■ EXIT
王者之風 第01話 『試験 X 始まり X 東方不敗』


すべての大偉業は、最初は不可能な事だと言われた。

カーライル





立派に成長した弟子に看取られながら死を迎えつつあった彼あったが、
目を覚ましたとき見知らぬ世界に居た。

元の世界には自らの意思を受け継いだ弟子達が居るために、既に未練は無かった。
しかし隠居するにはまだ早く、彼は何か為すべき事が無いか情報を集め、世界をより良い方向に導くためにハンターを目指す事を決意する。

世界を圧倒する武と威を備えた最強の武道家が動き出す…









紫色の拳法着を身に纏い、灰色の髪をオールバックにて後ろに束ねた初老の男性が、ザバン市の街中にある一軒の料理屋の中に居た。その彼から途方も無い威圧感を感じるであろう。

「ご注文はお決まりになりましたでしょうか?」

「うむ、ステーキ定食弱火でじっくりだ」

拳法着を着た男性の威圧感に完全に飲まれていた定食屋の店員は、まるで 高給レストランの給仕のように対応していた。雰囲気に飲まれていると言っても過言ではない。

そして、店員は「ステーキ定食弱火でじっくり」という言葉に ハンター試験を受けに来た男性であることを知り、目の前の男が放つ達人を超えた超人のような雰囲気を纏うような人物が街中の定食屋に来た事を納得した。

「お客様、奥の部屋にて準備が出来ております」

「感謝する」

男性が店の奥へと消えていこうとするなか、店員は一生に一度御目にかかれるか判らない様な人物に対して、威圧感によって萎縮していた感情を上回るほどに興味が沸いた。自然と口から言葉が漏れる。

「失礼ですが、貴方様のお名前は?」

「ワシか? ワシの名前は、  マスターアジアである! 覚えておけ」

「マスターアジア…
 その御尊名は一生忘れません!」

「ウム」

マスターアジアは返事をすると、部屋の奥へと消えて行く。
店員はその偉大なる背中が見えなくなるまで、一般客が入ってきても見向きもせずに、
注文すら聞かずにじっと見つめていた。


マスターアジアが扉を開けて奥の部屋に入ると、
食堂テーブルの上にステーキ定食が用意されていた。

奥の部屋の扉が閉められると同時に室内にギアが作動する音が鳴り、
機械音と共に、部屋がエレベーターのようにゆっくりと降下していく。

「フム…ここから試験会場に通じているのか」

マスターアジアは第287期ハンター試験に受けるために、 ザバン市の地下空間にある試験会場へと向いつつあった。

これから、本当のハンター試験が始まるのだ。









動きを止めた部屋から出ると、そこは試験会場であった。
マスターアジアは、しっかりとした足取りで受付スタッフの前まで歩いていく。

「ハンター試験を受けに来たマスターアジアと言う者だ」

「受験希望の人ですね。
 此方のナンバープレートに書いてある番号が受験ナンバーになります。
 目に付く場所にお付け下さい」

「判った」

マスターアジアは受付スタッフから受け取ったナンバープレートを見つめる。

「フム…試験番号は1番か…」

試験会場に辿り着くまでの予備試験程度では、
超人の領域に達しているマスターアジアにとっては散歩以下の刺激に過ぎない。

1番乗りは当然の結果と言えよう。
受け取ったナンバープレートを自ら着ている武道着に付ける。

最初に到着したお陰で、この辺りにはハンター協会に関係のある人しか居ないが、マスターアジアは気にすることなく、試験会場として使われている広大な地下空間の真ん中に、どっしりと腰を下ろして瞑想を行うために目を瞑った。

暫くすると、次々とハンター受験を受けようとする者達が地下空洞にたどり着いてきた。
しかし、瞑想中のマスターアジアには気にもならない。

そのまま、時間が経過していく。









受験番号16のナンバープレートを胸につけた、愛想の良い表情を浮かべた4頭身ぐらいの中年の男性が試験会場の真ん中へと向かっていく。彼の名前はトンパ。ハンター試験に初挑戦する者をつぶすのを生きがいにしている外道の一人であった。そんな彼は、試験会場のど真ん中にて、瞑想を行っている初老の男性を視線に捉えた。

トンパは過去の試験状況を思い出す。
そして、初老の男性の姿に関する記憶に無いのを確認すると歓喜に震えた。

(カモだ!)

獲物を見つけたトンパは心の中で喝采をあげる。
瞑想中のマスターアジアは威圧感を抑えており、ただの武道家にしか見えない。

トンパが目標に選んだ相手はただの武道家ではない。
知らなかったとはいえ、マスターアジアとトンパの力量差を考えれば、トンパが素手で巨龍に挑むようなモノだった。

いや、巨龍の方がマシだったであろう。
マスターアジアは素手で機動兵器を破壊するような空前絶後と言えるほどの超人なのだ…

相手の恐ろしさを全く知らない、トンパは愛想の良い表情を浮かべつつ、心の中に満ちる悪意を隠しながら、下剤入りジュースを飲ませようとマスターアジアの後ろから近づいていく。

しかし、トンパの歩みは中断させられることになる。

「何ヤツ!」

己に接近する害意を含んだ気配を察したマスターアジアは目を見開いて振り向く。
マスターアジアの視線に射抜かれたトンパは体の自由を完全に奪われてしまう。

(ヒッ…なっ、なんなんだ、こ、この威圧感…
 ただのジジイじゃない、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ!!)

「ほう、ワシを前にして名乗れぬのか…
 良い度胸じゃな?」

マスターアジアのスゥと目が細くなる。
不思議なことに目を細めるだけで、威圧感が増していた。

先ほどより威圧感の増した視線によって、トンパの顔からは先ほどまでの愛想は完全に消え去っており、顔は隠し様の無い恐怖で引きつっている。

マスターアジアは悪意に対して笑顔で対応するような人物ではない。
悪意には拳を持って対抗する誇りあるファイターなのだ。

「っ……あ…あ…ト、トンパ…と言う者です」

絶対的とも言える威圧感によって気圧されたトンパは心底から怯えた。

目の前に居た武道家が、心臓を鷲掴みするような気配を放ってトンパの体の自由を奪ったからだ。射竦められたトンパは呼吸することすら苦しい。無意識にあとすざる。

それ程に、目の前の男がとてつもない存在に見えたのだ。

「で…トンパとやら…このワシに何用だ?」

「お、お近づきの印に…じゅ、ジュースでも」

トンパは必死になって弁解を行う。
強大な威圧感に当てられ、思考が鈍っていトンパは言い訳すら思いつかずに、なんら考えることなく、 ルーチンワークのように組まれた何時もの言い訳を口に出してしまった。

トンパは震えながらも懐からジュースを取り出す。
下剤入りのジュースではなく、普通のジュースの方を取り出すつもりだったが、焦ったトンパは下剤入りのジュースを取り出していたのだ。

「ほう? その毒入りのジュースをワシに飲ませるつもりだったのか
 覚悟は出来ているだろうな?」

(えっ…まっ間違ったぁ! で、でも何で開ける前から判るんだ!?)

「あ、いや…これは…」

マスターアジアの威圧感が更に増して空気が震え始める。

「今回が初めてではあるまい…このような妨害によって試験を落ちた者は、
 さぞや無念であろうな。
 ……今回は許すが…二度は無いぞ?」

「はっ、はいぃいいい」

数々の修羅場と死線を経験しているマスターアジアはトンパのような人種は何を考えているか手に取るように判っていた。更に、愛想笑いなどで隠してもトンパから僅かに滲み出る外道特有の歪んだ気の流れだけでなく、ジュース自体の気の乱れもマスターアジアには筒抜けだったのだ。殴る価値も無い外道を追い払ったマスターアジアは瞑想を再開した。

彼の大いなる伝説が始まろうとしていた。


続かないw

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