■ EXIT      
ソナタ

男はひどくとまどった顔をし、あたりを見回した。
そこがどれほど有名な場所かは、良く知っている。
だが、そこに近づく事すらしなかった彼には、どうにも納得がいかない。

こんなにもにぎやかな場所なのか?。

美しい白亜の建物、静謐な森と湖、 だが、人はひっきりなしに出入りしている。

白いドレスを来た、驚くほど美しい女性たちに見送られ、 高級車からリムジン、一般タクシーからバスまで、 ちょくちょく横付けされ、あるいは中に入っていく。

しかも男性のみではなく、女性もかなり混じっている様子だ。
「あの、どうかなさいましたか?」

学生のような雰囲気を漂わせた、メガネをかけた上品なエルフの女性が声をかけてきた。
彼女も中に入ろうとしていたところだ。

ますます不思議だった。しかも、自分のような者に平然と声をかけるとは。
彼は身長2メートルの大男、誰もが怯えるようないかつい体格をしている。
「ああ、いや、ここは妖精館・・・だよな?。」
女性はとても魅力的な笑顔でにっこりと応える。

「はい、あなたも遊びに来られたのですか?」
ベルリナ・アエルマッキと名乗った女性は、自分も妖精であるといい、彼を驚かせた。

全てが、娼館のイメージに全く合わなかった。
自分が昔いた所の、みずぼらしく、惨めで、悲惨な場所と・・・。

『では、もしかしてあの娘も・・・?』

思わず追ってきてしまった少女、 どこか、あの死んだ妹に似たとても明るい姿。

ひどく親切な妖精ベルリナは、彼の質問にていねいに答え、中に案内した。
妖精館館長のファリア・シェリストは、 たまたま受付に回ってきていた。
ベルリナが2メートルもある大柄な男性を連れて入ってきた。

「こちらは、ボレアルド・マーゼンダ様です。」

ファリアは、ほんのわずか、だれにも分からないほどに眉をひそめた。
この名前は、通商連合下の人間至上主義勢力の強い地域に多く見られる名前だ。
エルフを人間扱いしない人間至上主義者を、ファリアは嫌悪している。
ただ、男は明らかにエルフと分かる彼女たちに、優雅な目礼をした。
これだけでも、男性がそうでないことは分かる。

「あの、先ほどこちらに入っていった小柄な女性の事なのですが、」
身長148センチほどで、くせのある赤毛、ひどく楽しげに歩く様子、ベルトや方に無数のかわいらしい小物をつけている・・・

それだけ聞くと、ベルリナもあれ?、という表情をした。たぶん、これに当たるのはあの娘だけだ。

『この観察の仕方は、警察か軍関係者かしら?』
ファリアは四角い黒ぶちのめがねの奥が、やさしいがどこか哀しい目をしている事に安堵した。 長いさまざまな経験を積んだファリアには、この男性は安心してルーシャをまかせられると判断し、 ほほえみながら妖精たちの写真を見せた。

『それに、ルーシャの好みを考えると・・・ね。』
ファリアは笑いを堪えるのに苦労した。





「ご指名いただき、有難うございます。ルーシャ・リンクラインです。」
真っ白い小さなドレスを着込んだルーシャはなかなか似合っていた。
ちょっと緊張気味に、地面につきそうなぐらい頭を下げる。
見習い妖精にすぎない彼女が、指名を受けるなどめったにある事ではない。

だけど、とても大柄な角張った身体つきの男性に、ルーシャは別の意味でワクワクしていた。
『すっごく精力のありそうなお兄さんだ〜〜、ルーシャワクワクしちゃう〜〜』
ルーシャの理想の男性は、『優しくて精力のある人!』なのだそうだ。

ボレアルドがソファに座ると、ルーシャは最近習った紅茶の用意を始めた。
たどたどしい動き方と、一生懸命の様子がとても可愛らしい。
そして、なぜだろう、とても懐かしい。

がんばって丁寧に入れたつもりだったが、ほんの少し美しい白いカップから零れてしまった。
「あ、ご、ごめんなさい、入れなおします」
「いいんだよ、一生懸命入れてくれたね」
丁寧に入れられた紅茶は、とても美味しく出来ていた。

お客さま用のお菓子は手をつけないのが礼儀だが、 ボレアルドははんぶんこして、食べさせてくれた。 ルーシャはとても、とても幸せそうな顔になった。

昔とてもお腹をすかせていた経験のあるルーシャは、食べることが大好きだった。 この国に来るまでは想像も出来ないほどの空腹、それはルーシャの成長すら止め、 今ようやくじわりと、未発達な身体が伸び始めたぐらいだ。

膝の上にだっこされたときは、どきりとしたが、そっと大事そうに、懐かしそうに抱かれて、 ルーシャもとても気持ちが良くなった。

『おれは、何をしているんだろう?。こんな年端も行かぬ少女を呼び出して・・・』
ボレアルドは自分自身に戸惑ってしまった。
普通の女性なら、体格だけで怯えてしまう。

だが、あのベルリナという眼鏡の女性も、ファリアという清楚な女性も、 一片の恐れも無くボレアルドをもてなし、 このひざの上の少女は、嬉しそうになついてしまっている。
ここは、いったいどういう所なんだろう・・・?。

「その・・、おれみたいなのが指名して、良かったのかな?」
手の中の、きゃしゃで壊れそうな少女をそっと抱きながら、不安げに尋ねる。

「どうして?、ルーシャはお兄さんに指名されて、とっても幸せだよ?」
ボレアルドのほうが不思議そうな顔をする。

「なぜ幸せなんだい?」
綺麗な目がくるりと動いた。

「だって、お兄さんとっても大事そうに抱いてくれるもん。 お菓子分けてくれたもん。
ルーシャが入れたお茶を美味しいっていってくれたもん!」
力いっぱい、本気で主張する。

「ルーシャね、今までいろんな人に抱かれたよ、 でもね、でもね、大事に抱っこしてくれた人は、みーんないい人だったよ。」
ルーシャが身体で覚えた、ごまかしの効かない真実。
ボレアルドは胸が切なくなる。
彼女の過去にあるおびただしい体験が、自分の冷たく凍りついた過去に触れた。

「そっか、そっか・・・」
愛らしい少女を強く抱きしめ、その髪をなでながら、 ボレアルドは涙が落ちるのを感じた。
あの日から枯れ切っていた涙が、わけも無く、堰を切ったようにあふれ出した。
顔も違う、髪も違う、だが、そこになぜかひたむきだった彼の義妹がいるような気がした。

ルーシャは、その涙の意味を、本能で感じ取った。
そっとめがねを外させると、やさしいキスをしながら、一粒一粒吸い取っていった。
彼女は幼い頃に両親を失い、通商連合地域のある非合法娼館へ売り飛ばされ、 働かされていた。
人類至上主義が横行するロペニア教国は通商連合の中で一番エルフに対する扱いが酷く 、身寄りの無いエルフなど奴隷同然、 幼い身体を処女という“物”として売られてから、 どれほどのことがあったか、とても言葉には尽くせない。
だが、それにめげるようなルーシャではなく、前向き一直線の性格は、 ひどい扱いをされるなかにも、多くの味方を作り出し、可愛がられ、あるきっかけでERに助けられた。
だから、人の悲しみ、深いどうしようもない嘆きに、 彼女は驚くほどの感受性でそっと癒すのだった。

やさしいキスの雨が、ボレアルドの凍った心にきしみを、ヒビを入れた。
熱い血が、ヒビの間からあふれだしてくる。
血が、色を帯び、動きを起こし、過去をよみがえらせていく。
『ネージャ・・・』
明るいひたむきな少女が、笑っていた。
ボレアルドの義父の連れ子だったハーフエルフの娘。





キスの雨に、いつしか彼もキスを返し、やさしく甘いキスが、いくつもいくつも重なっていく。

過去が静かに、折り返していく。
夢と現実が月の輝く夜に、ソナタを織り上げていく。


すでにその頃、軍の特殊部隊でバーサーカー(狂戦士)の異名をとっていたボレアルドだが、
彼自身は、人類至上主義に何の関心も無く、可愛らしく一生懸命な妹に、 とてもやさしい目を向ける兄だった。



甘い吐息が、ボレアルドの鼻をくすぐる。
幼い丸い目が、なぜかとても深い、深淵を秘めた目のように輝く。
二人の高ぶりが重なり、言葉はいらなかった。
「あ・・・・」
細い首筋に、唇を這わせたとき、幼い身体がふるふると震えた。



思い出す、 愛らしく、ひたむきに慕う血の繋がらぬ妹に、ある種のつらさすら覚えながら、 自分の国と家庭を守る事に、誇りを持って戦っていた。



ルーシャの明るい健康な肌の色が、とても淫らに、妖しい美しさをにおわせる。
天性の色気と、愛情を秘めた興奮が、幼い身体を月光に輝かせた。

下着を脱がせる時、作為の無い無造作な動き、それが女のエロスそのものに見えた。
彼は思いもかけぬ興奮の高ぶりに追い詰められた。



幸せだったあの頃、 妹にボーイフレンドができたらしい事に、ある種の安堵と軽い嫉妬を感じながら、 彼は半年に及ぶはずの長期任務に出た。

だが、思わぬ事故から計画が中断され、わずか一週間でかえってきた。



『こんな幼い身体に、こんな小さな女性に・・・』
だが、どれほど言い訳しようと、己の興奮はどうしようもなくまっていく。
すべすべとした肌と抱き合い、しがみつかれると、 己のけだものが、熱く充血していく。




不吉、
我が家への角を曲がった時、裏口から泡を食って逃げ出す数名の若者たち。
その中に妹のボーイフレンドがいた。



「お兄さん、こんなに興奮してくれてるんだ・・・、ルーシャうれしい!」
純粋な好意の目、興奮に潤んだ目、 身体中から女のフェロモンを吹き出し、凶悪なまでに膨張した物を、愛しげに見ていた。
まだ細い、華奢な脚の間で、 とても小さな、女の華がたっぷりと露を吹き出し、呼び込んでいた。
己のけだものが、一気に止めようも無く襲い掛かっていた。




絶望というものをえがく狂気

血と、煙のにおい、 止めようとしたまま、頭を割られ、打ち抜かれた両親。
そして、身体中に凌辱の痕をつけ、首を青く痣で巻かれた妹。

火が部屋をなめていく。
獣の絶叫が、いつまでもその中に響いた。

それが自分の喉から出ていることに、彼はいつまでも気づかなかった。




残酷な、残酷なまでのSEX、巨大なペニスで無理やりのように貫いていく。

記憶が、絶望が、彼をけだものに変える。
だが、ルーシャは目をきらめかせ、ボレアルドの目を見つめ返し、 「お兄さん、ルーシャぞくぞくするう。ああ、こんなに、こんなにおっきいのがああ!」 純粋な歓喜と、そして確かな、受け入れられていく手ごたえ。

背中がぞくぞくし、快感が下半身を支配していく。
小さな裸身が、とてつもなく豊穣な存在に変わる。
己が女の神秘に飲み込まれていく。
恐ろしく甘美で、神秘的な、温かさと凄まじさに。

これは、夢なのだろうか?。




声、うすっぺらく薄情な声

ガラスのようなかけらとなって、耳に飛び込む声
『ちっ、賭けはお前の勝ちだぜ』
『ボーイフレンドのくせに、処女を疑うからだよん』
『あんなでっけえ、獣みてえな兄貴がいるんだぜ、疑うのも当然だろ?』
『ちぇ、これで4連敗か、豚のくせにエルフって身持ちがかてえのか?』

耳が血を噴き出し、涙がどす黒く怒りに染まる。




あの時の憎悪が、とてつもない冷気となって、 彼の胸に巨大な氷を張った。

「お兄さああん、うれしいよおぉぉ、ルーシャ、ルーシャ、とっても幸せ・・・」
甘い声が、氷にヒビを入れる。 己の腕ほどもありそうなペニスを、 ルーシャは喘ぎ、悶え、これ以上はない淫らな顔で受け止める。

それほど巨大なものを、ほとんど受け入れ、身体ごとくねらせ、絡みつく。

「うおおおうっ!」
身体が、その動きに引きずられる。
男を外から操縦し、 ボレアルドは思わず腰を突き動かしていた。
絡み合い、蕩けあう、 「ああんっ!、あんっ!、いいっ!、いいよおおっ!、すごいいっ!」 貪られる快感を、叫び、喘ぎ、絶叫した。

いつしか、ボレアルドはそれに飲み込まれ、己の全てを流し込んでいた。



地獄・・・。

自分が何をしているか、ボレアルドは冷静に見ていた。

全員の足を砕き、指を折り、関節全てを外していき、 丁寧に一本一本骨を折り、指を抜き、顎を外し、耳をちぎり、 ていねいに、ていねいに、分解していった。

小さくなっていく泣き叫ぶ声も、凄まじい血の匂いも、わずかも気にならなかった。




「はむう・・・んちゅ、いい、よおお、すごい、いいにおい・・んちゅ」
タップリと流し込んだペニスに、しがみつくようにして甘え、しゃぶり、キスをする。 無邪気で、けなげで、一片の作為すらない甘美、 胸の奥から、壊れ、弾け、流れていく冷気、 見る見る立ち上がるそれに、手がルーシャを掴もうとしてためらう。

かわいらしい尻の愛らしさに、痛ましさすら感じかける。
だが、ルーシャが 「今度は上にいいよね!」 幼い裸身が、嬉々として跨り、 無邪気でのびやかな動きが、そんなちっぽけな感覚を吹き飛ばす。

疼きと危うさが興奮となり、 絡みつく激しさが、一人前の女として、ボレアルドを掴んで離さない。

「はあっ・・・あっ、ん・・。」
己の中を貫いていくものに、恍惚とした顔を上げ、 進んで行く感触に、甘く、切なく、身体を震わせる。 背徳的な官能が、濡れた肌から立ち上る。 そして、ジンッ、ジンッ、と、男性の全てが、凶悪な快感に包まれていく。

ルーシャに飲まれていく不思議に、 ボレアルドは赤い血が、 心のヒビから噴き出して来た血が、 緩やかで温かく、どこまでも広がっていく。

裁判官は、同情的な心情を伝えたが、特殊部隊の立場上重罪に処せられることになった。
ボレアルドはただうなずき、刑に服するつもりだった。
だが、外に出たとき、目を疑うような光景が広がる。

『人殺し!』『豚(エルフ)と人とどっちが大事だ』『それでも国のために働く軍人か!』
押し寄せた人間、第一市民は、心底腹を立てていた。
ロベニア教国を中心とする地域は、人種的偏見の凄まじさで有名な地域。
エルフは、第四市民という最低ランク。
その種族が、知能が高く美しい事を憎悪し、それを豚と呼ぶ。

『家畜は人に食われるためにいる。』そう言ってはばからぬ一派すらいる。
暴行、略奪、放火、強姦・・・それに軽薄にのりたがる、妹を殺したゴミのようなやつら。
そこまで、この国の人の心は歪んでいた。

無数の憎悪、数を頼んだ悪意、愚劣で醜悪な叫び、 弱き者を踏みにじってはばからぬおぞましき者たち。

『こんなやつらのために・・・こんなやつらのために・・・オレは尽くしていたのか?』
目の前が真っ赤に染まった。
拘束衣の上からかけられた鎖が、音を立てて千切れ飛んだ。
黒の広場の惨劇と呼ばれた事件は、この瞬間に起こった。





思い出が、痛みが、様々な色合いが、グチャグチャに混ざり合い、 凍っていた胸から、あふれだしてくる。 何度も、何度も、涙が流れる。 強烈な性感に痺れながら、そのたびにルーシャが甘いキスを、 喘ぎながら、悶えながら、ボレアルドに降らせていく。 己の快感に耐えて、 流れる涙を優しく吸い、 また快感の中へと溺れていく。

細い身体を抱きしめ、包まれる。温かい心に、身体に。
凍り付いていた世界が溶け、変わっていった。
死にたかった、何もかも殺し尽くして死にたかった。

だが、バーサーカーとまで呼ばれた彼は、屍を山の様に築き、どす黒い血を川のように流しながら、 気がつくと森の中を走りつづけていた。 山奥でひっそりと暮らしていたエルフと人間の夫婦が、ニュースを聞いていたのだろう、血まみれの彼を見て毛布と食料をそっと置いた。

『ラングレー王国へ向いなさい。』

彼は、死ぬ事とERへ向うことの両方を選択しながら、 おびただしい屍を残しつづけた。





ルーシャの細い体が、裏返され、抱き上げられ、折り曲げられる。
のしかかり、突き上げ、もてあそぶ。 凶暴な欲求は、甘えと同じだった。 幼く小さなルーシャ、その全てに甘える。 身体をしゃぶり、嬲り、汚し尽くす。

だが、そのたびに壊れそうなそれはよみがえり、悦び、ルーシャもまた甘えつく。

「もっと、もっと、ルーシャが壊れるまで犯して、お兄さんならどうされてもいいからぁ!」
明け方まで二人は激しく、際限なく、絡み合い、求め合った。 ネージャのこと、自分のこと、何があったか。 いつしか抱き合ったまま、静かに話していた。

ルーシャは、何も言わず、ぎゅっとボレアルドを抱きしめた。
自分が泣きそうになった時、何度も何度も、ぎゅっと抱きしめてくれた娼婦のお姉さんのように。

悲しみ?虚しさ?・・・・そんな言葉などルーシャには分からない。
でも、そうするとどんなに泣きたい事も、耐えられる気がするから。
自分にやっと暖かな風が吹いたことを、ボレアルドは知った。


「またきてねえ〜〜」
一生懸命手を振るルーシャに、何度も振り返り、にこやかに手を振る。

ER陸軍の野戦部隊で副隊長をしている彼は、 より大きな男となって、また訪れるだろう。

来た時とは別人のような、生気に満ちた大きな背中に、 この仕事の不思議さを思わずにはいられない。 何度も何度も、ファリアはこういう不思議を見ている。

絶望した者、悲しみにもがく者、それが何かの導きのように、 癒され、立ち直っていく。

イリナに、香織に、クレアに、ベルリナに、そして時にはルーシャにも、 彼女たちが意識すらしないまま、この奇跡が降りる。

『全てのお客さまに幸有りますように。』

『神の導き』という言葉に静かに祈りながら、ファリアは朝の仕事についた。
次の話
前の話