愚者の金塊
「はい、あげる」
小さな女の子が、かごにいっぱいのスミレ草から、一本をイリナに差し出した。
「あら、ありがとう」
どうやら少女は道行く人みんなに配っているようだ。
「あ、おねえちゃん、聞いたことある?」
「え?なにを??」
「あそこのねえ・・・」
一つ先の角から右へ入ったところにある、石の小さなアーチ。
何かの建物のあとが、そこだけ残ったものらしい。
「そこを毎日くぐって祈ると、好きな人と幸せになれるんだって。」
イリナも年頃の女の子、そこに通いだしたのは何の不思議も無かった。
「あら、イリナさん、今日は遅かったですね。」
「え??」
イリナはめがねのかわいいエルフ、ベルリナに言われて驚いた。
4時には入るはずだったのに、もう6時になっている。
「いけない遅れちゃった・・・!」
ばたばたと支度するイリナに、ベルリナが不思議そうな目を向けた。
急いで着替えようと、部屋に入ったイリナは、首筋に残ったキスマークに気づいた。
『あれ??、昨日のお客様のが残ってたかな?』
昨日は、激しい情愛を傾ける、たくましいモロウ男爵だった事を思い出す。
イリナをひどく気に入って、激しく求めてくる。
細い首筋から肩を、執拗にくちづけし、
いくつも花びらを散らしたようなキスマークが残った。
イリナを軽々と持ち上げ、たくましい腕の中で、
身体中を愛撫された。
宙に浮かされた形で、可愛らしい乳房を何度もなめまわし、
へそから下へ、唇をすべらして、
可憐な花びらを唇に挟み、広げ、熱い吐息をくりかえし吹きかけられて、
宙で悶えるという、不思議な感覚で何度も軽くイッてしまった。
とろとろに濡れた花芯に、そそり立つ剛直が侵入し、
強烈な挿入感で、イリナの白い身体が何度もビクン、ビクンと、震えた。
膝の上でたくましい胸板にしがみつき、何度も、何度も、悶え、喘いだ。
灼熱する放射の中で、のけぞる身体が大きく、落ちんばかりにのけぞった。
そのまま、イリナを折り曲げるようにして、真上から真下へ、
モロウの剛直が、たてつづけに挿入を開始し、イリナを何度も絶頂へ導いた。
『ボクのあそこ、あふれてたなあ・・・。』
急いでクリームをつけ、肌の色素を散らすと、すぐに白い象牙のような肌になる。
下着を脱ごうとして、異常な感触に気づいた。
ヌチャ・・・
『え・・・?』
愛液?、いや白く濃い粘液が、白昼夢の続きのように、たっぷりと出てきた。
「これって・・・」
ぺろりと舐めてみると、間違いない男性の精液。
普通の女性なら、パニックになるところだが、SEXに関しては、
イリナは断じて普通の女性ではない(『・・・・恥ずかしいけど』本人談)。
一定周期で性欲が原因不明の暴走状態になり、
大勢の男性と数日乱交を続けないと発狂しかねないという自身に、
めげることなく立ち向かい、ミュルス妖精館でその本質を見事に開花させた。
また、妊娠防護の魔法も子宮にかけてあるため、
性に関しては非常におおらかだ。
細い指先をクチュリと差込み、眉をしかめながら、探った。
たっぷりと中に入っている事を確認。
指先がどっぷりと白く濡れていた。
「う〜〜ん、おっかしいなあ、
まさか、昨日のが残ってたわけじゃないだろうし・・・。それに接客後はシャワーで洗ってるし・・・
まあとにかくいそご。」
シャワーを浴びて体臭を消し、美しい清楚なドレス姿で部屋を出る。
そして今日も、彼女の愛を求めて、多数の男性が待ち焦がれていた。
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3日後、気がつくとやはり1時間半、時間がたっていた。
先日の経験で、余裕が出来たイリナは、身体に違和感が残っていることを確認した。
『う〜ん、もしかして・・・発作?』
奥からとろりと流れ出す感触、頬が上気し、ぞくぞくする。
『う・・っ、きもち・・良すぎ・・・。困った・・・』
たぶん、また精液がたっぷりと入れられているのだろう。
イリナは、発作のあとの性欲を満たされた状態がいつもこうなので、
この感触がとても心地よく感じてしまう。
上気した頬の艶、はらりとかかるおくれ毛、
その色っぽいこと、見ていた男性が前を抑えてしまった。
彼女は急いで妖精館へ向った。
なにしろ、SEXに関しては、自分の異常な事は自覚しすぎているので、
このぐらいのことはありかねない。
『ボク、どこかで欲しくなったのかなぁ』
妖精館に来る前は、
発作のたびに、不特定多数の男性と数日立て続けに乱交をしていたし、
そのときに記憶が飛んでることなど珍しくなかった。
ここに来て、常時性欲を発散し、
定期の発作には香織のAV撮影で堪能させてくれていたが、
発作も安定してばかりではない、
ごくたまにだが、軽度だったり、重症だったりがやっぱり出る。
『SEXは大好きだけど・・・あんまり淫乱になるとこまるなあ』
着替える前にシャワーを浴びながら、
花弁をそっと開くと、とろりと濃い精液がでてきた。
指にまとわりつく匂いに、思わず口に含んでしまう。
『どんな相手だったんだろう・・・、』
『どんな風にしちゃったかなあ・・・』
妄想が、ふわりとイリナを運ぶ。
『壁に手をついて、お尻だけ突き出したのかなあ・・・』
レンガの壁に手をつき、真っ白いお尻を突き出したイリナ。
それに鼻息も荒くのしかかり、腰を突き上げる男性。
身体が浮き上がり、つまさきがふらつく。
芯まで届くような律動が、イリナの脳髄に響く。
激しく絶叫しながら、
痙攣する背筋に、脈動がほとばしっていく感触が突っ走っていく。
『それとも、ひざの上にのっちゃったかなあ・・・』
自慰を行いつつ、自らの痴態を思いふける。
白い下着のまま、男性のあぐらの上に跨り、
そそり立つペニスにこすりつけ、布を挟んで刺激する。
布がおしこまれ、そのまま破られるのではないかと思うぐらいこすられ、
腰を引くと、イリナの下着をクイとずらす。
『ひああああっ!』
男根の感触が、一気に貫き、
目を潤ませるイリナの中に、雄雄しく屹立する。
深く、とても深く、固くて熱い感触がイリナを征服する。
潤んだ目を走らせ、抱き合う男性と唇を貪り、
しなやかな腰が、貪欲にくねり、うごめき、貪る。
ぶつかり合う音、粘液が濡れてこすれあう音、切っ先が子宮を突き上げる衝撃音、
喉が折れんばかりにのけぞり、脚が深く、見知らぬ男性をハンスのように締めつけ、
亀頭が、ねじ込まれた子宮に、熱い精液を・・・
ドビュウッ、ドビュウウッ、ドビュウッ、舌先に残る苦味、濃く男くさい香り、
それが中に・・・
加速する妄想に合せるように、指がクチュクチュと、花弁をもてあそび、中を掻き回していた。
中に・・・熱く・・・
息が荒い・・・たまらない・・・
白い閃光が脳裏を走った。
「は・・く・・あああぁぁぁぁ!」
ビクッビクッビクッ
水滴で飾られた裸身が、水音の中で痙攣する。
シャワーの中で、白い裸身が上気し、赤く染まり、そして崩れ落ちた。
ドンドンドンドン!!
「イリナ!、イリナ!!、だいじょうぶ?!、気分でも悪くなったの??!」
ギックウウウン!!
イリナが真っ赤になって飛び上がった。
いつまでも出てこないイリナに、
本気で心配している香織の声が、大音響でドアの向こうから響いてくる。
ベルリナや、イエッタ、イーシャなどなど、みんな心配してぞろぞろ来ている。
「ごっ、ごっ、ごめんなさあああああああい!!!」
「イリナが体調乱したので、少しお待ちいただけますか?って聞いたら、
予約のハンセム王太子さま、本気で心配してたわよ〜。」
『イリナ、一体どうしたの??。病院は?、ボクのかかりつけの医師団を向わせますよ!!。』
「あなたの本当の笑顔を見たいから、今日は絶対に休んでくださいって、お帰りになられたわ。」
香織がげらげら笑いながら、そのありさまを振り付けつきで詳細に報告してくれる。
イリナは穴があったら入りたかった。
さすがに、これ以上おかしな事があると、
妖精館に迷惑をかけるので、イリナはファリアに相談した。
相談を受けたファリアがオーラや生体リズムを調べたが、
「おかしいわねえ、そんな様子は全く無いわよ。」
オーラも生体リズムも極めて堅調。
そういう異常が起こるきざしすらない。
だが、ファリアのカンが、異常を感じさせた。
この状態で起こる事は、外部からの何らかの影響があるはず。
イリナの同意のもと、軽度の催眠誘導をかけ、
記憶をさかのぼらせて、質問をしてみた。
消えた時間に、何があったのか。
意識の障壁が無い催眠状態なら、忘れている事を克明に引き出す事が可能だからだ。
野次馬の香織やベルリナ、イエッタなどとお茶をしながら、
ファリアが報告をまとめた。
「あのね、イリナ、あなた連続誘導催眠にかけられてるわ。」
言葉は似ているが、それは催眠誘導とはまったく別のもの。
毎日短時間づつ、低いレベルの催眠波を向けづづけ、
深層意識をゆっくりとコントロールしていく、
最近開発されたばかりのマインドコントロール法だった。
魔力のある人間でも(理論的には)深層催眠を知っていなければ抵抗は極めて難しい。
野次馬根性できていた全員が、声も無く静まり返る。
「だけど、まだほんとに不完全で、正常な人間を動かす技術は無いの」
重度のうつ病など、精神病の治療に、強い薬剤と並行的に試されているレベルだ。
だけれども、イリナは誘導催眠にかかっていた。
これがまず分からない。そんな技術があれば、どんな陣営でも活用してくるはず。
予備役とはいえ、ER軍准将のファリアはそれを知る立場にいる。
現在、それに類する情報はゼロだ。
そして、イリナの催眠中の返事がすごかった。
『カルノ・ティーラ様が、SEXをさせてくださいって頼むんです。』
何をどう聞いても、それだけを答えるのだから、手におえない。
もちろん、イリナにその名前の記憶は無い。
「・・・・って、イリナが、そんなやつと、しちゃったの??」
ほとんど目が点になっている香織。ファリアが無造作にこっくり。
次の瞬間、
「なんてことすんのよおおおっ、あたしのイリナに手を出すなんてええっ!」
ぐおおっと燃え上がる香織。
「だれがアタシのですかぁ。」
赤くなってあせるイリナに、
「そうよ、イリナさんは私のです」
平然と、顔色一つ変えずに言われてもこれまた困る。
「も、もうイエッタさんまでえ」
「とにかく、」
お笑いになりそうな場を、ファリアがピシリと制した。
「相手は名前だけしか分からないし、これ以上調査する方法が無いのだから、
イリナは発信機を持って、普通どおりに生活しててね。
そして3日後から、調査員をつけるわ。」
「どうして3日後なんですか?」
ベルリナの疑問に、全員がうなずく。
クスリと笑うファリア。
「催眠状態のイリナが、全力でご奉仕した相手が、そう簡単に回復すると思う?」
全員が首を振り、しっかり納得するのが、
イリナはひどく恥ずかしかった。
さて、問題の3日目。
のんびり過しているイリナのあとをつける不審人物二人。
いまどき、真っ黒のサングラス。
暑いぐらいの陽射しに、マスク。
香織とベルリナの二人だったりする。
なぜか調査員の代わりに無理やり香織が志願し、ベルリナも引きずってきたのだ。
「香織さ〜ん、もうやめましょうよ〜。恥ずかしいですよお。」
「しいっ、黙ってついてきなさい」
イリナはとにかく普通どおりにするために、
先日話したことを、軽く記憶ブロックして、
言われないと忘れている状態にしてある。
いつもの通りで、イリナが急に消えた。
「あっ?!」
角を曲がるかばんがチラッと見えた。
急いで追っかけると、イリナが何かに手を合わせて一生懸命お祈りをしていた。
そして、その斜め後ろに、顔色の悪い、ひょろりとした大学生ぐらいの男が、
何かを取り出してイリナに向けていた。
しばらくして男がイリナに話し掛ける。
イリナはボーっとした顔を向けると、
一言二言、話してうなづき、
男の後についていった。
「もう、香織さん何をしてるんですかぁ」
ベルリナがあきれるのも無理は無い。
香織が取り出したのは、高性能小型ビデオカメラに、
クモの足のような形をした脚台だった。
8本の細くいくつも関節のある足は、
最新の姿勢制御と振動吸収のフレキシブルシステムになっていて、
ふんわりしっかりカメラを支えながら、
あらゆる振動やぶれを吸収する代物。
香織の本業はAVのプロダクション社長。
つまり、香織はAVの一部に撮る気なのだ。
「まあまあ、それより始まったわよ」
森の中、木漏れ日に輝く人気のない空間。
草の上に座った男に命ぜられるまま、
イリナがチャックを開け、いとおしげに赤いペニスを取り出す。
膨れ上がりそそり立つペニスを、
ちろちろとなめ上げ、
尿道を舌先が刺激する。
何度か上下すると、可愛い口にぱくりと咥え、すぼめ、吸い上げる。
銀髪が木漏れ日に彩られ、上下するたびにきらめく。
『ああん、これが直に作品に出来たらなあ』
イリナの正体を隠す為に、AVに出るときは、
デジタル加工で髪の色や雰囲気を変える。
もちろん、デジタル加工を施しえも、今回は事情が事情なので商品化が適わぬのは当然、
それが惜しくて仕方がないぐらい、きれいだった。
ベルリナなど、しなやかに首をそらすイリナに、頬を染めてじいっと魅入っている。
うめきとほとばしりが、光に反射し、イリナの顔を濡らした。
ひどく淫靡で、ひどく綺麗な光景。
なめとり、飲み干し、きれいになったペニスは再び勢力を取り戻す。
そこに招かれると、楚々としてその上に乗るイリナ。
クチュリ、
音と共に、元気に震える陰茎が、ピンクの襞に飲まれていく。
「はあ・・っ」
イリナも気持ちよさそうな声を上げ、
木漏れ日の影と光にまぎれるように、
身体を上下にゆすり始める。
はだけられた胸が、プルリとゆれ、
その美麗な肌に顔をうずめ、なめ回す。
腰をぐいぐいと押し付け、
絡みつく快感の奥へ、奥へ、己の分身を突き入れる。
柔らかい肉体は、骨が無いかのように広がり、
固くそそり立つペニスを、自在に飲み込み、こすり上げる。
キスを交わし、身体を愛撫され、
イリナの身体がくねり、動く。
白い背筋が、のけぞり、しなやかにくねる妖しい美。
クチュッ、クチュッ、グリュッ、ッズップ、ズップ、
鳥のさえずりだけの中に、濡れた音が響き、
「んはっ、はっ、あっ、ああっ、あんっ、あっあっ」
イリナの甘い喘ぎが、くりかえし、くりかえし、こだましていく。
うめきが突き上げ、痙攣がほとばしった。
「あ、あ、ああ〜〜〜ん!!」
ドビュウッ、ドビュウウッ、ドビュウッ、ドビュウッ、
腰を震わせるイリナ、
音が、熱が、快感が、膣の中に脈打っていく。
あえぎ、絡み合う身体に、イリナの胎内のざわめきが、見る見る元気を取り戻させる。
「そこまでよ!」
一通り撮り終わった香織が、憤懣やりかたないドスの聞いた声を上げる。
「え・・、あ・・きゃ?!」
催眠は一気に解け、正気に戻ったイリナが驚いたが、
同時に、身体を蕩けさせる快感が、じいんと襲った。
「あ、ああ〜〜んっ!」
身体が濡れてる、お腹の中がトロトロにあふれてる、
脈打ってる、中で、ぴくぴくと、脈打ってる。
意識が快感にさらわれる。
「ちょっ、ちょっと、イリナ、何してるの、離れなさい。」
だが、イリナの欲求は止まらない。
「あ、あんっ、あんっ、ああんっ、だめえっ、やめちゃだめえっ!」
びっくりしていた男性が、しぼられ、締め付けられて泡を食う。
「あ、あひいっ、そっ、そんなにし、締めたら、いっ、いっちゃいます、あうっ」
引き離そうにも、締め付けのすごさでマジでちぎれかねない。
「あ〜あ、こうなったら、最後まで面倒見なさいよ、ほんとにぃ」
といいつつ、再びビデオを撮りだす香織であった。
結局8発絞り尽くされ、
げっそりやつれきった男を救急車で運ぶしかなくなってしまった。
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警察には連絡せず、
妖精館で内内に尋問すると、
彼、カルノ・ティーラも観念して話し出す。
なんと彼は、同じ大学の生理学部に通う学生だった。
もちろん、巨大な大学なので、イリナには直接面識はない。
以前から大学のキャンパスで見かけたイリナに激しい欲望を感じながら、
どうしても声がかけられないという臆病。
『どうしてもしたい、やりたい、いっぱい出したい。』
やりたい一念岩をも通す。
理系で生理学を研究していたカルノは、
人を深層心理で動かす方法を研究し、
学校の研究機材を持ち出してイリナに最新の連続誘導催眠を仕掛けてみることにした。
ここにいくつかの幸運が働いた。
彼女をいつも同じ場所に誘導するため、
自らの妹に花を配らせ、イリナにだけ古い建物あとを教えるように吹き込んだのだが、
イリナはハンスと幸せになれますようにと、毎日真剣に祈った。
通常の意識は、自我の鎧を着て、他人の命令を簡単には受け入れない。
だが、祈りの最中に意識を囲っている者はいない。
真剣に祈るイリナは、最高に無防備な状態になり、
誘導催眠をわずかずつ確実に受け取っていく。
しかも臆病な彼は、普通ならとっくに仕掛けているはずの行動を、
ずいぶん長く迷い、その分しっかりと誘導催眠が根を下ろす。
そして、普通難しいはずのコントロール内容が、
『カルノ・ディーラです、SEXをさせてください』
はたから聞いたらふきだすような内容だが、これが大当たり。
イリナはSEXに抵抗がなく、
しかもお客様をもてなそうという気持ちが極めて高いため、
非常に弱い催眠状態でありながら、SEXさせてくださいというお願いに、
妖精館の記憶が重なり、『お客様に対して』極めて協力的に身体を開いてしまった。
しかも、一度記憶した経験が弱催眠を繰り返し発動させ、
何度も、気軽にSEXしてしまったのだった。
「それにそのお・・」
言いにくそうにイリナが言った。
「お祈りを始めてから、ハンスの手紙が来たり、
長期訓練が一月短くなったりしたものだから、つい本気になっちゃって。」
こういう背景が分かれば、
もうこんな弱い催眠に効果は無くなる。
「さあて、原因も、問題も無くなったわけですし、」
香織が指をボキボキと鳴らした。目が怒りで光っている。
強烈な殺気は、合気道トップクラスの香織フルパワー状態。
プロレスラー一軍団をまとめて張り倒せるレベルだ。
「ひいいいいっ!」
カルノが泣いて謝りだす。
「ちょっと待ってね、お話があるから」
ファリアが、にっこりと何の邪気も無い笑顔を向けた。
だがしかし、こういう顔のファリアが実は、一番怖い。
「カルノさん、ご存知でしょうけど、彼女は妖精ですの。
あなたの行為が誘導催眠による犯罪だということは立証可能です。」
これは、実はかなり重罪になる。
少なくとも、実社会に復帰するのは、相当困難だ。
しかも、ファリアの言葉は穏やかだが、
目が怪しい光を放ち、
次第にその姿が膨れ上がったかのような、恐ろしい存在感と圧力をもっていく。
「ただ、妖精館といたしましても、
あまり事を荒立てるのはよろしくないかと思います。」
カルノの体が萎縮する、気が縮み上がる。
穏やかなはずの言葉が、耳に激痛を走らせ、
心臓が一言一言におびえ、バクバクと音を立ててのたうつ。
巨大な闇の向こうから、光る目が睨みつけているような恐怖。
「彼女も訴える気は無いようですし、
一応、それなりの謝意を表していただきたいと思いますので。」
知覚がおかしくなり、天が降ってくるような圧迫感が、
呼吸すら困難にする。
身体が今にも押しつぶされそうだ。
誘導催眠の研究をしたカルノは、
これが高レベルの精神波動による、『畏怖』の力だと分かった。
見る、聞く、話す、ごくごく当たり前の活動を通して、
深層心理に深く食い込み、認識を狂わせ、理性を圧迫する。
肉体にかかる質量には限りがあるが、意識にかけられる圧力には際限が無い。
『自分のしていた誘導催眠など、子供の遊びにすらならない。』
ほんの数秒のうちに、
横で聞いてる香織が青ざめ、
カルノは口がきけなくなり、今にも息が止まりそうになり、額にぼとぼとと汗が噴出してくる。
それでもファリアは、にっこりとして何の罪も無い笑いを浮かべているだけだった。
ファリアは、優雅に一枚の紙を取り出した。
わずかにプレッシャーが緩み、ようやく息がつける。
だが、それを渡されたカルノの顔色は、青から紙のような白になった。
『最高級妖精、イリナ・クィンスに関するサービス料その他請求書』
合計3日分のサービス料、出張費用、顧客のキャンセル料、営業妨害分費用、
エトセトラエトセトラ・・・
その金額たるや、普通の人間なら即破産。
カルノは危うく卒倒しかけた。
大笑いする香織、
「これでもまだましな方よ、お客さまのチップを入れてないんだもの。
イリナのお客さまがこれと同じ額のチップを恥ずかしいというのよ。
彼女とやりたいなんて100万年早いわ!。身の程を知りなさい、身の程を。」
香織に脅され、ファリアのプレッシャーに押しつぶされ、
身の程をいやというほど知らされることになったカルノは、
髪の毛が半分白くなっていた。
数年後、彼はこのときの体験を元に、
連続催眠誘導の研究で大きなパテント(特許料)を取るが、
そのほとんどが、妖精館への払いにせざる得なかったそうである。
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