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建国戦記 第18話 『勝家の報告書 後編』


勝家は信秀から吉法師の下で工兵隊編成を進めていく役目を受けると、自領の下社村へ一旦戻るが、最低限の指示を下してから早馬で勝幡城へと向かう。信秀からはしばらくの猶予を与えられていたが、勝家はなによりも工兵編成を優先して始めようと動いたのだ。理由は簡単である。扶桑連邦で進んだ物事を見てきた勝家にとっては、工兵の育成が簡単に達成できるようなものではないと理解していたからだ。試行錯誤を行う余裕を獲られるように、少しでも早く始めておきたかったのが本音である。

勝家は下社村から出た翌日には、勝幡城で吉法師に拝謁を行っていた。ただし、重要な情報が含まれているので、拝謁は隠し事が難しい大広間ではなく話は上段の間付きの書院で行われている。

そして信秀からの書状を目にした吉法師は珍しく驚いた様子を見せていた。吉法師は惣領に備えての経験を積むために、この勝幡城で色々な経験を積み始めていたが、それは既存のものの延長に過ぎず、工兵隊編成のような新規案件は始めてである。俄然、吉法師はやる気の高さから気持も高ぶってくるものだ。

――父上からの直々の案件!
しかも書状には工兵として機能するなら方法這わないと書かれている。
期待されている…これは失敗は出来ない――

このように覚悟とやる気を固めた吉法師だが、実際のところそれなりの勝算がある。まず、新しい物好きの吉法師は扶桑連邦領事館で彼らの扶桑式軍備の情報を可能な限り入手していた過程で工兵、整備兵のような後方支援の兵員の存在も大雑把にながらも知っていた事だろう。吉法師は独自の嗅覚と言うべきか、直ぐに有用性に気がつき、予算と権限が得られたときに編成を進めようと考えていた。

その上で吉法師は疑問点を瞬時に纏める。

「勝家よ。
 書状には工兵の編成とあるが、
 工兵に必要な技能、訓練に必要な教本、工兵で使う資材の充てはどうなるのだ?」

尊大かつぶっきらぼうな言い様だったが、勝家は自分より遥かに年下の吉法師が物事を始めるに必要な要点を瞬時に導き出したことに驚きを隠せなかった。風評とは違い、吉法師は優れた人物なのではないかと考えるようになる。少なくとも頭の回転は並みの大人より速い。勝家が驚くのも当然だろう。書状には最低限のことしか書かれて居なかったのだ。信秀は吉法師が書状に書かれた必要最低限の情報で勝家にどのような質問を行うかを図ることも命じられている。

結果は及第点どころか、満点といってよいだろう。
勝家は内心の驚きを隠しながら信秀から伝えられていたことを話し出す。

「人員などの準備が整い次第、
 扶桑連邦領事館に力添を願い出ましょう。
 無論、彼らの協力が得られなければ独力で進めていきます」

勝家は観戦武官のときに必要な情報を入手していったが、機材に関しては扶桑連邦から購入しなければ、編成に必要な時間が大きく増えていく事になると理解していた。方位磁針、軍事三角形分度器、軍事直角定規などの自力生産は急いでも10年単位は出るだろう。友好の証として勝家は連邦軍から軍用腕時計を受け取っていたが。それの自力生産となると100年で出来るかも疑わしい。故に頭を下げてでもお願いすることが最上だと理解していたのだ。

「お前は工兵を直に見てきたのだな。
 俺はこれからの戦いに不可欠なものになると思っている。
 迅速で堅牢な架橋工事や正確な測量を行う専門集団は、
 戦場以外でも万金の価値があるぞ」

勝家は吉法師の言葉に心の底から同意を示す。そして工兵の利用価値を見抜いている事実に、吉法師が将来の惣領であることが急に頼もしく思えてきた。これまでの風評は当てにならぬと考えを改めつつ、遥か先のものと思えていた軍備扶桑化への道筋に光明が差した瞬間のような気分にすらなった。

「若様、まずは扶桑連邦領事館に行く前に、
 まずは人員を整えなければなりません」

「それについては当てがある。
 政治的な面倒も存在しない丁度良い面子だぞ」

吉法師は徴用のように嫌々従事するものではなく、また家柄ではなく戦争仕様の必死で動く人員からなる人員を集める心算である。要約するなら人的資源は吉法師の面識がありつつ、政治的な要素が発生しない、家を継げない悪ガキ仲間と言うべき武士の二男や三男などの確実に飼い殺しの未来しか残っていない人員を当てていく。信秀たちが率先して行えば、家乗っ取りの下準備等の流言に利用されるだろうが、既に吉法師と関係を持っていた二男や三男ならば、政敵も遊びの延長として認識するだろう。例え政敵が流言として活用しようにも、吉法師に付けられた惣領に相応しくない"うつけ"という悪名によって、流言として活用し辛い面もある。無論、政敵の筆頭は主君であるが対立姿勢を見せ始めた織田信友を始めとした彼らの関係者だ。

対立は公然の秘密であるが、これは当然の流れだった。

配下でありながら主君を上回る力を持つなど、大多数の君主からすれば面白くないもである。感情論を除いても、下克上の危険を常に感じるだろうし、機会が来れば排除されるものだと思ってしまう。君主が危険視しなくても、その側近が危険と思ってしまい、結果としてそれが対立の要素になってしまうものだ。これは日本のみならず世界においても多くの例に当てはまる対立の原因と言えるだろう。

また、吉法師の弟であり礼儀正しい勘十郎こそが惣領に相応しいと信友側は悟られないように流言を広めつつあり、それによって織田家の一番家老である林秀貞(はやし ひでさだ)なども勘十郎こそが嫡男に相応しいのではないかと心が揺らぐようになっていたのだ。これは流言だけでなく、吉法師の奇行も少なくない原因があったが。それに殿と違って幸か不幸か、政敵から侮られている若ならば不要な警戒心を持たれにくいと勝家は前向きに捉えていた。

このような理由もあったので工兵編成に関しては政秀は表立って動かず裏方に徹する予定だ。それに政秀まで表立って動けば吉法師の評価として見られなくなってしまうだろう。

ともあれ、吉法師から説明を受けた勝家は妙案だと思い同意を示す。

吉法師の方でも定期的に勝幡城で合戦ごっこを行っている面々を採用しようとしている案に反対しない勝家に興味が沸く。

「勝家は俺が行っている合戦ごっこは知っているはずだ。
 彼らを使うことに反対せぬのか?」

吉法師は勝幡城の近くで武士や土豪の二男や三男の中で、見所のあるものを集めて捨扶持で自分の遊びにつき合わせていた。将来の馬廻衆にする目的もあったので、遊びといっても懈怠のような行いは一切許さない激しいものだ。特に吉法師が行っている合戦ごっこは、遊びとはいえ能力及び実績を前面に押し出した怪我が絶えない激しいものである。

「私は連邦軍で農民出身でありながらも、
 熱心でかつ有能に動くものを見てまいりました。
 家柄ではなく個人の資質と意欲こそが、軍の精鋭化に必要だと思います」

――こいつはこれまでの頭が固い家臣団とは違う。
扶桑連邦に触れた結果なのか、先天的なものかは判らぬが、
どちらにしても良い拾い物になりそうだ――

吉法師は勝家の返答に満足げに同意すると同時への勝家の評価が大きく上がった。具体的には、今の評価水準が続けは自分が惣領になったときに、優遇するべき人物として覚える。

また、吉法師も遊びであったが合戦ごっこ等を通じて意欲と資質に関しては、家柄は当てにならないと学んでいたのだ。もっとも家柄が高ければ作法や教育に触れられる機会もそれに応じて充実していくので取次(外交を担当する役職)のような文官に関しては別であったが。

「工兵編成は名称から訓練方式も扶桑式軍備で進めたいと思いますが、
 どうでしょうか?」

この時代にも工兵に近い黒鍬という集団があったが、その名称を使わずに勝家が工兵という名称から扶桑式で進めようとしたのは、後の軍備改革の前例にするためだった。ただし、戦闘工兵と建設工兵をひとまとめにしたものにする。今の織田家には建設工兵というよりも戦闘工兵の性質が強いものになっていく。

「なるほど、改革の前例として残すのか」

「御意」

吉法師は勝家の意図を理解する。前例と言うものは、覆すのは難しいが踏襲するのは容易だった。良き前例ならば次の改革を行うときの財産になる。「前回も行ったので、次も行えるでしょう」と保守層への説得にもなるだろう。ただし、吉法師達が目指すような近代的な工兵のような高度な技術集団は、このような時代の勢力では数を揃えるのが難しい。結果として織田軍では従来の黒鍬を運用しつつ、工兵はそれの上位部隊として扱うようになっていくのだ。

ただし、数を揃えられない事情は吉法師にとって良い面として働くことになる。
工兵は吉法師の勢力を支える重要な存在として成長していく事になるのだ。

勝家の吉法師に対する評価は、今日の一件で優れた資質を有する殿の嫡男として見る様になった。結果として勝家は将来に於いて史実では信長と対立した勘十郎(信行)側ではなく、最初から信長側の配下として行動する事になる。

このように信秀が黒鍬と比べて、高度な専門知識と専用の機材を必要とする工兵をこの段階で熱望するのは理由があった。戦争での築城や行軍時の支援だけでなく内政にも有効な点だけでなく、領内や戦地での正確な測量の必要性、各所の治水工事、老朽化した橋の修理に新たな架橋工事、行うべき事は山済みになっている問題もあったからだ。扶桑連邦で有効性を教えられ、その道筋が判ったならば合理的な信秀ならば編成に向けて進むのは当然の流れと言えるだろう。こうして、吉法師と勝家は情勢と必要性から織田家如いては弾正忠家の発展と、吉法師の政治的得点の確保、そして内患外憂の模様を見せてきたな対立に備えるべく軍備強化の一環として工兵の編成が勝家の報告書が切欠で始められる事になるのだ。
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【あとがき】
織田家に於いて工兵の編成が始まろうとしています。
軍の近代化を見据えるなら工兵編成は必須とも言えるでしょう。 また

意見、ご感想を心よりお待ちしております。

(2019年05月12日)
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