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帝国戦記 第二章 第50話 『トラファルガー沖海戦 後編』


君は言う「善行のためには戦いを犠牲にせよ」と。
私は言う「善戦のためには万物をも犠牲にする」と。

フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ





佐世保湾海戦のロシア艦隊と違ってトラファルガー沖にて戦うフランス艦隊は日本艦隊に圧倒されっぱなしだった。何しろ海域が限定されていた佐世保湾海戦と違い、この海戦では日本艦隊は広い海域を自由に航行できる。日本艦隊に比べて格段に速度に劣るフランス艦隊では一度失った主導権を奪い返す事は容易ではない。 戦例から見れば若干の優速程度では戦闘結果に影響しないが、これが倍近くともなれば話は変わる。何しろ葛城級の速度はフランス最新鋭機関を搭載したリベルテ級の198パーセント増しの速力を有しており、しかも葛城級は大型艦にも関わらず運動性能も高い。

速度や運動性能のみならず総合力に勝る日本艦隊は射線先にあるフランス艦隊の戦艦隊との砲戦距離をおおよそ15000メートルを維持し続け、フランス側の攻撃手段を発射速度の遅い主砲に限定し、圧倒的な主砲弾の投射量によってフランス戦艦を打ちのめしていく。

4隻に及ぶ葛城級からの砲撃が戦艦デモクラティに集中して行く中、装甲巡洋艦ジュール・ミシュレにて装甲巡洋艦からなる戦隊を指揮していたセネス准将は、自らの「ジュール・ミシュレ」を先頭に、残る4隻の「レオン・ガンベッタ」「ヴィクトル・ユゴー」「グロアール」「マルセイエーズ」を率いて、友軍戦艦隊の危機を救うべく日本艦隊の針路先に対して突入を開始する。

旗艦喪失により混乱気味となったフランス艦隊も、
訓練された軍隊に相応しく、簡単には諦めず可能な限りの手を打ったのだ。


「敵、装巡5、我が艦隊に針路を向けました」

「ほう、勇気ある行動だが葛城級が相手では無謀だな。
 だが丁度良い、13500まで接近したら速射砲にて先頭艦から順々に
 各装巡の艦橋部に対して、それぞれ3秒づつの掃射を行え!」

戦闘指揮所(CIC)の要員からの報告にカオリは即座に反応した。

この葛城級に搭載されている6基(片舷に3基づつ)の95式62口径57o単装速射砲はボフォース57o砲を改良したものである。従って発射速度も毎分260発と高く、14000メートルの距離でも十分に有効射程内だった。もちろん優れているのは発射速度だけではない。対空・対水上に使用できる高性能な両用砲なのだ。当然、対空兵装として使わねばならない為に命中精度の高さは凄まじく、射程はリベルテ級戦艦の主砲として搭載されているカネー1893-1896年型305o連装砲よりも長い。

だが射撃のタイミングが早すぎれば、フランス艦隊の士気崩壊によって散会による逃走が行われる危険性があった為に、この距離になるまでは射撃を控えていたのである。カオリはフランス艦隊を1隻残らず撃沈するつもりだった。彼女の思惑通り、このような近距離にて攻撃を食らえば通常の回避行動は間に合わず、また対応策を取る前に艦橋部分と共に指揮系統は重大な危機に陥るだろう。

容赦の無いカオリの命令が続く。

「掃射にて装巡の指揮系統を潰した後、同じように各戦艦の艦橋を狙うぞ。
 それらを終えたら、主砲以外の兵装にて装巡の掃討を開始せよ。
 殲滅戦故に一隻たりとも逃がすな」

「アイ、諸元入力完了、
 トレース(全砲塔自動追尾)いつでもいけます」

「わかった。
 さて……大西洋の新参者である我々からのささやかな歓迎会だ。
 礼は不要だ。心置きなく楽しんでくれ」

かつて帝国軍の評価試験で「鬼神の如く」という評価を得ていた、 57o単装速射砲が最良の条件下にて火を吹くことになった。

ジュール・ミシュレにて戦隊を指揮していたセネス准将は日本艦隊からの速射砲の攻撃を受けて絶句する。1隻の葛城級がジュール・ミシュレに向けられる砲は片舷の3門と少なかったが、その火線の凄まじさは半端ではない。単装砲とはいえ、1秒に2発の射撃が可能な両用砲で撃たれるのだ。

常識に反した速度で撃ちこまれてくる砲弾がジュール・ミシュレの艦橋付近に着弾し始める。何かを叫ぼうとしたセネス准将だったが、その言葉を言いきる前に、彼の肉体は艦橋部に飛び込んできた57o砲弾によって四散する。彼にとっての救いは苦痛を感じる間も無かった事であろう。

そして1秒の間に24発にも上る砲撃を3秒間も食らった影響は大きい。全弾命中ではなかったが、さほど大きくない低い箱型の艦橋部分は、その艦橋の真後ろにある1番煙突と共に完全な廃墟となっていた。生存者は居ないどころか、原型を保った遺体すら全くない有様である。そして後部艦橋もその運命に逆らえない。日本艦隊は各艦に割り当てられた掃射時間の残る3秒を用いて箱型の後部艦橋と、その上部にある簡便な単脚式の後檣を破壊していたのだ。

何ら慰めにはならないが、これでも英国艦の監視対策として、それなりの無駄弾を演出している。もっとも過半数に上る直撃弾を受けているフランス艦隊にとっては抑えられていたとはいえ理不尽とも言える火力に変わりなかったが。

ジュール・ミシュレとレオン・ガンベッタが掃射され、3番目に航行していたヴィクトル・ユゴーに流星雨のように速射砲が降り注ぐ中、アミラル・オーブ級のグロアールが離脱を図る。

その様を見てカオリは冷たく言い放つ。

「私達が招待しているのに一体何処へ行こうというのかね?
 粗相が過ぎる……流石に断りも無く立ち去る無礼者には躾が必要だな」

「その通り。
 ですが…逃げるにしては決断も速度も余りにも鈍い」

カオリの言葉に続くようにカエデ中佐の言葉が続いた。

カオリがカエデ中佐に視線を送ると、その意味を理解したカエデ中佐はカオリが望む罰を敵艦に与えるべく砲撃パターンの変更を行う。

そしてカエデの言葉通り、対空砲としても使える57o単装速射砲にとって水上艦艇の動きは余りにも鈍重だった。このような有効射程内に入ってしまった状態で回避行動をとっても間に合うものではない。グロアールによる必死の回避行動をあざ笑うかのように、日本艦隊はヴィクトル・ユゴに対する所定の掃射を終えると、その速射砲によるシャワーをグロアールに放ち始める。他の艦と違ってカオリの教育的指導によってグロアールに対する速射砲による掃射は6秒で終わらず20秒ほど続く。

400発以上の速射砲による猛射を食らったグロアールの甲板上は他の艦艇に増して大きな火災に包まれていった。退艦しようにも艦上は速射砲によって撃ちこまれた特殊レニウム外郭徹甲弾による励起熱によって致死に至る猛烈な熱線に覆われており脱出できるような状況ではない。脱出しようと船内から飛び出した船員の一人が、たちまち火だるまとなり、形容しがたい悲鳴を上げながら絶命して行く。カオリの怒りを買った彼らにもはや退路は無い。

カオリは言う。

「少々、躾が強すぎたかもしれぬが、
 教育者である私は躾に対しては手加減しない性分だ。
 だが私も鬼ではない。
 私の計算だと爆沈までは4分ほどの余裕はある。
 止めは刺さん。最後の瞬間まで、心ゆくまで信じる神に対して祈るがよい」

カオリの言う通り速射砲の火線は用済みとばかりにマルセイエーズに移る。
それから4分ほどしてカオリの計算通り、グロアールは弾薬庫に火がまわり爆沈となった。
生存者は皆無である。

このように速射砲が各装甲巡洋艦に猛威を揮っていく中、戦艦デモクラティも必至の抵抗も空しく、多数の155oの特殊レニウム外郭徹甲弾を浴びて旗艦の後を追うように、くの字の形に折れる様に爆沈し、その艦命に終止符を打っていた。その次に狙われたジュスティスも僅かの間に大破状態へと陥り速度が低下しつつある。砲撃が止まなければ先に沈んだ2隻と同じような経過を辿るのは時間の問題であった。

「デモクラティか…
 民意に沿って出撃し、民意に反する結果とは皮肉好きなフランス人にはたまらんだろう」

カオリは痛烈とも言える皮肉を言う。

民主(デモクラティ)という名の通り、国威を示すべく民意に沿って出撃したものも、葛城級の集中砲火によって戦果を上げることなく沈んでいる。確かに艦名を考えれば皮肉としか言いようが無い出来事であった。そして、速度が低下してからは弾薬庫近辺に射撃が集中し、戦艦ジュスティスも公平という艦名に相応しく、先に沈んだ2艦と同じく爆沈となる。

「ジュスティスの爆沈を確認!」

「よし、次は4番艦のヴェリテを狙え!」

「アイ、敵4番艦を狙います」

「安心して祖先が散った海域で眠れ。
 寂しくない様にお前達の仲間も直ぐに送り届けてやる」

速射砲が砲撃を始めてから6分が経過した頃になると、フランス艦隊の各艦の艦橋は無残に破壊され組織的な行動は終焉を迎えていた。フランス艦隊からの反撃は乏しかったが、降伏プロセスを終えていない以上、カオリは攻撃を緩める理由にはならない。 殲滅する決心を固めていたカオリであったが英国艦の目もあり、日本艦隊は発光信号と無電の両方にて降伏勧告を続けつつも、衰える事の無い猛攻撃を続けていたのだ。もっともフランス艦隊の各艦は速射砲による攻撃により艦橋やアンテナが破壊され、発光信号や電文を送り返す手段を喪失しており降伏したくても出来ない状況だった。

この段階になるとジュール・ミシュレとレオン・ガンベッタの2隻の装甲巡洋艦は海面上から姿を消している。12000トン級の装甲巡洋艦に相応しく弾薬庫周辺には170oの装甲が張られていたが葛城級が繰り出す想定外の砲撃量の前には無力に等しい。例え砲撃が貫通しなくとも、極めて短時間もの間に連続着弾する速射砲弾の衝撃によって装甲板が叩き割られ、その構造材を飛散させていたのだ。もっとも衝撃に耐えられていたとしても、速射砲の砲弾は特殊レニウム外郭徹甲弾の為に最終的には励起熱による誘爆は避けられず結末は同じである。

レオン・ガンベッタは公試中に霧によって座礁するという不運な艦艇であったが、その結末は出始めの不幸が霞む程の結果と言えよう。

戦艦シャルルマーニュは真っ二つになる形で轟沈し、その後を追うようにヴィクトル・ユゴーも弾薬庫付近に速射砲の集中弾を食らい、誘爆による爆沈となる。大西洋の大海原はフランス海軍の将兵達を、その絶望と共に容赦なく呑み込んでいく。奇跡的に艦外へと投げ出された者も、爆沈時の衝撃や沈没時の渦に巻き込まれた形で死の運命を辿っている。

こうしてド・ラペイレル中将に率いられたフランス艦隊の主力は、かつてトラファルガーの海戦が行われたトラファルガル岬沖にて、全艦撃沈という結末で終わりを迎える事となった。日本艦隊によって救助された生存者は11名に過ぎない。訓練された多くの兵と共に28隻艦隊装甲艦整備においてレピュブリク級の次に建造され、史実の第一次世界大戦に於いて艦隊主力を務めているリベルテ級の全艦の喪失は、フランス海軍にとって大きな損失と言えるだろう。

だが、フランス海軍が被る損失はそれで終わりで無く、ほんの始まりに過ぎなかった。その事をフランス海軍は否応なく学ばされていくことになる。














トラファルガー沖海戦の翌日、高野、さゆり、イリナの3人は、幕張造船所第二工廠のコントロールルームに居た。この幕張造船所第二工廠の北西2.5kmには旧津田沼村の外縁部にて植林が進められている津田沼森林区画がある。さゆりとイリナが狼の散歩に使うルートの一つであった。そして、さゆりとイリナがこの工廠に来ていた理由は建造中の巡洋艦をバックにして行う写真撮影に参加する為なのだ。他のモデル達はもう少ししてから到着する予定になっている。

高野の本来の予定は建造状況の視察であったが、周囲の勧めもあってついでに広報事業部の撮影を視察する事になっていたのだ。これもさゆりの想いを成就させたいとイリナ達の働きかけによるものである。もちろんさゆりの写真も多くの需要があったが、イリナ達からすれば高野に見せる事こそ最大の目的なのだ。

また、この写真撮影には暗に新造艦の建造を匂わせる事で国民に安心感を与える事と、国外に対する抑止の一つとして活用する目的がある。

もちろん写真から技術情報が漏れるようなヘマは行わない。
広報事業部の撮影技術は女性の被写体と同じく、見えそうで見えないように撮る事に長けている。被写体を問わず相手を焦らす絶妙なチラリズムを表現するのが広報事業部なのだ。

コントロールルームの正面にある各モニターに映し出されている、
それぞれ建造中の4隻の巡洋艦を見ながらイリナが言う。

「これらが完成すれば、当面は安心だね〜」

「そうだな。
 今回の戦争に於ける積み重ねた戦果が日本艦隊の実力を保障してくれる。
 その上で好き好んで被害を被りたい物好きは居ないだろう」

イリナに応じた高野の言葉通り、佐世保湾海戦における日本艦隊の奮闘、そして日本海海戦にて条約軍が受けた歴史的大敗北が日本艦隊の戦力価値の高さを証明していた。それに加えて、日本本土から離れた遠方の地である大西洋にてフランス軍が受けた被害がその評価を後押ししている。皮肉な言い方をすればフランスは日本の安全保障と報復能力を世界に示すために奮戦している事になるだろう。

さゆりが高野の言葉に続くように言う。

「それにこれ等の艦艇が竣工すれば改修や休息のローテーションも容易になります。
 それに管理下においている領海に対して、
 こちらの保有戦力が少なすぎる現状の改善にも繋がるでしょう」

「うんうん、今は何とかなっているけど、
 今の艦艇数だと将来を考えると不安だからね〜」

イリナが可愛く頷きながら言った。

さゆりの言う通り、日本帝国と公爵領の支配海洋地域は多岐に及ぶ。現段階で支配権が確定している海域は日本海、オホーツク海、ソロモン海、中部太平洋である。また、それらの海域に加えて南インド洋、ベーリング海、北極海域、南極海域にも橋頭保を築きつつあった。これらは世界の海洋面積はイギリス帝国に次いでの支配領域と言えよう。しかも大西洋にすら艦隊を進出させていたのだ。

誰が見ても海上兵力の絶対数が不足しているのは明白であった。

戦闘で損失しなくても艦艇は、戦闘力を保持する為に周期訓練や定期的な保守・修理や改修工事を行う必要がある。イギリス帝国が他国を圧倒する大海軍を有しているのは、戦争目的ではなく広大な海域を支配するのに必要だったからに過ぎない。常時展開している戦力は全兵力の3割程度なのだ。

日本はイギリスのような広大な領域を抱えるつもりは無かったが、それでも大西洋を除く現状の海域を長期に亘って守るためには艦艇の増強は不可欠と言え、帝国重工は列強各国の艦隊戦力が激減している間に艦隊戦力の増強に取り掛っていた。建造が進められている巡洋艦以上の大型艦(輸送艦などは除く)は以下の様になる。


幕張造船所第一工廠、長門級戦艦「金剛」
幕張造船所第一工廠、長門級戦艦「比叡」

幕張造船所第二工廠、葛城級巡洋艦「古鷹」
幕張造船所第二工廠、葛城級巡洋艦「加古」
幕張造船所第二工廠、葛城級巡洋艦「青葉」
幕張造船所第二工廠、葛城級巡洋艦「衣笠」

夏島港第二工廠、葛城級巡洋艦「黒姫」
夏島港第二工廠、葛城級巡洋艦「樫保」
夏島港第二工廠、葛城級巡洋艦「敷香」
夏島港第二工廠、葛城級巡洋艦「幌内」

夏島港第三工廠、葛城級巡洋艦「神威」
夏島港第三工廠、葛城級巡洋艦「紗那」
夏島港第三工廠、敷島級工廠艦「初瀬」


敷島級とは基準排水量14500トンの剣埼級大型補給艦の船体を流用して開発された艦隊整備を主任務とした工廠艦である。むしろ剣埼級の船体に工廠モジュールを乗せたと言った方が近いだろう。ただし工廠艦「明石」のような万能工廠艦ではなく、その工廠能力は主に艦艇の整備と補修に絞られている。

計画当初は飛鷹級強襲揚陸艦の船体を流用した大型工廠艦の建造を計画していたが、それではコストが膨らみ、また竣工時期が戦後になってしまう事から、短期間で船体の建造が可能な剣埼級が選ばれていたのだ。一番艦の敷島は既に訓練航海を開始しており、また2番艦の初瀬も、ある程度の船体が出来上がっていた剣埼級から改装が進められており、急げば来年の初めには竣工する予定となっていた。

この敷島級は友軍による大規模な地上設備が無い
インド洋と大西洋の艦隊支援を視野に入れた艦艇と言える。

また、このうち幕張造船所で建造を進めている軍艦は帝国軍向けであった。ただし金剛と比叡は起工したばかりであり竣工には1907年の予定である。乗員の訓練を考えれば2隻の戦艦の実戦配備は1912年ぐらいになるだろう。そして10隻の巡洋艦の内、5隻(樫保、敷香、幌内、神威、紗那)が樺太島や択捉島の山や川から選ばれていたのは、日本の北方重視を暗に諸外国に伝える意味があったのだ。決して真田中将の趣味ではない。

これらの葛城級巡洋艦は後部砲塔から艦尾に掛けてティルトローター機の4式輸送機「紅葉」などを運用するヘリコプター格納庫及び発着甲板として再設計されていた。搭載数は並みのヘリなら4機、紅葉なら2機である。

これも史実における並みのヘリコプター巡洋艦よりも巨大な船体と、艦体後部に大きくあった余剰スペースのお陰と言えよう。最終的には三連装砲塔は全て撤去となるが、それは当分先の話である。だが、もし葛城級が搭載している主砲が200o級の主砲だったら、現段階で後部主砲は弾薬庫が制限されるか、最悪の場合は撤去されていたに違いない。

またこのように巡洋艦が重視されたのは、護衛艦では天候によっては運用が制限されてしまう海域が多かったからである。この事から居住性も良好で航続距離が長く、荒れた海域でも安定して運用できる葛城級がここまで起工されていたのだ。それに彼女(葛城級)は汎用性が高く、しかも自身が有する長射程の155o砲は特殊砲弾を併用することによって対地・対艦と卒なくこなせる事から、費用効果としては絶好の艦艇と言えるだろう。もちろん海上交通路(SLOCs)を守る護衛艦と、艦艇を支える各種支援艦の建造も進められている。

高野は建造中の巡洋艦群に視線を向けながら話す。

「安全な時にこそ、ますます防御を固めよ。
 真に危険を免れるのはそのような人である……このような格言にもある。
 だが、この艦艇増強が終われば、
 若干の陸上兵力の拡張を除けば10年ほどは軍拡は無いだろう」

「そのプブリリウス・シルスの格言って、さゆりとカオリが好きだったよね」

「確か…カオリが特に好きだったのは、
 運命にまかせるのではなく、自らの行動で人生を切り開け……
 という格言だったわね」

「不思議にカオリだとすっごい攻撃的な格言に感じるよ」

「ええ……日本の未来を切り開くために暴れ過ぎないか心配よ」

「む、無理かなぁ〜
 だって高野さんのお墨付きを得ているし」

イリナが苦笑いしつつ言った。さゆりも同じような表情をしている。高野は昨晩、SUAV(成層圏無人飛行船)と北極圏の基地群を中継してカオリから受けた戦況報告の際に、可能ならば一ヶ月以内にフランス地中海艦隊の撃滅を命じていたのだ。さゆりとイリナはその事を知っており、苦笑するしかない。 また、大西洋で活動する艦隊との連絡を行える事から、国防軍は限定的であったが地球圏規模の通信網を構築している事が伺える。

「多少は過激な行動はあるが、カオリは考えて行動しているから大丈夫だろう。
 それにフランス地中海艦隊に壊滅的な打撃を与えれば、
 地中海に於けるイギリスの軍事プレゼンスが増すことになる。
 裏庭の覇権が失われるとなればフランスは日本との戦争どころではない」

フランスにとって地中海は本土に面する重要な海域であったが、それはイギリスにとっても同じである。むしろ重要度はイギリスの方が大きい。その証拠にイギリス地中海艦隊は本国艦隊に次いで大きな規模を有している。何しろ地中海と大西洋の境目にあるジブラルタルを始め、地中海の中央にあるマルタ島、スエズ運河の入り口であるアレキサンドリア、東地中海のキプロスの4箇所に主要な海軍基地を持っているのだ。

イギリス地中海艦隊の任務はフランス海軍とイタリア海軍に対抗するだけではなく、最重要の植民地であるインドへの最短航路を守ることも任務に含まれていたからである。

「そして彼らの目を地中海に向けさせてからオレロン島を始めとした一帯を制圧し、
 フランスに於ける継戦派を失脚させるのですね」

「それら一帯の占領で和平に届かなければ幾つかの作戦を行った後、
 フランス銀行に保管されているフラン・ジェルミナル金貨を頂くことで決断させるよ」

「財布の中が空っぽになれば戦争は続けられないからね〜」

「だが血を流さないフランス好みの平和的な方法だろう。
 ともあれ優先するべきことは条約軍、
 いやフランス軍が混乱から立ち直る前に確固たる橋頭堡を築く事だな」

高野達の会話に出てくるオレロン島とは、フランス本土の大西洋沿岸沖合いにあるシャラント・マリティーム県の県都ラ・ロシェルの西3kmのビスケー湾に浮かぶ島の事を指す。人口は6700人で、面積が175kuであり、温暖な気候条件と美しい海岸部の魅力によってリゾート土地としても有望な場所でもあった。長期に亘って駐屯するには最適の場所と言えよう。

国防軍は後にオレロン島にて敷島を配備し、
必要な時期まで日本大西洋艦隊を支える計画を立てている。

このオレロン島から南に約25kmと離れた場所にはアキテーヌ地域圏有数のリゾート地帯であるル・ヴェルドン・シュールがあった。そこには珍しいことに広報事業部系列の工作商会であるレピドール商会が活動している。彼らは表向きはリゾート事業や農業に精を出す傍ら、ル・ヴェルドン・シュールから8km南にあるグラヤン・エ・ロピタルを始めとした地域にて幾つかの工作を進めている。

このように軍事力のみならず、日本側は多方面の分野に亘って知恵を行使し、次の戦いに備えていたのだ。日本帝国に於ける列強との戦争は次の局面へと進みつつあった。




第二章完


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【あとがき】
95式62口径57o単装速射砲はボフォース57o砲の改良型。あえて70口径にしなかったのは耐久性重視のためでした。62口径でもかなりの性能だけどね(汗)

しかし、史実のアメリカの生産力と教育速度は普通じゃないなぁ。重巡利根と戦艦ニューメキシコと比べると、利根の方が起工から進水に1年半も長く時間が掛かっているんですよ。

これでは史実の日本海軍が太平洋戦争で米海軍に圧倒されるのも当然ですね(涙)

ともあれ区切りが良いので第二章をここで終えることにしました。
これまで帝国戦記を読んでくれた人に感謝です!


意見、ご感想を心よりお待ちしております。

(2010年11月20日)
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