Danse du noir
「は、ああああ‥っ!」
一際高い絶頂の声とともに、紅色の肉壁に精液がしぶく。
ダークエルフの甘美な蜜壷、そこにねじ込まれた肉棒との隙間から押し出された濃い精液が、褐色の肌に点々と飛び散った。
絶頂の表情がゆっくりと冷めていくのを見計らい、頭の上から声がする。
「はーいカットー。これで終わりよ、お疲れ様」
満足げな表情を浮かべ、ベッドに横たわるダークエルフを見下ろす女性は、二条香織。人気AVメーカー「カオリ・レーベル」の社長にして、自身も売れっ子AV女優であり、またルフィルの超高級娼館「妖精館」へも勤務する多才な女であった。
一方その声に微笑んで応えるのは、カオリ・レーベルのトップAV女優、シムカ・ラチェティ。精悍なマスクとアスリート然とした肉体が織り成すダイナミックな痴態は、男性のみならず多くの女性ファンをも惹きつけていた。
「連続6人中出しファックは久々だったけど、どう?」
とはいえさすがに露骨な質問には頬を染める。それでもシムカには香織への全幅の信頼があるから、
「はい、なんとか…いけそうです」
あちこちに白濁のこびりついた顔に笑みを浮かべて、頷いた。
「お疲れ様」
「おつかれさまー」
シャワーを浴びて汗とザーメンを洗い流した後、香織が心尽くしで用意したフルーツ・ジュースをたっぷり飲み干して、シムカはビルの玄関を出てゆく。漆黒のライダースーツに身を固め、同じく真っ黒なヘルメットを片手に提げたそのシルエットは、さながら銃のように精悍で美しい。熱い視線が、いくつもその背中に突き刺さっていた。
「いつ見てもカッコいいわ…」
「あーん、私も一回でいいからシムカさんに抱かれたいー」
女性スタッフも居合わせた他のAV女優も、心底願って身を捩じらせるのだった。
玄関を出たシムカは駐車場へ向かい、その隅に止めてあった黒いバイクに身を預けた。細身のシルエットがシムカに良く合うそれは、市街地を疾走するにはうってつけのものだった。
エンジンを始動し、少し暖めた後に、まだ陽の高い午後の町へとバイクは走り出る。
うんざりするような渋滞も、シムカの前には小川の流れに等しかった。
ダークエルフの持つ精緻な感覚を駆使し、リズミカルに車の間を抜けてゆく。長い直線から交差点をいくつか曲がり、自宅のあるブロックへあと少し、というところで「!」その感覚が、ごく軽いノイズを拾った。
忘れても良いほどのそれがなぜか気にかかり、シムカはバイクを瞬時に反転させた。
薄汚れたビルの角に沿ってバイクを置き、ノイズを感じた裏路地をそっと覗き込む。
果たしてそこでは揉め事が起きていた。
シムカは音がしないようヘルメットのシールドをそっと上げ、闇も見通すその眼を凝らした。
人数は四人。髪の長い、一際背の高い女と、男が三人。いずれも若かった。路地の臭いと男達の体臭が流れてきて、シムカの鼻に乗る。それだけで彼女は男達の素性を知った。 安物のコロンと低級なタバコ、アルコール、不精の成果である垢の臭い。大方難癖をつけて彼女を精液のはけ口にでもしようというのだろう。
それはシムカの嫌いなタイプだったから、後から襲い掛かって一息にでもしとめたい。
だがここは、まだ陽も高い街角。狩場でも戦場でもなかった。
(彼女だけ逃がせばいいか…不利になったらあたしも逃げればいいし)
そう決めて、ヘルメットを一息に脱いでバイクのミラーに預けると、シムカは猛然と
路地へダッシュしていた。
黒い疾風が路地へと吹き込んだ。名前も知らない、髪の長い女の横に立つ影は、男達
から見れば魔法でも使ったかのように唐突な出現だった。
「はあい、こんにちは」
挨拶しながらその身体は鞭の凶暴さを秘めている。勘が良い男なら、ここで舌打ちで
もして踵を返すところだが、
「ああ!? んだテメぇ」
残念、男たちはどうしようもなく勘が悪かった。無いと言ってもよかった。
「3対1ってアンフェアよね。正義の味方1号が加勢するわよ」
「…じゃあ、私は2号で」
初めて女が口を開いた。思わず見遣ったシムカの視線を感じたのか、女ははにかんだ。悪くない笑顔だった。
「っテメぇ!」
勘が悪い男たちは、それを隙だと勘違いしたらしい。圧し掛かって犯しまくるシーンを頭に浮かべながら突進してきた。
「ふっ!」
女が呼気を絞った。その呼気を追い抜いて、デニムパンツに包まれたしなやかな脚が、先頭の男の腹を気持ちよく抉った。
(…あたしより速い!)
シムカは慄然とした。しながらも、肘を固めて二人目の男の鼻柱を砕いた。ライダースーツの肘に納まったパッドが、嫌な感触を和らげてくれた。
残るは一人。すっかり戦意を喪失した男は、仲間に眼もくれず路地を逃げ出していった。
「助かりました、ありがとう」
息も乱さず、女が会釈する。改めて見ると美しい、物腰の穏やかな女だった。
「礼はいいわよ。あたしなんかが加勢しなくてもよかったわね、お邪魔様」
それでもフォローはしてやる。携帯を取り出して、怪我人が二人ほど路地に転がって
いると救急に通報して現在位置を知らせ、自分の名前は曖昧にしてシムカは電話を切っ
た。
「じゃ」
二人が背を向けて歩みだす。広いルフィルの街で、二つの影は二度と擦れ違うことも
ないだろう。そうシムカは思っていた。
数日を経て、夕暮れ迫る坂道を黒いバイクが駆け上ってゆく。黒い弾丸とでも言えそ
うな、そのマシンを駆るのはシムカだった。
やがて視界の先に、白亜の建物が見えてくる。何台となく抜いた高級車が等しく目指すそこは、ルフィル妖精館。麗しい妖精が一夜の夢を見させる、だがシムカには縁のなさそうな建物だった。
シムカ自身も気乗りして行くわけではないが、香織に言いつけられたから仕方がない。ある妖精を指名し、一晩遊んで態度を盗んで来いというのだ。新作の演出に必要だと言われればシムカが逆らえるはずも無い。加えて妖精館の費用はギャラに合わせて経費で先渡しだったから、シムカにとって断る道理もない話だった。
「あたしが娼婦を抱くってのも、ねえ…」
また一台車をパスしながら、ヘルメットの中で自嘲気味にシムカは呟いた。
だだっ広い駐車場の隅にバイクを止め、ライダースーツのジッパーを半分降ろして、暗褐色の素肌に風を当てながら、シムカは妖精館に踏み込んだ。
「いらっしゃいませ、ようこそ妖精館へ…!」
最初に出迎えた妖精が、シムカの美しさに息を呑んだ。瞬時に玄関へと視線が集まり、身体が火照ってきたのか腰を落ち着かなくさせる者すらいる。皆粒揃いのエルフ達なのに、それをも虜にするダークエルフの純粋な美しさだった。
シムカはそんな視線を受け止め、手近な妖精に問おうとした。香織に言われた妖精の
名は、イエッタ。イエッタ・クライン。
シムカに答える幸運に預かった妖精が口を開く刹那、視界を過ぎようとしたシルエットを認め、シムカの瞳がくるりと丸くなった。
髪の長いその女は、先日街角で会ったばかりではないか。
「ごめん」
驚きながらもシムカは踏み出し、言いそびれた妖精に軽く片手を上げて詫びる。妖精
達が素早く退いてできた壁をくぐり、軽やかなステップでその女の前に立った。
「あ」
女の眼も少しだけ丸くなる。
「また会ったわね。あんた、ここで働いてたの」
「ええ、まあ。いらっしゃいませ」
はにかんで会釈するその姿は、可愛く美しい。悪くないタイプだった。
「ところで、あたしイエッタって娘に会いにきたんだけど、知ってる?」
「私です」
これにはさすがのシムカも驚いた。香織がお勧めする妖精が、まさか彼女とは。
「そう…なら話が早いわね。香織さんに言われて、あなたを指名しろって」
「香織さんからですか。光栄ですね」
丁寧にイエッタは頭を下げる。白絹のドレスに黒髪がよく似合っっていた。
「それではお部屋へご案内します」
イエッタはシムカの手を優しく取り、階段を昇ってゆく。演劇の一コマにも見えるその光景に、妖精達も、居合わせた客も、感動の溜息をつくばかりだった。
「素敵…イエッタさんも、お客様も」
「あーん、私も一度でいいからイエッタさんに抱かれたいー」
どこかで聞いたような、台詞の応酬が聞こえた。
「お飲みになりますか?」
「いらないわ。バイクで来たから」
ワインを用意しようとしたイエッタをあっさり断り、手早くシムカは服を脱いでゆく。黒いライダースーツの下には黒のショーツ一枚きり。最初からブラはつけていなかった。そのショーツもさっさと脱ぎ、服とまとめて部屋の隅に放り投げる。娼館に来たというよりはサウナに来たかのような素っ気無さだった。
「あたしダラダラするの嫌いなのよ。撮影の時は前戯とかあるから仕方ないけど」
「かしこまりました」
イエッタは微笑み、自分の身体からも白絹のドレスを取り去ってゆく。シムカとは対照的に純白の下着も丁寧に脱ぎ、さっとまとめて折りたたみ、サイドテーブルの上に置いた。
「何からしたら、いいかな?」
「お望みのままに」
イエッタはシムカより優に頭一つ背が高い。髪は腰まで伸び、黒く清潔な艶をたたえている。一糸まとわぬその肢体にはシミ一つなく、内心シムカが嘆息するほど美しかった。 じゃあ、とシムカはにやりと笑うと、いきなり構えをとった。
「喧嘩でもしましょうか」
妖精館では前代未聞のリクエストだった。いきなり激しいプレイをせがむ客はいる、叩き出されはするが部屋に入るなり妖精に襲い掛かる客もいる。だが正面切って果し合いを望む客など、おそらく館長のファリア・シェリエストすら覚えが無いだろう。
「かしこまりました」
だがイエッタは平然と応え、自分も構えを取る。腕をコンパクトにたたんだシムカと違い、だらりと下げたままのそれは、一見無防備に見えた。
だが間合いを探りながらも、シムカの心を冷たい汗が落ちる。
(…強い…)
ストリート・ファイトで幾度となく窮地に立たされ、だが最後には勝っていたシムカが、一手も出さずに戦慄するのは初めてだった。
イエッタは微笑を崩さない。手を優しく広げ、そのまま抱きしめてくれそうに見える。だがそれを見越して飛び込めば、あの蹴激か別の攻撃が来る。
極めれば折る。掴めば潰す。たぶんイエッタはそういうことのできる女だ。戦いの中で磨かれたシムカの勘が、冷静に分析を終えていた。
ふ、とシムカが構えを解いた。闘争心を鞘に納め、苦笑した。
「やめたわ。やっぱり止める。あんた強いもん」
「私がですか?」
イエッタからもすうと気配が失せていった。
「わかるわよ…あんた、軍隊かどこかで訓練されてるわね。たぶん実戦も知ってる」
「…ええ、まあ」
あまり言いたくなげに、イエッタは顔を逸らした。
「悪かった。からかってごめん」
自分が思う以上に、それはイエッタにこたえたらしい。シムカは素直に謝った。
「いえ、私の方こそ…お客様に失礼を」
シムカが歩み寄った。イエッタの手を取り、戯れに指にキスをした。
「もうその事は忘れましょう、お互いに」
言いながらシムカの胸を、じくじくと後悔が蝕んでいった。
自分の境遇も誇れるものではない、人殺し以外はなんでもやってきた。病院送りにした相手の数も一桁ではない、そのまま死んでしまった者もいるかもしれない。ナイフを玩具にした罪悪感に似た、嫌なしこりが心に落ちていた。
つ、とイエッタがシムカの顎を取った。その身を少しかがめて、優しく口づけた。暖かな唇がかさなり、イエッタの心がそこから流れ込んでくるようにも思えた。
「…」
無言のキスはしばらく続いた。シムカがおずおずと舌を出し、それをイエッタは優しく受け止め、自らの口に導いた。舌が触れ合った一瞬、シムカはイエッタを抱きしめ、そのまま熱いキスを始めた。
「ん…ふっ…う」
吐息が熱を帯びる。肌が火照りを加速させる。お互いを抱きしめあい、イエッタとシムカは長い長いキスを続けた。
「…」
イエッタが重ねた唇をずらし、優しくシムカを抱き上げる。素直に抱かれたシムカは、そのままベッドに横たえられた。身体を戻したイエッタがそれに覆いかぶさる。
今度は唇以外へのキスが始まった。
シムカの項へイエッタが口付ける。手は優しくひらめき、乳房を掠めては過ぎる。僅かな刺激で固くしこり始めた乳首にも、その指は愛撫をくれた。
白い指が褐色の肌で踊る。妖精のもてなしは、たちまちシムカを快感の淵へと追いやってゆく。AVの撮影時に受ける愛撫とはまるで違う、慈しみと労わりのこもった愛撫だった。
「はあっ…」
甘い喘ぎをシムカが漏らす。伸ばした手がイエッタの身体をまさぐり、更に快感をせがむ。イエッタもそれに応え、愛撫に巧さと力を込める。
「ね…ねえ…あなたのも、…欲しい…」
言ってシムカは赤面した。愛撫され、熱い肉棒を突き込まれる自分が、愛撫したいと願うなど、今の瞬間までありえないことだった。
AV女優の仮面は砕けた。今ここにいるのは、切ない声で奉仕を望む、可愛らしいダークエルフの少女だった。
暗褐色の肌に浮いた汗が、感情の昂りを示して震える長い耳が、とめどなく蜜を溢れさす淫裂が、快感を求めていた。
イエッタは敏感にそれを悟り、自らの身体を開く。お互いの身体を逆さに合わせ、熱い蜜を滴らせる花弁を、存分にシムカに捧げた。
シムカの、その艶やかな暗褐色の肌にピンクの影がさす。激しいエクスタシーに身体を預け、その唇は幾度もイエッタの花弁を貪り、喉を鳴らして蜜を飲む。
イエッタの白い指も、ピンクの唇も、シムカの花弁、いやもっと奥をも味わい、快楽を与えてゆく…
更けゆく夜の中、カーテンも引かずにいた窓から差し込む月光の下で、美しい淫宴は何度となく絶頂の嬌声を立てながら続いていった。
夜が明けて、朝が来る。月は早々に空から去り、太陽が新しい光を世界に投げかける。徐々に暖まってゆく部屋の中で、一人は白絹の、一人は黒曜の肌を輝かせ、一糸纏わずに眠りの中にいた。
「…」
ほとんど同時に二人が目覚め、おはようのキスを交し合う。イエッタが先にベッドから降り、ルームサービスでたっぷりのコーヒーを取り寄せシムカに差し出す。
「なんとなくね…香織さんが、あなたをあたしに紹介したの、わかるような気がする」
マグカップから立ち昇る湯気を顎に当てながら、シムカが呟いた。
「あの時ね、ほら街角で会った時。あなた、あたしに似た匂いがしたのよ」
その感覚が脚を動かさせたのだという。イエッタは無言のまま、微笑みながら側に座っていた。
「あなたの過去は知らないし、問い詰めたりもしないわ。でも、今は嬉しい。あんまり
良いことをして生きてきたわけじゃないけど、こんな気分は…」
そう、と言葉を選び、
「アンリ…あ、彼女もここにいるのよね、彼女に抱かれた時、以来かな」
「わかります…私も、彼女に助けてもらいましたから」
イエッタがそっとシムカの肩を抱く。男には決して見せない顔で、シムカが身体を傾けイエッタに寄り添う。安らかな顔だった。
「あの娘って、不思議よね。不思議なんだけど…好き」
シムカは優しく呟いた。刃物のように尖って生きてきたダークエルフの戦士が、ようやく重い鎧を脱ぎ捨てられた、そんな安堵の表情だった。
「気が向いたら電話でもして。お茶くらいならいつでも付き合うわよ」
妖精館を去り際、シムカは他に数人しか知る者のない、自分のプライベートアドレスをイエッタに伝えた。
朝の道を、まっしぐらに黒いバイクが駆け下りてゆく。その姿が見えなくなるまで、イエッタはそこにたたずんでいた。
「…ふふっ」
それは新しい記憶。新しい絆。そして新しい喜び、人に戻ってゆく喜びだった。
踵を返し、妖精館の玄関をくぐりながら、イエッタは一人ごちた。
「香織さんの話…考えてみよう、かな」
それはAV女優にならないか、という誘いだった。優遇するし編集で印象操作もできる、という。妖精館での暮らしと収入に不満があるわけではないが、
「彼女がいるなら、悪いところじゃない」
シムカの姿を脳裏に浮かべ、数秒で決意を終えたイエッタは、ホールの隅で携帯電話を取り出し、まだ空白だらけのアドレス欄からその名を選び出した。
「おはようございます。今よろしいですか?…ええ、以前お話いただいた事で…」
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