす。
『お前が、お前でなくなるなら、おれは耐えられん』
グレイの美しい目が、涙に濡れた。
白金の決意が、深く魂に食い込んだ。
『くるか?』

ゆっくりとのしかかる男を抱きしめる。
『いきます、あなたとともに』

襞を押し広げる男性に、快感と喜悦が、フェイランの全てを圧した。

爪を食い込ませ、身体中で受け止める男、 自分の全てを預け、そして受け止める相手、 フェイランの美しい顔が、のけぞり、輝く。
「ひあんっ、ああっ、あっ、好きっ、好きぃぃぃぃっ!」
深く食い込む男を、食いちぎらんばかりに締め上げ、 たくましい背中にしがみつき、唇を貪りあう。

これまでの生涯で、 最高に甘美な、そして切ない瞬間。

激しくきしむ音と、 交し合う声の中、熱い喜びと忘れがたい歓喜が、 二人の中を貫いた。
痙攣する身体に、 脈動が深く轟く。

熱く、喜びに満ちた歓喜。
しっかりと抱き合う中で、 フェイランは、世界がばら色に包まれる涙を流した。




−−−セヴェロスク連邦、ノーイット陸軍基地地下情報部−−−

「G2、全生体反応消失」
オペレーターが無機質な声で告げた。
大佐の記章をつけたサングラスの男が、青筋を立てた。
「G3を出動させよ」

部屋中の軍人たちが、息を呑んだ。
「し、しかしボイド大佐、それは・・・」
思わず声を上げた少佐は、サングラスの奥の凶悪な視線に、凍りついた。
オペレーターが震えを抑えられず、 何度もスイッチを押しそこないながら、命令を伝えた。
大佐が部屋を出ると、左官クラスの者たちが思わず目を見交わす。
そして、ため息をついた。

G2とは、対テロ用特殊部隊。これはまだ、まともだ。
だが、G3は対ゲリラ掃討用特別部隊。
実質は、対ER特殊工作部隊であり、 最終的には、ERを影から支える特殊部隊「ニーベルゲン」に対抗する為の部隊を育てる計画だった。
その指揮官がボイド大佐であり、 内情は情報部ですら把握できない。
ただ、G3がこれまで内乱で出動するたびに、 出動地区は、戦闘員、非戦闘員を問わず、・・・・・全滅した。

オペレーターは、初めて、やった事のない操作を行った。
2人の名と所属を確認する。

男性:白金 竜(しろかね りゅう)、G2トップアタッカー
女性:ロン フェイラン、元情報部諜報員、G3次期改造部隊候補員




※※※ 妖精たちの水辺 ※※※



巨大な船が、静かな港にじっとしていた。
その白い優美な姿、白鳥が羽を開きかけたようなデザイン。 巨大でありながら、わずかもバランスの乱れを見せないすばらしいスタイルと安定。 それでいて、白鳥を思わせる姿は、水の上にある限り決してひ弱さを感じさせなかった。
ここだけの話、この船には他勢力が知ったら目をむくほどの『技術』と『趣味』で組み上げられている。

工学博士やデザイナー、造船技術者、プログラム設計技師など、超一流のマイスターたち、ファリアの友人や妖精館を愛して止まない趣味人たちが、どこで聞いたのか、計画をききつけるや我も我もと強引なまでにねじこみ、通常の工業製品などでは飽き足らぬ創作意欲と、無謀なまでに趣味の技術を注ぎこんだ結晶だった。

だが、そんなすばらしい船すら、 その中に込められた生きた宝石たちのようには、目を引くことは無い。

『妖精艦』
いや、ほとんどの人はそういう名前すら忘れる。

『アフロディテ・シェル』

美の女神は、海の泡から生まれ、貝殻に乗って現れたという伝説。 そのあだ名のみを、皆呼んでいる。

ミュルス枢機院議長ミランダ・クォーンが提唱し、自ら試験運用艦を運用して、 新たな妖精のスカウト、お客様たちの要望調査、新たなサービスの研究などから始まり、 長年の計画とたゆまぬ実効、そして飽く事なき探求が生み出した新たな世界。

その成果が、ついに処女航海へ乗り出したのだった。


シェルは、岸壁に横付けすることはない。
優雅なランチが、期待に血を上らせた客たちを乗せ、 巨大な船の後部へと接していく。

客たちは目を疑った。

そこは美しい砂浜。
ランチは船の中の空間に飲み込まれ、 人工とは思えぬ星空と、さわやかな風に迎えられた。

「ポシェタ・マッツィニ様でございますね。」
どちらかといえば、地味な服装で来ていた市長は、 呼ばれた声に驚き、白い優雅なドレスの礼に思わず息を呑む。

「今宵のお供をさせていただきます、イリナ・クィンスと申します」
イリナの、輝く瞳に囚われたものは、その瞬間絶頂を感じる。

海千山千の実力者といわれた市長が、 一目で心を奪われるまなざしに、正気を失いそうになった。
もしあと10年若かったら、そのまま押し倒してしまったかもしれない。

妖精艦では、勤務する専属妖精の他に、 各妖精館から交代で、選りすぐられた妖精が定期派遣される。
その第一号はいうまでも無く、妖精館の将来の期待を担う、ルフィル妖精館本館のNo1、イリナだ。
暗い砂浜に、無数の白い花たちが現れ、客たちを迎えていた。
それは、幻想のような、妖精たちの世界だった。




※※※ 邂逅 ※※※


『ついにきたか・・・』

白金は、ひたひたとつけてくるあるかなきかの気配に、 全身の肌を泡立てた。
フェイランも、いいにおいのする身体をよせ、自分の不安に立った肌を合わせる。
気配を完全に消すのではない、 わざと、かすかに気配を漏らし、 それによって、相手にプレッシャーをかけ、不安と混乱を誘う。

G3の部隊なら、このぐらいの芸当はやりかねない。

しかも、絶対に無理押しはしない。
相手の混乱や疲労の一瞬をつき、 即時に殲滅するのが連中のやり方だ。

並みの逃亡者なら、とっくに疲労や限界が来ていただろう。
だが、二人は並みではない。

すすり終わった卵の殻を、フェイランがそっと鳥の巣に戻す。
卵の殻も、母鳥の大事なカルシウム源だ。
5個の卵のうちの1個を分けてくれた鳥に『ありがとう』と心から感謝する。
エルフであるフェイランが仕立てた生みたての卵や蜂蜜、栄養価の高い虫や果物は、 二人の体力を回復させ、携行食料のようにゴミや匂いを残さない。

白金の巧妙な罠と逃走術は、 休息する時間をわずかずつだが確実に稼いだ。

だが、それでもG3の悪夢のような追跡は、執拗を極めた。


「来たな」
「ええ、遠巻きにされたみたいね」

息のみの、音のほとんど無い会話。

日の暮れかけた街道近くの茂みで、二人はぺたりと身を伏せ、 気配が動くのをまちかまえた。
およそ12人、白金は人数をだいたい捕らえた。
それは相手もこちらの位置を掴んだに等しい。

あとは袋を引き絞るだけだった。

もし、ここで闖入者がいなければ、二人の運命は終わっていただろう。

暗い人気の無い街道を、 地位ありげな馬車が、かつかつと進んでくる。

白金とフェイランは顔色を失い、 部隊の指揮官は鼻にしわを寄せた。

二人は他人を巻き込みたくは無かった。
部隊は、目撃者は残さない鉄則だった。
逃亡者が馬車を利用すると判断した指揮官は、 馬車に焦点をあわせ、戦力を集中させた。
二人は馬車から離れようとした。
死ぬのは自分たちだけでいい。

動きのずれが、部隊の行動を瞬時にぶらせた。

馬のたずなを握っていた、メイド服の愛らしい女性が、 人工的な感じの声で告げた。
「マスター、襲撃者です。装備から推測されるのは、」
『装備:ER製23kグロック改、現在正式採用なし。 装備:ブロウグアサルトライフル改造型、時期陸軍採用候補 装備:マスティス精密照準レーザー発信器 当社製品、現在正式採用なし、G3試験使用中』
この間コンマ01秒。

「特殊部隊、G3です」

「殺れ」
一瞬の躊躇も迷いも無い、断定だった。

濃い藍色の服が翻り、メイドは5メートルを飛んだ。
頭の両脇に結ばれたお下げが、さっと解かれ、長くひるがえる。

ガラスのような黒い瞳が光った。
こちらから離れる2名を覗き、残りの12名全てを赤外線で捕らえ、 艶かしい白いレースストッキングから、2丁の拳銃を抜いた。

ERM3-ベレッタKB、小型拳銃ながら、強力な銃弾を装備できる銃身に、 徹甲成形炸薬弾という最悪の銃弾を装備された殺戮兵器は、容赦なく炎を噴き上げた。
白い華奢な手の無線配線が銃と連動し、スローモーションのように動く部隊員を打ち抜いていく。
撃たれた人間は、ぼろぞうきんのようにひきちぎれた。
彼らのケプラー防弾装備など、紙と同じだ。

胴を狙う反撃の射撃が、打ち振られた長い栗色の髪に巻き込まれて止まる。

フェイランの弓が、白金の射撃が、部隊員を止め、あるいは打ち抜く。

指揮官が驚くほどの跳躍を見せ、 メイドの斜め後ろから襲い掛かる。

だが、「無駄です」

メイドの首にナイフを突き立てても、メイドは平然としており、 驚愕した指揮官を、なんの迷いもなく打ち抜いた。

瞬時に、G3の部隊は全滅していた。

馬車から姿を見せたのは、すでにかなりの高齢らしい男性。
めがねをかけ、白い豊かな髭を生やし、厚いコートを羽織っていた。

ただ、その目は、真っ暗な洞穴のような暗闇。
そこから、涙があとからあとから流れていた。

「お二人さん、あんたたちがどこの何者か、それは聞かん。
また、どこへ行こうとするのか、どんな理由で追われているのかも、それも知らん。 だが・・・・・、わしはあんたたちに感謝する。」

メイドが袋を渡した。
二人分の解毒薬と、一通の招待状。
「その子の身体から出る毒ガスは、神経速度を緩やかに落とす。 あんたらもあと1時間は、通常の半分ぐらいのスピードでしか動けん。すぐ解毒薬を飲みなさい。」

二人は握り合った手に汗を感じた。
G3が苦も無く倒されたわけである。
恐ろしく高度な要人警護ロボット。前大戦の末期にER陸軍によって投入され 連合軍の歩兵中隊を全滅させたS系列に属するアンドロイドであろう。
「そして、招待状はあんたらにやろう。あちらにも話を通しておく。 この国から出る、唯一のチャンスだろうからな。」

メイドの、渡してペコリと頭を下げる動作、にこりと微笑むしぐさ、 恐ろしいほど人間に近い。
白金は、瞬時に察した。
『この恐るべき性能と精度は、噂に聞くER社のセボット計画に基づいて行われた『生物・生体模倣制御システム』の応用によるインテリジェント・チップを発展させた技術による賜物だろう。
そして、こんな代物を持つ、この老人は、国有会社が大多数を占めるセ連の中で政府の管理下に入っていないの国内有数の会社で、ER社との繋がりが深い組織の人間のはず。するとマスティス精密工業の・・・創業者マスティス・クレイ?!』 白金は姿勢をただし、頭を下げた。
「オレは白金 竜。こいつはロン フェイラン、オレの女だ。」
「白金は、私の男です。」

老人はふっと笑うと、背中を向けた。
「いくぞソーニャ」
「はい、マスター」

「なぜ、なぜ助けてくださったんですか!」
フェイランが、思わず声を上げた。
一瞬一秒でも惜しい、でも、せめて聞きたかった。


「私の妻も、エルフだった。」
老人は足を止め、しわがれた声でつぶやいた。

「第四市民として扱われ、人身御供のように来ながら、本心から尽くしてくれた。 私に、人の心をくれた・・・・だのに、ワシより早く死んでしまった。 エルフだというだけで!」

肩が、震えていた。
風が泣くような声を上げて吹いた。

「死ぬなよ。」
老人は振り返ることなく、馬車に戻ると、道を引き返していった。
二人は貴重な時間を、頭を下げて見送った。

走りながら、白金はつぶやいた。
「あの老人のことは、聞いたことがある。」
3年前、ロワモード事件と呼ばれた大量殺戮テロ。
だが、犯人の貧弱な武器と、殺戮のあまりの差に、 多くの疑惑が上げられた。

「私がG3の新部隊のことを知った事件だわ・・・」
試験的に投入されたG3が、命令系統の乱れでおびただしい犠牲者を出し、 それを糊塗するために、関係者全てを殺戮した。
この失敗から、改造部隊の計画が始まることになった。

妻を失い、怒り狂ったその地方の名士が、真実を知りたいと繰り返し運動を続けた。 だが、この国でそのような活動を許されるはずもなく、 いつしか、その活動全てが押しつぶされた。

だが、彼はあきらめなかった。 マスティス社の創業者である彼は、その力と財産であらゆる情報を集め、調べ上げた。 真犯人である特殊部隊G3に、報復を誓った。

心底、命ある限り、その日を願い、祈り続けていた。
力と財産の全てを、その瞬間にかけて、せめて一矢報いるために。

あの老人は、今、妻の墓へ向っているのだろう。
白金は、その気持ちが痛いほど分かった。




※※※ 酒と毒薬 ※※※


「ほんとうに、ここなのか?」

招待状に記されている場所は、港の瀟洒な待合場だった。
いかにも名士然とした何人もの男女が、 薄汚れたシャツに、汚れのついたズボンという、 場違いな白金に不審そうにチラチラと目をむける。

ただ、手を組んでいるフェイランがあまりに美貌なのと、 赤い燃え立つようなドレスが似合いすぎていて、 文句が出にくいようである。

彼女のドレスは、特殊繊維でできていて、 たためば数センチ角のカードサイズになり、 広げるとしわ一つない美しいドレスに変わる。
しかも、広げる動作で空気を含み、厚みすら増す。

同じ色の美しいサンダルもたたむとカードサイズになる。
さすがに、彼女には文句のつけようがなかった。

部隊の全滅はさすがに予想外だったらしく、 追撃を派遣するのに手間取り、 ついに二人は追いつかれること無く、港町に到達した。

招待状には、 今宵寄航する妖精艦への案内が、 簡潔に書かれていた。

二人はもはや国内に居場所はない、 この船にかけてみることにした。


ランチの入り口で招待状を見せると、 人懐っこい笑顔の女性がにこりと微笑む。
「代わりの者が来るとご連絡はうかがっております。
船では、お召し物の換えもございますので、どうぞお気軽にご利用下さい。」
「私も、あちこち行ったけど、こんな非常識な船は、初めてね」
ランチごと船に入りながら、 さすがのフェイランも呆然としている。
桟橋から砂浜に下りると、 白いドレスの少女がぴょこんと飛び降りた。
「白金 竜様とロン フェイラン様ですね。」
「あらかわいい」
思わずフェイランが微笑む。
「ルーシャ・リンクラインと申します。今宵のお供をさせていただきますので、宜しくお願いいたします」

通常のホステスがつけば問題だろうが、 このような幼いかわいらしい少女がつくと、 女性連れでも微笑まざるえない。

「マスティス様からのご紹介は、あのお二人ね。」
妖精館館長のファリアは、 ルフィル妖精館から船のあらゆる情報をモニタリングできる。
彼女はこの船にいるも同然だった。

白金がすばらしい黒のタキシードに着替え、画面に映っていた。
「ふふふ、いい男ですわ。」

秘書のクラミスが、一礼する。
「今、王宮の担当官から連絡が入りました。お二人の亡命、喜んでお受けするとのことです。」
ファリアは、にこりと微笑んだ。

船は一個の独立王政国家と見ることができる。
しかも、海洋法という特別な交流のしきたりもあるため、 岸壁に接岸しない船は、簡単には法は及ばない。

「さあて、どう仕掛けてくるか、妖精艦の試験テストにはもってこいの状況ですわね。」
もちろん、ファリアは妖精艦とそのスタッフに絶対の自信を持っている。

白金とフェイランは、ルーシャに案内されて、 劇場やコンサートホールなどを巡っていく。
ただ、そこに入ることはしなかった。

G3がどれほど非常識な組織か、二人はよく知っている。
密閉されたホールで爆発物など投げ込まれたら、 自分たちだけではすまない。

へさきの、人気の無い優雅なチェアの並ぶデッキで、 ルーシャに飲み物を頼む。
ルーシャは心得たもので、飲み物を渡すと御用があれば呼んで下さいと消えた。
「まさか、こんな場所にたどり着くとは思わなかったわ。」
「ああ、まるで舞台かドラマだな。」
身体を寄せ合うと、温かいぬくもりが伝わる。
二人は、星空の中に落ちていくような幸せを味わった。


その頃、追撃するG3部隊は、 『アフロディテ・シェル』 このやっかいなしろものに手を焼いていた。

なにしろ、この船は止まっていない。
全く動かないように静かなのに、常時動き続けているため、 接近が非常に困難だった。
潜水して近づけば、周りに起こっている海流に巻き込まれる。
小型艇で近づき、磁石吸盤で上ろうとすれば、磁石が全く効かない。
海洋生物対策の、特殊な凹凸が無数にあるため、吸盤そのもの役にたたない。

特殊な蛋白樹脂が塗られ、一切の異物の接着もできない。
(樹脂は海水に触れている限り、自動修復する)
ようするに、通常の隠密潜入が一切不可能なのだ。
その上、隠密で気づかれないようにしているつもりなのだが、 実は全て監視され、見られていたりする。

それをアトラクションとして、 ホールのディスプレイで説明つきの放映しているのだから、ファリアも人が悪い。

フックつきロープを打ち上げ、30メートル上の手すりに必死でよじ登っていく。

正式な捜査ができるならこんな苦労はないのだが、 岸壁に接していない船には、軍といえど捜査権は及ばない。
まだ改造されていない旧G3の部隊員たちは、のろいの言葉を吐きながら、必死に登っていく。



甘い香りのする鎖骨、 細いしなやかな首筋、 白金の唇が、白い肌に容赦なくキスマークを散らし、 柔肌のかすかな汗の味を、丹念に舐め取っていく。
「んっ!、んううっ!、だっ、だめっ、声がっ、でちゃうっ!」

キシッ、キシッ、キシッ、

細いくびれた腰をひきつけ、 猛り狂う男根が粘膜の最奥を突き上げる。
脈打つ肉茎、喘ぐように蠕動する亀頭、 フェイランの胎内は獣の動きに征服され、 とめどなくあふれる愛液が、淫らな音を無人のデッキに響かせる。


船尾の手すりからようやく這い上がった兵士たちは、 あとから続く仲間を引き上げ、ようやく体制を整えた。

立ち上がろうとして、前方に無数の気配が起こる。

カシャッ、カシャッ、ガチャッ

よく見ると、箱のような障害物が乱雑に置かれているように見える。
その向こうに、白い布が翻った。

妖精たちと同じ服装だが、 身体の各部は明らかにメカニック。


「レディ、ゴー!」
船の一室に、ものすごく盛り上がった部屋がある。

招かれた客は名士が多いのだが、 血の気の多い方々だったらしく、 あまりに希望者が多いので、参加者は抽選で選ばれた。

ゴーグルと銃に模した操作装置を持ち、 アンドロイドの戦闘兵士をあやつるゲーム『サバイバルファイト』、 ERや帝国を中心に広がった世界中に熱狂的なファンがいるゲームである。

それのリアルファイトなのだから、 ファンが興奮しないわけが無い。

アサルトライフル形式のオリジナル銃は、 非殺傷型の高質量弾を高速で連射する。 ほぼヘビー級チャンプのストレートに匹敵する打撃だ。
しかも質量兵器のため、防弾装備は意味が無い。

しかも、甲板手すりから10メートルの範囲は、 摩擦と粘着性の高い素材で作られ、 近くへ酔った客が来ても落ちにくいように作られている。
逆に言えば、兵士たちは、足を泥沼に取られたも同然だった。
しかも海からの登攀で、赤外線ゴーグルすら持ち込めていない。

撃ち洩らしたときの為に、保安要員が近辺で待機していたが、その心配は杞憂に終わり、 暗がりの中での精密遠距離射撃で、G3の隊員は、いいように狙い撃ちされ、 顎を砕かれ、アバラを折られ、全身タコ殴りのように撃ちまくられる あわれ、全員30メートル下の海へ叩き落された。

参加できなかった客は、賭けで大いに盛り上がり、 一番の高率を当てた市長は、 イリナ他妖精たちからの祝福のキスで、すっかり舞い上がってしまった。

「ミュルスの古いことわざに、『珍事はドラマをくれる』というけど、 まさにその通りだわね。」
ファリアが面白そうにつぶやいた。
今宵、これほど愉快に興奮してしまった客は、 さぞ広く話を流してくれるだろう。
どんな人間も、楽しいことにはがまん出来ない。
いかなる困難も越えて、あらゆるところからお客様は来てくれる。
妖精になることを望む娘たちも、確実に発掘できるだろう。

そして、閉鎖的な階級社会に密かに、毒薬のように染み込み、 その崩壊に手を貸していく。
「いつかきっと・・・・」

美しいファリアの立体映像が、 すばらしい月の下、 抱き合ったまま喘ぐカップルに、ニコリと微笑んだ。

全ての人が、笑いながら抱き合える世界が来る事を祈りながら。
次の話
前の話