レクセリア建国記 第19話 『介入戦 2』
迫り来る敵魔導機(ウィザード)隊を前に領主軍と傭兵隊からなる討伐隊が軽い恐慌状態に陥る中、アンドラスとリオンは平静を保ったままだ。その状況のなか、アンドラスは慌てることなく冷静に状況を整理する。
(十中八九、魔導機(ウィザード)を用いた口封じが目的だな。俺とリオンだけなら逃げ切れるだろうが、そうなると討伐隊は全滅だろう。そして領主軍が全滅して俺たちだけが生き残れば内通の疑いに繋がるやもしれんし、これからの計画を考えれば好ましくない)
アンドラスは取り巻く状況を再確認すると、
次に戦いのプロセスを決めていく。
現在の討伐隊の状況は大破した2機の魔導機(ウィザード)を中心に、領主軍と傭兵隊が円陣を組む形が陣取っている。完全な平地ではなかったが、守りに適している地形とは言い難く、地形を頼りに通常の歩兵戦力が対魔導機戦を行える程ではない。
そして、敵魔導機隊は渓谷の頂に残る2機のロングレンジタイプを除いた6機の魔導機(ウィザード)が近接兵装を携えて頂から討伐隊に向かってきている。
第三者がこの場面を見ていたならば、魔導機隊の優勢は確実なものに見えるだろう。
現にロングレンジタイプの魔導機(ウィザード)はライフルによる攻撃を行わず観測に留まっていた。
アンドラスは敵の動きを見て心の中でほくそ笑む。
(射撃も無い事から敵は絶対優勢と思ったようだな。
しかし、向こうから接近してくるのは好機よ。
此方の戦力を正しく認識するまでに、一気に畳み掛けるっ)
ロングレンジタイプからの攻撃が領主軍の魔導機(ウィザード)に留まっていたのは、対魔導機用狙撃銃の射撃精度は照準機の性能の限界から余程の近距離でなければ人間のような小さな目標に向かない事に加えて、狙撃用のフルロード型魔石弾は高価だったので、絶対的に優勢と思える状況では補給コストの面から使用が憚れるものだ。
アンドラスは戦いのプロセスを素早く纏めた。
「命令だ!
貴様らは防御に徹せよ、
被害を最小に留める事を念頭に置け!
迎撃は俺とリオンが行う」
アンドラスは周囲に向かって言い放つ。魔導機(ウィザード)に対して有効な攻撃方法を保持しない者では足手まといでしかなかったからだ。アンドラスのあまりの迫力に傭兵のみならず領主軍の兵士すらも息を呑み、大人しくただ頷くだけである。本当のところはアンドラスは全員を村まで撤退させたかったが、敵が二手に分かれて追撃を行われたら追いつかれてたちまち殲滅されてしまう危険性があったので選べない。
アンドラスの言葉が続く。
「リオンっ、出し惜しみは無しだ。
全力で行くぞ!
俺は最寄りの敵を殺る」
「判った」
アンドラスは敵魔導機(ウィザード)に向かって魔力で強化した肉体で駆けた。アンドラスの行動に続くようにリオンは魔法詠唱を始める。
アンドラスの接近を見た敵魔導機(ウィザード)側が探知する。
「おいおい、男が一人で俺たちに向かってくるぞ」
「根性だけは認めてやるよ」
敵魔導機隊は、魔導機(ウィザード)の標準装備として備えられている短距離魔法通信でアンドラスを評価した。短距離魔法通信は近距離ならば周波数帯の合う友軍機との交信が可能であり、魔導機戦に於いて重要な装置である。
「油断するな。
キマイラとの戦いで魔法剣を使っていた男だぞ」
「そうだな」
魔導機(ウィザード)の搭乗者がアンドラスの行動に注意を促していたが、どこかしら油断が感じられる。強襲型魔導機サーダイン2型は接近戦に秀でており、余程の相手でなければ生身で太刀打ちするのは難しい安心材料が、その心境を生み出していたのだ。 強さの目安としては1機の強襲型魔導機サーダイン2型は強化型キマイラ9体に匹敵する。領主軍が使用していたデュライスト前期型と違ってサーダイン2型はキマイラと同じように常時展開型の対物理・対魔法用の魔法障壁(シールド)を装甲部分の表面に張っているのも安心材料として強く後押ししている。
そのような機体を迎え撃とうとするアンドラスだったが、
キマイラ戦と同じように冷静そのものだ。
渓谷特有の平地とは程遠い複雑な地形の中、
双方は障害物を避けながら互いの距離を縮めていく。
(どこかしら此方を生身と侮ってるな…
くくっ、その代償を理解しろ!)
各機が近接戦用のグレートソードとタワーシールドを携えて進む中、アンドラスは魔導機(ウィザード)との近接戦闘範囲に入る直前に魔法剣の詠唱を開始する。
「纏え、暴風の風よ! 刃となれ!!
颶裂斬(ボレアスブレード)ッ!!」
詠唱を終えるとアンドラスの剣に周囲の風が猛烈な勢いで刀身に集まって、周りの空気が渦を巻きながら圧縮していき高振動を繰り返す。密度の低いの魔力で構成された魔法障壁(シールド)では、直撃するするやいなや魔法の構成自体が引き裂かれてしまうだろう。攻撃魔法のような射程や範囲はないが、効果範囲を限定している分、魔力が圧縮しているので威力は高い。
風の収束に合わせて剣が青白く光る。
セントエルモの火と呼ばれる静電気などが尖った物体に集まり発生させるコロナ放電による発光現象だ。
「行くぞぉぉぉっ!」
「なんだとっ!?」
アンドラスの魔法剣を見た搭乗員が驚いた。
これはキマイラ戦では見せなかったアンドラスの奥の手の一つ。
魔法剣に詳しくない者でも、剣の状態を見れば目の前の剣士が使った魔法剣が否応にも並みのものでない事が理解できるだろう。目標として定めた機体に駆け寄って、腰に着けていたリリシアも愛用している魔法鞭(ルーンウイップ)を左手に取り、魔導機(ウィザード)の頭部に向けて鋭く振りかざしていた。
アンドラスは魔導機(ウィザード)の頭部に絡まった魔法鞭(ルーンウイップ)を強く引いて、その頭部へに向かって跳躍した。搭乗者は咄嗟にグレートソードによる右側からの剣撃で迎撃を行う。それは振り払う事を主眼に置いた攻撃だった。アンドラスはグレートソードによる攻撃を斜めに構えた長剣コンフェシオンで受ける。
「なんだって!?」
グレートソードの剣撃を空中で受け止めた事によって、体が横回転したにも関わらずバランスを保っていた事に驚く。アンドラスは鞭を引っ張る腕を起点に体軸を安定させていたのだ。しかもグレートソードの刃が欠けたのに対して、アンドラスの剣は傷一つ無い。
アンドラスは、そのまま胴体上にある頸部の横に立つ。
「魔導機(ウィザード)とはいえ、
このように密着してしまえば意外と脆いものだ」
アンドラスは剣を横一文字に振って、頭部のメインセンサー部分を切り裂いて視界の大部分を奪う。搭乗者は限られた視界の中でアンドラスを探そうと努力する。その努力は報われたが、それは恐怖を呼び起こすものでしかなかった。搭乗者が見たのは、操縦席(コックピット)に向けて剣を着き立てようとする男の姿だったのだ。
「うわぁぁぁぁぁ!?」
慌てて振り落とそうとするも、アンドラスを振り落とす事は適わない。まるで靴が魔導機(ウィザード)の装甲と吸着しているように思えるぐらいの安定感である。彼は両足裏に一定の魔力を流す事でこのような芸当を可能にしていた。
「まずは1機!」
そう言うとアンドラスは操縦席(コックピット)のある胴体背部に向かって剣を突き立てる。颶裂斬(ボレアスブレード)の凄まじい切れ味はミスリルサーメット製の装甲ですらも容易く貫く。勢いは止まらずそのまま装甲版で覆われていた操縦席(コックピット)に搭乗する搭乗者に剣先が達して、刃の先端が肩から心臓へと至ったのだ。即死である。
このように軍用魔導機(ウィザード)の大半が被弾率の高い正面を避けて、防御面から密閉式の操縦席(コックピット)を背面に設置していた。搭乗者は座席に跨る様に搭乗し、操縦には基本的なアビオニクスを片手で操作可能なハンズ・オン・スロットル・アンド・スティック(HOTAS)コントロールを兼ねた2基の操縦桿で行う。機体動作に関しては操縦桿を介して伝える微弱魔力波によって機体に対してダイレクトに反映させるものだ。(稀に両足の操縦ペダルを含む機体も存在する)そして、魔力量よりも魔力を操り操作する能力が重視されるので、魔法素質が乏しくても訓練を積めば動かせるのも魔導機(ウィザード)の特徴である。
予想だにしない鮮やかな対魔導機戦闘の推移に敵魔導機(ウィザード)隊に動揺が広がる。
その隙を逃さず、アンドラスは仕留めた感触を感じるやいなや素早く剣を抜いて次の行動に移っていた。飛び降りる途中で、魔導機(ウィザード)隊の中心に向けて魔法を放つ。
「砂塵展開(ダスト・ディポイメント)」
0はアンドラスが得意とする領域魔法の一つ。その効果は周囲に出現させた砂塵によって視界を奪う魔法だ。領域魔法であったが、今回は無詠唱で使用していたので範囲は限られていた。それでも敵魔導機とアンドラスの一帯に突風と共に砂塵が吹き荒れる。
アンドラスには視界不良になっても目標捕捉に苦労しない理由があった。
魔導機(ウィザード)は魔力炉を使用しており、否応にも一定の魔力波を放ってしまう。加えて魔力炉から漏れる魔力波と、サーダイン2型が展開する対物理・対魔法用の魔法障壁(シールド)を探る事が可能な分、捕捉が楽になっている。対するアンドラスは自らの魔力を最低限に抑えていたので、砂塵展開(ダスト・ディポイメント)に含まれる微量の魔力によって覆い隠されていたので、超至近距離まで接近しなければ探知することはできない。
(装備は充実しているが、
こいつ等は不測の事態にあまり慣れてないな)
魔力感知で敵の位置を把握したアンドラスは、その動きから敵が視界と探知を遮った理由に至っていない事を察知して、どれほどの力量なのかを把握する。
魔導機(ウィザード)は下手に動き回る事で、砂塵の動きから自機の場所を把握される事と、地形に足をとられて転倒する危険性を避けるつもりだったのだろう。流石に僚機の末路を見ていただけに上半身に対する警戒は生半可なものではない。無詠唱なので砂煙は直ぐに治まっていく様子を見せていたが、アンドラスにとってはそれで十分だったのだ。
(奇襲を避けるための措置だろうが、
俺を相手にして動きを止めたのは迂闊だったな)
「2機目だっ」
と、言うとアンドラスは魔導機(ウィザード)に素早く接近して、装甲に覆われていない右足間接部分の構成部品を剣で切り裂く。砂塵が完全に晴れる前に機体のバランスが崩れ、アンドラスは更に重量負荷が掛かった左足間接部分の構成部品を切りつける。完全にバランスを崩した機体は地面に倒れていくが、アンドラスは離脱途中でグレートソードを握っていた手首の駆動部分に斬撃を与えるのも忘れない。
撃破ではなく戦闘継続能力を奪う事で、意図的に足手まといを生み出す戦術だ。
加えて戦闘終了後の情報源として使う目的もあった。
砂塵が消え去ると残余の魔導機隊が目にした光景はたった一人の男を相手に、1機が大破し、更に1機の魔導機(ウィザード)が撃破されている異常な光景である。
「あの手並み…
奴は魔導機倒し(ウィザードデフィード)だぞっ!」
「なんだと!
何故、そのような猛者がこんな辺境に居る!?」
「知るかよ!」
レーヴェリアに於いて魔導機倒し(ウィザードデフィード)は竜殺し(ドラゴンスレイヤー)に次ぐ存在だった。もちろん竜といっても魔法を行使する中位以上のものを指す。どちらにしても、レクセリア大陸中央圏でも珍しい存在だった。冒険者でも上位階位でもなければ見かけない程で、レクセリア大陸中央圏に行けば引く手数多で富と名声を得られるので、このような辺境にいるのは例外中の例外と言えるだろう。
「各機警戒せよっ
奴に不用意に接近する…」
警戒を促した魔導機(ウィザード)の搭乗員の言葉はそこで途切れる。悟られないように接近していたリオンが放った煌滅火球(コンプレシオン・イェツィラー)の直撃によって上半身部分が爆散したのだ。キマイラ戦時に放った時とは違って、周辺のマナのみならず自らの魔力も十分に魔力を練りこんものだったので、魔導機(ウィザード)が張る魔法障壁(シールド)を颶裂斬(ボレアスブレード)と同じように簡単に貫通している。
敵の油断をついて短時間で3機の魔導機(ウィザード)を倒したアンドラスとリオンは戦闘を優位に進めていたように見えたが、戦力的にまだまだ予断を許さない状況だった。
アンドラスは次の攻撃を行おうとした時、
離れた場所から新しい魔力波をかすかに感じる。
魔力波の発信源は渓谷の頂に展開するロングレンジタイプの少し離れた場所であり、アンドラスは面前の敵に注意を向けつつ、視線を向けた。
「ぬっ…
どうやら容易くは勝たせてもらえぬようだな」
視線の先には新しい魔導機隊の姿があったのだ。その数は10機である。現在戦っている魔導機隊と同じように所属を示す紋章などは無かったが、状況および展開の様子からして敵の援軍であるのは疑う余地がない。 しかもサーダイン2型だけではなく、未確認機が3機も含まれていた。魔力炉の出力もこの距離から感じられる程に力強いものだ。 一度に展開しなかったのは別方面の警戒に就いていたのか、何かしらの理由があると推測できたが、今の討伐隊にとってはそのような問題は、この現実を前にして些細なものだろう。
(……おいおい、
あの3機は出力からして六強国正規軍級の装備は確実だぞ…
厄介な)
豪胆なアンドラスの額に珍しく汗が浮かぶ。
アンドラスの後ろに控えるリオンも状況を理解しており表情は厳しい。
「リオン、聞け。
あの未確認機は流石に不味い。
時間は俺が稼ぐ、お前は討伐隊と共に撤退しろ」
「っ!?」
リオンが言おうとした抗議を遮るようにアンドラスは言葉を続ける。
「俺は遅滞戦闘で粘れる限り粘ってから撤退する。
お前の役目は二手に分かれるだろう敵から討伐隊を守れ。
それこそがリリシアの望みにも繋がる事だ、お前なら判るだろ」
真面目な表情から一転して、
アンドラスは陽気な表情をリオンに向ける。
「案ずるな。
村に帰ったらあの夜の続きを手加減なしでやるぞ。
安心して宿屋で待ってるんだな」
「判った。
続きを期待してる」
「おうよ。
今度はこっちが善処してやるからな」
「…バカ」
アンドラスは後方に下がっていくリオンを庇うように目前に展開する魔導機を牽制しながら、かなりの出力で魔力を練りはじめた。その魔力に応じて、颶裂斬(ボレアスブレード)の魔法が付与された長剣「コンフェシオン」がこれまでに無いほどに薄紫色の光を微かに放つ。 アンドラスが前面の敵に向かうと同時に、渓谷の頂からロングレンジタイプを含む総数12機の魔導機(ウィザード)が行動を開始した。
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この介入戦の後はロイとイリスの話に戻る予定ですが、
領地経営の話を早めたほうが良いでしょうか?
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