■ EXIT
道化師の宴 第02話 『マラソン X 追跡 X ペテン師』


「では、これよりハンター試験を開始致します」

薄紫の髪に赤紫色のスーツを身に纏った、紳士の様な雰囲気を纏った男性が試験会場に現れた。口の上に蓄えたカイゼル髭が特徴の彼は、一次試験を担当するサトツである。

一次試験はひたすら、先頭を走る試験官のサトツに付いていく事だった。

とはいっても、常人では付いていく事すら不可能であろう。
ザバン市の地下に存在する地下通路を数時間も休みなしで走り続けなければならないのだ。常識では考えられないほどの長大な上り階段も存在する。

その道のりは、常人では通過する事が出来ないハンター試験の予備試験を突破した者でも容易ではない。ただ、ハンター試験の常連にとっては、まだまだ余裕のある状況であろう。なにしろ試験の始まりに過ぎないからだ。

しかし、熟練者の中で一人だけ例外が存在していた。
ハンター試験挑戦歴35回というベテラン受験生のトンパである。

なぜなら、トンパは先ほどから原因不明の重圧感に襲われており、心の余裕を失っていた。トンパは知らなかったがドナルドの仕業である。しかも、念能力によって補正されたピンポイントによる重圧の為に、他の受験生には判らないように確りと偽装してあるスキの無さだった。

トンパは原因不明の重圧感による精神不調に見舞われながらも走り続ける。

フルマラソンを上る超長距離の走りにて若干ながらも脱落者が出るも、大半は地下通路から地上に出る事が出来た。場所はザバン市から100kmほどの位置にある湿原地帯である。流石はハンター試験の予備試験を突破した者達であろう。

受験生が出てきた、地上へと出る出口のシャッターが閉まっていく。これより遅れたものは脱落者として、ハンター試験に落ちたことになるのだ。 シャッターが閉まり終わったのを確認すると、試験官サトツが受験生を前にして、この先の説明を始める。

「ヌメーレ湿原、通称詐欺師のねぐら。
 二次試験会場へはここを通っていかなければなりません」

第一次試験の前半と違って、ただの移動ではない。
通る場所はとても霧が濃く、気をつけないと珍獣の餌食になる危険な場所だった。

巧みに人に化けて騙す人面猿。

霧で迷い込んだ人を誘い霧の深い日だけ活動する、
背中に群生したヒトニイチゴを使って人を襲い捕食するキリヒトノセガメ。

もっぱら地中に姿を隠し、大口を開けて 獲物がその上を通るのをひたすら待つマチボッケ。

ウソ八百を並べ立てて 人間を罠に誘いこんで殺し 屍肉をあさるホラガラス。

踏むと爆発し 動けなくなった獲物に胞子をまいて繁殖するジライタケ。

不思議な飛び方で 獲物を眠らせ 生きたまま幼虫のエサにする サイミンチョウ。

可愛らしさのかけらも無い猛獣に属する珍獣ばかりで、常人ならば立ち入らない場所であろう。
試験官サトツは現実離れした、ここの危険性を受験生に説いて行く。

「この湿原にしか居ない、
 その多くが人間を欺いて食料にしようとする狡猾で貪欲な生き物達です。
 十分注意して付いてきてください。
 騙されると死にますよ?」

サトツの説明が終わると、建物の影から一人の男性が出てきた。

「嘘だ! そいつは嘘をついている。
 そいつは偽者だ! 試験官じゃない、俺が本当の試験官だ!」

周囲の受験生達がどちらか本物の試験官か迷っていると、44番のナンバープレートを付けた一人の男性が合計6枚のトランプを鋭く放った。トランプは、最初から試験官として存在してたサトツと、偽者だと騒ぎ立て、自らが本当の試験官であると言い張った男性に、3枚づつが向かっていく。トランプとは思えぬ速度である。

トランプを投げた男は強者と戦うことを至上の喜びとする一流の念使いである、ヒソカというドナルド未満、一般人以上の変態性を有している奇術師であった。

ヒソカは洗練された殺気を放ちながら、生き残った方こそ本物だと言う。事実、本物の試験官であるサトツは全てのトランプを手で捕らえていたが、自称試験官はトランプに切り刻まれて死に絶えていた。 人に化けて騙す人面猿程度ではハンターライセンスを持つ、本物のハンターに為り切る事はできない。ヒソカはその事を知っていたのだ。

偽試験官騒動を終えて、再び始まったハンター試験。

平穏を見せたかに見えたが、偽試験官騒動によって、ヒソカの殺人衝動は抑えられないぐらいに高まっていた。新たなる火種が蒔かれていたのだ。そしてドナルドもトンパから渡されたジュースの事を思い出していた…









第一次試験の後半の半ばに差し掛かる頃、ヒソカは深い霧に乗じて先頭を走るサトツから逸れた後方の受験生を次々と襲う。戦いと殺戮こそが稀代の奇術師ヒソカの生きがいなのだ。どちらにせよ試験官から逸れた者は、ある程度の実力が無ければ、この湿地帯から出られない。

結果は同じである。

猛獣や化け物に生きたまま捕食されるよりはマシかも知れない。
例えるならば、東洋の島国の介錯という表現が一番近いであろう。

そのようなヒソカによる殺戮劇が行われている最中に、
安全な筈の先頭集団の近くに居るトンパにも危機が迫っていた。

ふとした切っ掛けで、トンパは後ろを振り向いた。幾多の試験に挑戦してきたベテランのカンともいえる知らせであろう。
振り返った瞬間、トンパの体に電流のような衝撃が走る。

「ヒッ!」

強烈な個性を感じさせるコスチュームを纏った霧の中でドナルドが嬉しそうに走っていた。恐ろしいまでに透き通った笑顔が逆にホラー映画のように恐かったが、トンパはドナルドから殺気が感じられていないと判断すると、何とか気を取り戻して視線を後方のドナルドから前方に戻す。

それだけで終われば問題はなかったが、嘲笑うかのように更なる出来事が起こる。

『驚いた? 脅かすつもりは無かったんだよぉ。
 でも…ドナルドは嬉しくなると……』

トンパの脳裏に明るいお調子者の声が響いた。
幻聴かと思おうにも、無情にも言葉が続けられてゆく。

『……ついやっちゃうんだぁなぁ』

言葉に反応したトンパが、ふと振り返ると、先ほどと違ってドナルドの表情が酷く歪んでいる。
狂気と言う生易しい表現では定義できない異様な雰囲気すら感じられるのだ。

「!!!!」

ドナルドの走る速度は変わってはいないし、武器すらも携帯していない。笑いを導くピエロの格好である。 しかし、恐怖のあまり逃げるようにして走る速度を上げたトンパには判ってしまった。後ろのピエロは捕食者であり、自分を狙っている事を……

危険を察知したトンパは一番安全だと思われる、試験官の近くに行くべく全力で加速する。しかし、トンパの遁走を見たドナルドは直ぐには追撃しなかった。

ドナルドにとって結末は変わらないので気にしない。

「ヘハハァ、何をして遊ぼうか? 楽しみだなぁ」

ドナルドは走るのを止めて湿原の中で立ち尽くす。
どのように遊ぼうか考えているのだ。

「よし☆」

考えがまとまったドナルドはオーバーリアクションで手を叩くと、ドナルドはトンパが去った方向に視線を向ける。穏やかな表情を浮かべて行動に移した。









トンパは霧の中を必死に走る。

彼には新人受験生を潰して楽しむ事などは、全く考える余裕は無かった。そして、合格の為の走りではない。今のトンパにとっては忍び寄る捕食者から逃げる事が最上の課題なのだ。

そして、ようやく異変に気が付いた。
ハンター試験熟練者であったが、恐怖が注意力を散漫にしていたのだ。

トンパは慌てて周辺を見渡すと、不思議なことに周辺は受験生どころか、 あれほど鬱陶しい湿地帯すら消え去っていた。知らない間に、彼の念能力のひとつである、ドナルドルーム(超越者の部屋)に連れ込まれていたのだ。

一流の念能力者でもなく、ましては念能力の存在すら知らないトンパではドナルドルームから脱出することは出来ない。 このような想定にすらしていなかった、異様な事態にトンパが狼狽する中、唐突に電子音が鳴る。

テレレッテッテッテーン♪

「やぁ、待ったかな?」

電子音が消えると、トンパに明るい口調の声が掛けられた。
ドナルドの声だ。いつの間にか、トンパの目に前に立っている。

「ド…ドナルド……」

「どうしてドナルドから逃げるのかなぁ?
 ククククク…何か…ボクに悪いことでもしたのかなぁ?」

ドナルドが遠まわしに指摘するのは、無色無臭の下剤入りジュースの事である。

そして、判っていて質問するドナルドの表情が笑顔なのが逆に、トンパの恐怖感を煽り立てていた。ドナルドにとって許せなかったのが、ハンバーガーに良く合う、オレンジジュースに毒物を入れた事だったのだ。

それは間接的にハンバーガーを侮辱する行為に繋がるとドナルドは判断した。ハンバーガーに立ちふさがる敵はハンバーグラーと同じように修正しなければならない。
恐怖に耐えられなくなった、トンパは踵を返して逃げようとする。

「フォース・グリップ(理力握)」

「うっ…ぐっ…い、息が…」

ドナルドが右手をかざして言葉を紡ぐとトンパは、不可視なる力によって首を締め付けられ身動きが取れなくなる。この技は、ドナルドがとある騎士との戦いで習得した技である。念能力とは別の能力形態であり、フォース(理力)と言われる不可視なる力を利用するのだ。

首だけでなく、トンパの体は理力によって体を持ち上げる。

強い力を有する、ドナルドも最初から強者だったわけではない。
幾多の戦い、幾多の絶望を乗り越えて、このような高みへと達したのだ。

「ヘッハッハッハァ☆」
「グッ…ハッ、た…たしゅ…けて…」

ドナルドはフォースグリップの力を調節してトンパが窒息しないようにしている。彼が本気だったらトンパの体はビー玉サイズにまで圧縮されていたであろう。しかし、手加減されているとは知らないトンパにとっては、得体の知れない力で翻弄される事実には変わりなく、ドナルドの行為は恐怖以外の何物でもない。

「人を騙して毒入りジュースを渡すなんて良くないよぉ?
 嘘…憎しみ…嫉妬…それは、暗黒面に落ちるキッカケになるから☆」

「あ、暗…黒…め…ん?」

「うん…だからね…」

次の瞬間、急にドナルドの声のトーンが落ちる。
極度の恐怖と不安に襲われているトンパは、思わず尋ねてしまう。例えるならば、見たくは無いのに先が気になるホラー映画と同じような心境であろう。

「だ、だ…から?」

「やっちゃうんだ☆」

理力を応用したマインドトリック(心理操作)によって、トンパを無自覚のうちにドナルドルームへと誘い込んだドナルドは、最後の処置へと取り掛かっていく。

処置を終えたドナルドはトンパの記憶を改ざんしてから自由にする。なんとかゴールしたトンパは、理由は判らなかったが自分の意思に反して1日の食事を全てハンバーガーで賄う様になってしまった。不思議な事に第287期ハンター試験に出場した選手の中で、少なくない人々がハンバーガー中毒に陥っていたのだ。


END


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【あとがき】
ハンターハンターの詳細な展開を忘れてしまったので、DVDで見直しw
しかし、改めて見直すとトンパって外道だなぁ…というか、すごい人数から恨まれてそう…


【Q & A :ヒソカはドナルドを狙わないの?】
ドナルドの擬態でまだ、実力がばれていないので、狙われていません。

【Q & A :トンパの脳内に直接語りかけた能力は?】
理力ですw


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(2009年08月29日)
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