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建国戦記 第19話 『蟹江訓練所 前編』


1540年8月23日

吉法師が住む勝幡城と扶桑連邦領事館までには10.5kmの距離がある。勝幡城城下町と領事館を結ぶ最短交通路は小さな村々が点在する地域であったが、双方を結ぶ道には少なからず人々の往来が増していた。その理由は吉法師が勝家を伴って扶桑領事館に助力を求めに行った結果である。要約すると扶桑連邦が租借した土地の端に吉法師が勝家が進める工兵部隊の訓練用に使われる施設の建設が始まっていたからだ。建設資材は扶桑連邦が用意していたが、訓練に必要でかつ尾張でも調達できるものは勝幡城の城下町から購入してる。扶桑連邦の通貨は貴重品を購入するのに使えると周知されていたので、商人たちはこぞって物資の売却に応じていた。

儲け話が生まれれば人の往来も増すのは古今東西の共通の例といえるだろう。

吉法師と勝家は当初は訓練教官の派遣と僅かながらの物資を希望していたに過ぎなかったが、扶桑連邦側の返答は斜め上の反応を示したのだ。

訓練教官の派遣は当然ながら、100人ほどの人員を長期運用可能な物資、訓練基地の建設、加えて必要な資金の貸付である。ただし、訓練基地は須賀湾岸基地のような大規模ものではなく小規模である。無論、吉法師らが望む訓練を行う場所としては十分な機能を有していた。

しかも、訓練基地は扶桑連邦が租借した土地の中で作られるので、他領の人間や吉法師や勝家が望まない織田家家臣が干渉しようにも、扶桑連邦の租借地という事実が吉法師や勝家にとって有益な防壁になるのが最大の特徴と言えるだろう。

扶桑連邦がこのような熱意をもって訓練に対する支援を進めた背景は、織田家に逸早く躍進してほしい扶桑連邦側の思惑と、織田家の将来を担う吉法師の支持・権力基盤になる組織を作りたかった思惑も大きい。また資金の貸付といっても、極超低金利のものなので1000年借りても1%しか増えない将来確実に返済できるものだったし、建設資材は新品であったが廃棄流用の名目で低価格となっていたし、建設を担当する人件費も連邦軍工兵隊による訓練として処理しており殆ど費用を発生させていなかった。

  この38式拠点構築資材を用いて建設が進む訓練基地の名称は蟹江訓練所という。

蟹江訓練所は大名の城のような飾り付けや煌びやかさは無かったが、施設の機能に関しては連邦軍を除けば最も優れているものだった。要約すれば電子機械はなかったが、電気関連などの基本的な近代的設備は有しているものだ。

この訓練所建設に投入された連邦軍工兵隊は1個分隊に留まっていたが、機械力が桁違いに高い彼らにかかっては建設が始まって2日目の今現在ともなれば8割がたの建設を終えており、工兵の訓練に必要な機能は有していた。蟹江訓練所は野戦基地としての防御力はもちろん、防御施設(警備兵は例外)も有していない純然たる訓練基地である。

そして、この蟹江訓練所の正門前に、これまでに吉法師によって捨扶持で集められた武士や土豪の二男や三男からなる42人からなる少年達が、建設中の蟹江訓練所に集められていた。基地が本格稼動していないので守衛は居ない。

時刻は昼前になる12時だろうか。
晴天そのものの青空が太陽の光を遮ることなく照らす。

彼らはぼろ姿であったが実家での飼い殺しの人生から抜け出そうと足掻く者たちであっただけに、機会があれば登り上げようとする心意気からか、目つきは鋭い者たちが多い。そのような彼らも、この場では戸惑いの表情をした者ばかりだった。後に前田利家として活躍する前田犬千代も、これらの面々に含まれている。視線の先には作業を進める工兵隊の姿がちらほら見られた。

「彼らは最近噂になっている扶桑連邦と呼ばれる人々らしいが…
 吉法師様は我々をこのような場所に集めて何をするつもりなんだろうか?」

犬千代が戸惑いを隠すことなく、素直に疑問を口に出す。

特別な催しを行うという名目で吉法師によって集められている。吉法師と勝家の目論見は二つあった。一つ目は、工兵に向けた訓練を行う前に建設作業中の工兵の姿を見せて、武士とは違う方向性を見せ付ける思惑だ。無論、工兵の真価を知らない彼らが工事の効率を見ただけで納得するとは思っておらず、それに対しても対処方法が計画もある。

そのような中、コンクリートと生分解性繊維材から構成された正門が開くと、
吉法師と勝家が見慣れぬ2名の連れを引き連れて門から出てきた。

「全員、傾聴せよ」

吉法師の言葉に全員が私語を止めて言葉を待つ。意外だろうが無法に見える吉法師はルール違反や命令不服従、そして怠惰な態度には厳しい対応を行う。史実に於いても己が課した決まりを破った者には厳しい対応をしている。それらを経験的に学んでいた彼ららしい反応だろう。

「お前たちは本日より、我々が指定する使役を行ってもらう為に
 この地に住み込んでもらう。
 無論、1日5文の給与支給を約束する。
 異議があるものは直ちにこの場を去れ」

吉法師に続いて勝家が言葉を放つ。

当然ながら誰一人としてこの場を去るものは居ない。吉法師を怒らせたくない気持ちもあったが、これまでの捨扶持とは違った破格の条件に全員の目の色が変わっていたのだ。機会を逃さないとする意思が感じられる。扶桑連邦軍の兵士が得ている日当40文からすれば小さな額だったが、収入の当てが出来るのは大きかった。

ただし、支払われる通貨は扶桑通貨ではない、この地で集めた鐚銭である。扶桑通貨ではなく鐚銭を使うのは、扶桑連邦ではなく吉法師や勝家が主導する計画と内外に知らせる意味が大きい。鐚銭であっても、彼らは給与分の換金は可能になっているので貨幣価値は損なわれていないのだ。

使役と言っても実際は戦闘工兵に至るに必要な訓練である。捨扶持で使えるような人材に具体的な金銭報酬を示すには理由がある。大きな理由としては、まず長期間拘束の根拠として、住み込みによって情報の秘匿を図る事と、辛い訓練に対しても継続の意欲を保たせることだろう。

「よろしい。
 先ほど勝家は使役と言ったが、編成を目指す部隊の訓練と思え。
 成果を出した者には給与増額を約束する。
 全員、励めよ!」

吉法師の言葉に歓声が上がった。給与の増額示唆だけでなく仕官の可能性すら示されたのだ。この中でこれに喜ばない者は誰一人として居ないだろう。吉法師の言葉が終えると隣に控えていた準高度AIの霧島リョウコが前に出た。彼女は訓練教官の一人である。勝家はリョウコの実力を訓練や実戦を見て十分に理解していたので不満は無い。吉法師は実力主義を貫く連邦軍の現役士官という説明を勝家から受けており、それだけで納得していた。結果が出なければ交代を希望すればよいと割り切っていたのだが、その心配は杞憂に終わることになる。

「あなた達の訓練教官の一人を務める霧島リョウコ少尉です」

リョウコの言葉に続いて25歳か26歳のだと思われる180センチほどの身長を有するだろうか背が高い男性が歩み出た。彼は真田信孝(さなだ のぶたか)という名を与えられた自立型戦術人型ユニット4型の改良型であり、指令機としてアップグレードされた存在だ。吉法師への連絡員と護衛を兼ねたユニットであるので、真田の養子という立ち位置で戸籍を得ている特殊機だった。また国防軍に於ける階級は現在は大尉である。容姿は知的な感じと余裕ある雰囲気が感じられるが同時に歴戦の兵士らしい威圧感も感じられる。只ならぬ雰囲気から吉法師率いる悪がき共の中から息を呑む者が多数出たぐらいだ。

「俺は真田信孝という。
 階級は大尉だ。
 訓練は厳しいものだが、
 遣り遂げた暁には近隣諸国最強の戦闘工兵になると約束しようぞ」

彼が醸し出す重厚な威圧感と低い声に萎縮する者も居たが、多くは戦闘工兵という聴きなれない言葉に困惑する。それに対してリョウコは彼らの不安を汲み取って分かり易く丁寧に説明する。信孝は戦闘特化型なので訓練、戦闘、恫喝は得意だったが人との意思疎通は平凡そのものだ。故にリョウコの存在は人間関係に於いて良い潤滑油になっていた。リョウコが説明を重視したのは、戦闘工兵という職種が、この時代の土木作業を行う者達である黒鍬(くろくわ)と勘違いされてしまうのを防ぐ意味がある。

戦で武勲を立てて伸し上がろうと心を奮い立たせている者に誤解を抱かせては意欲低下に繋がってしまうだろう。故にリョウコは疑問を解くのは最優先事項と判断していた。彼らは説明を聞くにつれて戦闘の主眼とした戦闘に必要な陣地の建設から、支援戦闘、そこに特殊任務などを行う部隊編成に向けた訓練を聞いて安堵する。階級の説明は追々、座学で教育するのでこの場では説明は行わない。

「腹が減っては何事も出来ぬ。
 まずは昼食を振舞うので付いてこい」

勝家がそう言うと吉法師ら4人は門の中へと入っていく。慌てて着いていく彼らは正門を通過して暫くして、複雑で食欲をそそる様な匂いが満ちていくのだ。スパイスやハーブらの香りに接したことが無い彼らであったが、それでも食欲をそそる好ましい匂いだという事は理解できた。

そして、本日は太陽暦だと金曜日だ。

金曜日は扶桑連邦軍の食堂ではカレーがメニューとして振舞われる日だった。昼食か夕食かはその日の任務状況によって変わる。ともあれ、扶桑連邦軍からの物資で訓練を行う蟹江訓練所でも同じだった。ここに二つ目の思惑があったのだ。カレー好きな勝家と、カレーの存在を噂に聞いて楽しみにしていた吉法師によるカレーを食する機会を得るためだった。無論、自分たちだけでなく、訓練を受ける彼らにもカレーを食べさせ、カレーの素晴らしさを持って訓練意欲に繋げたい目論見もあるのだが、多少なりとも私欲が混じっているが、そこは扶桑側は見て見ぬ振りをしている。

「順に並んで食事を受け取ってください」

リョウコの言葉に少年達は匂いによって主張を始めた食欲に後押しを受けるように並び始めた。食堂はまだ始動していないので野外で50人分の調理・炊事を行う野外炊具4号によって調理が行われていた。調理を行ったのは連邦軍需品科の兵士だ。また、吉法師、勝家 、リョウコ、信孝らには当然ながら配膳役が付く。

並んだ彼らには、それぞれ同じ料理が渡されていった。手渡された一枚の皿プレートには彼らが始めて目にするカレーが乗っている。6つに区分けされた皿プレートの手前になる中央下側には白米とカレー、右側には鳥のから揚げ、左側にはみかんの切れ端が載り、右上にはデザートのカステラと中央上には野菜のサラダがあった。左上は豆腐とわかめの味噌汁が入ったお椀が載っている。知らない食べ物ばかりが多かったが、直感的に美味しい食べ物だと分かってしまう。

「こ、これは!」

始めてカレーを見た犬千代は驚く。
奇しくも犬千代はかつてカレーを始めて見た勝家と同じような反応を示す。

――なんだこれは!?
炒めた味噌ではないな、何か分からぬ物だが、
異様なまでに食欲が刺激される――

その様子を見たリョウコが不安を払拭させるために、
カレーという食事である事を分かり易く説明した。

食事を配った近くには、全員分の普通の椅子と会議用テーブルが用意されており、少年達はそこへと案内される。椅子に座る習慣はなかったが、吉法師らが座るのを見て進められるままに畳床机のような感覚で皆が椅子に座っていく。全員が席に着いたのを確認すると、リョウコによるスプーンの使い方を大雑把な説明が行われ、最後に吉法師の音頭で食事が始まった。

犬千代は他の少年達と同じように未知の食事に対して食欲に押されつつも、恐る恐るスプーンを手に取って口へと運び込む。結論から言えば、吉法師を初めとした本日カレーを始めて食べた者たちは、その味の虜となったのだ。この日を境に後に黒母衣小隊、赤母衣小隊と呼ばれるようになる吉法師の勢力基盤の一つとなる精鋭集団が産声を上げる事になる。
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【あとがき】
久しぶりに更新しました。
あの時代の一般的な時刻は季節によって変動するので、今後は太陽暦で統一していきます。 そして後編は恐怖の訓練が始まりますw

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(2020年03月29日)
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