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■ EXIT
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サワギノヨルの短縮版 (完全版は夜の秘書課VOL.09にて)


昔、人は言った。
夜は、妖精のもの。

なるほどたしかに、ここルフィルでは、陽が沈むと華やいだ花弁を開き、人をさし招く施設、その名も妖精館がある。 その妖精館のロビー、笑い声がさんざめくそこには、いつものように、多くの妖精が、白絹のドレスをまとい、柔らかい笑みで、それぞれに客を迎えようとしていた。

そしてここには、いつも彼女がいない、筈だった。
ロビーに立つ間もなく常連と、
あるいは想い人のハンスと連れ立って、部屋に消える彼女、イリナ。

ルフィル妖精館でも五指に数えられる人気者ならではだが、ここ数日のイリナは、ひっきりなしにここにいた。 もちろんそれを客が見逃すはずもなく、早々にイリナは部屋に消える。 いつもと違うのはその後だ、イリナは足早に階段を降りてきて、性交の名残か頬を淡く染めて、また客を求めて列に加わる。それに遅れて階段を降りる、今しがたイリナを抱いたであろう客は、総じて顔色が悪く、足元がおぼつかなかった。酔った、というよりはまるで、精も体力も搾り取られたぬけがらにも見えた。

「…あの娘、あんなにお盛んだった?」

すぐに寄ってきた、顔なじみらしい客と立ち話をするイリナを見やり、
香織が自分の傍らに立つクレアに囁く。

二条香織―――――エルフの生まれ。
父親が推し進めていた政略結婚を嫌って、
母国の帝国条約機構から出奔しERに渡来しAV女優となる。

その後、AVプロダクションを立ち上げて大手にまで成長させた才女。
両刀使いで男女隔たりなく大好きな精豪。

そんな彼女が他の仕事を抱えながら妖精になった理由は、
好みの女の子を口説くため…ともあれ、世界的に有名な女優の一人。

「私はまだここに来て日が浅いですが…
 ああいうイリナさんを見たのは初めてです。随分熱心ですね、私も見習わないと」

「ふふ、真面目なのね。あんまり力入れてると疲れるわよ」

その言葉に、クレアの頬がぷっと膨らんだ。

「真面目なのがいけないのでしょうか?」

姉貴分の貫禄で、香織がそれをなだめる。

「そうは言ってないわ。あなたはそこがいいのよ、でも…
 あの娘は何か、真面目とかそういうものじゃないのを感じるわ」

その声に、かすかな不安が混ざった。

「身体の調子が悪いのに、無理してる、とかですか?」

「違うわ、あの顔…お腹一杯食べてもまだ足りないというか…」

香織は悩ましげに首を振っていたが、ふと思いついた顔をした。

「食べる…そういえば、あたしイリナをまだ食べていなかったわね」
「こ、こほんっ!」
かつてイリナと共に、淫愛の宴を繰り広げたクレアが、
赤くなった顔をごまかすように咳をする。

香織はそれに気づく風でもなく、「そうよね、簡単じゃない。本人に直接聞けばいいのよ、うん」言って香織 は歩みだそうとしたが、既に遅く、イリナは男の手を取り、部屋へ向かおうとしていた。

そこへ割り込むような真似を、無論妖精館も、館長のファリアも、他の妖精も許しはしない。 香織はバツが悪そうに踵を返して、自分目当てに寄って来た客へ向かって微笑みかけた…














そして翌日。

静かにロビーに現れたイリナに、間髪入れず香織は歩み寄って、声をかけた。

「こんばんわ、イリナちゃん」

「あ、こんばんわ香織さん」

丁寧に腰を折り、礼をするイリナ。
その顔からは別に不穏な気配は感じられないが、
香織はどこか違和感めいたものを悟っていた。

「今夜もお仕事?」

からかうようなその口調に、イリナは首を傾げて応えた。

「それはそうですよ、ボクも妖精ですから。香織さんもでしょ?」

「そうよ、もちろん。でもね、」と、
香織は意味深な視線をイリナに注ぎ、「今日はお客になろうかな、と思って」

イリナの怪訝な表情が濃くなった。
不快を表す一歩手前まで、その整った眉がひきつる。

「…どういう意味ですか?」

香織がニヤリと笑い、言った。

「あなたよ、イリナ・ラングレー。今夜一晩、あなたを指名するわ」

「そ…」

そんな、か、そうですか、か、イリナは何かを言おうとして口をもぐもぐさせた。それに構う風でもなく、香織はイリナの腕を取る。

「さあ、行きましょう…あなたの部屋へ」

目を丸くして言葉を無くした、ベルリナやクレア、余所見をしていたおかげで事情 のわからないイエッタ、その他数人の妖精達が放つ視線など、全く意に介さず、香 織はイリナを階上、妖精が客をもてなす部屋へと連れ込んでいった。

イリナの背中を押して香織は部屋に入り、後ろ手で素早く鍵をかけた。 そのまま突っ立っているイリナを放っておき、サイドボードに置いてあ る酒瓶の中から、ワインを選んでふたつのグラスに注ぐ。

「さ、まずは飲みましょ。いける口でしょ?」

「…はい」

品の良い芳香を放ち、グラスの中で揺れる、濃い赤色のワインが、
その表にイリナの顔を歪めて映した。

「乾杯」

グラスを当てずに香織は宣言し、一息にそれを煽って飲み干す。 イリナの方も恐る恐るという風で、ともかくワインを飲み干した。 部屋から見えるルフィル国際都市の美しい夜景をしばし眺めた香織は一呼吸の後に喋りだす。

「ここ数日…あなた、何か変よ。怒らないでね、」と香織は牽制し、
「すごく余裕が無さそうよ。一体どうしたの?あなたらしくないわ」

イリナは深い深い、溜息をついた。
歩を進めてベッドに近寄り、そっと腰を降ろし、言葉も無く俯いた。

「ほら…あたしの知ってるイリナちゃんは、そんなのじゃないわ…
 明るくてほがらかで、見ていて気持ちよくなる娘だもの」

かすかに笑った香織の目には、普段は伺えないような優しさが溢れていた。

「…気づいてたんですね…」

「まあ、ね。これでも少しは他人を見てきたつもりよ」

格好よく肩をすくめ、香織がイリナの傍らに座る。 ふわりと揺 れたその髪からは、イリナの知らないシャンプーの薫りがした。

「よかったら話して。大丈夫、絶対秘密は守るわ」

イリナはしばらく逡巡していたが、やがて意を決めたように顔を上げ、
はっきりした口調で話し始めた。

「ボクが、妖精館に来たのは、理由があるんです。
 ボクは時々…自分でもどうしようもないほど、
 男の人が欲しくなる時があって、それで…」

イリナが言いよどんだ。身体に力が入り、
固くなってゆくのが、傍にいる香織にもわかった。

「全部言わなくていいわ。あまりいい記憶じゃなさそうだもの」
「いいえ、言います」

すいとイリナが香織に顔を向けた。
その真剣さに、香織は口をつぐみ、もう一度イリナを見据えなおした。

「原因はわからないけど、ボクはそれを発作と呼んでます。
 その発作を抑えながら、それを治すヒントがないかと思って…
 母さんにも相談して、母さんの親友のファリアさんがいる、
 ここへ来ることにしたんです」

香織が、普段は見せない凛とした表情で頷いた。

「賢い判断ね。街で男ひっかけるよりよっぽど安全だから。
 …で、何かヒントは見つかった?」

イリナは首を静かに横に振った。

「まだです…でも、発作の間隔が長くなったので、安心してたら…
 先週くらいから、我慢できなくなって」

そっ、と香織の手が、イリナの手に重なった。

「大変ね…正直、あたしはあなたの全てをわかってる訳じゃない。
 でも、あなたが心配だったの…理由を話してくれて、ありがと」

イリナの肩に香織はそっと手をやり、
「いいわ。じゃあ…」そこで香織は言葉を切り、数秒ほど考えた後、言った。

「あなたを満足させたげる。キツいこともあるかもしれないけど…
 傷つけたりはしない、それは約束するわ、だから」

イリナの肩に手を滑らせながら、香織は柔らかい声で続けた。

「あたしを信じてくれる?」

「…はい…」

小さいが、はっきりと決意したイリナの声だった。

香織はサイドボードの上にあった電話を引き寄せ、受話器を取った。
ボタンを押して外部通話に切り替えると、小指で器用に番号を押し、耳に当てる。

「あ、今いい?…ちょっと頼まれて。明日何人か都合できない?
 スタッフと機材も含めて…うん…
 場所も手配してくれないかしら、多人数でやるから広めの部屋を。
 人選とかは任せるわ。ギャラ…そうねえ、あたしプラスアルファってとこね。
 じゃ、よろしく」

電話を切って香織が、起き直りキョトンとしているイリナを向いて、
悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「明日までがまんして。あなたに凄い世界を見せてあげる…」

翌日。夕暮れが美しくルフィルに満ちる頃。

香織がイリナともに訪れたホテルの部屋には、欲望ではちきれそうな男達が待っていた。

「15人、とはねえ…みんな暇なの?」

香織が腕を組んで苦笑する。
みな相当にたくましく、まるで揃いのように黒のビキニパンツを履いていた。
いわゆるAV男優だ。

「そりゃ香織さんとできるんなら、他の仕事蹴りますよ。
 …ところで、その娘は?」

男の一人が、香織の後ろで小さくなっている、イリナを指差した。

「ああ、この娘?AV女優になりたいんだって。
 なんでもするからっていうから、ちょっと企画してみたの」

言って香織は舌なめずりを一つし、

「あたしの前に、まずはこの娘を相手して。
 ある程度は教えてあるから、遠慮はいらないわ。
 ただし、お尻はだめよ。そこはあたしが仕込むんだから」

男達がざわめいた。

「ここの全員で、ですか?15対…1でも?」

「そうよ。まあ一斉にはできないだろうけど、存分にやって。
 …そうね、それでバテなかったら、あたしを抱かせたげるというのはどうかしら?」

「うわーお!」

野太い歓声が響き、イリナが身を固くした。その耳に香織が唇を寄せる。

「大丈夫、女の子の扱いは心得てる連中だから乱暴にはしないわ。
 それとも、こんな多人数でするのは、恐い?」

「…いえ」

イリナの顔にゆっくり生気が漲ってきた。
急いて早くもビキニパンツを脱ぎ捨て、灯されたライトに自慢の陽根をかざしている男達へ、まるで 品定めをするように視線を投げつけている。

「じゃ、みんなにご挨拶なさい。服は脱いでね」

香織がイリナの背を押した。イリナは素直に前へ進み、この季節には 不似合いなコートを脱ぎ捨て、その下に着ていたものを露にした。

「は、はじめまして…今日は、よろしくお願いします…
 ぼ、ボク、なんでもしますから…みなさんも、気持ちよくなってください」

男達の中に、ねっとりと濃い情欲が噴出した。
見るからに清楚な、エルフの少女。その少女が、黒いレザーのボンデージウェア、乳房と股間の所だけくりぬいてある 淫猥な衣装を着て、なんでもしてくれと言う。

たとえ罠でも、これに乗らない男がどれだけいるだろうか。生憎というか、ここにいる男達は聖人君子などではなく、多分に正直だった。

「オーケイ、始めて」

監督よろしく大きく足を組んで椅子に座り込み、香織が指を鳴らして行動を促す。 イリナは視線を落ち着かなげに動かし、今にも熱い汁を放ちそうな肉茎を眺め回して、少しの間躊躇してはいたが、「こく…」一度喉を鳴らすと、ゆっくりと両手を持ち上げ、脈動を示すそれへ触れた。

両の手で二本をまず掴む、と思いきや、指を巧みに開いて四本のペニスを把握し、遅いリズムでしごき始める。 初に愛撫を受けた幸運な男達は、みなそこに意識を集中し、あるいは腰を軽く突き出して、イリナの指が与える快感を逃すまいと夢中になっていた。

おあずけをくらった男達が、見せ付ける体で張り詰めたペニスをしごく。イリナの眼がそれをひっきりなしに追い、まるでどれが美味そうか品定めするように焦点を合わせては視線を移す。その眼は淫欲に潤みはじめ、先ほどまでの恥じらいもわずかに残しながら、その身体に潜む淫欲のスイッチが入ったことを示していた。














そして一週間もたった頃、香織がイリナにビデオ・ディスクを手渡した。

「はい、これ。もう編集室はパニックだったわよ、
 AVを見飽きてるエンジニアが勃起させながら編集してたもの」

「ありがとうございます」

礼を言いながら、イリナは恥じらいに目を伏せた。
が、その目が動き、「二枚ありますよ?」
「そう。ちょっとね、実験してみたの」

「?」

首を傾げるイリナに、微笑して香織が告げた。

「これをきっかけに、AVデビューしてみない?」

「えっ…!」

見る間にイリナの顔が、耳まで真っ赤に染まった。

「もちろん、あなたの身体が高ぶった時だけでいいのよ。
 出演料もきちんと払うし、メイクで顔もばれないようにするから…
 まずはこのディスクを見てもらえるかしら」

そして二人はイリナの私室へと赴き、密やかな鑑賞会が始まった。 一枚目はさっさと早送りで見終え、二枚目を、香織は自信ありげにプレイヤーにセットして、再生を始めた。


「あ!」

イリナは驚いた。

画面の中で絡み合う、自分であるはずのその容姿は、にわかに信じられないほど、 別人の印象を与えていた。

「顔をばらしたくない女優用に、こうして後からメイクを操作できるの。
 結構違う雰囲気になるでしょ?」

「そうですね…」

それはイリナを安心させはしたが、まだ彼女は決めかねていた。
香織の行動が欲得ではなく、多分に好意を含んだものであることは、イリナにも十分 理解できたが、それにしても予想だにしない誘いと展開だった。

「…返事は、少し待ってください」

「わかったわ。イエスでもノーでも、あなたの決めた事に従うから、
 あまり負担には思わないでね」

香織は優美に、しかし真摯な礼をこめて、頭を下げた。

その夜、連絡を受けて妖精館を訪れた母・シーナと、館長のファリアを交え、イリナはつつみ隠さず、自分と香織の件を話して聞かせ、あのディスクを見せた。嬌声が響くだけの奇妙な雰囲気の中で、二人は驚きの表情を見せたが、それでもイリナを責めたりはしなかった。

「ファリアから大まかな事情は聞いていたけど…
 発作の事を考えれば、節度を持ってやるならいいかもしれないわね。
 無理に抑えても昔と同じになるだけだし。
 イリナ、あなたはどうしたいの?」

イリナの苦労を誰よりも理解しているシーナらしい言葉である。
全てを受け入れる様な母の問いに、 イリナは嬉しさを感じながらこっくり頷いた。

「出ようと…思います。恥ずかしいけど…
 今はそれが一番いい選択だと…」

 「確かに、あなたの様子やバイオグラフィを見てると、
  それは感じられるわね。賢明だと思うし、私も異存はありません。
  でも、身体には気をつけるのよ」

ファリアが努めて優しい口調で、イリナに告げた。
イリナは何度も頷きながら、二人の愛と優しさを噛み締めていた。

明けて翌日の夕方、イリナは香織の部屋を訪れ、AV出演の了承を告げた。

香織は再び頭を下げて、
「受けてくれてありがとう。全部あなたに合わせるから」

「お世話になります…でも…」

「でも?」

「ボク…どんどんエッチになっていきそうで、…少し、恐い」

大丈夫、と香織は、優しく微笑んでイリナの肩に手を置いた。

「性欲は誰にでもあるわ。
 抑えこむ方がよほど不自然だし、あなたはきちんと恥じらいも知ってる。
 それにあたしが見てるから、大丈夫よ…
 自分に自信を持ちなさい、イリナ」

イリナはしばらく逡巡するように、頭を捻っていたが、意を決し、
「勝手ばかりですけど、よろしく…お願いします」
そう言って、丁寧に頭を下げた。

「こちらこそよろしく。実はね、もうあなたの芸名も考えてあるのよ。
 あなたは次からアンリ。
 新人AV女優の、アンリ・スタンザーっていう名前でどうかしら」

「アンリ…アンリ・スタンザー…」

何度かその名前を口の中で転がして、イリナは自分を納得させた様子だった。









「新作届いたぜ〜!非番のやつは見に来いよ!」

ルフィルを遠く離れた艦上、激しい訓練の閑を惜しむように、衛星を経由して配信されるAVの鑑賞会が始まった。 どこの部隊にも、こういうのにやたら詳しく、重宝される者はいる。ダウンロード費用のカンパに充てるコインを握りしめて、いそいそと急造の鑑賞室に向かう男達の中に、イリナの恋人であるハンス・イェーガーその人も、いた。

「今回は格別だな、デビュー作で香織ちゃんと絡み!
 しかも15P!これからも楽しみだな、この、アンリ・スタンザーって娘!」

賑々しく解説する男を無視して、食い入るように画面を見つめるハンスは、
(なんだかイリナに似てるなあ…気のせいか…) そう考えてから更に考え、
(しばらく会えないから、溜まってんのかな、俺…
 うん、そうだな、きっとそうだ!
 早く帰って、イリナに会いたいなあ!)

ちゃっかりズボンの前を窮屈にしながら、 画面の中で激しい痴態を繰り広げるアンリに、イリナの影を投げかけていた。
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