帝国戦記 第四章 第15話 『未来への備え』(仮)
知識に投資することは、常に最大の利益をもたらす。
ベンジャミン・フランクリン
大風湾要塞との戦いで四川軍が地獄を見ている頃、日本帝国の帝国議会では一つの法案が通ろうとしていた。法案の名は情報資格法である。それは新聞社、出版社など特定の発信者が営利目的として情報を発信する際の資格を決める法案だった。
国内情報を扱うならば適応されないが、外交や戦略のような他国と交わる情報を扱う場合に適応されるものだ。表向きの理由は、間違った情報を国内に流さないようにするのが目的だった。
その資格は情報を管理するものが取得する必要があり、
同じ人物が別会社の業務を担うのは許されない。
そして、資格の取得に必要な内容は次のようになる。
日本語に加えて強国およびそれに順ずる国の言語を2ヶ国習得する事と、情報資格一種を習得する事が必須だったのだ。情報資格一種とは理論的な記事を書くために代数的整数論、集合論、文体論、意味論、文法論、社会言語学、比較言語学を交えた難解な応用を理解しなければ習得できないものだ。フェルディナン・ド・ソシュールやリヒャルト・デーデキントのような才能が必要とされる極めて難度が高いもの…つまり、ただ記憶力が良いだけでは絶対に習得する事の出来ない資格である。何しろ、試験の勉強を始めるだけでも相当な基礎学力も必要になるという、司法書士の資格獲得すら優しく見える位の資格だった。
これは、最高意思決定機関と帝国重工が手を回して通す法案でもある。
このような超難解な資格を設ける目的は、身勝手な報道で政府を振り回したかつての歴史を反省し、新聞社や放送局などのような存在が暴走しないようにする為だった。歴史において発行部数や視聴率を上げるために、事実をねじ曲げ、時には扇動や捏造すらも行い、それが明るみになっても反省しない存在もあっただけに、この対策は不可欠と言えるだろう。この手の存在は日本国のみならず各列強に於いて存在していたのだ。
この日本帝国では、法案に先駆けて世論対策も念入りに行われており、七博士意見書の件を取り上げて情報発信源に対する資質管理の必要性を問いかけていたので、このような予防措置が可能になっていた。すなわち「取り扱いを誤れば戦争を悪化させ多くの人命が失われるので医師と同じように免許制にするべきと…」と。世論操作を行ったのは、日本政府と広報事業部だけではない。日本国内にある工作商会がこの日のために用意していた環太平洋新聞を始めとした3社からなる新聞社も動いていたのだ。
帝国議会で情報資格法の法案整備が進められているころ、さゆりとイリナが帝国重工本社ビルの応接間で情報資格法の話に花を咲かしていた。
「あの法案があればマスメディアの暴走は未然に防げるね」
「だね〜
放置していたら絶対に繰り返すし」
イリナの言葉にさゆりが頷く。
「情報資格一種の取得には、
最高学府の上位者が10年ほど勉強しないと取得が出来ない位に
難しいものになるわ」
国益に反する情報が報道機関から発せられるデメリットを歴史から学んでいただけに、今回の備えは大災害や戦争対策に匹敵する大掛かりなものだった。力の入れようも当然と言えよう。
「うんうん。
資格更新の期間もあるから腐敗の温床になり難いのも良いね〜
責任の所在もはっきりするから悪質な扇動もやり難いだろうし」
広報事業部に関して資格取得に於ける問題は無い。広報事業部を率いるリリシアは24基副統括システムに連なる存在なので、試験は完璧にこなせるだろう。イリナも然り。そして、環太平洋新聞のような工作商会には睡眠学習装置によって必要な知識を与えていた人員が送り込まれている。また、彼らは帝国学院で準高度AIたちが定期的に開くの勉強会に参加を行っているので能力がさび付く様なことはなかった。
「扇動と言えば、
中央情報局の第一級要注意人物一覧表(ブラックリスト)に
戸水の名前が載ったわ。
明日からか監視が始まるわよ」
「ほんと!」
イリナが喜ぶのも無理はないだろう。戸水寛人(とみず ひろんど)とは七博士意見書で国力を無視した煽動的な発言を行った人物である。史実では証券詐欺や悪質な投機で悪名を残した悪漢でもあった。野放しにするのは危険な人物と言っても過言ではないだろう。
また、監視と言っても戸水を目視監視するものではなかった。
一つ目は戸水が利用する電信を始めとした通信の全てをリアルタイムで監視下に置くものだ。このような芸当も中央情報局は国防軍が用いる大規模コンピュータである7式複合計算機を用いたセキ・システム(全世界通信傍受・中継システム)との接続が可能なのでこのような手法も実現可能になっている。これは世界各国の電話、電信、長波無線、短波無線、海底通信ケーブルも傍受下に置くもので、日本の情報戦の根幹を支えるものだ。これはかつての世界で米国情報部が行った手法を参考にして作られている。
また、セキ・システムの名の由来は高野が尊敬する歴史上の人物である、算聖として崇められ日本数学史上として有名な江戸時代の数学者、関孝和(せき たかかず)からきている。
二つ目は金の流れの監視だった。金銭の監視は証券詐欺や悪質な投機を行った際に直ぐに摘発するためである。帝国重工が運用する帝国銀行と違って他の銀行ではネットワーク化がまだ行われていないので、此方に関しては定期的な監視になるが、優秀な調査官が動くので犯罪行為を見逃すことは無いだろう。
「しかも児玉大将が直接指揮をとってるから
逃れることは出来ないでしょうね」
「うわぁ〜
児玉さんなら監視対象が犯罪行為を行ったら、
悪質なものなら即座に特殊捜査班とか動かしそう」
「言えてるわね」
中央情報局には特殊捜査班なる実働部隊が存在している。特殊捜査班の実態は国防軍特殊作戦軍から出向している部隊なので、装備の質と実力は推して知るべし。
二人の話はやがて南極大陸上空で試験飛行が行われている航空機へと移る。
「例の名前は疾風になるのかな?」
「そうね。
真田さんの意見が通りそうよ」
イリナが言う疾風とは高級車「疾風」の事ではない。イリナの姉であるソフィアと真田が作り上げた8式試作機の事を指す。8式試作機はやがて起こるだろう航空戦に備えて国防軍の時期主力機として開発が進められているものだ。早すぎると思われるこの時期から始められていたのは完成度を高める意味と、余裕がある時期に進めておく保険の意味があった。ただし、機密保持の観点から、この8式試作機計画を知る者は高野たち主要人物と準高度AIのみに限られている。
さゆりの言葉が続く。
「反対意見は無いし、
このまま進めば間違いなく疾風になるでしょう」
「まぁ命名案の候補にあった雷電だと局地戦闘機に見えちゃうからね」
「確かに、そう考えれば疾風はぴったりな名前ね」
二人が話す疾風の概要はA-10サンダーボルトIIを参考にして作られた試作機である。
そして、A-10は低価格の攻撃機でありながら、被弾しても任務の続行が可能な程に重装甲な機体として有名な近接航空支援機(CAS)であり、その堅牢さは、携帯式地対空ミサイルを受けても帰還した機体があるほどだ。
疾風は21世紀半ばに於いて既に広く使用されてメリット・デメリットが明らかになっている技術によってA-10を再設計したものなので信頼性は折り紙つきだった。 再設計の際に国防軍側の要求としては製造コストの安さは当然として、燃料に第五世代型バイオ燃料か帝国重工が生産可能なものを使用することが絶対条件とされ、艦載機化を筆頭に長期に亘って使用可能な発展性とA-10の四割り増しの耐久性の高さである。その結果、試作機として出来上がったものは次のような機体だった。
低高度での長時間飛行を考慮した速度調定率の優れた下に折れ曲がった長スパンの直線翼の機体構造は変わらなかったが、防御力強化とアレスティング・フックの装備と主脚や胴体構造の強化によって、そのサイズは一回り大きいものになっている。もちろん速度、機動性、兵装搭載能力に関しては2基の試作8式ターボファンエンジン1型(95kN)のお陰で重量増加にも関わらずオリジナルと比べて全く損なわれていない。航続距離も然り。
疾風は将来に於いて日本側が日本圏に対して武力介入を試みる国家に対して行う、外科療法を伴った戦略的心理療法の環境構築の際に心理的ショックを狙って投入される予定になっているが、現在のスケジュールでは実戦投入は1942年になるだろう。最有力候補は覇権指数の高いアメリカ合衆国である。 ともあれ、疾風は敵側が第1世代ジェット戦闘機を投入するまで汎用機として使用し、それ以後は近接航空支援機や無人攻撃機として運用する。疾風投入までは国防軍は試験飛行機「流星」の軍用版の戦闘爆撃機「流星改」によって凌ぐ予定だ。もっとも流星改自体も戦闘爆撃機でありながらも、P-51Hマスタングよりも空戦性能が勝っている機体なので、日本側と敵対する国家にとってなんら慰めにもならないだろうが。
そして、疾風に至っては機首下部に露出した8式30oガトリング砲を主要兵装を始めとした11ヶ所の兵装架(ハードポイント)には様々な対空、対地、対艦用の外部武装を装備可能な疾風は第二次世界大戦に於いて、連合国側から死神のように恐れられる事になるのだ。
史実においてアメリカ軍が誇るフライングフォートレス(空飛ぶ要塞)や空の女王の異名を持っていたB-17は、疾風によって「空飛ぶ棺桶」という有り難くない渾名を授けられ、B-17の後継機とも言える、B-29はスーパーフォートレス(超空の要塞)ではなく「超空の墓地」と揶揄されるほど。
イリナが可愛らしい仕草で思いを馳せるような感じで口を開く。
「8式が早く正式化にならないかなぁ」
「どうして?」
「あの力強いボディって見栄えが良いから、
写真の素材としてはうってつけなんだ」
「なるほど。イリナらしいね。
ただ、あの機体に関しては戦略状況次第だから、
よほどの事がない限り生産は早まらないでしょう」
「だよね」
二人の話題は疾風から設計中の制空戦闘機「震電」の話題を経て、
やがて女性らしいファッションのものとなった。
「さゆり〜
次の休暇だけど、トラック島で着る水着はどのようなタイプにする?」
「私は控えめなものにするわ」
「駄目だよっ
休暇の時こそアピールしなきゃ。
さゆりだって高野さんとの関係を次のステップに進めたいんでしょ?」
「ま、まぁ…そうだけど…」
「なら、これなんかどう?」
と、イリナは言うとさゆりにファッション雑誌を開いて渡す。
この雑誌は広報事業部が作ったもので、当然ながらイリナの監修が入っていたものだ。
(好意なのは判ってるけど、
過激な水着を進められたら困るわ…)
さゆりはそう思いながらも付箋が付いた箇所を見る。そこにはさゆりが思ったような過激なものではなく、レース生地をカバーした紫色を基調とした高級感のある装飾にティアードスカートを有するお洒落なワンピース水着だった。大きく開いた背中と首の後ろにあるリボンがアクセントになっているもの。
「うん。少しお色気があるけど…
まだ、お洒落の範囲ね。
イリナが薦めてくれたこの水着にするわ」
「でしょでしょ〜
さゆりにってデザインしたものなんだ!」
「そうなんだ…
イリナ、ありがとう」
「えへへ♪」
イリナはモデルとして活動するだけでなく、最近は衣服のデザインなども始めていたのだ。これは趣味だけでなく、高野とさゆりの関係を進展させる意味もあった。ただ、さゆりは知らなかったが、イリナがデザインした水着は同じ製品でも特注品の中には競泳水着のようにフィットするかなり薄い生地で作られた少しセクシーな水着もあるのだが、さゆりがそれを知るのは現地に着いてからになる。
(高野さんとの仲が進展するように、
水着のほかにも色々工夫するから楽しみにしててね)
こうして帝国重工の備えと平行して、イリナたちが推し進める高野との関係進展の備えは着々と進められていたのだった。
第四章完
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【あとがき】
航空機の疾風って2年前に掲示板で出てから、やっと出せた…
そして防御力強化に重点を置いたので他の性能はA-10の多少の増加に留まってます。
また、疾風の命名者は蒼龍さんになります。
【試作機「疾風」 性能】(仮)
サイズ : 全長:19.16m、全幅:17.42m、全高:4.52m
空虚重量 : 15.890kg
搭載機関 : 8式ターボファンエンジン1型(2基:95kN)
速度性能 : 巡航速度:540km/h、最高速度:980km/h
航続距離 : 戦闘行動半径:1410km、フェリー航続距離:4500km
上昇高度 : 上昇限度14240m、上昇率:1930m/min
固定武装 : 8式30mmガトリング砲(1基:1380発)
搭載兵装量 : 主翼下の合計11箇所の兵装架、合計8トン
製造元 : 帝国重工
試作機完成 : 皇紀2568年(西暦1908年)09月05日
初飛行 : 皇紀2569年(西暦1909年)02月24日
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(2013年04月13日)
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