■ EXIT
シャアの贖罪 彼は自室で眼を覚ました。

真っ暗な室内では何がどこにあるのかよくわからない。
ベッド脇のスイッチを押して明りをつける。
淡い光が室内を照らし出した。

「うっ・・・」
思わず光から目を覆う。
そして戸惑う。

彼は生まれつき光彩の色素が薄く、強い光に目が弱い。
出歩く時は常にサングラスか、矯正用のメガネをつけていた。
しかし、数年前から治療を受け、今では人並みに回復しているはずだった。
交渉の場では、サングラス姿は不審感を与えるからだ。
そんな場で、常にしかめ面でいるわけにもいかない。

ところが今、部屋の蛍光灯程度の光が眩しく感じる。
何らかの衝撃で症状が再発したのだろうか。

明り調節用のつまみを回し、光量を抑える。

そして気が付いた。
大分昔に使っていた、矯正用のレンズが入ったマスク。
本来は自分の正体を隠すためにつけていたものだが、無いよりあった方がいい。
とっくに処分されてしまったものだとばかり思っていたのだが・・・

マスクを装着し、外出用の服に着替えようとして、クローゼットを開く。

そこにあるものを見て、驚いた。
旧ジオン軍の軍服。

そして、記憶が蘇る。

「俺は・・・死んだはずだ・・・」

彼は幾つもの名を持っていたが、最後に名乗ったのは『シャア・アズナブル』だった。




据え付けのパソコンを起動し、日付を確認する。
宇宙世紀0079年1月13日。
予定では、この日の午前9時からムサイ級軽巡洋艦に乗り込み、ルウムに向かうことになっている。
地球連邦軍とジオン公国が戦う、一年戦争最初の大決戦『ルウム戦役』開戦の前日である。

「まさか・・・こんなことが・・・」
今の時間を確認する。
午前8時。
昨夜の予定はガルマ・ザビと出撃について打ち合わせになっている。
そう、この後ガルマの部隊で出撃し、『シャアの五艘飛び』と称される戦果を挙げるのだ。

まず、服を着替える。
そして出撃の準備を行い、考える。

俺は、14年後にアクシズ落しを敢行し、アムロ・レイの乗る『νガンダム』に敗れた。
そこでサイコフレームが起こした奇跡を目の当たりにしたのだ。
あの時に感じた人々の温かさを、今も覚えている。
俺は世界というものを見ていなかった。
だから、おそらく大人になりきれなかったのだ。

しかし今の俺は違う。
時代は俺にやり直しを求めているのだろう。
復讐、エゴ、戦う理由を求め続け、彷徨っていた自分との決別だ。

とばいえ、何をどうやり直せばいいのだろうか。
この一年戦争を止めることからか。

ハッ、とする。
すべてはここから始まったのだ。
この一年戦争におけるアースノイドとスペースノイドの確執が、グリプス戦役となり、第一次ネオジオン抗争へと発展していくのである。
ならばこの戦争を、最良の形で終わらせることこそ、自分の使命なのではないだろうか。
いや、それくらいしか、やり直すことはない。

すでにブリティッシュ作戦が決行され、数億人規模の犠牲者が出ている。
今、ジオン・ズム・ダイクンの子キャスバルとして名乗りを挙げれば、ジオンは分裂するかもしれない。
しかしそれまでだ。
巨大な軍隊はギレン、キシリア、ドズルの3人に残る。
政府が腐っている以上、連邦軍とも手は組めない。
となると、道は1つしかない。

ジオン軍内部で強大な影響力を手にすること。
それだけだ。

そのためには、本気で戦果を挙げていくことが必要となる。
一種の怪物と認識されるようになれば、ギレンも迂闊に俺を殺せなくなる。
連邦軍の物量は圧倒的。
そのためのMSなのだからな。





「どういうことだ?」
シャアはMSのコクピットで訝しげにつぶやく。
ルウム宙域に展開した連邦軍艦隊は、史実と異なる陣形をしていた。

明らかに対空防衛を意識した陣形。
史実では、ここまで極端な陣形ではなかった。
「しかし、これはF型に換装して正解だったかな」
彼は、部隊長のガルマに申し出て、ザクUC型(核弾頭装備)からザクUF型(標準型)へ装備を換装していたのである。 両者の違いは追加装甲の有無であったため、急げば1日で換装できたのだ。
当然、追加装甲のあるC型(核装備)の方が運動性で劣る。

武装は対艦用の280mmバズーカとヒートホーク。
ただし、バズーカは予備の弾倉を携帯しており、10発撃つことができた。

「デニム、クラウン、私は単独で敵艦に攻撃を仕掛ける。貴様達はムサイの直掩に回れ!」
『無茶です。中尉!』
ベテランのデニムから制止の通信が入る。
「この一帯の味方機が減りつつある。敵が突っ込んでくる前に叩かねばならん!ガルマを頼んだぞ!」
言うなり、脚を振り上げる。
宇宙戦闘機トリアーエズがそれに接触し、破片を撒き散らしながら彼方へ去っていった。
無力化した、と見ていい。
衝撃の度合いにもよるが、あの接触でパイロットが死んでいてもおかしくないからだ。

シャアには様々な人間の断末魔が聞こえていた。
中には、史実でエースパイロットになるはずだった者も含まれている。
もちろん、ニュータイプ能力による感応によるものである。

「よくやる。しかし!」
彼はバズーカを撃つ。
それはマゼラン級の対空砲火を掻い潜り、後部エンジンに直撃した。
同時に、艦首のビーム砲台を蹴って次の獲物へと加速する。
次の瞬間、燃料の誘爆によってマゼラン級戦艦は宇宙の藻屑となった。
同じように、マゼランをたて続けに5隻撃沈する。
この戦法こそが、『シャアの5艘飛び』と称される戦果を生み出したのである。

「まだだ!」
弾倉を交換し、彼はさらにマゼラン2、サラミス3を餌食にする。
これで10発分の弾倉は空になった。

バズーカの弾が尽きたことを知った戦闘機群が群がる。
「弾が尽きただけで!」
シャアはヒートホークを抜いた。
バズーカは砲身を持って振り回し、不用意に近付いてきたトリアーエズ1機を撃破する。

周囲から遠巻きにミサイルが放たれた。
ミノフスキー粒子散布下であり、命中率が下がっているとはいえ、数が数だ。
ザクUの機動力ではすべてを避けきることはできない。
「この程度で!」
なんと彼は自機に当たりそうなミサイルだけを、弾の無くなったバズーカとヒートホークですべて叩き落して見せた。
引き換えに武装は壊れてなくなってしまったが、これは仕方がない。
爆炎を抜け、ちょうど目の前にいた戦闘機のコクピットを、マニピュレータで叩き潰す。
これは敵わないと見たのか、他の戦闘機は撤退していった。

「ここまでか・・・武器が尽きてはな」
敵艦が退却し始めたのを見て、シャアも帰還の途についた。

その時、長大な砲身を備えた大型ビーム砲が目に入る。
『ヨルムガンド』という、ジオン軍の秘匿兵器であり、後にMS用遠距離ビーム砲『スキウレ』にその技術が応用されることになる。
史実のように、出番がまったくなかったというようなことは無かったらしい。
見覚えのないマゼランとサラミス数隻が残骸となって漂っている。
それほどに、連邦軍の攻撃が激しいのだ。
この転生史では、このビーム砲と連携する必要が出てくるかもしれない。
戦果を上申しておくか。



ガルマ・ザビが艦長を務めるムサイは、サラミスを直掩のザクU2機と協力して撃退していた。
敵は回頭し、撤退を始めている。

『中尉!ご無事でありましたか!』
クラウンが通信を入れてくる。
『シャア、あまり心配をかけるなよ』
「敵艦も弾薬が尽きていたようでな、手柄の立て放題だったよ」
『言ってくれれば駆けつけたのに』
「仕方ないさ。ミノフスキー粒子散布下ではな」
モニタの向こうでガルマは笑っていた。
ムサイで近付けばただでは済まない領域で戦果を挙げていたということを知っているからだ。
ガルマが過保護に育てられた坊ちゃんとはいえ、そのくらいはわかる。
何しろ、教導隊時代は連邦軍兵舎襲撃のリーダーだったこともあるのだ。(マンガ『ジ・オリジン』より)

「私も弾薬が尽きてしまってな。1度帰還する」
『ご苦労だった。敵艦隊も順次撤退しているようだ。MS部隊は帰還せよ。後の追撃戦は艦の出番だ』


ザクUの整備の最中、バランサーを操作する。
もう、MSの出番はない。
そして、次にこのF型に乗ることは無いだろう。
バランサーの設定が14年も先を行くものであったと知られるわけにはいかなかった。

今日の戦果は、この時代にはありえないバランサー設定の賜物だったのである。
なんでもないザクUF型が、パイロットの技量だけで怪物へと生まれ変わるわけはないのだ。

それと、かなり無理をさせたので、パーツの大半は交換になるだろう。
敵艦の船体を蹴って加速というのは聞こえはいいが、その分機体に無理をさせているということでもある。
かなり強く蹴り、それを10回も繰り返したのだから、おそらくは脚部へのダメージもかなりのものになっているはずだ。



ガルマが張り切って無茶をしないように、ブリッジへ向かう。
「ミノフスキー粒子の濃度に注意しろ」
「わかっている。操舵手、あまり前に出過ぎるなよ。索敵、ミサイルに注意しろ」
「「了解!」」

状況を探っていると案の定、戦果を焦って前に出すぎたムサイはミサイルの弾幕を浴びて大破、中破の憂き目を見ている。
MSがある状況では、艦船は大きな戦果を挙げる事が難しくなるのだ。
あの『ヨルムガンド』ほどの火力があれば、あるいは遠距離から一撃で撃破できるかもしれないが。

それにしても、連邦軍の鋒矢陣は組みあがるのが早い。
おそらく、ルナ2から遠い側に位置していたガルマ艦では戦果を挙げることはできないだろう。
辛戦となることをあらかじめ予想していたとしか思えない。



ズムシティへ帰還する途中、シャアは自室で今回の作戦のことを考える。
「俺と同じく、転生した者がいる?」
1人つぶやく。

作戦前にも、考えないではなかった。
例えばアムロ。
彼は落ちようとするアクシズを、MSで押し返そうとしていた。
その間近にいたのがシャアだ。
アムロ・レイが転生していたとしても不思議はない。
しかし・・・
彼がルウム戦役に参加すること自体、ありえないのである。
なにしろ、この時アムロは15歳の少年で、兵士ですらなかったのだから。
未来を予見したと申し出ても、レビルが彼を採用することはない。
なぜならば、この頃のレビルはまだ、MSの重要性を認識していなかったのだ。

では、一体誰が転生してきたのか?
答えはもうすぐわかるだろう。
選択肢は多くないのだ。

あの戦術が一年戦争後のものであることに気付けば、転生した人物は限られてくる。
つまり、作戦に対して影響力を持つ人物であり、一年戦争を生き抜いた人物、そして、ルウム戦役に参加した人物である。
シャアが知る限り、それはグリーン・ワイアット、ブレックス・フォーラの2名しかいない。

いや、ブレックス准将は入らないな。
彼はルウム戦役の時は政府施設に、つまり地上にいたはずだ。
もう1つ、レビルが入るかもしれない。
彼ならば、一年戦争終盤の戦術をもう一段階引き上げたとして不思議はない。
そして、自分が捕まる未来を見たのならば、おそらくそれを回避しようとするだろう。
既に変わった歴史の中で、下手に手を抜けば本当に死んでしまうかもしれないからだ。

それを確認するためには、黒い三連星からの噂が入るのを待つしかなかった。



これから、シャアにはザクUのS型が支給される。
マルチブレードアンテナを装備した、指揮官専用機だ。
量産型よりも若干性能が高いが、これからの戦いを最後まで戦い抜くことはできないだろう。
レビルにしろワイアットにしろ、戦争初期のMSが航空戦力による数押しで完封できることを知っている。

シャアは今回の戦役のように、部下を艦の直掩に残して単独で敵を撃破しなければならない。
ザクをチューンした程度では間に合うまい。
高機動型ザク・・・R型クラスのスペックが必要だ。
ただ、初期のR型は燃料容量とロケットエンジンに問題があり、改良しなければならないが。



「ほう、アナンケを撃沈・・・レビル将軍を捕えたと・・・」
ドズル少将から通信が届く。
その報せを聞き、レビルが転生者という線は消えた。
となると、後はグリーン・ワイアットか。
接触を図る価値はある。

最初は文通になるだろう。
これは仕方がない。
ワイアットとは面識がないからだ。
はっきりと俺が転生者であることを教えてやることだな。
その最終的な目的も。



1月17日、サイド3、ズムシティに到着する。
祝勝パーティが開かれるのだ。
ジオン十字勲章の受賞者も呼ばれる。
俺もその1人になった。
戦艦7、巡洋艦3、戦闘機3の戦果が高く評価されたようだ。
後はザビ家の人間と軍幹部に政府幹部。

当然、ギレンの演説は聞き流した。
おそらく彼はルウムでの苦戦を、多少連邦が根性で粘ったくらいにしか考えていまい。
だから、言っておかなければならなかった。

「総帥はまだ戦争を続ける気か?」
ガルマに、そう呟きを漏らす。
「兄上を疑っているのか、シャア?」
「さあな。ただ、昨日の今日で疲れているのかもしれん」
ワインを一口啜る。

「連邦軍のあの抵抗をどう見る?」
ガルマに疑問をぶつけた。
「それは・・・わからない・・・兄上が判断することだ」
「お前の悪い癖は、お前自身が判断しようとしないことだ」
厳しいかもしれないが、ガルマという人材を、これからのために育てておかなければならなかった。
「シャア・・・」
「総帥も公王も、戦場をじかに見たわけでも、戦術的な分析を行なっているわけでもない。ドズル閣下やキシリア閣下にしても、前線のことまではわからん。それが戦争だ」

「まるで、戦争を長く体験してきたかのようだな。シャア」
キシリアが横槍を入れる。
「だが、正しい」
シャアの言葉を肯定した。
「姉上」
「総帥もその辺は承知しておられるはずだ。そうでなければ、お父上が戦争を止めさせただろう」
「姉上も、戦争を続けない方が良いと・・・?」

ガルマめ、余計なことを言うな。
万一、ギレンの耳に入れば、俺の出世の目は絶たれる。

「なんだ、そんなことを言ったのか?」
「地球からは追い出された身でありますので、戦いの醜さはよく知っているつもりであります」
咄嗟に嘘をつく。
地球から追い出されたのではなく、ギレンからの追っ手を凌ぐために名を変え、潜伏していたのだ。
「・・・そうであったな。ではシャア、現場の指揮官として、ルウムの戦況を報告してくれ。今、戦術班に分析させているが、通信記録からだけではわからんこともある」
この柔軟さが、キシリア閣下の人心掌握術だ。

「それでは僭越ながら。連邦軍艦隊の動きは、モビルスーツという兵器を相手に、まるで死闘となることをあらかじめ予見していたようでありました。ザクTのデータ漏洩事件から先、艦艇によるMS撃退を研究し続けていた者がいたと考えるのが自然かと・・・」
ワイアットのことは言わない。
「そうか・・・」
「戦争の継続云々は私の感情論に過ぎません。しかし、虎の子のMSがそれほど有用ではなかったと考えると、これまでの戦術の見直しが必要になるかもしれません」
「なるほどな・・・戦術の見直しについては考えよう。戦争継続云々は聞かなかったことにしてやる」
閣下はその後にこう続けた。
「シャア、お前に『ヅダ』のエンジンを回そう。ザクとのコンペティションに敗れた欠陥機だが、推力はザクを遥かに上回っていたそうだ」
「『ヅダ』・・・で、ありますか」
何やら雲行きが怪しくなってきた。

MS『ヅダ』とはツィマッド社の試作MSであり、ザクとのコンペティションにおける飛行試験の最中、空中分解を起こしてテストパイロットを死に追いやった曰く付きの機体である。
その良い部分であるロケットエンジンを掛け合わせて使おうというのは、キシリア閣下ならではの発想だ。
しかしそれは同時に、ルウムでの苦戦が、戦争始まって間もない段階から、各社の面子に構っていられないという、切迫感が感じられた。

これは、計画を修正する必要があるな。
ギレンを叩き潰すことで戦争が終わるかもしれないとも考えていたが、キシリアもある程度衰退させなければ、戦争を止めることはできないかもしれない。
彼女も、しばらくは戦争を続ける気でいる。
ともかく、今は連邦の攻勢を凌ぎ、功績を挙げることが先か。
ならば、提案できることは提案しておこう。

ただし、ドズル閣下にな。

「『ヨルムガンド』がほしいだと?あの木偶の坊をか」
軍服が似合う無骨な巨漢が驚く。
「MSで戦艦を相手にするには、やはり火力不足が否めません。特に今回のルウムのように対空砲火が激しい場合、後方からの遠距離砲撃支援は強い頼みとなります」
「ふむぅ・・・有効に使える手があるということだな?」
「はい」
「わかった。どうせ解体する予定だったものだ。好きにしろ」
「ありがとうございます」

こうして、計画に必要な資材が揃っていく。
gif gif
gif gif
■ 次の話 ■ 前の話
gif gif