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レクセリア建国記 第15話 『アルブル・ヴェール』


ロイ一行は冒険者ギルドを後にするとリリシアが停泊するアルブル・ヴェールへと向かった。アルブル・ヴェールはクルムロフ通りの傍に面して、かつての上級騎士の屋敷を宿に改築した1名から2名向けの客室5つと、二つの特別室と言うべき大型客室から成り立つ宿屋。最も安い部屋で一人頭1泊代、0.5小銀貨(ナリウス)と高価であるが、そのぶん清潔でサービスも行き届いている。 また、紹介者で無い限り泊まることが出来ない会員制の宿でもあった。

石造りと木造建築を合わせた建物で成り立っているアルブル・ヴェールのオーナーであるエミリアはリリシアとは公私ともに親しい間柄で、リリシアがリスタルで行動する際の拠点にもなっている。

また、エミリアの夫がアルブル・ヴェールの隣でパン屋を開いており、
そこから供給されるパンなどもあって、食事のバリエーションは豊富だ。

三人が宿に戻ると真っ先にリリシアが居る部屋へと向かう。ルゼア村に向かう前に一度宿に訪れているので、咎められることなく入ることが出来ていた。リリシアが借りた部屋は寝室、リビングルーム、浴室が備わった大型客室だ。その部屋に三人はノックをしてから入ると、上品な模様が刺繍された絨毯や年代を経て品格が漂う調度品が配された内装が目に入る。緑の木を意味するアルブル・ヴェールという名の宿らしく、木材の優しい感じが各所から感じられる部屋だ。

落ち着いた雰囲気の中でソファーに座り、優雅に読書をしていたリリシアが居た。執事のアルバートが直立不動でティーポットを持っている。

リリシアは部屋に入ってきた三人に向かって微笑む。

「お帰りなさい」

イリスは走って姉に抱きつく。
大好きな姉に会えた嬉しさからイリスは目に少し涙が浮かぶ。

「お姉ちゃん、ただいまっ!」

「お帰り、イリス。
 ロイとシルフィもお帰りなさい」

リリシアは抱きついているイリスの頭を優しく撫でてあやす。
ロイとシルフィもリリシアに会えてかなり嬉しそうだ。

「その様子だと無事に依頼を終えたようね。
 安心したわ」

リリシアの言葉に三人が「うん」と異口同音に答えた。リリシアはイリスをソファーの隣にロイとシルフィを椅子に座らせてから討伐の内容を聞いていく。合間を見てアルバートが三人に紅茶を入れる。三人の行動を遠巻きに見守るように見ていたが、聞き入る様子はまるで始めて聞くような素振りで興味津々に聞いていた。討伐の内容を三人からの言葉で聞くことで、彼らの気持ちをより理解するためだったのだ。

リリシアは一通りの話を聞いてから口を開く。

「なるほど。
 討伐の終盤で裂奇蟹(リッパークラブ)と戦ったのね」

リリシアはロイから受け取った鋏脚をまじまじと見ながら言った。実際、あの場面ではリリシアは手助けに入ろうかと真剣に考えたぐらいである。リリシアの実力なら一撃で倒せる相手だが、三人の実力ではかなり危険だった。ロイたちが戦わず撤退を行っていた場合は、リリシアは三人に知られないように裂奇蟹(リッパークラブ)が追撃が行えないように、妨害を行った上で確実に仕留めていただろう事は想像にかたくないだろう。

「そういえば、ロイはこの鋏脚はどうするつもり?」

保存用の魔法液が塗られた鋏脚の処遇を尋ねる。リリシアが三人ではなくロイに聞いたのはパーティリーダーとしての立場を考慮していた。

「三人で決めたんだけど、これは姉さんに任せたいと思う」

「わかったわ」

と、リリシアは言うと鋏脚を袋の中にしまって机の上に置く。
紅茶を一口飲んでからリリシアが言葉を続ける。

「遅くなったけど、
 初依頼の完遂おめでとう。
 課題の第一段階は無事に終えた事になるわね。
 次の目標を終えれば課題は終わり」

三人はリリシアからの言葉に喜びを隠せない様子だった。

三人とも課題の内容は大雑把にしか知らされておらず、進捗の様子によっては課題の数が増える事も知らされていただけに、自分たちがリリシアが定める及第点を超えていた事が嬉しかったのだ。リリシアは身内には甘かったが、その甘さは判断には繋がらないことを三人は良く知っているのも嬉しさの底上げになっている。

「でも忘れないで。
 普通の冒険者として動くなら、滑り出しとしては十分だけど、
 より高みを目指す貴方たちにとっては、次の課題こそが本番になるわ」

リリシアが言うように10級の宅配や9級の薬草探し、稀に準8級の討伐などをローテーションで行う冒険者パーティもそれなりに居たのだ。また、他の依頼を支援する事を専門にするパーティもいる。例を挙げれば、8級の討伐戦に於いて補助戦力として参加するパーティだ。主力のモンスターの相手の取り巻きを叩く露払いといったほうが判り易いだろう。

「準8級の依頼を完遂した後に、
 希望すれば冒険者ギルドから登録証が発行されるのは知ってるよね?」

三人が頷く。

冒険者ギルドで扱う10級や9級は危険がほとんど無い冒険者見習いが行うもので、準8級からは危険でかつ不確定要素が絡む。この事から登録証があれば一定の戦闘技能を保有していると公式に認められる。なにしろ、冒険者ギルドで受けられる8級の依頼は一般的な労働者と比べてかなり大きく、8級を卒なくこなして初めて一人前の冒険者として認められるのだ。

むろん、登録証の発行には発行費用が必要であり、また階級に応じて冒険者ギルドに年会費を納めなければならない。登録証は8級登録証から始まり、8級登録証から7級登録証への昇格には依頼を10件程(高難度の依頼ならば1つにつき2件分に該当する場合もある)こなす必要がある。準8級までは6級以上の登録証を保持している冒険者の推薦があれば受けられるが、それ以上の依頼になれば基本的に登録証が必須だった。これは無謀な挑戦を未然に防ぐ冒険者ギルドの予防策の一つ。

ただし適正階級の登録証を所持していても、
討伐依頼の中には適応戦力に満たない場合は受けられないものもあった。

ちなみに登録証は各個人で作るもので8級登録証の登録費は3小銀貨(ナリウス)になる。登録証は準ミスリル炭化物(ディ・ミスリルカーバイト)製の名刺状カードのものに付与魔法によって概略情報の記録を行うものだ。また、準8級の討伐系の依頼では登録証の保持者はパーティリーダーのみで良かったが、7級からは依頼内容によっては参加者全てが登録証が必要になる。また、準3級からは登録証は全地域対応のものになるのだ。

リリシアが三人の顔を順々に見て言葉を続ける。

「三人には1年半以内に準7級の討伐を受けて完遂すること。
 ただし、半年間は準8級を超える依頼は受けちゃ駄目」

「危険だからですか?」

シルフィにはリリシアが言わんとすることは判っていたがロイとイリスに再確認を行う意味でも質問した。

「そうよ。
 なにしろ8級からは討伐や探索に関わらず不確定要素が無くても難しい依頼が多いわ。
 討伐ならなおさらね。
 変異種を抜きにして討伐の対象によっては、
 対魔法戦などの遠距離攻撃の備えが無ければ危いものになるでしょう。
 そのような依頼で不確定要素が絡めば今の力量では確実に死人が出るわよ」

三人が頷く。初めての依頼で変異種と遭遇しただけに不確定要素の危険性が経験として身についている。リリシアは三人の反応を見て裂奇蟹(リッパークラブ)との遭遇が三人にとって大きな糧になったと心底から喜ぶ。

「じゃあ、俺たちの当面の行動は、
 鍛錬を行いながら準8級で戦いにより慣れていくことだな」

「うんうん」

ロイの言葉にイリスとシルフィが同意してリリシアもそれが良いねと応じた。それから弾むように会話が続いて、やがて夕日が落ち始めて夕食の時間になる。アルバートのはからいで夕食が食堂からサービスワゴンを用いてリリシアの部屋に運ばれてきた。

メインディッシュは厚い鮭の切り身に塩コショウして下味を付けて、香ばしさを出すために小麦粉をまぶしてからバターで両面を色よく焼いた後にレモン汁をかけた鮭のムニエル。それに豚肉とそら豆のスープと各種のパンが4人が十分に座れる部屋の中央にあるテーブルに並ぶ。

飲み物として発酵の完了していないワインにコルク栓をして再発酵させて発泡性を持たせたスパークリングワインが用意されている。このスパークリングワインは初依頼を完遂した際の御祝いとしてリリシアが交易商人から前々から購入していたものだ。

スパークリングワインの分類はキュヴェ・プレステージのエスプリである。最上の年の最上の畑のぶどうのみを使用して作られたもので、チェリーとラズベリーの果汁が加えられたものである。

アルバートが通常(ブティユ)サイズのスパークリングワインボトルを手に持つと、コルクを右手で押さえながら左手で針金を巻きつけてコルクを固定している打栓をゆっくり外していく。ある程度は外すと右手で、コルクの上にナプキンをかけて瓶内二次発酵でできる炭酸のガス圧で飛ばないよう押さえて、左手で瓶底を持ち瓶をゆっくりと回す。瓶の中の圧力で自然にコルクが持ち上がっていくと、コルクの頭を傾けて作った隙間から炭酸ガスを抜きながコルクを的確に抜く。

コルクを置くとアルバートは慣れた手つきで、リリシアから順々にスパークリングワインをグラスに入れていった。サーモンピンクの色をした液体がグラスの中で絶え間なく繊細な泡の誕生させて特別な感じを演出する。

「アルバート、ありがとうね。
 さぁ、三人とも暖かいうちに食べましょう」

リリシアがそういうと夕食が始まった。
泡が次々と発生する飲み物に興味津々のロイとイリス。

「ロイとイリスはスパークリングワインを飲むのは初めてね」

「うん。
 シルフィは飲んだことがあるんだ?」

「前に祝いの席だけど、
 一度だけ飲んだ事があるよ」

「まぁ、飲んでみて。
 きっと気に入るわよ」

スパークリングワインはワインと比べて産地が限られていたので数も少なく、また選定基準の厳しさと熟成期間の長さから高価になりがちなので、あまりお目にかかれないものだった。リリシアとシルフィに続いてロイが珍しそうに口にする。イリスも慌てて三人に続く。

(っ、これって…)

イリスは続けてもう一口飲む。

イリスは口に含んだ液体からきめ細かい泡が立ち上り、泡がはじける際に発生する適度な刺激に驚くも、直ぐにそれが心地よく感じられた。さくらんぼとラズベリーの芳醇な味が優しく、溶け込む様に広がる。適度に冷やされており、それがまた刺激と旨みと甘みを引き立たせる。素晴らしいのは味覚のみならず、グラスに注がれたスパークリングワインから無数の小さな泡が優しく弾ける度に魅惑的な香りがほのかに漂うので、香りも楽しむことが出来た事だろう。

「すごく美味しい…」

「ロイとイリスも気に入ったようね」

リリシアの言葉通りにロイもシルフィと同じように夢中で飲んでいる。シルフィもスパークリングワインの味を上機嫌に楽しんでいた。四人はスパークリングワインの味を楽しみながら夕食が続く。夕食の終盤になると依頼完遂の祝いとして、食後に出てくるようにアルバートが手配したカップケーキ状の焼き菓子のマフィンがテーブルの上に並ぶ。

食べ盛りの三人はデザートに喜びながら、
スパークリングワインを片手に話に花を咲かせていった。
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【あとがき】
シャンパンと書いたほうが判り易いですが、レーヴェリアにはシャンパーニュという地名が無いのでスパークリングワインとしました。でも等級はシャンパンに準じます(汗)


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