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帝国戦記 第五章 第15話 『ユーラシア情勢』 (仮)


1918年、ヨーロッパ諸国で行われていた欧州戦線と、日米間で行われていた日米戦争を合わせて、世界大戦と呼ばれるようになっていた。二つの戦争を一つのものとして見られるようになったのは、双方の戦争にイギリス帝国が深く関与していたのが理由である。イギリス帝国とドイツ帝国の対立から始まった欧州戦線はイギリス帝国は当事国だから当然だが、日米戦争でもイギリス帝国の関与によって拡大したと言わざるを得ない。

しかも、イギリス帝国は開戦前に旧式戦艦をアメリカ合衆国に対して高値で売りつけるだけに留まらず、対日戦争を炊きつける行動を行っている。戦争勃発後もイギリス帝国の動きは活発だった。ハワイ海戦ではイギリス商船によって控えめながらも日本艦隊の進路妨害が行われ、その直後にニーオルスン基地に対する査察未遂が発生していたのだ。

また、ハワイ海戦では陸奥がレーダー射撃によって魔弾と言って良い程の精度をたたき出していた。「陸奥」「日向」「山城」、巡洋艦「古鷹」「加古」「青葉」との交戦によってアメリカ海軍が喪失した艦艇は、戦艦5隻、装甲巡洋艦3隻、防護巡洋艦2隻、駆逐艦7隻である。

戦艦
「フロリダ」「ニューハンプシャー」「バージニア」
「ジョージア」「ニュージャージー」

装甲巡洋艦
「ワシントン」「ノースカロライナ」「モンタナ」

防護巡洋艦
「ニューオーリンズ」「オールバニ」

駆逐艦
「ホイップル」「スミス」「プレストン」「カッシン」
「ロー」「パーキンス」「ジェンキンス」

沈没を免れていた「バーモント」「カンザス」「ミネソタ」「ネブラスカ」「ミシシッピ」「アイダホ」も大破もしくはそれに近い状態となり、アメリカ海軍は制海権を完全喪失する。11隻の旧式英国戦艦が中破に留まっていたのは、戦力価値が乏しい割には維持費が高いので見逃されていた。日本側の損害は 戦艦「日向」の中破と、巡洋艦「加古」「青葉」の大破に留まっている。

ハワイ陥落から半年後に行われた日本軍によって行われたアラスカ攻略戦ではイギリス帝国による対米有償軍事支援によって売却されたマークT戦車が日本軍と砲火を交えていた。フィリピン開放戦でも然り。イギリス帝国はこれらのマークT戦車の代金として暴利を貪っていたのだ。安全な場所から双方を煽って暴利を貪るイギリス帝国が日米戦争の立ち位置だった。

そして、アメリカ合衆国がイギリス帝国とイギリス系商会による暴利追求を拒もうにも、厳しい現実がそのような感情論や理想論を許さなかったのだ。

現状の日米戦争の推移は日本帝国軍の異常なまでの火力によって生じる人命と物資の膨大な消耗を補えきれていない。まともな戦訓すら得られない程の消耗に苦しんでいた事から、アメリカ合衆国はイギリス帝国の支援は悪魔との取引のような感覚で続けられていた。なにより、太平洋上の制海権を喪失しており、現実的な補給路の形成を行うにはカナダ領内を跨ぐ形で補給線を形成せねばならない。

故に、アメリカ合衆国は内心は怒り狂いながらも、
イギリス帝国の利益を考慮しなければならない事情があったのだ。

これらの事から、日米戦争は躍進を続ける日本帝国に対するイギリス帝国による弱体化工作の一環として、そして露骨なイギリス帝国による利益追従の為に戦争拡大化の工作が行われていた事は、工作商会の介入もあって欧州各国では子供でも理解している。

イギリス帝国がどのように否定しようにも、日米戦争によって巨額な利益を得ていたの事実は確かであり、無実と信じられる者はイギリス人でも少なかったのだ。

日本側もイギリス帝国の度が過ぎる介入に対する報復を黙って見てた訳ではない。独英間で起ころうとしていた大規模な艦隊戦―――ユトランド沖海戦―――の直前に、日本艦隊はオスマン帝国の義勇艦隊としてニーオルスン基地から戦艦「長門」「伊勢」「山城」「薩摩」、巡洋艦「葛城」「春日」「日進」「乗鞍」「神威」、護衛艦12隻からなる戦力をもって報復攻撃を行っている。イギリス海軍がニーオルスン基地に対する査察未遂から、基地戦力は大きく増強されており、北海方面に対してこの規模の戦力投入が可能になっていた。 ともあれ、攻撃目標となったのは、イギリス本国艦隊とは別に、フォース河口から出撃していたデイビッド・ビーティー中将率いるクイーン・エリザベス級戦艦4隻からなる新鋭の第5戦艦戦隊を中核とする巡洋戦艦4隻、戦艦4隻、軽巡洋艦14隻、駆逐艦27隻、水上機母艦4隻からなる巡洋戦艦部隊である。

巡洋戦艦部隊の中で、特殊レニウム外郭徹甲弾を用いる長門、伊勢、山城、薩摩の主砲に狙われた大型艦は悲惨な結果を迎えていた。特に長門の砲撃は陸奥と同じで容赦が一切無い。 凶悪な火力によってライオン級巡洋戦艦「ライオン」、タイガー級巡洋戦艦「タイガー」、インディファティガブル級巡洋戦艦「インディファティガブル」「ニュージーランド」、クイーン・エリザベス級戦艦「ヴァリアント」「マレーヤ」の合計6隻の戦艦は例外なく爆沈に至り、ビーティー中将は旗艦「ライオン」と運命を共にしている。

速射砲を新式の14式127o64口径単装速射砲に換装していた長門、伊勢、山城や他の日本艦の猛射に曝されたイギリス軽巡洋艦や駆逐艦も唯では済まない。政治的な意図によって撃沈にならないように一部艦艇に対する攻撃は調整されていたが、それでも廃艦寸前になった艦艇も多かった。この海戦は日本義勇艦隊の一方的離脱によって唐突に幕を閉じる。それでも、生き残った主力艦も中破状態に追い込まれていたクイーン・エリザベス級戦艦「バーラム」「ウォースパイト」のみだ。

イギリス本国艦隊の援軍として駆けつけるはずだった巡洋戦艦部隊の壊滅に伴い、ユトランド沖海戦はドイツ側優勢の状態で決着を迎える。この日本側の報復によって日英間で戦争が勃発しなかったのは、日英間で戦争状態になった際に、フランス共和国が日本側に立って参戦する可能性を示唆した秘密条約(この秘密条約の見返りとして、1924年までに6隻の薩摩級戦艦の建造を行う)があった事と、日本帝国との戦争が勃発すれば膨大な利益を生み出しているアジア方面の通商路途絶による損失を恐れたイギリス財界からの猛烈な反対と、工作商会によって巧みに誘導された各方面からの意見があった。それに中央同盟側との戦争で苦戦している状態で、日本側とも戦局を開けば劣勢になるのは火を見るより明らかだった現実も、戦争抑止として働いている。

そして、ロシア帝国では1917年3月から起こった革命運動を機にロシア帝国が支配していた大地は、革命政権の他にも複数の政権によって統治が行われていたのだ。

革命軍が主導するロシア・ソビエト連邦社会主義共和国。

立憲君主制としてロマノフ王朝の血脈を引き継いだロシア王国。

ロシア帝国崩壊時に日仏の支援によって独立したフィンランド。

イギリス帝国の介入によって誕生したアゼルバイジャン民主共和国。

以上の4つの国家である。

また、革命によって滅亡するはずだったロシア帝国が王国として血脈を保てたのは、特殊作戦群によるロマノフ家の救出と、日本帝国と帝国重工の支援と前もって行われた多くの尽力の賜物と言えるだろう。




1918年6月11日 火曜日

東カレリアのオネガ湖畔に位置するペトロスコイ(旧ペトロザボーツク)ではフィンランド派遣軍の基地拡張工事が進められていた。ペトロスコイの北部にあるコラ半島と、白海のオネガ湾に浮かぶ6つの島で構成されるソロヴェツキー諸島もフィンランド領になっている。

「革命軍は疲れきっているようネ」

ペトロスコイ基地の司令室の席に座っていた国防軍大佐の軍服を纏った女性が言う。どことなく戦場に立った二条カオリのような雰囲気が感じられる女性だ。北欧系準高度AIのエミリア・マルコヴァである。アンダーリムの眼鏡に銀の髪をショートボブに整え、グリーンの瞳が特徴的だ。時折モデル業も行っているが本職は軍属であり、不正規戦と防御戦を得意としている。彼女はペトロスコイ基地に駐留する国防軍第1戦闘団と、フィンランド白衛軍のゲオルク・フォン・エッセン中佐率いるヘルシンキ第1歩兵連隊からなる兵力を指揮しており、ペトロスコイ方面の守備を担当していた。

「それどころか戦争継続によって、
 なけなしの国力をすり潰しています」

エミリア大佐の言葉に副官が笑顔で応じた。
副官はミディアム型の黒髪を有する日系準高度AIであり、
久川カオルである。
カオルもエミリアと同じ眼鏡をかけていた。

また、革命軍とはロシア・ソビエト連邦社会主義共和国に所属するロシア革命軍を指す。確かにロシア・ソビエト連邦社会主義共和国は大きな勢力を誇っていたが、その実態はかなり厳しい。特殊作戦群によってロマノフ家救出作戦と平行して行われた極秘裏に行われた資産移動計画によってロシア・ソビエト連邦社会主義共和国は没収するべき貴族資産の4割を取り逃がしていた事に加えて、ロシア中央銀行本店にあるはずの正貨が殆どなかった(1904年の作戦により喪失)事実がロシア・ソビエト連邦社会主義共和国を財政的に追い込んでいたのだ。

更にはイギリス帝国からの経済・食糧支援を得るために連合国に残留し、中央同盟国との戦争を継続していた事情も相まって、ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国の首脳部はイギリス帝国の示す条件のまま戦い続けるしかなかった。革命軍はウクライナとベラルーシ方面でドイツ帝国との戦いで疲弊し続け、革命軍が支援していたフィンランド赤衛軍は既に見る影はなかったが、日本帝国の消耗を強いる目的からイギリス帝国によってフィンランド方面に対する攻勢が命じていた事が消耗を加速させている。

ただし、ドイツ帝国が行う激しい攻撃も長い戦争によって、戦争継続する経済的な限界が近い事が原因であり、その対処として主要戦線の一つを整理するための攻勢だった。同盟国のオーストリア帝国、オスマン帝国も同様に疲弊していたので、戦線整理は絶対に必要だったのだ。もっとも、経済的に疲弊していたのは連合国に於いてもイギリス帝国を除いて同じような状況だ。

絶望的な戦略・財政事情によってロシア・ソビエト連邦社会主義共和国の台所事情を更に厳しいものにしている。後の歴史家は、ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国の統治難度は「Ultimate」と書き示すほどの状況だった。

「西カレリアの状況は?」

「此方と同じような状況です」

「革命軍は無駄な消耗を続けているわけネ」

「はい」

西カレリアには日本帝国の対外有償軍事援助によって強化が進むフィンランド白衛軍のカール・グスタフ・マンネルハイム中将率いる2個歩兵師団からなる国家防衛隊とラウリ・マルムベルグ少将率いる第1野戦砲兵連隊が駐留していたが、その他にも秋山好古(あきやま よしふる)少将率いる、第21歩兵連隊と第11歩兵連隊からなる秋山旅団とフランス陸軍のフィリップ・ペタン准将率いる第33歩兵連隊の日仏軍の駐留軍によって防備が固められていた。日仏軍の司令部はフィンランド湾に面し、サンクトペテルブルクから北西に130kmの距離にあり、カレリア地峡の北西端に位置するヴィープリ(ヴィボルグ)に置かれている。

フィンランド湾には火力支援として戦艦「薩摩」、巡洋艦「浅間」、護衛艦3隻からなる艦隊が展開していた。

「革命軍に複数戦線を強要するなんて、
 イギリス帝国の暗躍もここまでくれば凄いわ」

「流石は世界帝国と言ったところですか」

「予想した中でも最大規模の介入を行ってきた、
 その努力と行動に対して、
 私たちもより一層のイギリス帝国の決意に敬意を示しましょう」

エミリア大佐は皮肉を込めて言う。彼女の表の任務はロシア・ソビエト連邦社会主義共和国の勢力拡大阻止であり、隠された任務がイギリス帝国の利権保護である。利権と利益が出る限り、イギリス陰謀論は崩れる事は無いだろう。

何しろ、アゼルバイジャン民主共和国が作られたコーカサスにはバクー油田開発を始めとしたイギリス資本が膨大に投入されており、アゼルバイジャン民主共和国建国の際にはイランからイギリス軍が駐留軍として展開していたのだから、陰謀論の信憑性がさらに高まっている。また、イランも世界大戦勃発に伴いイギリス軍によって占領(史実では、イギリス軍とロシア軍によって分割占領)されていた事から、各国の人々からはイラン占領もアゼルバイジャン民主共和国への布石と見られていたのだ。

また、コーカサスの統治には旧ロシア帝国陸軍のアビリィヤーノ・ピョートル少将率いるグルジアの少数民族であるミングレル人から構成されている第16歩兵ドミトリー・コンスタン連隊が協力している。第16歩兵ドミトリー・コンスタン連隊は、イギリス資本からの給金支払いが行われていたので士気は高い。

「それと、西カレリア方面でも此方と同じように、
 革命軍兵士の中に清国人傭兵の比率が増えてきているようです」

「革命政権と清国はどちらが悲惨なのかしらネ。
 まぁイギリスから戦争継続に必要なリソースを奪われ続けている
 清国の方が悲惨かしら」

「確かに…
 イギリスの介入と言えば、アメリカ方面はどうなりますか?」

「年末にはフィリピン開放戦を実施する予定よ。
 最高意思決定機関の方針転換がなければ、
 それまでは消耗を強いる方針になると思うわ」

「それまでに何両の戦車を作ってくるのでしょうか?」

「彼らは500両を目安にしているけど、
 イギリス系新聞社によって世論を煽られているようだから…
 色々な要因も重なって1000両は超えるかもしれないネ」

エミリア大佐が言うように、アメリカ陸軍はマークT戦車の抜本的な改良を行ったマークVのライセンス生産を対日戦の切り札として始めている。日本側による数々の偽情報や偽装工作によってマークT戦車と8式歩兵戦闘車の戦力比は1対2.7と英米側であると信じていた。改良型のマークV戦車を3両用意すれば勝てると計算しており、万全を期す為にアメリカ陸軍は4倍の車両戦力を整備するべく動いていた。実際は10倍の車両を用意しても勝てないのだが、そのような非情な現実を知るのはまだまだ先の話になるだろう。

「800両ぐらいと予想されていましたが、その根拠はなんでしょうか?」

「艦艇に戦車、作りかいがあるでしょう。
 手間が掛かる分、コストも嵩む。
 そして、大消費といって差し支えない大規模な軍需生産によって、
 暴落した国債によって生じた不景気が改善していく」

「え? でも、それは…」

「ええ、それはまやかし。
 軍拡に伴う一時的な消費拡大に過ぎないし、
 軍事産業には他の製造業と比べて低い雇用力しかないわりに、
 膨大な資金が必要になる。
 最終的に膨大な負債が残るだけ」

(まぁ、消費が大好きなアメリカ人には御似合いの結末かもネ)

イギリス帝国の介入や暗躍によって苦しむ国家と比べて、日本側の目立った国力の消耗は無い。それは戦地に展開している兵力を3個師団以内に納めていた事と、帝国重工が必要な資金及び物資を用意していた事、そして常に警戒して準備を怠っていなかった成果と言えるだろう。

日本側の事前準備にも関わらず世界大戦の終了後には、イギリス帝国による謀略と経済及び戦略的な都合から、日英の水面下の経済・軍事衝突が頻発し、その結果ユーラシア大陸を中心に日英冷戦構造が作られることになる。その冷戦構造の中で日本の宇宙開発が、当初の計画よりも遅れを見せながらも、本格的に進められて行く事になるのだった。




第五章完

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【あとがき】
帝国戦記ですが、宇宙開発の道筋が見えた丁度良い区切りに達した事と、このまま六章に入った場合、次の話までの間がかなり空いて最悪の場合半年に1話とかになってしまうので、帝国戦記の本編を一旦休止にしました。プロットは出来ていますが問題となるのが資料集めですね。フィンランド白衛軍の編成を調べるだけでも大変だった(汗)

誤字修正に関しては引き続き継続しますし、余裕があれば5章の後日談のような話を書くかも知れませんが…これに関しては気長に待ってもらえれば助かります。

これまで約3年半もの長い間、
帝国戦記を読んでいただき、
また、応援してくださり、誠にありがとうございました。

もちろん、他のコンテンツの更新は継続して行うので、其方の方もよろしくお願いします!

(2014年10月26日)
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