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建国戦記 第07話 『接触 中編』


法務官の今村が直幸を始めとした織田側の交渉をその日の内に纏め終えて、扶桑連邦は飛鳥の津島湊への停泊と、使節団の上陸許可を勝ち取っていた。お昼になるころには完全な上陸はまだ許されていないが、高野とさゆり、そして護衛部隊も飛鳥が停泊している埠頭に降り立っていたのだ。装備の制限はなかったが、それは織田側の遠慮ではない。銃の存在を知らない織田側は、扶桑連邦側が帯剣していないことに安堵していたことが大きかったのだ。銃の戦力価値を知ったときに驚き恐れおののく事になるだろう。

直幸は女性であるさゆりが使節団に加わっている事に違和感を覚えるも、文化が異なる他国のことだと割り切って思考の外に出す。

「この方が使節団代表の高野大将になります」

「始めまして。
 私が扶桑連邦の高野と申します」

今村の紹介を受けた高野が仰々しい物言いをせずに自己紹介を行ったのは、高い知性と確かな教養を身につけている人物は、下手に言葉を飾らなくても相応の存在感を出すことが出来る事を知っていたからだ。その高野の格好は扶桑連邦軍の礼服である。彼らの制服だが国防軍との違いは、国旗の部分だけに留まっていた。一部の意見として衣冠束帯や文官大礼服をリファインしたような制服案もあったが、近代軍らしくない意見が大多数だったのでお蔵入りになっている。 高野たちの服装はこの時代の日本と比べて、かけ離れているが扶桑連邦独自の扶桑文化という事で押し切っていくのだ。やがて関東と尾張から扶桑文化が広がっていくのだが、この時は織田側の誰もが予想だにしなかった。

そして、高野達は飛鳥が接舷している埠頭の近くに居る。

彼らは織田側が用意した移動用の折畳式簡易腰掛けである床几(しょうぎ)に腰を下している。双方の護衛及び重一、今村、さゆりは立ったままだ。周囲には簡易ながらも陣幕が張られており、部外者からの覗き見を避ける配慮が行われている。陣幕の周囲には双方の護衛が守りに就く。陣幕と床几らの道具は重一が住む、津島神社の周辺に形成された津島の町に築かれた奴野(ぬのや)城から運び込んで用意したものだった。また、奴野城は大橋氏が代々から住んでいたが城の規模としては小規模の平城と言ってよいものだ。

「さて会談の申し込みに先立って、
 好(よしみ)を通じる意味から織田信秀氏に贈り物を送りたいと思っていますが、
 如何でしょうか?」

そう高野が言うと胸元から封筒を取り出し、その中に収められていた目録を直幸に手渡す。やはり上質な紙で書かれた目録を受け取った直幸は書かれている内容を見て驚いた。戦国時代においては戦略物資と言って良い「塩」5000貫(18750kg)、「紙」200帖(9600枚)、高級趣向品の「砂糖」20貫(75kg)である。隣に居た重一も目録の内容を見て絶句した。

「こ、これは真ですか!?」

「はい、紙も杉原紙ではなく我々が使用している紙になります。
 許可さえ頂ければ、直ちに揚陸しましょう」

彼らが驚くのも無理はない。大量の塩は生活と戦争に不可欠であり生産に手間が掛かる物資だったし、砂糖はお金を出しても入手が殆ど望めない超貴重品だったからだ。黒砂糖ですらも困難であろ、それすらも大金が動くほどだった。それに扶桑連邦が持ち込んだ紙は杉原紙とは比べ物にならない、比べることすら愚かしいほどの高品質であり、これらはどれ程の価値になるかも判らない。

有力な大名などに価値ある物を贈る事で友好を高めたり同盟の絆を強めることは往々にしてあったが、これ程のものは聞いたことがなかった。ありきたりな物を贈っても効果があまり無いのは当然だが、好(よしみ)を通じるだけの贈り物としては貴重すぎて受け取るのも恐ろしいほどの品物だった。

「快く受け取りましょう」

重一は重は商人らしく利点と欠点を天秤に上げて直幸により良い方向に流れるように小声で助言する。重一には贈り物を受け取って問題が発生しない確固たる根拠があった。既存の勢力ならば交流を目的とした贈り物は下手を打てば敵を生みかねないが海外勢力となれば話は別だったからだ。貴重な物資を用意できるとなれば力は大きく、友好を獲られるならば利点は大きい。敵対する勢力に扶桑連邦の関心が移ってしまえば大きな仇になるだろうと確信すらしている。

「良いのか?」

「良いも悪いも好(よしみ)の品を受け取るだけです。
 もちろん我々が検分して安全を確認してから殿に渡すの事が絶対ですが」

こうして扶桑連邦からの贈り物は受け取る事になったが、一旦は津島の預かりとなったのだ。それは高野としても異論は無いどころか、上出来な流れといえる。これらの物資があれば織田家の力は向上するだろうし、我々への好感度は増すだろう。交渉の切欠を作り出せれば、後は状況のコントロールを行えば良いと考えていたのだ。最優先は国交の樹立であり、次点は織田家の後押しである。故に敵対さえさえしなければ、高野にとっては戦略的にプラスだった。

「では荷下しを行う接岸荷役を手配しましょう」

重一は船から重量物を出し入れする際に、船内から艀(はしけ)や埠頭・桟橋へと荷物を移動させるために必要な作業員の手配を始めようとする。多くの作業員を要する仕事なので専用の業者が居るほどだ。艀(艀下船)とは平底の船舶であり、重量物を積んで内陸水路や港湾内を航行するために作られている。当然ながら、津島湊にはコンテナヤーどころか大型クレーンを整備した係船岸壁のような充実した機能が無い。無論、クレーンの原型である原始的なものは紀元前450年頃のギリシャ人も使用しているし、日本でも867年に攻城具を改修した雲梯之機(うんていのき)というクレーンが使われた事が、平安時代に編纂された日本三代実録(にほんさんだいじつろく)に書き残されているが、重量はともかく柔軟で迅速な荷下しを行えるような品物ではなかった。

「ありがとうございます。
 荷卸ですが埠頭に荷物を下しても問題はありませんか?」

「問題はありませんが、
 いったいどういうことでしょう・・・」

重一は高野の言葉を図りかねていた。飛鳥が大型船とはいえ、荷下しを柔軟に行えるような人員を載せる余裕があるとは思えなかったからだ。航海中は水と食料の入手源が限られてしまうので、余剰な人員は可能な限り削減しなければならない。雨水と魚を期待した航海など危険すぎるからだ。

贈り物は今回は小規模にとどめて次の航海で持ってくるのだろうか?

と重一は結論を纏めようとした。事実として、それが真実に近いように思われるが、高野の言葉はそれを否定する内容だった。

「荷物は船の起重機を用いて埠頭に直接降ろしましょう」

「きじゅうきとは?」

高野は百聞に一見にしかず、と言うと床几から立ち上がって飛鳥のほうへと歩き出す。今村とさゆりが高野に続いて陣幕を出ていくと、直幸も続いて立ち上がり、気になった重一も陣幕から出て行った。高野は埠頭に接舷している飛鳥に近づいて右手を軽く上げる。それは荷下し作業の指示を示す合図だった。

津島湊の埠頭に横づけになっていた飛鳥の甲板上が慌しさを増す。活躍するのは飛鳥の艦尾に備え付けられている定置式小型クレーンであるが、この時代のものとは形が大きく異なっているので一目見て機能を予想できる者は少ないだろう。だが、何時の世も例外は存在する。重一は、その例外であり、それ見た瞬間に似たような装置を思い出した。普段から情報収集に努めている彼だからこそ、情報が乏しい時代にも関わらず、それによって何が行えるか導き出されていたのだ。

「・・・あれはロクロ、いやしかし・・・」

ロクロとは紐や縄を用いて物体の吊り上げ下げ、水平に運搬、空中保持に用いられる装置だ。大型なものでは寺院や城などの大型建築物を作る際に使われている。だが、彼が知る形とはかけ離れており、遠目からでも滑車などの仕組みが非常に洗練されているような気がする。高野の指示を受けて飛鳥の定置式小型クレーンが動き出す。 艦尾甲板上のクレーンの作業範囲内に幾つもの木製の梱包規格箱(800o×800o×800o)が敷き詰められている。梱包規格箱は1箱あたり100kgの物を入れることが出来る、昔から存在している信頼性の高いものだ。それらの木箱の中には織田家への贈り物贈が分類分けに箱詰めされていた。4つで一組でクレーンに吊り上げて甲板上から左舷から埠頭へと木箱をスムーズに移動させていく。

「な、なんと!」

それを見た直幸と重一は今日何回目になるか判らない程に驚いた。小さくは無い木箱がいとも簡単に重量物であろうものを運ぶ様子は、積荷の荷下ろしがどれ程大変かを知っているだけに大きい。

「いったい、どのようなカラクリなのだろうか・・・」

日本での機械的仕組で動くカラクリの歴史は意外と古く日本書紀すら記されてるほどだ。商人として多くの物に精通しているはずの重一ですら、扶桑連邦が使用しているような高機能で複雑な動きをする機材は見た事も聞いたことが無かった。何より重量物らしい物を運んでいるにも関わらず作業速度が丁寧にも関わらず桁違いに速い。しかも接岸荷役を行う人夫たちが苦労しないように、山積みにせずに綺麗に並べることが出来る精度の高さもあった。木箱を大八車に乗せれば、後は蔵に運ぶだけで済む。

しばらく作業を見ていた重一は我に返ると、慌てて木箱を運ぶための人夫と大八車の手配を始めた。空いている蔵の前に荷物を検分する為の場所も作らなければならず、その手配も同時に行う。直幸も遅れながら、荷物を運ぶ際に必要な警備の手配を始める。貴重品は倉に納めるまで安心出来ないからだ。

また高野がクーレンを披露したのは、3つの目的があった。1つ目は荷運びの人夫を入れないことで、船内に部外者を入れないようにして保安・トラブル回避するのが目的だった。2つ目は扶桑連邦には何からの便利な装置を有していると理解させ、物資以外の利点を織田側に教え込むことだ。3つ目は機械を使わず全てを行う事は、労働力的に不可能という単純な理由だった。それにクレーンならば完全な未知ではなく、知識人が見れば近い機能を有したものが既に有ることが判る安心感もあるだろう。

順調に荷下しが進んでいく中、重一が手配した大八車が数多く集まってくる。やや遅れて警備として津島に駐留していた足軽が蔵までの輸送路の各所に展開していく。流石は商業港として栄えている場所だけあって、足軽の動きが手馴れたものだ。

高野は埠頭から見える範囲の動きをつぶさに見ていく。その中でやはり目に留まったのは、重一の様子である。彼はクレーンを注意深く見ており、挙動からして自分が知っている知識を注意深く照らし合わせているようだった。

彼はクレーンの本質を朧げながら理解しているようだな。

高野は、その様子を見て満足な表情を浮かべる。その様子を察したさゆりはニューロインプラントのネットワークを介して高野に言う。

『彼は合格でしょうか?』

国防軍では生身であっても、高野などの高位の指揮官の体には軍用システムの認証キーを兼ねているニューロインプラントが埋め込まれており、緊急時にはニューロインプラントのネットワークを介してさゆりを始めとした擬体との通信や情報のやり取りが出来るようになっていた。衛星回線が使えないので通信距離が限られていたが、それでもこの時代ならば十分すぎる機能と言える。 ただし、通信に関しては暗号解析を恐れて、暗号パターンが更新されるまでの内に使用回数が決まってた。この時代でも暗号に関する手順は遵守していく方針になっていたので制限が定められている事には変わっていない。

『合格だ』

さゆりは頷くと乗船用デッキを登って船内へと戻る。

高野の執務室へと向かい、そこに置かれていた装飾が施された小さな木箱を手に取った。その箱の中には関東でお披露目したばかりの瑞穂水瓶が2つ収められている。高野たちにとっては在り来たりな品であったが、この時代の人々にとっては製造することが出来ない超貴重品と言って良い品物だ。

これは信秀を早期に津島に呼び寄せるための奥の手の一つ。

元々、交渉相手の頭の回転の速さが一定以上ならば、瑞穂水瓶を使って信秀を早期に釣り上げる計画になっている。重一は頭の回転の速さと機転の良さに加えて、知識の深さが合格ラインを満たしていた。計算が出来る彼ならば、瑞穂水瓶を殿への土産と渡されれば、出来る限りの手段を講じて信秀を呼び寄せてくれるだろう。手元に留めておくリスクと信秀に知らせる利点を素早く計算が出来るからだ。 なにより瑞穂水瓶は高野たちからすれば、容易に生産が可能だったので失っても構わない点が素晴らしい。この場に於いては切り札でありながらも、替えが効く使いやすいカードでもある。扶桑連邦は無駄なく信秀との会談に向けて準備を整えつつあったのだ。 
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【あとがき】
いよいよ信秀との会談が始まります。

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(2018年09月30日)
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