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帝国戦記 外伝 第01話 『北欧条約機構』


他任に依頼し、その助力を仰ぐのは、
自己の死滅であると、私は信じている。

高橋是清





1922年 02月06日 月曜日

欧州大戦と呼ばれた戦いは数多くの要因が重なったことによって連合国側と中央同盟側の引き分けで終わっていた。戦争が終わった理由は明快である。連合国の盟主であるイギリス帝国は日米戦争で膨大な利益を得ていたので財政的には問題はなかったが、兵員の消耗が限界に来ていたのだ。中央同盟の盟主であるドイツ帝国では人的資源には余力があったが、国家財政が破綻寸前まで悪化していた。

これらのことから欧州大戦で双方の陣営で、
どれだけの消耗をもたらしていたかが判るだろう。

そして太平洋地域を中心にして行われていた日米戦争だが、アメリカ合衆国はフィリピンとアラスカを失陥して完全に守勢に移行していた。カナダ領内の移動は制約の多さから現実的なものではなく、残された反撃手段は海路を使ったものになるが、現有のアメリカ海軍の艦隊戦力では明らかに足りず、艦隊戦力を中心に戦力回復に勤めていたのだ。

そのような情勢下に於いて日本帝国は戦略上の理由から対米戦を防衛戦に留めて、北欧地域でのロシア・ソビエト連邦社会主義共和国の脅威に対抗するためにフランス共和国と共闘する形で多国間軍事同盟である北欧条約機構を1919年に結成していたのだ。参加国は北欧圏に足場を持つ日本帝国、経済と対英戦略的な観点からフランス共和国、そしてロシア帝国崩壊とともにロシア帝国から独立していたフィンランドである。

その翌年には政治工作と北欧航路を介した経済的な結びつきと、イギリス帝国の陰謀と共産主義を脅威と認識していた事も重なってデンマーク王国、ノルウェー王国、スウェーデン王国の三国も北欧条約機構に加盟していた。北欧条約機構の本部はフィンランドのヘルシンキに置かれている。 また、フィンランドに存在していたフィンランド赤衛軍だが、習志野第1空挺団と特殊作戦群による徹底した掃討作戦によって完全に沈黙していた。

ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国は政変を経てソビエト連邦(ソビエト社会主義共和国連邦)へと変わっていた。変わらなかった点は、欧州大戦末期から支援しているのがイギリス帝国だった点であろう。その結果として、フランス共和国が対英戦略から北欧条約機構に参加していたのだ。

また、ロシア帝国崩壊とともにフィンランドと同じようにロシア帝国から独立していたエストニア共和国、ラトビア共和国、リトアニア共和国、ウクライナ、ベラルーシはドイツの計画した汎ヨーロッパ主義の計画もあって独立を保っている。

「経済支援継続の代償とはいえソ連は気の毒だな」

太陽が傾く頃、北欧条約機構本部の地下に設けられた作戦司令部には役職制度によって大将に昇進していた秋山好古が報告書を読みながら言った。防衛戦のベテランとして北欧条約機構軍の総司令官に抜擢されている。各軍の装備だが、フランス共和国軍を除けば完全に日本製でほぼ統一されているので、補給と整備の苦労が少ない。また戦線維持に必要な軍需物資はニーオルスン基地の国防軍施設で生産されているのでの北欧軍への派兵を行っている国々に対する経済的な負担は最小限に抑えられていた。

「ここ暫くは大規模な武力衝突はないとはいえ、
 大兵力を長期間張り付かせるのも相当な負担のはずです」

「だろうよ。
 あの規模の兵力展開は、
 民生に影響が出ないように配慮している我が国では到底不可能だ」

「仰るとおりです」

ラザレフ戦から付き添う秋山の副官が言う。

副官が言うように北欧地域に於けるソビエト連邦(ソビエト社会主義共和国連邦)との睨み合いが加盟国から編成される北欧軍によって行われている。 現在は大規模な武力衝突は止んでいたが、国境付近にはソビエト連邦は自国の軍事組織である赤軍(労働者・農民赤軍)が作り上げた縦深防御を目的とした塹壕線が多重に作られていたのだ。フィンランド方面に展開する日本軍を撤退に追い込むことで主要都市サンクトペテルブルク(20年に首都機能はモスクワに移転)の安全を図る意味もあったが、戦線構築の最大の要因はイギリス帝国からの経済支援と政治工作が大きいと言わざるを得ない。イギリス帝国の目的は開発した各兵器データ収集と躍進を続ける日本帝国の消耗させるためだ。

ソビエト連邦の現状だが自業自得の面が少なからずは有った。

各国の戦争を活用して膨大な利益をほぼ専有していたイギリス帝国からの経済・食糧支援を受けるためにソビエト連邦は共産主義にもかかわらず欧州大戦時には連合国へと留まり、イギリス帝国の言うがままに戦争終結後も戦線を維持し、日本側が注力していた北欧方面への介入を続けてしまった事だろう。

結果として、ヴィープリに日仏軍を呼び込んでしまい、
今の状況に繋がっていた。

この状況を描いたのは、帝国重工の医薬品によって存命していたイギリス帝国のジョゼフ・チェンバレン議員である。イギリス帝国最強の帝国主義者であるチェンバレンにソビエト連邦のような混乱した国家に謀略を走らせ、望む方向へ誘導するのは手馴れたことだった。

無論、イギリス帝国からいいようにされているソビエト連邦にも言い分はある。

革命は成功したものの、当面の財政源として当てにしていたロシア中央銀行本店には不思議なことに正貨が全く残されておらず、いくつかの不手際(特殊作戦群による支援)もあって技術者と資産家の多くがロマノフ王朝を引き継いだロシア王国を初めとした海外へのへの逃亡を許していたのだ。 結果としてソビエト連邦に残されたものは疲弊した大地と膨大な債権、農具すら足りず明日の生活にも困る貧しい農民達である。革命時の混乱によって荒廃と破壊の極致にあったソビエト連邦は国家経済を維持するためには悪魔の取引に等しいとはいえ、イギリス帝国からの輸血を頼るしかなかった。ソビエト連邦にとっては不本意極まりない取引だったが、ソビエト連邦には他に選択肢が無かったのだ。

もちろん、流石のソビエト連邦も現状では二正面作戦を行う余裕が無く、
特殊作戦群がロシア方面に通じる主要な橋や鉄道を爆破していたことも相まって、
ロシア王国方面への介入は低調なものに留まっている。

また、イギリス帝国が行う対ソ支援は、イギリス帝国で作られたマークAホイペット中戦車、オースチン装甲車、BL6インチ 26cwt榴弾砲、ヴィッカース重機関銃らの重火器が弾薬と共にクズ鉄の名目で輸送船を用いてサンクトペテルブルクへと運び込んでいた。それをソビエト連邦は赤軍に配備して運用している。

「重火器の多くはイギリスに頼っているとはいえ、
 軍需物資の生産で経済に負担を掛けている。
 これでは革命戦による復興があまり進まないのも当然だろう」

兵器と弾薬は供与されても、食料などは自国で用意しなければならないソビエト連邦にとって頭の痛い問題だった。加えて働き手を兵隊にとられたままのロシア農村部では生産力が全盛期の4分の3まで生産高まで落ちており、税収の低下が国家経済に暗い影を落としている。これは欧州大戦末期の水準と同レベルだった。

ここまでしなければならない理由は、
製鉄所や発電所のような工業力の礎となる重要施設を維持するためだ。

これらの設備はメンテナンスを続けなければ直ぐに壊れてしまう。特に製鉄所は一旦止めてしまうと再稼動に大きなコストが必要になる。 更にそれらの補修部品は現状のソビエト連邦の国内では調達できないし、海外から購入しようとしても重要な機材ほど高価なものになるだろう。そして、ソビエト政府が保有する外貨は乏しく国内通貨の価値は下落を続けていた。ルーブルは鋳造当時は非常に高価な通貨であったが今の紙幣状態として出回っているルーブルにはその面影は無い。イギリス帝国からの経済支援がばければ確実に崩壊していただろう、満身創痍が健常者に思えるようなソビエト連邦であったが、イギリス帝国は戦略的に採算が取れる範囲で十分に活用していくつもりだったのだ。 ソビエト連邦も心境はどうであれ自国の存在意義と必要な物資を得るために戦うしかなかった。

「仰るとおりです。
 ですが、ソ連政府は経済的事情で兵力展開を辞められず、
 しかも前線では逃げれば秘密警察に逮捕されるので戦うしかありません」

レーニンの指示の下で誕生したフェリックス・ジェルジンスキー率いる秘密警察チェーカーは国内の不満分子と敵前逃亡を図る兵士を反革命分子として逮捕し、令状無しでの捜査に留まらず略式裁判による処刑すら行うほどになっている。献身と狂信を併せ持った職務遂行から多くの人々から恐れられたジェルジンスキーであったが、汚職や権力乱用のような事とは無縁であり、孤児たちを育てたりするなど清廉な性格を持っていた。

このような圧倒的な恐怖で統制された傭兵部隊を加えた赤軍であったが、昨年からは小規模な武力衝突に留まっている。過去の攻勢で北欧条約軍の防衛線で手痛い損害を受けた経験から、赤軍は戦力回復と強化を行いながら1日1日と物資の消耗を重ねている。

過去の防衛戦で大きな効力を発揮したのが、戦艦の艦砲射撃、各所に設けられた重砲陣地、国防軍派遣軍の4式艦上汎用機「流星」を初めとした航空部隊だ。

「ロシアの大地は進むも退くも地獄だな。
 だが、赤軍の状況が劣悪でも決して侮れない。
 あのような状態にも関わらず、
 戦いを続けようとする執念は俺たちにはないぞ」

「はい。
 敵を侮らないように今後も公開する情報は厳選します」

「頼む。
 侮った挙句の戦線拡大は御免蒙る」

秋山の心配はもっともなものだろう。北欧条約機構軍が赤軍に劣る戦力で戦線維持を行えているのは戦線を限定している事と、重火器の徹底投入及び艦隊と航空隊の連動した火力支援があってこそだ。 北欧条約機構の司令部ともなれば政治への配慮は国内だけでなく、北欧条約機構に参加する国々に向けても気を使わなければならなかった。広報事業部の方でも無計画な領土拡張に移行しないように今回の戦いを国土防衛戦と位置づけるよう各国に働きかけている。また、北欧軍では敵味方に分かれた図上演習が行われており、その際には下手な突出がどのような結果を招くかを学んでいた。

北欧軍の戦力はヴィープリ(ヴィボルグ)の南方のサンクトペテルブルクに面するカレリア地峡に作られた戦線には帝国軍の秋山戦闘団(秋山旅団を元に編成)に所属する第11歩兵連隊、第21歩兵連隊に加えて習志野で編成されていた高機動車NC型(装備強化型北欧軍用)を装備する第13機械化連隊、第14機械化連隊とカール・グスタフ・マンネルハイム中将率いる3個旅団からなる国家防衛隊、フランス軍に於いてはデスペラード・フランキー(絶望的な事大主義者)の異名を得ていたルイス・フランシェ・デペレ中将率いる歩兵第8師団と歩兵第17師団からなる東部軍集団とフランス・バルト海艦隊の戦艦「クールベ」「ジャン・バール」、駆逐艦5隻からなるヴィープリ方面軍が展開している。

ペトロスコイの南に作られたオロネッツ・カレリア方面の戦線にはフィリップ・ペタン中将率いるフランス軍第33歩兵連隊、第35歩兵連隊、第2外人歩兵連隊、第9海兵歩兵連隊、第12砲兵連隊、スウェーデン王国軍に於いて大学教師の経験を有する変わり者のヒューゴ・レンフリード・ハルト少将率いるヴェストマンランド連隊を基幹とした第4歩兵旅団、フィンランド軍のラウリ・マルムベルグ少将率いるヘルシンキ第2歩兵連隊、第1野戦砲兵連隊が展開する。ネヴァ川とラドガ湖を経由してフィンランド湾に通じるスヴィリ川が戦線境目であった。オロネッツ・カレリア方面の戦略予備として国防軍のエミリア准将率いる第1戦闘団が待機する。

オネガ湖畔北部にある白海沿岸の面するヴァルダイ戦線には帝国軍の制海艦「龍驤」、戦艦「日向」、護衛艦6隻からなる任務艦隊の支援を受けながら対ロシア戦略の研究を続けてきた中島正武(なかじま まさたけ)少将率いる第2師団が鉄壁の守りを固めている。

後方予備戦力としてフィンランド軍のゲオルク・フォン・エッセン中佐率いるヘルシンキ第1歩兵連隊、高等司令官(高等弁務官の軍事顧問)であるウジェーヌ・グローを兄に持つアンリ・ジョセフ・ピエール・グロー少将率いるフランス第21師団とスウェーデン王国軍カルマル連隊を率いるグスタフ・ラウレンティウス・マイルマン大佐が控えていた。また、デンマーク、ノルウェー、スウェーデンの3国に於いては、それぞれ7ヶ月の期間で交代配備となっていたので、この時期ではスウェーデン王国軍のみが展開している。

そして、このバルト海域に持ち込んでいるフランス海軍の戦闘艦艇は薩摩級戦艦と峯風級駆逐艦で統一されている。他にも薩摩級戦艦だけでも「トゥールヴィル」「リヨン」「ジャンヌ・ダルク」を除く「ブルターニュ」「プロヴァンス」「ロレーヌ」が展開しており、この5隻の戦艦がバルト海方面の制海権を押さえていた。イギリス帝国との直接対立を避ける戦略もあって、イギリス側による対ソ連輸送船団への妨害は行っていない。

バルト海域にこれほどの薩摩級戦艦が集まったのは補給の利便性からである。本作戦区域に於ける軍事作戦で消費した弾薬は日本製の兵器ならば、常識の範囲ならば無償で補給を受けられるからだ。故にフランス艦隊による訓練を兼ねた対地支援砲撃が盛大に行われている。 これらの薩摩級戦艦の大半が日本側の戦略に協力する見返りとして1924年までに6隻の薩摩級戦艦(「ブルターニュ」「プロヴァンス」「ロレーヌ」「トゥールヴィル」「リヨン」「ジャンヌ・ダルク」)の建造を行う秘密協定によって建造されていたものだった。また、全ての主砲が新式の10式45口径356mm連装砲に換装されたものになっている。

「そういえば戦車第1大隊はいつごろ到着する?」

「今朝の報告では北極航路は安定しており、
 来週中には到着する予定です」

「それは楽しみだな」

「はい」

戦車第1大隊とは8式歩兵戦闘車ではなく、対戦車戦闘を主目的とした8式装甲戦闘車を定数一杯に装備する秋山の提言と国防軍の協力の下で編成が進められていた帝国軍機甲兵力の最精鋭部隊だ。日本側の戦略方針修正もあってこのような火力増強が実現していた。 史実では「日本騎兵の父」と云われた秋山だが、異なる歴史を歩み始めたこの世界では機甲・機械化兵力の整備充実に尽力しており「機甲軍の父」り呼ばれることになる。

猛烈な勢いで近代化および機械化が進む帝国軍を見たルイス中将は、強い勢力に迎合して自己保身を図ろうとする事大主義者らしく、帝国重工製兵器の性能に魅せられてしまい、フランス陸軍に於いて一二を争う帝国軍との協調派になっていた。このように北欧の地は各国の共同軍である北欧軍を中心に守られていたのだ。









場所は北欧から遠く離れた日本帝国。高野とさゆりは幕張地区にある高野公爵邸のテラスでイリナと真田を招いて紅茶や緑茶などを飲みながら話し合っていた。イリナの足元には成体として成長した中型犬サイズに成長になったニホンオオカミのチョコが昼寝をしている。

「イギリス帝国じゃが、
 きな臭い動きを一向に止めやせんぞ!
 危険だと理解しながらもイギリスの計画に乗るソ連もソ連じゃ」

「ソ連ではキャピタルフライトが猛烈な勢いで進んでいるからね。
 仕方なしでやっていると思うよ〜」

イリナが言うキャピタルフライトとは、資本が国内から一斉に海外に流出する資本逃避の現象を指す。対外債務支払いの遅延が続き、ソビエト連邦の国威低下に伴って国外からの資金投資は僅かな個人投資家を除けばイギリス帝国のみになっていたのだ。飛びたった資金は安全な土地へと流れていく。その資金の多くは北欧諸国やロシア王国やシベリア公国へと流れていったのだ。

「売れない舞台役者が、
 その日暮のために望まない演劇を演じるようなものだな」

「真田さんの例えには、
 どこかしら毒が篭っているわね」

「年を重ねると含むものが多くなるものだ」

真田の共産嫌いは筋金入りだった。その真田ですらソビエト連邦の現状を少しだけ気の毒に思えてしまう程、かの国の状況は悪い。この段階でのソビエト連邦の崩壊は大規模な難民発生に繋がるだろうし、それは友好国への大きな負担になるのは確実だ。故に日本側は戦略方針も相まってイギリス帝国が行う対ソ支援は黙認している。

「そのイギリス帝国ですが先ほど一つ報告が入りました。
 情報によるとソ連に対する過去最大規模の軍事支援に向けて動き出したようです」

情報端末にさゆりが取り纏めた情報が表示される。
目を通した高野があきれる様な表情を浮かべた。

「確定情報に間違いないですね。
 休戦でだぶついた重火器を根こそぎ投入するつもりでしょう。
 イギリスは此方に対する牽制と兵器データ収集を兼ねた戦略を行うようですね。
 いくつかの条件が重なれば、
 戦略状況に悪影響を及ぼす可能性も否めない」

高野の言葉に状況を理解している全員が頷く。財政難状態で行う軍事部門への投資は確実な見返りを求めなければ続けられないし大きな破綻に繋がってしまう。何かしらの大きな都合が無けれ行えないものだった。これでソ連がイギリスから受けた援助を軍需物資生産にまわし始めたら危険信号は確実である。

「となると、
 徹底的に叩くか経済援助で応急処置を行うかのどちらかじゃな」

「何事を決めるにしても先ずは暴発に備えよう」

軍事力が無ければまともな国際的な発言力など無い時代である。理想主義者たちが聞いたら激高しそうな内容だが事実だったが、史実の第二次世界大戦以降に於いて圧倒的な軍事力を有していたソビエト連邦やアメリカ合衆国が力で多くのルールを決めていた事が良い例であろう。

「兵力増強か?
 外地に駐留している部隊交代もあるし、
 アメリカの反抗にも備えなければならない事を考慮すると
 現状のままでは大規模増員は難しいと思うぞ」

帝国軍と国防軍の装備は優れていたが海外展開が可能な戦力には限りがあるし、戦略環境の必要上から大威力兵器の使用も多用できない。一応は民生に大きな影響を及ぼさない範囲で緩やかな勢力増強に留めていたが、どうしても手薄な箇所が発生してしまう。領海侵犯などの不測の事態に備えて緊急展開部隊の充実に力を入れる事で補っている。

このような事が行えたのも、
戦争で日本側が稼いだ国威と実績が大きな抑止になっていたのだ。

「本格的な動きは最高意思決定機関の採決をとり次第になりますが、
 増員は最小限に抑えるためにも秘匿可能な範囲での先端兵器の投入になりますね」

「その条件だと紫電と連山の展開でしょうか?」

「それもありますが、
 薩摩級の主砲換装で余った305mm連装砲を用いた、
 要塞建設も選択肢として考えています。
 それと最高意思決定機関の了承が得られたら、
 イギリスに対する意趣返しを行いましょう」

「もっ、もしかして高野さんは軍縮条約を意趣返しに使うのかな」

高野の狙いに真っ先に気がついたイリナは焦った声を出す。彼女が言う軍縮条約とはイギリス帝国のロンドンで昨年から開かれている欧州大戦後に於いて主要海軍国を招いて開かれる戦艦、航空母艦、大型巡洋艦の保有制限を取り決める国際会議「ロンドン海軍軍縮会議」だ。史実で言う軍備拡張に伴う経済負担を減らすべく行われたワシントン海軍軍縮条約会議とは違っていた。この1年遅れて開かれていた軍縮会議はイギリス帝国の根回しによって開かれており、その狙いは日本側の艦隊戦力の拡張を阻止することでイギリス海軍の優位確保とアメリカ合衆国への援護射撃にする目的があったのだ。日本側はイギリス帝国の思惑を見抜いていたが、イギリス帝国の顔を立てる意味からあえて会議に参加していた。

「あまり…乗り気じゃないが今回は仕方が無い。
 保有総排水量の上限を定めずに総排水量比率に固定するんだ。
 ここからが本題だが、締結時に建造している艦も含める。
 そして、落としどころとして上限を下げて呑ませる。
 目標は史実通りにイギリスは5割でこちら側が3割だね」

高野の言葉を全員が理解して驚く。条約の比率内に収めるにしても、これに建造中が含まれると事情が変わってくる。帝国重工は完璧な秘匿状況において大型戦艦を多数建造していた実績がある分、イギリス側は日本側の言い分を信じて建造計画を立てなければならない。そして、比率に見合った新造艦を建造しなければイギリス艦隊は常に日本艦隊と比べられ、国威に良くない影響を及ぼすだろう。

「面白そうじゃな。
 落としどころで条約を呑ませて、
 その先からはイギリスの建造努力が絶えないように、
 適度に工作商会を介してイギリス世論を軍拡へと導くのだろう?」

「イギリス帝国が海軍国の先輩として相応しい陣容を保てるようにと…
 後輩からのささやかな応援ですよ。
 我々もある程度の新造艦を作る必要がありますが、
 今回は必要な出費ですね。
 当初の目的から少し離れますが、
 これもイギリス帝国の顔を立てる行為と言っても良いでしょう」

高野の皮肉が炸裂する。温和な高野であったが、日本側の反応が温和なものに終始すれば、反撃が行えないと侮られ、謀略の内容がエスカレートするのは火を見るより明らかだった事もあって、高野に戦争に至らない範囲での報復が必要と決意させていた。この高野の案は直ちに最高意思決定機関に提出され、高野と同じように謀略のエスカレートへの懸念を高めていた最高意思決定機関の了承を得て進められることになる。
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【あとがき】
誤字脱字がありましたら教えてもらえると助かります。
また、外伝は前に書き溜めていたものなので、
次の更新までかなり間が空くことをご容赦ください。

(2015年08月23日)
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