■ EXIT
ワイルド・ワイド・ウェスト 1

毎度のフェリペのお誘いが届いた。
今度は南海のリゾートへ招きたいという。
もちろん断る理由は無いので、フェリペの差し回しのジェット機で向う事になった。
TAV-8Bと呼ばれるシーハリアー複座練習機型を特別な事情で緊急に移動や搬送する時のために、3座式に変更し、無武装と軽装甲のため垂直離着陸もエンジン冷却水(脱イオン水)がある限り問題なく垂直離陸を行うことができる。どんな機体であれ、巨漢であるウェモンが乗るのは大変だが。

これなら、滑走路の無いリゾート地でも安心して降りられる。
今回はフェリペの私用のため、かなり低く飛ばねばならない。

リヴァール南西部に差し掛かると、茶色い大地が見えてきた。 緑が薄く、かなり荒れた地が多い。 広さは広いのだが、人口密度はきわめて薄い。

ワイルド・ワイド・ウェスト、通称W・W・Wと呼ばれ、 ポポラ、マスディニア、サウスウェスト、クラーク、 4つの自治区にまたがる広大な地域で、真ん中にポロピ砂漠という、荒野がある。

この領域は、上昇気流が多く、竜巻などもよく発生するため、 低く飛ぶジェットは近寄れない。

緑の濃い外縁部を回りながら、その地域を通過しようとした。

ピーッ、ピーッ、ピーッ、

緊急の警告音が、操縦席いっぱいに鳴り響く。

「みっ、ミサイル?!、ばかなっ!!」
パイロットが悲鳴を上げた。

小型だが、高速で走るレーダーの映像。
赤外線検知でロックオンされた地対空ミサイルは、 凶暴な牙をむいて襲い掛かった。

ハリアーは大量のジェット排気を排出することから、赤外線誘導ミサイルの追尾を受け易く、しかも通常の機体はエンジンノズルが後部に有るが、ハリアーは機体中央部に有るため赤外線誘導ミサイルが機体中央部を狙って追尾しやすいとされている。その為に少しでも損傷すると操縦不能になるなどの脆弱性も指摘されている。

その指摘が現実のものとなった・・・・


アラート(警告)は、『回避不能』。

バシュッ!

エカテリナが射出され、 ウェモン、パイロットの順で次々と射出、 椅子についたパラシュートが広がる。

だが、気まぐれな季節風が、一つのパラシュートをさらった。
一番最初に射出されたエカテリナのパラシュートが、 風に乗ってぐんぐん上がっていく。

ワイルド・ワイド・ウェストへ向けて、高度を保ったまま流されていった。

「そんな・・・バカなっ!」
情報局長のリンゼ・ワグナリウスがワナワナと震えた。
ミサイルは反政府ゲリラの部隊が持っていた、携帯型対空ミサイルの代表格のスティンガーミサイル。

ハリアーの性能なら、FIM-43レッドアイ携帯型空対空ミサイルぐらいならば避けられる。
だが、それが出来ない小型ミサイルとなると、最新型のFIM-92-Dスティンガーしかない。
パッシブ式赤外線・紫外線シーカーは赤外線画像をデジタル画像として処理するため、フレアなどに対しての耐性が極めて高い。

「なぜだ・・・・」
反政府ゲリラが、おいそれと持っていていいしろものではない。

青ざめた顔をしたサーニャ・エグゼリオンは、 青い目をしたペルシャ猫を、そっとなでている。

「開発元のカグレオ精密火器で、トラブルがあったようですわ。
火災でかなり大規模な爆発事故が起こったのですが、 生産されたばかりのFIM-92-Dスティンガー50組が、行方が分からないのです。」

さすがに、巨大コングロマリット総帥、この手の情報は詳しかった。
最新式の地対空ミサイル50組が消えたとなると、カグレオもただでは済まない。 必死で情報を隠してきたのだろう。

「エカテリナ・・・」
サーニャが寂しげなひと言を放つ。
ペルシャ猫が、心底哀しげな声を上げた。


 バキッ

二人がぎょっとする。
優雅な羽扇が、細い指に握りつぶされ、バラバラに砕けた。

「影(シャドウ)めが・・・やりおったな」

フェリペの恐るべき頭脳は、背後関係を見抜いた。
国防大臣を揺さぶり落とすために、仕組まれた罠だ。
大臣のバックにいるのがカグレオ精密火器。

国内の反政府ゲリラに、盗み出した大量の最新地対空ミサイルを流し、 国防大臣の責任と、カグレオの責任を同時に問うよう仕掛けるつもりだ。

影が、国防大臣を煙たく思い、色々仕組んでいたのは知っていたが、 こんな大それたことを起こすとは思わなかった。

フェリペが誰かを呼んだことを、察知したついでに狙わせたのだろう。 彼女に国防大臣を叩き落させるつもりだ。

「フェリペ」
リンゼが心配そうな声をかけた。

「ああ、分かっておる。国防大臣には責任を取ってもらおう。」
フェリペの怒りを買った国防大臣は、 後日、議会の追及を受けて、文字通り叩き落されることになる。


フェリペはわざと影の作戦に乗る形を取った。
影は、国防大臣の席に、自分の影響力がある人間を入れようと必死になる。 エカテリナの探索を、かんぐったり、邪魔する暇は無くなる。

それに、カグレオ精密火器の責任が重いのは事実だ。

しばしは、三人とも大臣の後釜へ影響を及ぼすよう、 普段どおりに働きかけをせねばならない。 わずかでも、エカテリナのことを影に悟らせる事があってはならない。

「羽があれば・・・飛んでいけるものを・・・」
血がにじむほど、フェリペは唇をかみ締めた。


その頃、 W・W・W地域奥地、マスディニア自治区ポロピ砂漠のそばに、 エカテリナのパラシュートはようやく降りていた。

幸い、最新型のシートは何の問題も無く、 エカテリナは不安そうに、人気の無い荒地に立った。

近くに街道があり、 遠くから、十数台の幌馬車がゆっくりと来るのが見えた。
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