■ EXIT
復讐の女神『第二章・侵食』
「ひ、ひどい・・・こんなこと・・・」 裸に剥かれたメイドは、涙ながらに声を上げる。 神々しいまでに美しき金髪、涙を浮かべた青い目が宝石のように輝き、恥じらいに染めた頬がかぶりつきたいような誘惑を誘う。 もちろん、相手はその光景にさらに興奮を激しくする。 白い肌は震え、必死に身体を隠そうとする手は、己の欲望をあおっているようだ。 「何を言っている、貴様らは家畜だ、家畜が服を着るのはおかしいだろう」 『うっひひひ、きれいだぜえ、めちゃくちゃにしてやるからなあ〜〜。』 かっこつけて言っている事と、頭の中がまるで違うが。 数日前、エグゼリオンコングロマリット総帥サーニャ・エグゼリオンのメイド、クレイア・プリスティン宛に一枚の手紙が届いた。もちろんクレイア・プリスティンとは、エカテリナの偽名である。 差出人不明のそれには、一枚の写真が同封されていた。それはクレイアが狭い部屋の中で、散々に乱れた行為をされた直後の、放心状態を写した写真だった。 メイド服は乱れ、下着は剥がされ、露出させられた秘所は何人もの凌辱の痕が生々しいばかりに露わにされていた。 その裏には、ネットの伝言コーナーのアドレスがあった。 指示された場所に移動すると、ビルの受付があり、受付嬢から手紙を渡された。この受付嬢は何も知らず、ここに来たメイド姿の女性に手紙を渡すよう頼まれただけである。 ビルの中を通り、別のビルに入る。エレベーターのロックキーを持つ者と、内部から認められた者だけが入れる地下フロアがある。そこは会員制の秘密クラブで、その一室に迎え入れられた彼女は、衣類全てを剥ぎ取られ、全部スキャンされた。もちろん、盗聴や探索防止だ。このろくでも無い秘密クラブでは、会員以外で四級以下の市民は、全員そうされる事はあらかじめ言ってある。 ただクレイアの場合、スキャンされた後も何も返してもらず、裸のまま連行された。 後はチープな脅しだった。 顔色の悪い男は、たしかデドス・デルファンデス。化学系の新興企業を持っている。 『あの写真が欲しければ、言うことを聞くことをお勧めする。』 もちろん、言うことを聞かないなら、あの写真はネット上にばら撒かれることになる。 大きな青い目に涙を浮かべながら、気丈ににらみつけるその顔は、ぞくりとするような美しさと気品があった。 『何かの間違いじゃないか?』見るものがふとそんな疑問と、威圧すら感じるほどに。 だが、同時にそれだけの気品と美貌に、激しい情欲が涌いてくる。 生唾を飲み、己のいきり立つものを感じずにはおれない。 これを組み伏せ、征服し、支配することが、どれほどの高ぶりと快楽を味わえることか。 豪奢な椅子の上にふんぞり返っている、貧相な科学者上がりの男は、わざとヒザを大きく開き、すでに盛り上がっている所を見せつけた。 諦めたように、椅子の前にヒザをつき、ゆっくりと優雅さすら感じさせる動作で、優しく引き出される陰茎に、小鳥がついばむようにピンクの形良い唇を当て、快楽のキスが繰り返し上下する。 デドスは、背筋にズーンと刺さる快感に痺れ、冷や汗すら覚えながら、必死に表情筋を押さえつける。 普通、顔を寄せれば女のアラも見えてくる。だが、この女は完璧な肌に、全身シミ一つ無く、化粧すらほとんどしていない。あの時とは違い、一対一で接するとその美貌は気品すら漂い、哀しげな視線がこちらの股間を強烈に刺激してくる。そのテクでいきなり射精しそうになり、必死に意思の力で金玉を押さえつけて耐えた。 まずい、このままでは一方的に射精させられてしまう。 貧相なプライドを守るために、必死に口を押し離し、毛足の長い豪奢な絨毯の上に少女を押し倒した。 無力に、可憐な裸身を横たわらせる姿に、心臓がさらにバクバクする。 テーブルの電気マッサージ器を取り、スイッチを入れた。鈍い音と振動が、手にも伝わってきて、ぞくぞくする。 「手をどけろぉ。」 身体を隠していた細い白い手が、おずおずと外され、さらに白く柔らかそうな肌が、恥じらいに薄桃色に染まる。その変化、色合い、生唾を飲み込み、目を見張らずにはいられない。 「くっ、ううっ、んあっ、あっ、んっ、」 ブブブブブ 鈍い音が、少女の柔肌の上を這い、可憐な乳房を震わせ、ピンクの可愛らしい乳首をつつくと、声をあげずにはいられない。 悶える動きの艶めかしさ、声を上げまいと耐えるしぐさ、それがさらに興奮を強くし、そのままぶっかけたいほどだ。 へそから腰へ、震動は嫌がる身体をさらに嬲るように降り、急に動きを変えて無毛のデルタ地帯へ侵入した。 「ひーーーーっ!」 ブブブブブブブブブブブブ 無慈悲な震動が、鋭敏な芽をいたぶり、閉じようとする腿は、黒いズボンに広げられ、晒された秘所を存分に嬲っていく。 「やっ、だ、だめ、いやあ・・・」 雫が震動で飛び、さらにあふれてくる。嫌がる声の淫らさが、汚らしい脳髄を直撃し、喜悦で快感が止められない。 ガクガクする裸身が、さらに深く赤く染まり、のけぞった。 「く・・・・・・・・・・っ!」 がっくりと力を無くす女体に、ぜえぜえと、まるで一戦済ませたかのような激しい喘ぎ。 ズボンの中は生ぬるく、すでにデドスも一度達していた。 だが、むしろ興奮の度合いは強化され、ズボンの前は張り裂けそうだ。 「犯してやる、征服してやる、この雌エルフがっ!」 ズボンを引きずり降ろし、あえぐメイドにのしかかる。 ズブズブズブ 音を立ててめり込んでいく男根に、まるで抵抗するかのような狭い蜜壺が、激しくこすれる。 ヌルヌルにも関わらず、その刺激は処女のようなきつさで、入れるだけで快感がビリビリと感じていた。 一筋、涙が頬を伝い落ちる。 さらに勃起が強くなり、抵抗を強姦するように突き刺して、深く穿った。 「ふうっ、ふっ、ふっふうっ、ふうっ、」 狂喜で頭が真っ白になり、何も考えられない。腰を激しく突き出すたびに、快感が津波となって押し寄せ、玉から噴き出しそうになる。 シーツを掴む細い指、苦しげなあえぎと、何かに耐える嗜虐をあおる表情。 濡れてあふれる淫肉は、異様なまでの刺激をプチプチと擦り、蠢く感覚に幾度も気を飛ばしそうになる。 白い胎を犯す感覚、繰り返しその奥を突き上げれば突き上げるほど、淫らに声を漏らし、快楽に耐えてくねり、必死に細い首を動かして、けなげで無駄な戦いを続ける。それを、犯し、うち砕き、征服する。その喜悦がさらに耐えがたいほど甘美に、強く、身体じゅうを刺激して、のしかかり、さらに突き伏せ、深く撃ち込む。 「い、いや、いや、いやああああああああああああああああああああああああああああっ!!」 ドブッドブッドブッドブッ 男の痙攣が、汚らしい脈動となって、わななく秘宮の奥へなだれ込んでいった。 真っ白になりながら、女の全てを犯し尽くし、口も、アナルも、ドロドロになるまで射精していた。 だが、最初の射精から先は、何をしたのかすら良く覚えていない。 ただ、快感のあまり何もかもが、身体から抜け出してしまったかのようだ。 メイドが、恥じらいの表情を浮かべ、静かに身を起こす。 己の快感と絶頂を、酷く恥じているかのような、またしたくてたまらなくなるような表情だった。 もう粉も出無いような状態が呪わしいほどだ。 いつの間にか戻されていた服を、静かに、礼儀正しく身につけると、気品のある態度で部屋を静かに出て行った。 デドスは、写真を一枚だけ帰してやった。約束だからなと。 しかし、この部屋の隠しカメラで撮った痴態は、いくらでもある。 もちろん、性欲が続く限り、止める気はさらさらないのである。 ただ、デドスはこの時知らなかったが、あのビルでの関係者で、もう一人彼女の写真をこっそり取っていて、同じように彼女に脅迫を送りつけていた。そして、全く同じように、彼女を凌辱し、同じように、写真で束縛し続けようとした。 次に呼びだした時、彼女にその事を告げられ、驚愕した。 呆れた事にデドスは、同じ“影”の関係者で彼女に執着していた別の二人を誘い、金を受け取っていた。 もう一人の写真を写した男、ベルデ・ルモイラスも同じ“影”の関係者で別の男を誘って、金を受け取っている。 実を言えば、金よりも“コネ”や“つて”を作るための手段だったのだが、意地汚い事では、どいつも変わらない。 『考えることはまるで同じってかよ?!』 これにはさすがにデドスもベルデも頭を抱えた。 金をもらった以上、その分メイドを渡さないわけにはいかないのだが、実際そうなってみると、これは酷くこたえた。 一度肌を重ねると、もっともっと肌を重ねたくなり、二度目を得た時は、前以上に真っ白になって燃え尽きる。 あっという間に5人に欲求不満が蔓延してしまう。 クレイアはサーニャ専属の特別なメイドであり、自由になる時間は極めて少ない。その部分だけは、脅しもすかしも通用しなかった。後でどうにも欲しくなったのが、交渉したがえらい目にあっている。逆に言えば、そういう特別貴重な、エグゼリオンコングロマリット総帥のオモチャを弄べるという事も、一つの重要な快楽になっているのだ。 何人もの男に嬲られながら、その目には強い光が消えず、征服に屈せず、それでいて蕩けるような肉体の芯に、ピンと張りつめた気位のようなものが、男を強烈に刺激する。 この連中のような穢れ切った下種な男に、繰り返し凌辱されていけば、自然女の芯も気位も、腐って堕ちていく。 だが、このメイドは、5人もの下種、外道どもに繰り返し嬲られ尽くしながら、どうしても堕ちない。それを引きずり降ろしたくて、なお必死に追い求め、貪らずにはおれなくなっていく。だが、貪れば貪るほど、溺れ、酔い痴れ、夢中になってしまう。そこに他の4人への競争心が激しくあおり立てられ、いつしか夢中になっている自分に気付かなくなっていた。 とまあ、そういう風に男たちを自在に誘導してしまうのが、エカテリナの恐ろしいところだが、ますます男たちの方がヒートアップ。男としては下種外道だが、実業家としては上り調子ハイクラスの連中である。 『奪うばかりでは、けちな男と思われかねないからな。』 恐ろしく濃い色のピンクダイヤの指輪を渡された。このクラスの色になると、最高級リムジンに匹敵する。 『私の所に来るのに、そんなみすぼらしい服装ではこまるのだよ。』 レイグ・ス・ティファーニの最高級銀ぎつねのコートを持たされた。王族クラス御用達の最高級品である。 『他の客の手前もある。もっと高尚な女性のふりぐらいして来てくれ。』 南海の最高級黒真珠と、同レベルの真珠をぜいたくにあしらったネックレスを着けさせられた。 その他、クリスチャント・ティオールの最新一点もののバッグと靴の一式やら、エオロ・ラ・ドーの芸術品と称えられる婦人用腕時計やら、めったやたらと彼女に押し付けられるようになった。どれもこれも、一財産どころでは無い代物ばかり。 次第に『クレイア』を嬲るのも、甘え口調が混じり始め、最初の威勢はどこへやら、劇場やファッションショー、秘密の高級パーティなどへ引っ張り回し、最高級ホテルのロイヤルスィートを用意する始末。 そこでは一応『脅し』や『無理やり』やらで関係を強要したり、『スパンキング』や『ローソク』などで、支配しているような気分になったりはしているようだが、はたから見れば、完全に攻守が逆転してしまっている。 また普通の女性なら、あまりのプレゼント攻勢にまいってしまうだろうが、何しろエカテリナである。彼女のためにどれだけでも使っても構わない『無限大国家保障』のカードを渡した鉱山王ガッハ・バルボアや、彼女のために城を用意したフェリペ侯爵夫人やら、とんでもない客がゴロゴロいるのだ。一応『脅されて』『凌辱されている』のだし。 当然と言えば当然なのだろうが、連中がこういう事に必死になるのは、ストレスが積もりに積もってどこにも発散できないからであり、その原因はほぼ全部家庭にある。 妻や子供に見くびられて見放されたり、妻に若い男と駆け落ちされて深刻な女性不審に陥っていたり、釣り合わない家系からもらった妻と冷戦状態だったりと、連中の呻きやつぶやき、挙動の方向性を見れば、エカテリナにはほぼ全部分かってしまう。なんだか可愛そうになってくるが、エカテリナは心を鬼にして引きずり込んだ。 何しろ、権力闘争のドロドロに首までどっぷり漬かっているガッハやフェリペたちですら、彼女の持つ強力無比な癒しと器量に惚れてしまってどうしようもないのだ。この連中にはその一端だけでも劇薬、いや猛毒に等しい。 こうなると、エカテリナとの関係はほぼ依存症レベルにまで達してしまい、逃げられないのは連中の方であった。 「これが10人とかですと、さすがに難しいかもしれませんが、5人程度でしたら、私の言うことも良く聞いて、思いっきりハッスルしてくださるので助かります。」 彼女のつつましやかな報告を聞き、苦笑を洩らすフェリペ、リンゼ、サーニャ、3枚のジョーカーたち。この恐怖の淑女たちは、そういう方面には特別能力が優れた怪物ばかりである。全員一致した意見では、恐らくエカテリナなら10人どころか、100人相手でも自在に操ってしまうだろうとこっそり話し合っている。 「まあ、さすがというか、末恐ろしいのうエカテリナは。」 「だからこそ、我らの愛人たる資格がございますわ。」 「うふふふ、でなければアレ相手に戦争など出来ませんわよね。」 実際、こんな状況は、この三人の怪物たちですら、ちょっと想像の外にある。 『ハニートラップ』つまり色仕掛けと言うのは、最も古くからあるスパイ行為だし、逆に言えば最も知られている手段と言える。それなりに警戒するような地位にいる相手の場合、仕掛けられる本人はとにかく、周囲にばれないようにするのはものすごく難しい。 だが、今回のように、相手が脅して支配するために接近してくる場合、どー見てもエカテリナは犠牲者であり、征服される生贄でしかない。ましてや、相手は5人。しかもそれなりに社会的地位の高い、支配階層の人間ばかりである。それが女奴隷同然のハーフエルフを欲望のままに嬲る。リヴァールでは当たり前すぎて、周囲が気が付いていたとしても、誰も警戒などするわけが無い。 たとえ“影”が気づいて探ったとしても、チンケな犯罪にせせら笑うだけだろう。 一応秘密にしてやると脅しているので、写真を持っている二人も、周りに気をつけてはいる。 とはいえ、とはいえだ、5人になった時点で、エカテリナの占有率は五分の一。連中が殺し合いをしなかったのが不思議なぐらいだが、さすがに簡単に殺したり殺されたりするようなチンピラとはわけが違う“影”の関係者。 特に写真を撮っていた二人は、後から死にたくなるほど後悔した。それなりのコネを使って、サーニャに何とか売ってもらえないか交渉を仕掛けてみたが、 『我が気に入っていたからこそ、あそこで貸し与えたのじゃ。貴様ごときが買いたいなどと、なにをふざけた冗談じゃ?。その口引き裂いてくれようか!』 これはもう激怒レベル。交渉の代理人は、本気で命の危険を感じて逃げ出した。これではクレイアの自由時間以外に呼び出して、サーニャの激怒を買えば、本気でプチッとつぶされかねない。 それで分かったのだが、あのときの参加者たちは、実はサーニャのメイドを本気で欲しがっている者が大半で、今の状況がどこかから漏れたら最後、男のすさまじい嫉妬が、一斉に殺意になって集中することは間違いなかった。逆の立場だったらと思うと、間違いなく写真を持っているやつを殺したくなる。いつの間にか、バレたら自分の方が命の危険に晒されていたのだった。 『何で他のやつまで誘っちまったんだ、俺は・・・バカか。』 自分だけの秘密にしておけば、占有率は二分の一。あの知性あふれ涙がぞくぞくするほど美しい輝く瞳、優しく癒され蕩けそうな美貌、甘美で狂おしくどこまでも自在に男を受け入れ美麗な瑞々しい肉体・・・・・。そして何より、一緒にいるだけでなぜか癒され、ストレスが軽くなってしまう。 他の4人に時間を渡さねばならなくなると、それはもう嫉妬と憎しみとうらやましさで、全身を締め付けられるような苦しみにのたうち回った。悔やんでも悔やみきれない。 写真を持っている二人は、酒の量が極端に増えた。飲まないと気が狂いそうだった。 実際のところ、ルィーデの館にいる時は、節度を持って自分を律し客に接しているエカテリナだが、彼女が遠慮会釈無く快楽に溺れこめば、引きずり込まれた相手は、男女の別なくよほどの剛の者で無い限り、間違いなく破滅する。 グラムリングシティで磨きに磨かれ、ルィーデにマインド・サイバネティクスで精神から改造されつくし、W・W・W(ワイルド・ワイド・ウェスト)で鍛えに鍛え抜かれた彼女は、それほどまでにすさまじい魔性を身につけていた。 その毒の蜜は、そんじょそこらの成り上がり連中など、一発で再起不能の中毒患者に出来るほどのものであり、このずっと未来では、無意識に人を死なせたくないがために、何十人と言う相手と交わって、ようやく薄められ押さえられるほどの猛悪無双の性欲となる。 そしてまた、障害が多ければ多いほど、甘美な蜜は味が強くなり、撤退不可能なほど酔い痴れることになる。 3枚のジョーカーをしても、対“影(シャドウ)”の方策でここまで完璧な内部工作と侵食方法は、なかなか難しい。 ただ、それだけに恐ろしかった。 エカテリナは、命がけになっている。もちろん、あのバケモノを相手にするのに、命がけにならないで済む方法は無い。しかし、それでもエカテリナの恐るべき方策は、いつ操られている人形たちが、狂って心中したり、あるいは嫉妬で男と一緒に殺されたりしてもおかしくない。それほど際どい曲芸のようなものだ。だが同時に、それが彼女を恐るべき“影”から、狂愛と独占欲で守ることにもなる双刃の剣でもある。 分かってはいるのだ、死を恐れていたら、結局死に食われてしまう。ただ、自分たちの胸を焦がす嫉妬だけは、どうしようもなく熱かった。 「やれやれ、愛しているなら、耐えねばならんのう。」 フェリペのぼやきは、3人に共通している。 エカテリナの『浸食』は、彼らをむしろ事業に没頭させ、“影”に必死に接近させた。コネや権力、そして財を掴むには、ど汚い危険な相手ほど見返りも大きい。“影”にしたところで、欲望むき出しの相手ほど、理解し、利用しやすいものは無い。逆に欲望や野望の無い相手は、理解できない分裏があるに決まっていると心底思っている。 エカテリナが彼らの鎖を握っている以上、その動きはほぼ筒抜けに近く、“影”が何をさせようとしているのかが分かれば、自然と“影”の動き全般が分析できてくる。 そこは軍情報局トップ、リンゼ・ワグナリウスがすぐに動きを察知する。 「きゃつめが、軍事バランスをどうにかして崩そうと、なにやら動いているとは理解していたが、BC兵器か・・・。」 戦争で用いられる大量破壊兵器には、A(核)、B(生物)、C(化学)の3つがあるが、BCすなわちバイオケミカル兵器と呼ばれる新たな極悪兵器が研究されていた。 それ自体は、ある種の無害な細菌であるが、一定の条件化で急激に増殖すると、生存限界を超えた直後に、凶悪な化学物質を作り出して自滅するのである。ただ、その化学物質の毒性がけた外れで、わずか一キロの培養液から蒸発・飛散した化学物質は、紫外線でゆっくりと分解しながら、さらに凶悪な猛毒となり、10万の人間を致死させることが可能だ。 「いやらしい兵器ですわね。」 ただ、単なる兵器開発であるなら、軍部がそれを否定するいかなる理由も無い。 エカテリナが、フェリペの思案に気付いた。 「何かお気がかりな点でも?」 「うむ・・・」 リンゼとサーニャも顔色を変えた。 リンゼのようにどれほど情報を持っていようと、サーニャのようにどれほど能力があろうと、何かを『気付き』『閃く』力、センスと直感だけは、どうしようもない天与の才なのである。三枚のジョーカーと呼ばれる三人だが、あらゆる状況をひっくり返すジョーカーの本当の力は、フェリペが圧倒的なまでに持っていた。 「あやつらしくない。似合わぬ。」 フェリペは断じた。 「人が失敗するときは、必ず似合わぬことをしている時よ。あれがそれをしたことは一度も無い。」 それにW・W・W(ワイルドワイドウェスト)で、ポロピ砂漠にB兵器やC兵器の廃棄を何度か行っている。 兵器はおもちゃにしては高すぎる。廃棄する以上、関与する気はほぼ無くしていると見ていい。 つまりこれはブラフ。正当そうな理由で、その奥にひっそりと本当の理由を隠している。 「エカテリナ、ベルデ・ルモイラスの動きはどうじゃ?。」 「軍需産業のルモイラスコーポレーション社長ですか?、この計画には関与していないようです。」 「なるほど、あの5人、いや“影”の手下の中でも、一番の大物が絡んでないっていうのはおかしいわね。」 当然軍需関係、そこに詳しいリンゼが同意した。激しい動きをしているのに、表立った動きに絡んでいないとなれば、当然奥の本命だろう。 「そういえば、新種の炭素繊維の開発をしているとは聞きましたが。」 「軍部にそうとう売り込んできてたわね。性能の割りに値段も安かったし。」 「炭素・・・繊維?」 またフェリペが聞きとがめる。もちろん彼女が知らないはずは無い。製造に手間はかかるが、繊維でありながら耐熱性が非常に高く、軽量。それを素材にすると、様々な分野で応用が可能である。 「その新種の炭素繊維は、どこでどのように開発されたものなのか?。」 リンゼが耳に仕込まれた特殊端末から情報を引き出す。 「軍のデータベースによれば、ルモイラス・バーデン遺伝子研究所ですわ、詳細は極秘ですが。」 「遺伝子研究所か、BC兵器を隠れ蓑にする理由はその辺にありそうじゃな。」 「あの、一昨日はベルデさんだったんですが、ベッドで最後に電話が入りまして、かすかに聞こえたのが、バーデンブルグ酵素という名前でした。慌てて『後でかけ直す』と切られたんです。」 「調べてみましょう。」 「まて、リンゼ。これはそなたの特殊端末でも危ないかもしれぬ。情報局のメインから調べた方がよかろう。」 フェリペの直感は、またしても当たった。 情報局のメインコンピューターは、情報の経路や入手に関する警戒が極めて厳しく、他者の侵入や情報のかく乱を許さない。バーデンブルグ酵素の検索をかけようとすると、警告が発せられるように国内のネット上にプログラムが張られている事が分かった。 リンゼはERのネットから再侵入を行い、痕跡を完全に消して調査をすると、意外な名前が浮かんできた。 「ブローデル・レ・グランダス、狂気の遺伝子学者と呼ばれた異端の科学者ですが、彼が異種族分析用に生み出した酵素の一つが、バーデンブルグ酵素と呼ばれています。」 異種族と言っても、その遺伝子は99.95%まで人間と同じだ。遺伝子検査で種族を分別するには、膨大な手間と時間がかかる。それを瞬時に解析できる酵素の一つである。 「なるほど、ブローデルの係累の研究所か・・・。それはあまりに危なそうじゃの。」 「ここまで調べてみて、意外な点から出てきたものがありましたわ。異種族研究の嘆願書です。」 「異種族研究といえば聞こえはいいけれど、要するに人体実験でしょ。ERと戦争を起こす気?。」 リンゼの発見に、サーニャが呆れた声を上げる。 いくら人間優位を掲げるリヴァールとはいえ、2度の大戦を経験し、さすがに表立って国際社会の総攻撃を浴びそうな異種族体実験は許可できない。 それは同時に、現代で最も危険視されている遺伝子兵器の研究に直結する。 先にも述べたが、異種族といえど99.95%まで遺伝子は人間と一致している。下手をすれば、人類そのものが絶滅することになる遺伝子兵器は、本気で世界大戦の引き金となる。 もしその嘆願書に許可しようものなら、ER社と三大国(ラングレー王国、レインハイム皇国、佐伯国)が絶対に黙っていない。 「だからこそ、でしょうね。」 軍事バランスを崩す、その一点に見れば、異種族に大ダメージを与えられる遺伝子兵器は、強力なカードに見えるだろう。 フェリペたちから見れば、“影”への致命の一撃につながる。 だが、現在確認できたのは嘆願書の存在だけだ。もちろんリヴァールは拒否している。 「しかし、何を考えておる・・・・いや考えるだけ無駄か。あれの過去は誰にも分からん。」 あまりにも“影”は正体不明すぎた。過去の無い人間ほど、わかりにくいものは無い。 「ひとつ気になったのですが、ブローデル・レ・グランダスという方は、バーデン遺伝子研究所に居られたのですか?。」 エカテリナの意外な質問に、フェリペも、リンゼも、サーニャも同時に顔を上げた。 「それじゃ!」「それです!」「それだわ!」 ブローデルは8年前に、研究中の事故で亡くなっている。ルモイラスは新興の軍需産業で、ここ数年で急速に成長した企業体だ。 時間軸から見れば、接点など無さそうである。だが、ルモイラスとブローデルは、明らかなつながりがあった。 そして、そのつながりこそが“影”につながる最も大きなコネであり、バーデンの名を冠する研究所が存在する理由であった。
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