レクセリア建国記 第03話 『序章 3』
リリシアによる鍛錬を終えたロイとイリスの二人は太陽が照る中、屋敷から続く少し広めの林道を走る。先頭を走るのはイリスであった。二人の格好は先ほどの鍛錬時から水遊びを行う格好に変わっている。イリスの格好は白色を基調としたAラインワンピース水着でスカートに若干フリルが付いているもの。イリスの後を追いかけるのロイは黒色のショートパンツである。水着は旧帝国時代に流行った文化の一つだったが、現在もお洒落の一つとして残っていた。
「お兄ちゃん、早く早く〜」
「判ったよイリス」
イリスは二人っきりのときはロイに対して「お兄ちゃん」と呼んでいる。普段人前で言わないのは、リシアからの教えがあったのだ。その教えとは、男の子には特別の時には使わない他の呼び方を用いることで、より親しみが増すという内容である。これは、相手に特別感を与えることで新鮮さと親近感を与え、それらを魅力に転換するギャップを利用した恋の戦術の一つである。実は天真爛漫なイリスにはよく分かってないが、尊敬するお姉ちゃんの言葉を信じていたので、その通りにしていたのだ。
ともあれ、二人が目指す目的地は屋敷から走れば5分ほどで着く場所にある、
屋敷とエルフが住まうエミル集落の中間にある小さなエミル湖だ。
二人の目的は釣りではなく泳ぐこと。
真っ直ぐ進めば集落だが、湖が目的のイリスとロイは分岐した林道を曲がる。
イリスの視界にエメラルドグリーンに透き通った山から流れる冷たい水が満ちる、とても綺麗なエミル湖が視界に入ってきた。澄んだエミル湖の水面には風によって発生する波紋が空から注ぐ陽光を反射して宝石のように煌く程だ。
「着いた〜」
眼前に広がる湖畔には砂浜が広がっている。その一帯は後背の木々の間から吹いてくる涼しい風の通り道だったので、このような風が吹いていたのだ。心地とよさにしばしイリスろロイは共に身を委ねて風に浸る。
「さて、彼女はいるかな?」
「居ると思うよ〜
居なかったら泳ぐ前に誘いに行こうね」
「そうだな」
二人は太陽の光によって暖められた砂地を抜けて湖の冷たい水に足を入れると、陸域部から水上へ向けて作った桟橋の近くに一人の少女が泳いでいるのをイリスが発見する。その少女はイリスに似た耳をしていたが、ブロンドの髪のイリスとは違って銀髪だった。
「うんっ、やっぱりシルフィが居たよ!」
隣の集落に住むハーフエルフの少女、シルフィ・イリナ・ラングレーである。
ロイとイリスよりは年上であるが、
エルフの寿命からすればまだまだ少女の領域と言えるだろう。
シルフィは優しい澄んだ虹彩を放つ青い瞳をした愛らしい容姿をしており、ショートカット銀色の髪が似合っている。妙に似合った肩ひもの細いセパレートタイプの水着が幼さの中にしっとりと艶やかな雰囲気を出していた。イリスとは違った魅力を有する少女である。他人とは壁を作らないのも彼女の魅力だ。
シルフィは、イリスがこの地に来た当初からロイと共に親身になって気を掛けてきたこともあって、二人は実の姉妹のように仲が良い。そしてロイにとってもシルフィは気心が知れた友人である。ただ、シルフィにとってはロイは弟のようなものだったが、親しい事には変わりは無い。加えてそれなりの頻度で三人そろって鍛錬を行うこともあったので、プライベートを含めて互いに良い影響を受けていた関係だった。無論、シルフィとリリシアの関係も良好である。それもそのはず、シルフィの家族とリリシアとの付き合いが深く、関係はロイとイリスよりも長い。
ロイはイリスが指す方向を見る。
視力が良いロイは直ぐにシルフィを見つけた。
「おっ、本当だ。
集落に行かずに、最初にここを見て正解だったな」
「だね〜」
そのシルフィは泳ぐと言うより、
器用に自然体のままポツンと仰向けで浮いている。
浮き身と言ったほうが近いだろう。
イリスがシルフィに向かって元気な声を上げて手を振ると、二人の姿に気が付いたシルフィも体勢を立ち泳ぎに変えて片手を振りながら笑顔で返事を返す。のどかな情景が感じれらる湖に三人の声が響く。シルフィはそっちに行くと伝えると、シルフィはすいすいと泳いで二人に会う為に岸の方の水深の浅い浅瀬に向かう。ロイとイリスも桟橋の方に走る。
シルフィが桟橋に面した浅瀬から浜辺に上がる頃には、
ロイとイリスが近くにまで来ていた。
「二人とも鍛錬が終わったんだね」
シルフィの言葉にイリスが口を開く。
「うんっ。
夕飯の準備まで自由時間だから泳ぎに着たんだ。
今日は暑いからね」
「という理由なんだ。
しかしシルフィがここに居てくれて良かった」
「なんで?」
「姉さんからシルフィを夕食に誘うように言われてたんだよ」
「なるほど〜」
ロイはリリシアの事を姉さんと呼んでいる。リリシアからは堅苦しいのは嫌だからと「私の事は呼び捨てにしなさい」と言われていたが、真面目なロイは人生の先輩であり師匠でもあるリリシアを呼び捨てには出来なかった。妥協の産物として、姉さんと呼ぶようになっていたのだ。リリシアも「姉さん」という呼ばれ方を気に入っていたので、その呼び方が定着している。
「ねっ、シルフィも一緒に夕食を食べようよ」
納得したシルフィにイリスが手を取って言う。
イリスの瞳には期待に満ちており、
それを見たシルフィは微笑んで言う。
「うん、喜んで!」
シルフィの返答に笑顔を浮かべるイリスとロイ。それから少しの雑談を経て三人は湖で泳ぎ始める。元気よく水中に潜るロイに、ロイの周りを嬉しそうに泳ぐイリス。そしてゆっくりと水面に漂うシルフィ。時には一緒に泳ぎ、一緒に潜る。
時折会話を交えながら楽しい時間が過ぎていく。
それから一時間ほどの時間が流れた頃、三人は泳ぎ疲れた体を休めるために湖の畔にある木の陰で休憩していたところ、エミル湖からみえる小高くなった所から2機の魔導機(ウィザード)が太陽を背にして歩いてきたのをイリスが見つける。それらの魔導機(ウィザード)はグレー基調の重厚な雰囲気が漂う塗装で統一されていた。イリスに続いてロイとシルフィもそれらの機体を見るも平然としている。その理由はこれらは所属不明の機体ではなく、三人にとっても身近なイシュリア自治領の有志が集まって運営されているイシュリア自警団が使用する機体だったからだ。
その証拠に2機とも、羽をもつ非常に小さな少女の妖精のフェアリーを象ったシンボルマークが肩に刻まれていた。この地域のパトロールを受け持っているフェアリー小隊である証拠だ。様子からして訓練を兼ねた定期哨戒なのが伺えた。
本来ならば、このような自治領と名ばかりの小さな勢力の自警団に魔導機(ウィザード)が存在するのは皆無とは言わないが、それでも極めて珍しいケースであろう。
何しろイシュリア自治領の自警団は対外的には軽装備であり、規模も小さなものとして伝わっていた。魔導機(ウィザード)のような重装備からして、明らかに情報と違っている。
だが、ここには確かに存在する。外部には知られていなかったが、リリシアらの手により編成された傭兵や冒険者からなる集団がイシュリア自治領に入植しており、少数だったが魔導機(ウィザード)の運用を実現していたのだ。
故に自警団を名乗っていたが、
その実力は自警団の領域を遥かに超越しているもの。
無論、このような情報の隠蔽が行えた背景には自警団の努力だけでは無く、イシュリア自治領が秘境並の僻地だった事が大きいだろう。
2機の魔導機(ウィザード)を見ながらシルフィが呟く。
「やっぱり魔導機(ウィザード)が居ると安心できるね」
「だなぁ…存在感が違うよ」
二人の言葉は特別なものではない。辺境の村々を狙う盗賊団も稀に存在しており、このような魔導機(ウィザード)隊が自治領警護に就いているのは大きな安心材料に繋がっていたのだ。イシュリア自治領のようにエルフの集落があるとなればなお更だった。不老長寿で容姿端麗のエルフは奴隷商人に高く売れるからだ。ロイとシルフィはイリスが危うく、そのような不条理な犠牲になりかけていたのを知っているだけに、定期哨戒に対する安心感が強い。 もっとも、魔導機(ウィザード)のような存在が無くても、リリシア、アンドラス、リオンらのような武闘派が存在する、このイシュリア自治領に邪な企みを持って足を踏み入れれば、猛烈に後悔することになるだろうが……
イシュリア自治領に於ける魔導機(ウィザード)の存在意義は、リリシア達の様な主要人物が長期間留守にする場合の備えである。
ロイは魔導機(ウィザード)に向かって憧れのような視線を向けた。
そのロイの様子を見てシルフィが面白そうに言う。
「相変わらずロイは魔導機(ウィザード)が好きだね」
「アレでを駆け巡るのは男の浪漫だよ。
あれには冒険者とは違った魅力があると思うな」
「そういうもんなんだ?」
「ああ、そうさ」
シルフィの言葉にロイは自信満々に言った。
ロイは生真面目すぎる面もあったが、やはり年頃の少年である。戦場の花形とも言える魔導機(ウィザード)に対する憧れを抑えることは出来なかったのだ。リリシアやアンドラスの様に生身で魔導機(ウィザード)を圧倒する事も憧れの一つであったが、魔導機(ウィザード)には魔導機(ウィザード)の魅力があった。ロイの魔導機(ウィザード)に対する気持ちは、より身近でかつ現実的な憧れと言えるだろう。傭兵を兼業として行っている冒険者の中には魔導機(ウィザード)を所有する者も稀にいるので、ロイの想いは的外れなものではない。
ロイの言葉にシルフィは出来る限り、その夢を応援しようと思った。
シルフィの想いは弟を思う姉のようなものである。
シルフィはイリスに視線を向けた。木を背にして寄りかかっていたロイの横でイリスが半分眠そうに肩にもたれかかっている。イリスの表情からして安心していて、幸せそうな表情をしているのが判った。
シルフィはイリスの頭の上に落ちてきた葉を取ってあげる。
うつらうつらとしながらもイリスはお礼を言う。
そのイリスの可愛らしい小動物のような仕草がシルフィの保護欲をくすぶるのだ。頭を撫でながらシルフィが口を開く。
「そうなると、
早く課題をクリアしないといけないね」
「そうだな〜
まずは冒険者としてある程度にならないと、
操縦の練習すらさせてもらえないからな」
ロイは魔導機(ウィザード)が見えなくなると隣のイリスに意識を向ける。
やや元気を取り戻していたが、まだまだ疲れが抜けきっていないのが判った。
「大丈夫か?」
「ふぁ……ぅん、少し休めば平気だよ」
「判った。でも無理はするなよ」
それからしばらくして、イリスの体力が回復すると三人は湖を後にした。シルフィは一端別れて集落へと戻って着替えてから向かうと約束したので別行動だ。夜にはシルフィと一緒に夕食を楽しめる事もあって上機嫌なイリスと、その様子に暖かい視線を向けるロイは仲良く歩いて館の帰路へと就いた。
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【あとがき】
シルフィは最初はイリナという名前でしたが、イリナを中間名(ミドルネーム)に変更。
イリスとイリナが並ぶと間違えそうだったのが理由(笑)
もしかしたらシルフィの名前を変えるかもしれませんが^^;
意見、ご感想を心よりお待ちしております。
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