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■ EXIT
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ベルリナ・アエルマッキ


「はじめまして。
 わたくし、ベルリナ・アエルマッキと申します」

そう言って、彼女は深々と頭を下げた。
声を聞くのは初めてだが、その顔にイリナは見覚えがあった。

本でできた都市のような、イリナの通う大学の図書館。

その片隅で、彼女はいつも分厚い本を読んでいた。いつ見ても同じ ような光景なので、イリナは冗談混じりに、(もしかしてこの娘、 本の精霊かも…エルフだし…)と思っていたくらいだ。

その精霊が今、根城を抜け出して、イリナの目の前にいる。
歳はイリナと同じくらい、すっとしたラインの、イリナと同じエ ルフの証たる耳をしている。しかしそこからカーブを描いて伸び る蔓と、フレームレスの眼鏡の存在が、彼女の顔の印象を、少しだ け大人びさせていた。

「ボクは、イリナ・クィンス。…はじめまして」

イリナはなんとも言えない気分で、
こめかみのあたりの髪を指で弄んでいた。

(どうして彼女はここに来たんだろう?)

それは至極もっともな感想だった。

ここは妖精館だ。確かに妖精館の妖精には女性を喜ばせる事に長けた女性や少数ならが少年の妖精もいるが、どちらにしても今は真昼だ。客としてなら日没から来るだろう。

そこにベルリナは、まるで就職活動をしている学生といった雰囲気 で現れ、たまたま玄関にいたイリナに声をかけてきたのだった。

「突然で申し訳ないのですが、
 代表の方にお取次ぎ願えませんでしょうか?
 わたくし、妖精館で働きたく思いますの…
 これ、お渡しください。必要かと思いまして、履歴書を書いてきました」

「…はあ…」

妖精館は男女訳隔てなく訪れることができる。しかしイリナの知る 限り、就職したいと入って来た人は初めてだ。

「ちょ、ちょっと待っててください」

慌ててイリナは踵を返し、廊下を小走りに駆け抜け、瀟洒なドアの 前で急ブレーキをかけ、息を整えながらノックする。

「どうぞ」

ファリアの返事を待って、ドアを開ける。

「あら、イリナ。どうしたの?」
「実は…」

イリナは簡潔に事情を話すと、
ベルリナから預かった履歴書を、ファリアに手渡した。

「…」

ファリアはそれに目を通し終えると、
「いいわ。あとは私が話します。連れてきてくれない?」

「はい」

イリナは廊下を引き返し、玄関でまんじりともせずに佇むベルリナの 許へ向かった。

「ええと、館長が会うそうです。こちらへどうぞ」

「はい。ご案内ありがとうございます。
 わたくし正直、こういう手段は無礼かと思っておりました。
 お目通り叶って嬉しいですわ、イリナさんがお勤めの場所なら、
 さぞや素敵なところなんだろうなって、思っておりましたから!」

「え?ボクの事、知ってたの!?」

思わずイリナが振り返る。

(ク、クィンスの姓名で通ってて良かったよ〜)

イリナは母親の配慮に心の底から感謝した。

「はい。でも、わたくし、前からイリナさんを知っていましたわ。 図書館や学校で話しかけたくても、わたくしは楽しい話題を持ち合わ せませんで声をおかけする事ができませんでしたの…」

話題はともかく語彙は豊富だ。短い廊下を歩く間、
ベルリナは速射砲のように喋り続けた。

やがてドアの前に二人は並んで立ち、イリナがノックをする。

「どうぞ」

「はい、ベルリナさんをお連れしました」

そう言ってイリナはドアを開ける。
ベルリナは深く一礼して、その中へ踏み込んでいった。
ドアを閉めて、自分の部屋へ帰ろうと歩きだして、イリナは呟く。

「…ちょっと変だけど…すごく礼儀正しいなあ…」

イリナはくすっと笑って、 彼女がここへ就職できたらいいな、と、ちょっぴり願った。

そして日没。開店前に、ファリアは手隙の者をメインホールに集め、
ちょこなんと立つベルリナを紹介した。

「ベルリナ・アエルマッキと申します。
 皆さんよろしくお願いいたします」

妖精館に来るものは、名乗りさえすればよい。過去を語らず、強 いて問わず、が、一番重要なルールともいえた。だからベルリナも、 ルールに従い、丁寧に名乗った。

「はい、挨拶はおしまい。みんな部屋に戻っていいわよ」

ファリアがパンパンと手を叩き、皆を解散させた。

身づくろいを行いに、三々五々散ってゆく妖精達の間から、イリ ナが進み出て、ベルリナに会釈した。

「妖精館へようこそ、って言えばいいのかな。よろしく」

イリナに握手されて、ベルリナはかすかに頬を染めた。

「こちらこそ…ああ、今になってドキドキしますわ、
 初めてはどんな殿方がいらっしゃるのかしら?
 イリナさんはどんな方でした?」

イリナはハンスとの出会いを思い出し、照れ臭そうに耳を撫でた。

「ええと…ボクはいい人に出会えたよ。
 最初のお客さんは、ファリアさんが選んでくれると思うし、大丈夫」

「それを聞いて安心しましたわ。では、失礼いたします」

ベルリナはまた深々と礼をすると、自分の部屋に歩み去っていっ た。しつこいくらいの礼儀なのに、その動作には嫌味が無い。自然 そのもののベルリナに、イリナは快い感触を覚えた。

そしてベルリナの部屋に、初めての客が訪れたのは、日付が変わ る少し前のことだった。














男は30半ば、普通のサラリーマンといった風情だ。着ているものにも派手さはなく、落ち着いた印象を漂わせている。客とベルリナとの相性はファリアの見立てなので問題は無い。

無論、毎度ファリアが客を選ぶ事は不可能なので新人が妖精館に慣れてくると管理部が客の個人IDの情報を利用した客選びが行われるようになる。

ルフィル市民を始めER支配圏の正式な住民はみな個人IDに遺伝子パターンや各基礎情報などを登録しているので、その情報と 妖精館の状況を計算して答えを算出する。 それは、管理部のオペレーターが妖精館のメインコンピューターを 活用して行う仕事である。

具体的には、客が夜の相手を選ぶために端末を覗いても、管理部が許可した人物しか表示されないようになっている。

このコストが掛かるが徹底した配慮により妖精館では、客との問題が発生しにくく、一定の妖精のみが指名されつづけるような事は殆ど起こらなくなった。無論、妖精の中には、そのようなシステムを使わず問題なく接客をこなしている者も居る。

ともかく、今回の客はフェリア自身が決定したのだから、
まずベルリナには相応しい相手だった。
「ようこそおいでくださいました。ベルリナと申します。
 今日は、楽しんでいってくださいね」

そう言ってベルリナは男に歩み寄り、腕を背中に回し、そのしっ とりとした唇を重ね、甘いキスを始めた。

「う…ん…」

舌を絡め、時に離し、噛みあうようなフレンチキッス。
可愛らしい容貌に似合わないベルリナの大胆さが、男を強く興奮させた。

「さあ、どういたしましょう?お風呂に、なさいます?」

ひとまずキスを終え、鼻が触れるほど男に顔を近づけて、ベルリ ナが囁く。男は上気した顔で、すぐ欲しい、と返事した。

「かしこまりました。お好きに、どうぞ」

ベルリナは身体の力を抜いて、手を脇に垂らし、直立した。
待ちかねた男が、服の上から、ベルリナの乳房をぎゅうと掴む。

「あふっ…」

鼻に抜ける甘い声を、軽く目を閉じたベルリナが漏らす。既に乳 首が固くしこり、純白のドレスと下着をやんわりと押し上げている。男はそれ を見つけ、木の実のように指でつまみ、こね回した。

無論、乳房だけではない。形の良いヒップや腰、すらりと伸びた 脚、その付け根にも、服越しではあるが男の手と指はぬかりなく訪 れ、さすり、指でタップし、柔らかく掴み、揉みしだいた。

「気持ちいいです…」

甘く呻きながら、ベルリナがそっと手を動かし、布地を突っ張らせて怒張している男のペニスを、シルクの手袋を付けたままズボンの上から撫でさする。それだけではなく、形が解るほど強く握ったりもして、巧みに刺激し、男の興奮を煽り立てた。シルクの性質は非常に痛みやすく繊細だったが、妖精館のクリーニング技術は優秀であり、精液程度の汚れならば問題無く対処できるので問題は無い。

「まあ、こんなに逞しい…素敵ですわ」

更に艶を増した声で、ベルリナが男の耳を軽く噛みながら囁く。
それが男の理性を断ち切った。

「きゃ!」

ベルリナは無邪気な悲鳴を上げて、男に押し倒された。男は餓え た狼のように、スカートをまくりあげ、剥き出しになったベルリナ の太腿にキスをするのももどかしく、ショーツを指で引っ張ってず らし、現れた秘唇にもう一方の指を這わせた。既にそこはじっとり と湿り、男の指に心地よい粘り気を感じさせた。

「もう、すごく濡れてる」

男が挑発する。ベルリナは耳まで赤くなって手で顔を覆い、「恥ず かしいですわ…こんなに感じてしまうなんて…」

男はますます勢いづいて、ベルリナの花園を探索する。
柔らかい産毛と控えめなヘアに彩られたそこを、かき分け、なぞり、 指を押しつけ、溢れる蜜をすくっては塗りつける。

指でそっと開いて、紅色をしたベルリナの奥底を鑑賞し、指を慎重 に潜らせて、締めつけを楽しんだりする。もちろん、その上で愛撫 を待ちわびる、可憐な肉芽にも、たっぷりと愛撫をご馳走してあげる…

男がスカートを大きくまくり、夜這いさながらにベルリナの身体 の下へ潜り込んだ。甘く淫靡な香りを放っているそこへ唇を寄せ、 蜜を、ピンクの花弁を、紅色の肉芽を舌に乗せ、唇で挟み、音をた てて啜りあげる。その度にベルリナは身体をよじらせる。甘い声の オクターブがだんだんと上がり、荒い息が男の興奮を加速させてゆ く…こんこんと湧き出る蜜を男は飲み干せず、滴が顎を伝う。

「ああ、ああ、もう我慢できませんわ、くださいませ…」

腰を突き上げ、男の愛撫を受けながら、ベルリナがおねだりをす る。男は聞こえないふりをして、指を二本もベルリナの中で蠢かせ、 どんどん強く巧みになる締めつけを楽しんでいた。

「お願いです…意地悪しないで、わたくしの中に…いっぱい…」

ベルリナの呼気が、ひきつったように高くなる。じりじりと絶頂 へ向かいながら、ベルリナは全身で、男の挿入を求めていた。

「OK」

征服欲を満たす時が来た、と察した男は、手早くズボンと下着だ けを脱ぎ捨て、はしたなく脚を開ききったベルリナへ押し入った。

亀頭が肉壁をかきわけ、粘った音を小さくたててめり込んだ瞬間、 「ひっ…ゃうううっ!」 ベルリナがびくびくと痙攣し、迎え入れたばかりの男のペニスを 強力に締め上げた。愛撫で高まっていた快感が、一気の挿入で限界 を越えたのか、最初の絶頂がベルリナを襲ったのだった。

「うっく!」

絞り上げられた男が呻く。男もまた高ぶっていたため、射精しそ うになるのを必死でこらえる。しかし長くはもたないだろうことを 悟ると、男は腰を揺すって体制を整え、ベルリナの中へ激しく出入 りを開始した。

一突きごとにベルリナが呻き、甘い香りの汗を散らせる。スカー トが花のようにまくれ、濡れそぼった花弁のように、その中心にい るベルリナの肢体が、腰をくねらせ、男を受け止める…。
部屋に衣擦れの音と、甘い嬌声と、淫液が奏でる卑猥な微音が、 リズム良く響いていた。男はベルリナの絡みついてくる襞に、優し く激しく絡め取られ、いよいよその中に放とうとしていた。

「う、ううっ!」

男が声を搾り出す。ベルリナの中でも高まりは急速に膨れ上がり、 「だ、出してください!中に!いっぱい…っっ!」 叫びとともに、身体の奥深く放たれる、滾るような熱さの精を感 じた瞬間、ベルリナもまた絶頂の極みを迎えた。

「…!!!!」

エクスタシーが太い束になって、ベルリナの中を貫いてゆく…

呼吸が、快感が、引き潮のように退いてゆく。ベルリナは汗で顔 に張り付いた乱れ髪をなでつけ、目を閉じて射精の残響を味わって いるらしい男の顔を、見上げていた。

「素敵でしたわ…うふふ…」

言いながらベルリナは、男を甘やかに、再び締め上げる。

「もう一回、いかが?…それとも、場所を変えましょうか?」

皺だらけになったドレスのまま、ベルリナが妖艶に笑った。














それから数日が過ぎた。

ベルリナはすっかり妖精館に馴染み、イリナにくっついて大学 へも行くようになった。

「イリナさんとご一緒できるなんて、嬉しいですわ!」

先輩につき従う後輩のように、ベルリナはころころと笑いなが ら歩を進める。イリナは苦笑しながら、それでも満更ではない気分で、すたす たとスニーカーの底を鳴らしていた。

「あの…さ、ちょっと、聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

昼休みに食事をとったあと、キャンパスの中にある小さな丘の 上で、イリナは考え考え、ベルリナに問い掛けた。

「何でしょう?」

「どうしてベルリナは、妖精館に来ようと思ったの?」

言ってからイリナは、もし言いたくないならいいよ、と慌てて付 け加えたが、ベルリナは意に介せず、首を横に振った。少し間をお いて、言葉が続いた。

「…わたくし、父も母も、事故で一度に失いました。
 その保険金と遺産を大事に使い、なんとか生きてきました。
 でも、愛想良く近寄ってくる人はみな、わたくしの財産目当ての者ばかり。
 人が信じられなくて、寂しくて、わたくしは…
 夜の街で、見知らぬ殿方に何度も抱かれることで、それを誤魔化すようになったのです」

「…」

空になった紙コップを両手で持ち、イリナが清聴していた。

「それは気持ちよかった。いえ、気持ちいいと思っていました。
 そう思わないことには、やりきれなかったのです…
 いろいろなテクニックはその時教わりました。
 たくさんお金をくれた人もいます。

 でも、わたくしの中はからっぽ…夜が明ければ何も残らない。
 いっそ父母の許へゆこうかと思いはじめた時、あの人と出会ったのです。
 …あの人は、本気で私を叱ってくれました。

 もっと自分を大事にしろ、と、その人は私の手を、
 一晩中、優しく握っていてくれました。
 …後に、その方が軍人さんだと知りました。
 潔く、爽やかな、私の初恋の、人です」

初恋、という言葉に、ベルリナはかすかに頬を桜色に染めた。

「それからわたくし達のお付き合いがはじまりました。
 時間になおせばほんの数週間ですけれど、それは素晴らしい日々でしたわ。

 お食事…映画…お買い物…幼稚かもしれませんが、
 なにもかもわたくしには初めての経験でした」

ふうっと息を次いで一休みしたベルリナに、イリナが問うた。

「その人は、今どうしてるの?」

「ある日、連絡もせずに彼がわたくしの家にやってきました。
 驚いたわたくしに、彼は、前線への配属が決まった、と告げました…」  

ベルリナは一瞬遠い目をしたが、すぐにまた言葉を紡ぎだした。

「それは随分急な命令だったようで、翌日には出発するとのことでした。
 わたくしと彼は、家で食事をし、たくさんお喋りをして…
 初めて彼に、抱かれました。
 彼はとても優しく、わたくしを愛してくれました。
 何度も何度も、愛してくれました」

イリナの胸で、甘い動悸がドクンと一つ鳴った。
ベルリナは更に言葉を続けた。

「翌朝お別れして…あとはメールでのやりとりが数日続きました。
 そして何日かメールの間が空いて、最後に届いたのは、」

ベルリナの声が曇った。

「彼の、戦死通知でした」
「…!」

イリナの背筋を、嫌な悪寒が走った。

戦死。
戦争で死ぬこと。
ルフィルにいるとまるで感じられない、その現実。
どこか遠い世界のように感じていた、その出来事。

俯いたイリナを見もせずに、ベルリナは語りを続けていた。

「軍人葬に出席はしませんでした。
 私は一日家の中で、彼の冥福を祈りました。
 …今思い出しても不思議ですね、
 あんまり悲しいと涙が出ないものなのですね。
 悲しくてもお腹は空きますのにね」

ベルリナの言葉が、転がる石のようにイリナの中に入ってくる。

「彼がこの世を去って、もう一年…わたくしは図書館に行き、
 家ではネットワークをさ迷い、自分というものを探していました。
 でもそれもうまくいかなかった。
 自分はどうあるか、どう生きるべきか、探すことができなかったのです」

「それで、妖精館に?」

ベルリナは頷いた。

「はい。考えて考えて、決心しました。
 寂しさを紛らすために、街角に立つのはもう嫌でした。
 でも、私の身体はあの歓びを忘れていない。
 それを知った日、たまたまここの前を通った時に、
 館かから出てくるイリナさんをお見かけしたのです」

「なるほど…」

ベルリナはすいとイリナに顔を向け、はにかみながら話した。

「学校でお見かけするイリナさんは、明るくて美しくて、
 わたくしの憧れでしたわ。

 そのイリナさんが、明るい表情で出てくるもの  ですから、ああ、ここはきっと、いいところなんだな、と思いまして…
 募集の張り紙でもあれば、もっと早く来ていたでしょうね」

「う、美しいってそんな、ボクなんか…」

身を小さくして恐縮するイリナだった。

ベルリナはイリナの性癖を知らない。
しかしそれを抜きにしても、イリナにとって妖精館は居心地のよい ところだ。 ペーパーバックで読むような、退廃と喧騒の詰った、カビ臭い所な どでは断じてない。

甘えん坊や気丈など、タイプはさまざまだが、みな毅然としていて 礼儀正しかった。不安な顔の新入りを優しく聡し、悩みがあれば、 夜を徹しても聞いてくれる。

整然と統率された学園にも似ていた。

「いくら誰に抱かれても、もう彼は帰ってきません。
 でも、わたくしの身体の奥の奥、命のもっと奥にある…
 魂は永遠に、彼だけのものです。
 あの日から、この身体が滅ぶまで、いいえ滅んでも…」

ベルリナの声が涙で揺れた。

「だからわたくしは、彼の優しさに報いたい。
 抱かれる歓びを、身体の快感を誰かとわかちあい、
 短い間だけでも幸せになってもらいたい。
 自分を誤魔化すためではなく、
 誰かを慰められる、ここでならそれができるかもしれない…そう決心したのです」

イリナは激しい衝動にとらわれ、ベルリナをぎゅっと抱きしめた。
愛おしさに似た感情が、イリナの中で溢れ、渦を巻いていた。

ベルリナ・アエルマッキ。
苦労など知らないような賑やかで明るい口調の陰で、彼女はなんという深い悲しみを背負ってきたのか。捨て鉢に抱かれた事のあるイリナだからこそ、あの砂を噛むような虚しさは痛いほど解る。

イリナはベルリナを包み込むように優しく抱いた。

「イリナさん…」

少し驚いた風のベルリナだったが、「…ありがとう…」
そっとイリナを抱き返した。

二人の髪を風がかすかに揺らす。暖かい陽の光が包み込む。
緑の丘の上で、動かない二人のエルフは、美しい彫像のようだった。














「ね、ハンス…約束して」

その夜、久々に訪れたハンスと思うざま睦みあい、既に浴室で彼 の熱い飛沫を受け止めたイリナが、二回戦とでもいうべきベッドの 上で、不意に落ち着いた声を出した。<

「え?」

白桃のようなイリナの乳房にかぶりついていたハンスが、間抜け た声を出して顔を上げる。

「どこにも行かないで」

「そ、そりゃ無理だよ…俺命令があったら転属だし…」<
「違うの!」

イリナはちょっと怒って、ハンスを腕と乳房で挟み込む。そのま まぎりぎりと締め上げながら、言葉を続けた。

「ボクの、手の届かないところへ、絶対に…行かないで…」

暖かい肉の圧力の中で、ハンスははっとその意味を悟った。

「大丈夫だよ。それなら俺、約束できる。
 イリナ、俺はどこにもいかないよ。
 ルフィルに帰ってきたら、絶対にここへ来る!」

「絶対?」
「絶対!」

ハンスは快活に叫びながら、その証明とばかりに、猛り立った自 分を、イリナの中に突き立てた。イリナが甘い悲鳴を上げて、その 快感に背を反らす。

「…だって、エルフの守護女神がついてるんだぜ…
 うっ、く…どんな事があって…も、俺は死なないよ、帰ってくるよ…」

激しい抽出を繰り返しながら、力強い声でハンスが約束する。

イリナの中で嬉しさとエクスタシーが混ざり合い、 「約束だよ!約束だよ…あ、あああっ…っっ!!!」

いつにも増して素晴らしい絶頂の中へ、二人を導いていった…

そして今夜も、妖精館に灯がともる。
羽根を広げた妖精達が、笑みを浮かべて差し招く。

ルフィルに来たなら、訪れたなら、一度は足を向けてみよう。
運がよければ、そう、運がよければ。

「ようこそおいでくださいました。ベルリナと申します」

眼鏡越しの瞳をきらめかせ、薄いルージュを引いただけでも、ど きりとするよな色香の匂う、彼女に会える、はずだから。
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