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レクセリア戦記 第07話 『ニーシェル川の討伐 2』


夕食を終えた三人は後片付けを終えると先ほどのセレーネの言葉通りに、トレーニングに入っていた。トレーニングといっても激しいものではなく、明日の討伐に支障が出ないものに留まっている。イリスはセレーネから命じられた魔力伝導率を上げる瞑想――――理解の杖(コンパートワンド)に自らの魔力を循環させてから体内へ戻す――――を行い、ロイはセレーネから幾つかの検査を受けるだけのもの。

ロイは体作りはきちんとやってるようね。
イリスも言いつけ以上に熱心にしてるようだし、次の段階に移れるかも…
いけない、いけない、決めるのは最後の確認をしてからだわ。

セレーネはロイに行った検査結果に満足し、
最後の確認へと移る。

「…なるほど、大体判ったわ。
 疑問もあると思うけど、後できちんと説明するから。
 ロイ、次は背中を向けて座ってね」

「判った」

ロイは素直にセレーネの指示に従った。セレーネはロイの背中に洋服越しに手を当て、ロイにおける現在の魔力の伝達率と順応率を知るために極めて微弱な魔力を流し込む。流石に微弱すぎて何の反応も無い。次に少しだけ強めの魔力をロイに流す。これには少し驚いたようで、体がピクリと動く。幾度か魔力波長帯を変えて行う。魔法は各人によって波長帯が微妙に異なっていたが、熟練者ともなれば自由に操ることが出来るのだ。

「どう、何か感じたかしら?」

「うーん…何となく存在を感じられるんだが、
 漠然としすぎて…」

「なるほど。
 じゃあ、次のこれはどうかしら?」

セレーネは期待を込めた表情で、
イリスの魔力波長帯に似せた魔力を送り込む。
先ほどと違ってロイは何かを感知する。

「体内に流れるような熱のようで熱でない何かが感じられる。
 それに…」

「それに?」

セレーネが続きを促すと、ロイが笑うなよと念を押す。
ロイの言葉にセレーネは笑わないわよと快諾した。

「変な表現だけど…
 なんだかイリスの温もりのようなものを感じがしたんだ」

「そうよ、それが世に言われる魔力と言うものの流れ。
 世界に満ちる根幹の力の一つ。
 それを自分の意思で操れるようになれば、
 魔法を使えるようになるし、
 闘気を操る感覚にも似ているので無駄にはならないわ」

セレーネは簡単そうに言っているが、実際は簡単な事ではない。魔力の流れを感知するだけでも相応の時間と訓練が必要だった。もちろん闘気も然りだ。ロイも基本的な知識として、その事を知っており、何故、こうも簡単に感じられたかを疑問に思い質問する。

セレーネは良くぞ聞いてくれましたと表情で口を開く。

「基礎中の基礎とはいえ、
 訓練無しでロイが魔力感知が出来たのはイリスのお陰よ。
 ロイはイリスと一緒にお風呂に入ってるでしょ?」

ロイが頷いて同意を示す。
セレーネの言葉が続く。

「実はね、イリスには浴槽で行うマッサージ時に、
 私が教えた方法で微弱の魔力を貴方に流し込むように言い付けていたのよ。
 最後に流した魔力はイリスの波長に似せたものだから、
 あの子のような感じがしたのも当然ね。

 そして、特別な訓練を経ていないにも関わらず、
 ロイが魔力を感知出来たのは慣れ親しんだ波長だからこそ。
 要約すればロイはイリスが放つ魔力波長帯との親和性が高い、というわけ」

「なるほど…
 つまり、イリスは俺にとっかかりを与えてくれたんだな」

「あの行いには、そんな効果があったんだ!
 てっきり疲労回復だけかと思ったよ」

気になる会話でイリスが瞑想を中断して会話に参加した。セレーネは「そうよ。でも疲労回復にも効果があるのよ」と答える。セレーネがイリスに授けた方法は、幾つかの条件を満たさなければ効果が出ないものだったので、廃れているに等しい方法だった。セレーネは名案が浮かび、イリスにも会話に加わるように言うと、言葉を続ける。

「それだけじゃないわ。
 ロイはイリスが行う補助魔法などの効果を受け入れやすい状態なの。
 後はイリスの協力があれば、
 比較的容易に魔力循環と魔力操作を習得することが出来るわ。

 ただし、比較的容易と言っても、
 何を目指すにしても初歩的なものを習得するのに1年は掛かるでしょう。
 ロイが目指すとしたら魔法剣の取得かしら?」

「ロイが魔法剣をお覚えたら受けられる依頼の幅が広まるねっ」

「…確かにそうだなぁ」

本当は闘気剣を覚えたいが、
あれこそ達人の領域に達しないと無理だろうし。
まずは出来ることからやっていくか。

ロイが前向きに同意し、イリスの感謝の言葉を述べた。
セレーネはロイの反応に微笑む。

「これからもお風呂でのマッサージと魔力伝達の両方を欠かさないこと。
 継続は力だし、二人にとってメリットは大きいわよ」

セレーネは魔法剣の習得を理由にロイとイリスが一緒にお風呂に入る理由を増やす。これはイリスに向けた対策と言うより、ロイに向けた対策であった。今は問題ないが、真面目なロイの事だ。イリスが成長すれば、常識を理由に別々の入浴を提案する可能性が大きい。だからこそ、機会があるごとに予防策を講じていたのだ。

「さぁ、おしゃべりはここまで、イリスは瞑想の続きよ。
 伝導率が上がればロイに行う魔力伝達の効果が大きくなるし、
 両手以外からでも流せるようになるから」

「はぁい」

イリスへの指示が終わると、セレーネはロイに立って剣を水平に構えるように言う。鞘から剣を抜いて言われたとおりに構える。

「次は刃を横にしてもらえるかしら」

ロイは頷くと、剣の軸を45度回転させて刃の向きを横にした。セレーネは腰のベルトに通して使うベルトポーチから一つの石を取り出して、ロングソードの表面に乗せる。乗せた石は鍛錬石と言うもので、簡単な反応剤から蓄光魔石の原材料となる9級魔石(クエイタークラス)を加工したものであった。

セレーネはロイの背後に回り、後ろからロイの両手に手を乗せる。ロイの背中にもろに胸の感触が当り、セレーネは構うことなくギュッと押し付けた。魅力溢れるセレーネとの接触に、程よい柔らかさの胸の感触にロイは年齢相応の少年らしく、心臓の鼓動が少し早くなる。ロイにとってセレーネが姉のような存在であっても、魅力的な女性であり、彼の反応は仕方が無いものと言えた。セレーネはロイの反応に気にすることなく説明を続け、しばらくしてロイも落ち着きを取り戻す。

「今から先ほどと同じようにイリスの波長帯に合わせた、
 魔力を貴方に流すから、
 その魔力を感じたら、それを剣先にまで流すイメージを思い浮かべて。
 そこから先は貴方の感覚次第、流れた魔力量が多いほど石は強く発光するわ。
 もちろん、魔力が流れなければ石は光らない」

「なるほど…これは魔法剣を学ぶというより、
 魔力の操作を掴む為の練習というわけか」

「ご名答。
 例え魔法が使えなくても、魔力の流れを理解すれば、
 魔力付与術の効果も上がるから損はないわよ。
 直ぐに効果は出ないけど、これも修練の例に漏れず続けることに意味があるわ」

ロイの根幹を理解した発言にセレーネは満足げな表情を浮かべる。ロイとイリスの二人はセレーネに見守られながら熱心に行い、時間になるまでトレーニングを続けたのだった。
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【あとがき】
今回はあとがきはありません。


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(2012年07月14日)
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