Chapter 12
幕間 手向け
―――――西暦2123年、外宇宙航行艦ソレスタルビーイング
「本当に眠るのかい? イオリア………」
無機質な様相を呈した、とある部屋の一室。
そこには2人の初老の男性が向き合っていた。
片や、眼鏡をかけて特殊なボックスの中に座り込む男性。
後に多大なる功績を残した科学者として伝えられる、イオリア=シュヘンベルグ。ソレスタルビーイングの創設者でもある彼は、今、自らをコールドスリープさせようとしている。
皮肉にもその揺り篭が、彼の墓標と化そうとは―――――誰が想像できるだろうか。
そして、そんな彼の傍に立ち、呼びかけるは翡翠色の髪をした男性―――――名を、E・A・レイ。
後の世にてアロウズを組織し、全てを支配する絶対者となろうとしたイノベイド、リボンズ=アルマークの遺伝子母体となった男だ。
まるで困った子供へ向けるような苦笑を浮かべるレイへ、イオリアは申し訳なさげに苦笑を返す。
「すまないな、レイ。結局………私の我侭につき合わせてしまった」
「気にすることはないさ。君は正しい。人類は、このまま………争いの火種を抱えたまま、解り合えないまま宇宙へ進出してはいけない。君と同じ気持ちさ」
「そうか…………」
少し安堵したような表情で目を瞑るイオリアに、レイは今度は真剣な表情で―――――同様に問う。
「それで。本当に、君は眠らねばならないのかい?」
「済まない。私はどうしても見てみたいのだ。これから先、私が生み出したヴェーダ、そしてGNドライブの可能性を―――――人の革新の可能性が、我々の未来を導いてくれているのかをな」
GNドライブ、ヴェーダ。
そして―――――GN粒子が引き金となり、促される人類の革新。イノベイターの出現。
それらが―――――自分が提唱したこれらが、人類を正しく導いてくれるのか。
イオリアは、それが確かめたかったのだ。
「済まない、これも私の我侭だな」
「いや………間違ってなどいない。君は眠れ。君が描いた未来までの世界は……僕が見届けよう」
「…………ありがとう」
ふっ、と微笑み、イオリアはボックスの中に身を投じる。
そして、自ら眠りに落ちるかのように―――――そっと、目を閉じた。
「…………起きたら、また共にチェスでもしようじゃないか」
「ああ………楽しみだ」
そう、叶うはずもない約束に笑みを交わし、レイは傍の装置を弄り―――――カバーを閉じた。
瞬く間に冷気が満ち―――――イオリアを、深い眠りへ導いていく。
「君は………未来への礎を築いたんだ」
ついに自分以外に誰もいなくなった室内に、レイの声が満ち、やがて暗闇に消えていく。
その表情には悲哀が浮かび、暗く紅い計器の光を彼の涙が反射して輝く。
「いいよ。いつまでも眠るといい。それまでの揺り篭として………せめてもの手向けをあげよう」
そう行って、レイは計器を操作する。
周囲の景色が一変、暗い室内から明るい宮殿のような空間へ姿を変える。
清潔漂うそこは、窓から届く日の光に満ちている―――――ように見えた。
一瞬だけ現れたそれはすぐに消え去り、辺りは再び暗い室内に戻った。
溜め息を1つついて、床の中に収納されていくカプセルを一瞥して―――――。
「お休み、イオリア…………」
呟きは暗闇の虚空に飲み込まれていったが、イオリアの願いは受け継がれ―――――世界はこの後、大きな波紋を齎す。
そのことを前に見据え―――――E・A・レイの姿は、ドアの向こうへと消えていった。
Chapter final 明日へ……
「いい? 忘れ物とかない?」
「大丈夫だって!」
玄関先で、そんな元気のいい1会話が響く。
学生服を着た少年を、エプロン姿の―――――母親と見える女性が見送る。ごく普通の、家庭の朝の光景だった。
「どっちかっていうと、僕は母さんの方が心配なんだけどなぁ」
「むぅ、失敬ねー!」
おどけたように右手にもったままのおたまを振り上げ、態とらしく肩を竦めた息子は、学生鞄を手に玄関のドアを開ける。
「じゃ、行ってきまーす!」
「気をつけてねー」
よく晴れた蒼天に少年が駆けていく景気のいい足音が響く。
学生鞄を担いだ少年を見送ったエプロン姿の母親は、その後ろ姿に満足げに溜め息をつくと、玄関の戸を閉めて屋内へ入った。
「さぁて、私も準備始めよっかな」
そう1人上機嫌に呟いて、彼女はクローゼットを開く。
今日は―――――記念日。
彼女にとって全ての始まりであり、また全ての終わりでもある。
そんな、忘れられない日であった。
○Epilogue 明日へ……
「ごめんなさい、遅くなってしまって…………」
とある小洒落たレストラン内の一角で、先程の母親が申し訳なさげに頭を下げる。
彼女の前には、既に幾つもの豪勢な料理の並ぶテーブルを囲う男女の姿があった。
「いい。私達もさっき着いたばかりだ」
「そうそう。それに、こんな大事な日に来れないような大馬鹿もいることだしな」
銀の流れるような長い髪を後ろで束ね、ドレスを見事に着こなした見た目麗しい女性がそう微笑むと、隣に座っていた男がそう嫌味を漏らす。飄々と跳ねきった赤髪が、礼服に微妙に噛み合っていない。
彼の言葉に、その凛とした美貌のままくすくすと笑う女性、フィリス=ラフェール―――――今では結婚し、グレイナルへと姓を変えている―――――に、「だろ?」と同意を求める彼女の夫、名をキール=グレイナル。
かつては宇宙航空艦ベガの艦長と、そのクルーを率いる隊長という立場であった2人は、ELSとの最終決戦を境に結婚。
2児に恵まれ、幸せな家庭を築いていた。
ありがとうございます、と頭を下げて、男児の母―――――ナナオ=フジシマもまた席につく。
ナナオもまたフィリスと同様に、ドレスを着ていた。
桃色が眩しい彼女のドレスは大人の色香を醸し出すフィリスのそれとは違い、見た目相応の可愛らしさを遺憾なく引き出していた。
「な、何だか恥ずかしいです。こんな格好、滅多にしないですし…………」
「安心しろ。私も似たようなものだ」
頬を紅潮させながらドレスの胸元を抑えるナナオに、気遣う様子で言うフィリス。
だが。
「そんなに堂々と着こなしておいて、どこが似たようなものなんですかぁー………」
そう言われてしまっては、フィリスも何も口にすることは出来ず、こちらも頬を染めて押し黙ってしまった。
「まあまあ。それに当然だろ、フィリスにドレスが似合うのは」
「き、キール………」
「はいはい、ご馳走様ですー………」
これ以上突っ込んで、進んで惚気にあてられるほどナナオも愚かではない。すぐに引き下がり、別の話題へ移した。
彼女の勘は正しく、もしここで未練たらしく同じ話題を続けていたら、延々と2人の惚気話を聞かせられるはめになっいただろうことは明白であった。
「それで、そのジェイクさんは今日はどうしたんです?」
「会社、だよ」
端的なキールの解答にナナオは、ああ、と悟ったように頷いた。
ELSとの戦いが終結した後、元ベガのクルーにおいて唯一軍を退役したのが、彼のジェイクその人だった。
軍を抜けた彼は、気ままに過ごしたいと事業を起こし―――――なんとそれが成功。
1企業の社長となった彼は、気ままに過ごすどころか、かえって忙しく方々を走り回っているという。
「大変ですねぇ、社長さんも………」
いただきます、と手を合わせて早速料理を口に運びながら、ナナオは漠然とそう呟いた。
以前のようなゲテモノ趣味な料理はない。ここ数年の内に、フィリスが全力をもって矯正した効果が、そこに存分に現れていた。
美味そうに至って普通の馳走を頬張りご満悦なナナオに、キールとフィリスは揃って笑った。
「革新出来たのも、あいつだけ随分遅かったしな。おかげで仲間内で一番老け顔だっていじけてたあいつを立ち直らせるのに、どれだけ苦労したか………」
「もう50年ですもんねぇ…………」
「月日が経つのは、長いものだな………」
しみじみと呟く一同。
あのELSとの決戦から、既に50年経過し、時は既に西暦2364年。
既にイノベイターの人口は全人類の40%以上に達しており、人類はいよいよその半数近くが、100年以上の時を生きることを可能としていた。
ELSとの接触が、人類の進化を助長したのだろうか。
それは定かではないが、いずれにせよ革新を果たすことの出来た彼らの肉体は、既に60年以上もの時を生きているにも関わらず、若々しい外見を保っていた。
イノベイターの寿命を旧人類に換算すれば、彼らの年齢はまだまだ30歳程度であるから、当然といえば当然かもしれないが。
「全く。こんな可愛い奥さんと子供置いて、あいつは今どこで何やってるのかねぇ………」
あいつ、というのは無論、ここにはいない彼らの先駆けのこと。
嘗ての戦いで、歪んでしまったあのELSを退けなければ完全なる対話はありえず、人類は滅んでいたかもしれない。
語り継がれてこそいない。しかしそれを思えば、彼は間違いなく英雄だった。
キールの言葉に、ナナオは顔を横に振って微笑む。
「いいんです。私、先輩と約束しましたから。だから………きっと帰ってきます」
「…………そうだな」
絶望的、とはあえて言わない。
何故ならキールも、信じているからだ。
彼がきっと―――――帰ってきてくれるのだということを。
「さ、辛気臭いのはここまでだ! 今日はじゃんじゃん食ってくれ!」
「あ、はい。いただきますぅー!」
並んだ料理は、彼女の稼ぎでは到底手が出ないようなものばかり。
僅かながら沈みそうになった気持ちを吹き飛ばしてくれる自身の食欲とキールの気遣いに感謝しつつ、ナナオは料理へと手を伸ばした。
☆★☆★☆★☆
「ぐふぅ………ちょ、ちょっと食べ過ぎたかもぉ……」
その帰路。
送っていくというグレイナル夫妻の申し出をやんわりと断って、夜の闇の中ナナオはバス停へと足を運んでいた。
星を見ながらゆっくりと歩きたい気分だったが故の判断であったが―――――今思えば、少し失敗だったかもしれない。
辺りはそれほどビル等の建物も少ない、閑静な場所。
彼女の住んでいる住宅街は、この田舎のバス停から乗ったバスに少し揺られた先にある。
辿り着いたが、思ったよりも早く着いたらしくまだバスは来ておらず、これ幸いとナナオはバス停のすぐ傍のベンチに腰掛けて一息ついた。
背もたれに身を任せれば、頭上には数え切れない程の星の海。
「うわー、綺麗………!」
田舎の綺麗な空気が、ビル街ではなかなか見られない光景を演出する。
ここ最近は彼女自身の仕事が忙しく、こうして夜空を見上げる余裕などなかったかもしれない。
はしゃぎながらナナオは、星の海に魅入っていた。
そしてふと、考える。
あの中のどこかに―――――愛する人はいるのだろうか?
そんなことをふと考えながら、それら1つ1つを目で追って―――――不意に、彼女の視界が涙に歪んだ。
「ぐす……ひっく………」
続いて嗚咽が堰を切ったように溢れ出す。
もう、星空を眺めていることなんて出来なかった。
本当は、キール達と一緒にいる時から辛かった。
辛いのを我慢して―――――あえて明るく振舞っていた。
あれほどまでに愛していた人を、50年も待つ苦しみは、思った以上に計り知れないものであった。
会いたい。今すぐ会って、思いっきり抱きしめたい。
―――――でも、あの人は今ここにはいない。
「どうして………私、ずっと……待っ、て…」
その事実が余計に彼女の胸を締め付け―――――とめどなく涙があふれ出た。
―――――そんな時だった。
「誰かを………待っていたのか?」
声に、ナナオははっと目を見開いて、涙も拭かぬまま声の方を見やった。
気づけば自分の隣には、先程まで誰もいなかったはずであるのに、男が1人座っていた。
「…………はい」
ナナオは驚愕しながらも、指で目尻にたまった涙を拭った。
「………大切な、人だったのか?」
「はい」
「そうか…………」
問いにしっかりと答えるナナオに、男はふっと口元に笑みを浮かべた。
今となっては珍しい、全身をすっぽりと覆うローブのような服に身を包み、頭にはフードがかかっていてそれ以上を伺うことは出来なかった。
けれど、対話を可能とする者に革新したナナオには解る。
彼は―――――あの人だと。
だから、拭った先から溢れてくる涙を、止める術など知らなかった。
「………俺は、旅をしていた」
少しの間沈黙が支配していた2人の間に、男の声が再び響く。
気づけばナナオは、男の言葉に聞き入っていた。
「永遠とも呼べる旅だった。数多の時空を超え、対話を果たし―――――悠久とも思える時と、どこまでも続く世界の中で、俺は知った。人とは、この大きな宇宙に比べれば、ちっぽけな生き物だ。だが、そのちっぽけな中でもこうして解り合い、共に助け合うことが出来る生き物なのだと」
男の言葉に、ナナオは涙を振り切って―――――笑った。
「そうですね」
頷き、男の手を取る。
男は既に、自分の生きる意味を見出したのだろう。
だからこそあそこまで、温かさに満ちた笑みを見せてくれるのだと、ナナオは確信≠オていた。
「共に………未来を生きてくれるか?」
「…………はい」
始まりは、過酷だった。
残酷な運命に打ちのめされそうになりながら―――――しかしそれでも彼らは今、こうして生きている。
今を見つけ、過去を認めた。
「でも、今はこう言わせてくださいね」
そして、今を生きるその先に―――――。
「………お帰りなさいっ!」
明日≠、見つけた―――――。
Fin.
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