■ EXIT
ミシェイルの野望 第01話 「変革」


「やむを得んだろう。タイミングずれの和平工作がなんになるか?」

「死なすことはありませんでしたな、総帥」

宇宙要塞ア・バオア・クーの中心に作られた司令部の中でキシリアは冷たく言い放つと、長兄ギレンに向けて銃を構えた。 その瞳は父王を殺された怒りが込められていたのだ。優れた政治力を有するギレンであったが、余りにも人間性を無視した陰謀や政策は身内からも見放されてしまった。

「ふん、冗談はよせキシリア…」

「意外と兄上も甘いようで…」

キシリアの銃が火を吹くと、ギレンの意識が暗転した。

優れた政治能力を有していたギレン・ザビであったが、人の命、しかも身内の生命ですら軽視しすぎた故に、妹の手によって命を絶たれる事となった。










「ミシェイル様、ミシェイル様、大丈夫ですか!」

「・・・・・・ああ、問題ない」

傍に控えていた侍女が心配そうに声を掛けてきた。
ミシェイル? 私のことか?
激しい頭痛がするな、むぅ…思考が上手くまとまらん。 しかし私の名前はギレ……違う名前だった様な気がするが、思い出せない。 それより、ここは何処だ!

「とにかく冷たい水を頼む」

侍女から水を受け取ると一息つく。 どうやら昼上がりの時間帯らしく、窓からは蝉の鳴き声と共に 暖かい日差しが差し込んでくる。 猛暑を乗り切る工夫を凝らされた石造りの城特有の涼しげな風が肌に気持ちよく当たる。意識の覚醒と共に、徐々に頭の中が鮮明になっていく。

「では私はミネルバ様にお伝えしてきます」

ミシェイルに水を渡した侍女は、城内に居るミネルバ王女に知らせるために寝室から退出した。

ああ、ここはマケドニア王城か……

そうだ、私は アカネイア大陸南西部、ドルーアの南に位置する マケドニア王国の王位継承権第一位ミシェイル総帥、 ちがう、ミシェイル王子だったな………

王子は前日の落馬によって意識を失い、その時に何者かの意識の残光が憑依 したのだが、ミシェイルとの記憶が交じり合い、憑依者の意識の大部分 は消え去ってしまった。

しかし、幾つかの知識・・・憑依者だった人物が生前、日頃から深く関わっていた戦略分野という知識は経験則という領域まで昇華しており消えることは無かった。その宝石ともいえる知識がミシェイルの人生に変化を及ぼし始めていく・・・

「なんだ…この発想は!! 怪我の功名と言うべきなのか!
 はは…最高の贈り物じゃないか!!!
 はーはっはっはっはっ!!!!」

奔流ともいえる知識が灰色の脳細胞に流れ込んできたのだ。
暗雲が晴れたような爽快な笑い声で、王子はしばらく笑い続けた。

マケドニア王国は ミシェイル王子15歳の誕生日のこの日を境にして、新しい国家構想に向けて突き進んでいく事になる。









「兄上! お目覚めになったのですか!」

情熱的な赤い髪に美しく整った顔立ちのした若い女性が嬉しそうに声を上げて、 突撃兵のような勢いでベットの上で上半身を起こしていたミシェイルに抱きついてきた。

ミシェイルと1歳年の離れた 美しい妹の表情には泣きつくした後があった。愛おしく感じたミシェイルはそっと優しく、宝物を包むように抱き返した。

「兄上…兄上ぇ…心配しました……心配したんで…す…よ…」

「すまぬ…」

両手をミシェイルの背中に回し、泣きじゃくるミネルバは普段の凛々しく生命力溢れる彼女からは想像できない姿であろう。

冷静さを失う程にミシェイルを心配していたのだ。

ミシェイルは愛おしそうにミネルバの背中をあやす様にやさしく撫でる。
ああ、我が妹か…ふむ、なんだか何時もより若くて美しく見えるような気がする妹に戸惑う。

ミシェイルの脳裏に一瞬、妹という単語と共に 面妖な兜と趣味の悪い服と一体化している変なマスクを顔に纏うという、センスを疑ってしまう妙な格好をした全く別人のような妹が思い浮かんだのだ。

はっきり言って暗黒司祭が普通に見えるぐらいに不気味な格好であり、その姿で1個小隊の兵士の動きを止める事が出来るであろう。

このミネルバがそんなセンスの欠片もない怪しい格好をする訳がないと、疲労から来た悪質な妄想としてミシェイルは頭の中から光の速さで振り払った。そして、妹を冒涜するような妄想が沸いたことに心の中で謝った。

「ああ、キシリ…ではない、ミネルバか…
 先ほど意識を取り戻した。心配を掛けたな…」

冷静を装っていたが、先ほどの面妖な妄想に続いて、名前を間違えそうになったことに内心驚いていた。 愛すべき妹の名前を間違える事などあってはならない。

強い家族愛を持つミシェイルは再び心の中で詫び、今度プレゼントでも買って詫びようと誓うと、すぐさま精神を立て直した。

普段から冷静な心構えを心がけていた事が幸いしたのだ。

ミネルバは抱きついたまま、ミシェイルの耳元で呟くように、心配したんですよと、小さく応える。それからミネルバは、しばらくの間、小さな嗚咽を繰り返しながら無言でミシェイルに体重を預けていた。

神話の出来事のような美しさを醸し出しながら静かに時が流れる。

時間が流れて、ようやく落ち着いたのか、ミネルバはミシェイルから離れてベットの近くの椅子に座り直した。

ミシェイルは一瞬だが、妹を家族としてではなく異性として感じてしまい内心緊張していた。 これは知識継承の影響で、深層心理の中でキシリアという情報が加わったために、 認識に関して今までとは違う解釈が入っていたのだ。

つまり、ミネルバに対しては愛する妹という要素はキシリアという見知らぬ存在と均等に分けられ半減したのだ。しかもミネルバに対する愛情だけは変わらぬ厄介なものだ。前より増した冷静さが自分の変化を見逃さなかったのだ。女として意識してしまった事をなんとか妹に心情を悟られずに済んだミシェイルは話題をそらすために、父王に関して質問をした。

「それより父王は?」

「何事も無ければ来月にはアカネイア聖王国から戻られる筈です」

「そうか…」

となると私は1日ほど気を失っていたのか…
しかし怪我の功名というべきか、意識を取り戻してから画期的ともいえる 構想が次々と湧き上がってくる。この構想ならば朝貢国民を虐げるあの 盟主気取りの国を御することも可能になるな。

ミシェイルの心は晴れ渡っていた。

ミシェイルの反感は過去の栄光と国力を傘にアカネイア聖王国から高圧的な扱いを受けている近隣諸国では当然の嫌悪感情であった。例外があるとすればアカネイア聖王国に忠実なアリティア王国位であろう。

「さっそく、政務に戻るとする」

「いけません、まだ安静にしていなければ……」

ミネルバ第一王女は最後まで言い切れなかった。ミシェイルの力強い言葉と 今までに感じたことのない強烈なカリスマを感じ取ったからだ。

「マケドニアには時間がないのだ。
 真の独立を勝ち取るために国力増強に取り掛からねばならぬ」

「真の独立……?」

「そうだ、マケドニアは新たな局面へと向かいつつある!
 いかなる局面へか!?
 それは有史以来の偉大な発展への局面である!!」

ミネルバはその言葉を受けたとき、猛烈な熱風を浴びたような感覚に陥った。
頭の先からつま先まで電撃のような衝撃が走る。天地がひっくり返る衝撃と言っても良いであろう。

ミシェイルの精神の根幹には元来からの強い情熱と愛国心、それを支える強靭な精神に加えて、 求心力ともいえるような驚異的なカリスマ性が備わったのだ。元々、幼い頃から共に武芸、学問に勤しみ、夢を語り合うくらいミシェイルを一途に慕っていたミネルバでは、その魅力から逃れるのは到底無理な話だった。

変革を遂げたのは精神だけではない。思考においても優れた合理主義が芽生えたのだ。 その根幹は腐敗政治を嫌い、生まれではなく能力によって選ばれたエリートによるノブレス・オブリージュ(高貴な義務)を望んだ。エリートは血統で選ばれるのではない。有能な人物がエリートとなりうるのだ。彼の構想にはマムクートも平等に扱い、なおかつ有能ならば政治中枢にすら据え置くことも視野に入っていた。既に成人を迎えていたミシェイルはマケドニア竜騎士団長という権限の他に、将来王国を継ぐために政務に関してもそれなりの権限を与えられていた。

「あ・・・兄上!?」

「早速だが学問所の設置と知識層の登用を開始するぞ。 知恵と技術は経済力の要になる。ああ、資金に関しては宝物庫の財宝で補えばいい。 しかし、宝物で補うにしても早晩限界が来るな・・・となると必要なのは国力増強か・・・」

「宝物庫を勝手に空けては父上のお怒りを買います!」

「かまわん、後で説明するさ。
 時間は金では買えぬし、それに永遠に手放すわけではない。
 後に買い戻せば良いだけだ」

ミネルバ王女は強く引き止める事は出来なかった。
彼女は兄ミシェイルの迫力に飲まれており、鋭くも包み込むようなミシェイルの魅力の虜になっていた。

そしてミネルバは、この兄ならば間違いなく父王を説得し、 マケドニアをより良い方向へと導くと確信した。

何よりこの力強いカリスマを放つ、愛すべき兄の動かす国というものを心底から見てみたいと思ったのだ。

「ミネルバよ…私を手助けして欲しい」

兄ミシェイルから優雅に差し伸べられた手を拒むことは出来なかった。 この瞬間、ミシェイルはミネルバ王女という強力な同志を手に入れたのだ。

「わっ、判りました」

見惚れてしまったミネルバは初々しい乙女のように顔を赤らめてしまった。
それ程に、ミシェイルの表情は凛々しく知的で、女を刺激するほどに猛々しかったのだ。これはアイオテの再来といわれる英雄ミシェイルが動き出した瞬間でもあり、 後世の歴史家は「皇帝への目覚め」として大きく書かれる重要な場面でもあった。

総合国力で卓越している相手に、どのような軍事力で挑んでも最終的には敗北する事を経験則とも言えるような領域で知り尽くしていたミシェイルは、同じような国民感情を有するグルニア王国との経済的な強化を図り、総合的な国力向上で自立を図る青写真を浮かべていた。

この直接対立を行わない、この方法ならアカネイア王国に従順な父王オズモンドであっても反対 しないとミシェイルは判断していた。自国の発展を望まない王は居ない。

早速、寝巻きから着替えたミシェイルは、一瞬たりとも時間を無駄にしないつもりだった。 頭に思い浮んだ画期的なアイディアを纏めるために、派手さは無いが丁寧に作られた品位の高い調度品に囲まれた執務室の椅子に腰を下す。ペンを手にとって羊用紙に概要を書いていく。

基本案を纏めなければ計画は移しようも無い。
そのため父王を説得できる内容を示した計画書の準備も必要だった。

暫くしてミネルバが執務室に入って来ると、ミシェイルはソファーに座るように進め 、再び考えに没頭していく。

「特産品の飛竜と天馬か…
 国家安全保障上から、これ以上の輸出は出来ないな……
 そうなると資金調達の為に新たに利回りの良い産業を興す必要があるな。
 経済発展に必要なのは情報、食料、燃料、金融、水資源、鉄鉱石、希少資源…」

ミシェイルは案を練る。

情報は国家偵察局を設立して集め、足りない部分は密偵で補う。
食料は農地拡大と新種開発で対処する。

燃料に関しては豊かな森資源を生かした木炭燃料の開発、
石炭から燃料コークスの開発を行って効率化を進めていく。

水資源に関しては山地の森の保護と用水路の充実でカバーする。
他の資源に関しては探索部門の設立によって対応する事にした。

「後はこれらを問題なく運べる通商路の維持か…
 恒久的な山賊や海賊の討伐は不可欠だな。
 しかし、一度にやるのは資金と人材面から不可能だから、
 出来る事から順次取り掛かって行くとするか」

今後の予定を要約して羊用紙に記入を終えたミシェイルは、今後の計画において基本となる情報に関して、進めるべく室内に居るミネルバに問いかけた。

「ミネルバ、俺は情報の入手が国家の運命を左右すると思っている。
 そこで、国家偵察局を作ろうと考えている」

「国家偵察局ですか…?」

「ああ、白騎士団の中から偵察力と分析力に長けた人員を偵察専用の兵員として確保したい。時として情報は如何なる大軍にも勝る力となる。大事な点は正しい情報を持ち帰ることだ。これらの偵察や情報収集を専門的に行う組織の人員の選別は……ミネルバ、お前に任せたい」

ミシェイルは基本的な仕様をミネルバに伝えたのだが、その内容は天才とい表現では収まりきらないほどに、この時代水準の遥かに超えていた。 まず、第一に飛び道具の射程外からの高高度偵察に専念させた。これは簡単に育成できない天馬乗りを、天敵である飛び道具からの脅威から救ったのだ。

第二に偵察内容を戦争だけでなく「治安監視」「災害状況」「地形状況」「通商路哨戒」「要衝偵察」と戦争だけに留めず、全般の偵察として偵察任務専属とした点である。

第三に、学者などの知識層を集めた情報分析の機関を専門に設け、専門的な分析を行うことだ。これは軍事だけでなく政治や経済においてマケドニアの大きな力を発揮していく。

後に行われる長距離間の戦略偵察や哨戒活動においては、 ペガサスナイトと魔道士が天馬に一緒に騎乗し、携帯水晶と暗号符丁を用いたリアルタイムでの総司令部との長距離念話すら実用化していくのだ。 マケドニア各地に念話通信中継所の設置がこの困難ともいえる長距離通信を可能にし、 この情報革命と言うべき画期的な取り組みによってマケドニア国は国内の 山賊・災害対応のみならず、他国の凶作や紛争 ですらもいち早く察知出来るようになり、証書為替による交易や安定した治安がもたらす 市場価値によって膨大な利益をもたらしていく事になる。

ミシェイルから大まかな内容を伝えられたミネルバは兄の考えの素晴らしさに驚き、実現に向けて協力しようと決意した。

「確かにそれは有効ですね…
 それと、兄上、誕生日おめでとうございます」

ミネルバは笑顔満面であった。 兄の回復、将来へに期待、二つの喜びがミネルバの笑みに 深い魅力を与えていたのだ。 ミシェイルとミネルバの二人は時間が流れるのを忘れ、夕食になるまで方針について話し合った。

この日を境にマケドニアの雄飛と呼ばれる大躍進が始まろうとしていた。
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【あとがき】

2008年12月2日、Arcadia上からの撤退に伴って自サイトへと移行。


【主要メンバー状態】
ミシェイルは天才的な閃きを手に入れました。
ミシェイルはミネルバに特別な感情を持ちましt(誤字にあらず)
ミネルバのブラコンは限界値に達しましたw
次の話
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