■ EXIT
ウォーリーをさがせ・第一章


0.白い世界

男はただ、立っていた。立ち尽くしていた。

まっ白でまっ平らな床がどこまでも広がる空間のど真ん中に。
右を見ても、左を見ても、前を見ても、どこまでもどこまでも果てしなく広がる水平線。
足元はまっ平らな床。
これまたどこまでもどこまでもどこまでもまっ平らな床。凸凹もなく水平線まで続く白い床。
空と床―水平線―との境は…ちょっとその辺が黒っぽいかな? ってぐらいだ。

後ろには塔がある。
直径は…一メートルぐらいだろうか?
これまたどこまでもどこまでも果てしなく高く高く高く高く…そびえたっている。太陽も雲ひとつすら見えない薄明るい「白い空」へと向かって。
よく見るとこの塔は大きさが不ぞろいで形がバラバラなレンガ―のようなもの―の積み重ねで出来ている。
白いレンガ黒いレンガ赤いレンガ青いレンガ緑のレンガ黄色いレンガ明るく輝くレンガ暗くくすんだレンガ、レンガレンガレンガレンガレンガ………
これらのレンガが大きさも形もバラバラなのになぜか隙間なく果てしなく積み重なり、不規則にあちこちが忙しく明滅している。現代風に言えば「サイケデリック」な光景である。

もちろん、明治時代にサイケデリックなんて言葉はない。

「な…なんなんだこれは?」

思わずつぶやく。

「あなたよ」
「はいぃ?」
後ろからかけられた声に振り向くと…

「て…天使?」

そこには、両手を後ろで組んでいる、頭に光る輪っかをのせ、背中に白鳥のような羽を生やした「少女」がいた。


第一章 追跡者(チェイサー)


1.記者会見 ―メッセージは放たれた―

一九〇〇年三月十五日  帝国ホテル―鳳凰の間

掲げられた看板には『ハワアド・シエリングフォオド氏記者会見場』と書かれている。
設けられた会場には、国内の新聞記者たちが続々と集まっている。
それぞれが演台を囲むように配置された席へと思い思いに着いて行く。
有名処を挙げれば、萬朝報、中央新聞、毎日新聞などであろうか?
もちろんそれだけではなく、地方紙含め少なくとも関東で発行されている「新聞」と名の付く媒体の記者は大概集められているようだ。

やがて、時間となった。

記者たちの前に燕尾服を隙なく着こなしたやや大柄―百六十センチ前後―な日本人青年が立ち、深々と一礼して…

「本日は遠くよりお運びいただきありがとうございます。
皆様に大英帝国より来日された同国における高名なる諮問探偵、ハワード・シェリングフォード氏をご紹介させていただきます。
わたくしはシェリングフォード氏より今回の件につきまして通訳兼秘書役を任されました、真嶋正義(まじままさよし)と申します。」
と言い、一礼して一歩下がる。

そこには…
長身―少なくとも百八十センチ以上、痩せ型、鷲鼻、角ばった顎、鋭い目付きのシェリングフォード氏の姿があった。

彼が鋭い目付きで会場を睥睨すると、記者の中には『どこかで見たような?』と怪訝な顔をする者が数人、居心地悪そうにする者が数人、全体的に会場内の圧迫感が強くなった。

そして彼が英語を話し、それを真嶋青年が訳すという形でスピーチが始まるのだが、いちいちそれ書いていると面倒くさい上にくどいんで要約する。『』内の言葉はほぼ全部がシェリングフォード氏の英語を真嶋青年が訳したものと思ってくれ。

『日本の新聞社の皆さん、私はハワード・シェリングフォードと申します。
本日は皆さんの助けが借りたく、この記者会見を開きました。
私は大英帝国におきまして諮問探偵という職業に就いております。
この探偵という職業は私設の警察官のようなもので、依頼人の求めに応じ、合法的範囲内に於いて調査活動や私的な揉め事の解決、人探しなどを行うものであります。
ただ、私は警察の依頼を受けて行動することもありますので諮問探偵と言われております。
探偵という言葉が日本の皆様にはあまり耳慣れない職業であると言う事なので、簡単に説明させていただきました』

『さて、私が来日いたしましたのは、さる貴族の後継者である子弟が、この国において失踪した事件についての調査のためであります。
彼の名はウォルター。愛称はウォーリーと申します。申し訳ありませんが家名の方は依頼人により秘匿事項とされておりますので申し上げる事は出来ません』

『彼がさる貴族の三男坊であった。この事が彼にとって幸運であったのか不運であったのか…とにかく彼は後継者とはなりえない。と自分のことを決めつけておりました。
そこで、冒険作家となるべく、ロイズ保険の調査員の職を選びました。
なにゆえロイズ保険の調査員か? そうお考えの方もおられるかと思います。
保険調査員と申しますのは保険物件の審査などもありますが、特に保険金詐欺の調査が主となります。
仕事の中での出来事が全て作品の種になる。しかも会社から給料も出る。お金を貰えて取材も出来る。そう考えたかと思われます。』

『まぁ、現実はそれほど甘くはなかったようですが(ここで笑いが起きる)』

『とにかく、ウォーリー氏は昨年十二月、個人目的なのか仕事なのかは判りませんが、横浜港へ上陸したところまでは確認できたのですが、その後足取りが途絶え、失踪したと判断されました。
そして、彼は知らなかったようなのですが彼の両親、二人の兄がとある国―申し訳ありません、こちらも秘匿事項に該当するのでお話できません―にて風土病に罹り、相次いで亡くなられました』

『残されたウォーリー氏の祖父は息子に譲っていた爵位を自分に戻し、ただ一人残った孫息子であるウォーリー氏を探すべく私を雇いました。
ですが私はご覧のとおりの英国人、この国には不案内であり、もちろん言葉も通じません―片言ぐらいは話せないでもないですが…コニチィワ、ハジメマシテェ、ワタシガしぇりんぐふぉーどデェス(再び笑い)』

『通訳兼秘書としてこの真嶋(真嶋、一礼する)を雇ってはいるのですが、彼一人で何とかできるはずもない。
そこで日本の新聞記者の皆様にこの件―行方不明の英国貴族子弟の捜索―を記事にしていただき大いに宣伝していただきたいのです。
もちろん、只とは申しません。
ウォーリー氏本人を発見しこちらまで連れて来ていただいた方には謝礼として千円の賞金を支払わせていただきます。』

がたんっ!

千円(現代の価値にして約二千万円)、その賞金額の大きさに思わずのけぞる記者たち。

『もちろん、生きてさえいれば少々―五体満足であれば一番良いのですが―怪我をされているとか記憶がなくなっているとか言うことには目をつぶります。
彼が、ウォーリー氏がその身を祖国である英国へと戻す事が出来れば良いのです』
『賞金の支払先に制限はありません。日本の治安を担当されている警察の方であろうと民間企業の方であろうと、新聞社の方であろうと、ウォーリー氏の身柄を当方へ引き渡していただけるのならば、その方に千円の賞金を即金でお支払いします』
そう言うとシェリングフォード氏は足元の革鞄を無造作に持ち上げ、演台の上に逆さまにした。
バサバサッという音と共に転がり出たのは日本銀行の印付き紙帯で結わえられた新品の一円紙幣十束。一束百枚だからちょうど千円。

『必要とあらばこちらの方で一円銀貨や金貨、小銭と交換後、お支払いしてもかまいません。
とにかく、日本の治安を担当されている警察の方であろうと民間企業の方であろうと、一般庶民の皆様であろうと、ウォーリー氏をここ、帝国ホテルの私の宿泊している部屋へ可能な限り早く連れてこられた方に、賞金千円をお支払いさせていただきます』

シェリングフォード氏はそう言うと鞄に札束を戻し、代わりに封筒の束を取り出した。

『これはウォーリー氏の顔写真です。帝国重工の印画紙を使用してはおりますが、ネガは帝国重工のものではないので鮮明とは言い切れませんが…』

言いながら真嶋青年に封筒の束を渡す。青年は軽くうなずくと封筒を新聞記者たちに配り始める。

『皆様よろしくお願いいたします』
言いながらニヤリとする。


早速封筒を開いた一人の記者、ギクッとして周囲を見回す。 封筒の中にはウォーリー氏の顔写真と…一円札が一枚。

『さて、これにて私からの話は終わりですが、質問などありましたらお受けいたします。
どなたか質問はございませんか?』

一人の新聞記者が手を挙げた。
「中央新聞の記者で水田と申します」
『どうぞ、なんでもお尋ねください』
「シェリングフォード氏、あなたはもしかしてシャーロック・ホームズ氏ではないのですか?」
それを聞いた記者の中に、今までつかえていた物が取れてスッキリした、と言う顔をしたものが数人。

だが…

瞬間、シェリングフォード氏の顔色が赤く、そして一気に青白くなった。

『畜生! あの医者崩れの三文文士め! こんな世界の果てにまでくだらん雑文を振り撒きおって!
私はハワード・シェリングフォードだっ! ホームズとかいうかっこつけてばかりのエキセントリック野郎ではないっ!あ〜も〜こんな連中と付き合ってられるかっ! 失礼するっ!』

大声で喚き、そのまま鞄を抱えて足音荒く会場を後にするシェリングフォード氏。
真嶋青年は彼の捨て台詞をもう少し柔らかく日本語訳すると、慌てて彼を追って外へと走り出ていった。

「な…何が…悪かったんだろう?」
水田記者は、自分がなぜ彼を怒らせたのか、まったく解らなかった。

2.新聞記事 ―メッセージは広められた―

一九〇〇年三月十六日付「中央新聞」一面より要約

英国最高の諮問探偵、来日す。
―日本にて失踪せる貴族の子弟を探して―
―なんと賞金千円の大盤振舞い―

(ウォーリー氏の顔写真)

三月十五日、英国最高の諮問探偵、ハワアド・シェリングフォオド氏が帝国ホテル、鳳凰の間にて会見せり。
氏は昨年十二月、日本にて行方不明となりしウォルタア(以下ウォウリイ)氏捜索のため訪日せり。
ウォウリイ氏は英国貴族の素封家(爵位秘匿)の三男にして、両親兄弟死去のため唯一の爵位継承者となれり。
シェリングフォオド氏曰く
「ウォウリイ氏を発見せし者に賞金千円を支払うもの也
発見者に制限はなし、警察であらうと企業であらうと個人であらうと、また少々傷があらうと記憶に障害があらうとも生きてさえあらば当ホテルの私の元へ彼の者を連れてこられし者に千円を支払うもの也」と。

なお、シェリングフォオド氏は当紙がかつて掲載した探偵小説『シャアロック・ホオムズ』の原型となった人物である。

なお、「滑稽新聞」「萬朝報」など会見場に呼ばれた他紙も多少の相違はあれど『英国の名探偵、シャーロック・ホームズ氏―のモデル、が抜けている記事すらあった―が貴族の子弟を大枚の賞金付きで捜しに来た』と報じたため、帝国ホテルの表玄関は物見高い見物人やら、食い詰めた外国人―主に船員―を『連れてきました』と言ってくる奴やら、有象無象が押し寄せる羽目となり、シェリングフォードはホテルから出られなくなり、食事もレストランだと何かと注目を浴びるのでルームサービスを利用せざるを得ず、自室でパイプを咥えて非常に腐っていたとは通訳兼秘書の真嶋青年の伝である。

(第一章・完)
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【あとがき】
ども、社怪人です。

第一章、書かせていただきました。いかがだったでしょうか?

前振りは一体何だ? とお思いの方、想像つきますよね?
実は本編はそれほど色気ないので、「彼」の方で色気だしてみようかな…なんて思って書いてみました。

初代帝国ホテルに鳳凰の間があったかどうか? 知りません。適当に書きました(ぉぃ…)

賞金の千円。
一円=現貨幣価値で二万円として考えているので…二千万円の賞金です。ゴウジャス!
集まった新聞記者にも一人当たり二万円のお小遣い。ゴウジャス!

資金源はもちろん植民地省大臣です。大臣あばばばば…w

この話で書きたかったのは…シェリングフォード氏とホームズ氏は別人。
医者崩れの三文作家にモデルにされたのかどうかは不明。ついでにシェリングフォード氏の怒りの元でした。言うことと…

シャーロックホームズシリーズを、主人公がホームズのままを日本に紹介したのが中央新聞の水田南陽だった。言うこと(Wikipediaより)かな?。

水田記者、更に余計な書かんでもいい事を記事にしておりますw

新聞記事の文章は文語調&旧仮名遣いっぽく書いてますが、多分間違ってると思います。

…気にしないでください。
次の話
前の話