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ソーラーレーザー
(このSSは、本来の物語から極端に外れた内容になっておりますので、
あえて主人公の名を伏せさせていただきます。ご了承ください。)
「こおおの若造があああっ!」
凄まじい怒声と同時に、ミスターYはさっと飛びのいた。
カキーーーーン
目の前を肉色をした何かが、きらめきながら通過し、
部下のガンツ大尉の眉間に見事に直撃した。
目を回した大尉がひっくり返るのと同時に、
カラカラところがる“入れ歯”を拾い上げると、
塩川・ジイヤ・レーベンハイト博士は、何事も無かったかのように、
胸のポケットから取り出した小さな銀色の箱に入れた。
シャアアアッ
洗浄機が回転する間に、腰のポケットから今度は紫の鮮やかなハンカチを取り出し、
取り出した入れ歯を、キュッとふきあげ、口にカパッとはめると、ニヤッと笑った。
『妖怪ジジイ』
ミスターYは口まで出かかった言葉を飲み込み、少しだけ心配そうな顔をして、
ガンツ大尉を振り返る。
何でもあの入れ歯は、強化セラミックでコーティングされた、
塩川研究室特製の、超特殊強化チタン合金製で、
研究員たちからは『入れ歯榴弾砲』と呼ばれ、大変恐れられているらしい。
身長189を超える大柄のガンツ大尉が、一撃で目を回すほどだから、
その威力はおして知るべし。
「やれやれ、最近の若い者は、根性が無いのう。」
いかにも練れた老研究者という口調だが、
周りの研究員全員が青ざめているのだから、説得力など欠片も無い。
この日、地球連邦軍の救世主とまで呼ばれた「ミスターY」こと、
某中将は、戦術面である検証を行うため、宇宙工学の権威であり、
色々な意味で有名人な塩川・ジイヤ・レーベンハイト博士の研究室を、
『いやいやながら』尋ねた。
これまでにも数回会ったことはあったが、「ミスター紳士」とも呼ばれるY中将が、
本気で会いたくないと思うほど、奇人変人なのだ。
問題になっている検証は、大規模攻撃装置についてである。
太陽光集積によるソーラーレーザーや、
コロニーを使ったコロニーレーザーといった戦術について、
賛成派のマミヤ・ファナ大尉と、反対派のガンツ・ラベルゲン大尉が、
真っ向からぶつかっていた。
で、塩川博士の意見を聞こうと、研究室を訪問したのだが、
中将が止める間も無くガンツ大尉が、
「太陽光程度で、本当に役に立つんですか?」
と、反抗心むき出しで口にしたものだから、塩川の一喝が飛んだのである。
ちなみに塩川博士のあだ名は“瞬間沸騰装置”ともいう。
「いいか若造、口のきき方も知らんようだが、その威勢だけは買ってやる。
だから耳の穴をかっぽじってよく聞け。」
今年80になる塩川に、36歳の大尉は巨体を縮めて聞いていた。
歯がキラッと光るたびに、びくっと震えるのだから、よほどあれが効いたらしい。
そしてY中将は別の意味で渋い顔をしていた。
本来なら、紳士らしく穏やかに質疑を行いたかったのだが…。
「地球連邦の人間は、時々おるんだ。太陽光の恐ろしさを知らんのがな。」
地磁気と、大気(オゾン層も含む)に守られた地表と違い、宇宙で太陽から直撃する太陽光は、
地球あたりでも直撃部分が200度を超えることも珍しくない、高エネルギービームなのだ。
船やコロニーは、反射率の高い素材か、高熱に耐える素材で船体を包んでおく必要がある。
また宇宙服は、内部に冷却ガスを循環させて、温度を保つよう工夫されている。
それを集積させれば、恐ろしい兵器になるのは、誰でもわかることだ。
反射率の高い素材といっても、集積すれば反射する前に分子が壊れる。
耐熱素材といっても、2000度は超えられない。
試験用ソーラーレーザーの実験記録が写された。
小さな固まりのような物が、ボルトの爆発と同時に展開を始めた。
固まりがみるみる広がる。
人間が宇宙に進出を始めたばかりころ、開発されたミウラ折りと呼ばれる技法は、
今なお応用されていた。
2メートル四方のミラーを入れた枠をはめた、小型の格子状の構造が、
次第にまっすぐな直線を構成していく。
「速度を100倍にしてあります。本当はいらぬ運動エネルギーを起こさぬよう、
もっとゆっくりと広がります。」
ガンツ大尉が首をひねった。
「ん?、あんなに折りたたまれてたのに、こんなにまっすぐになるのか?」
塩川がギロッとにらみ、ガンツが縮みあがる。
「つくづく現場という物を知らぬようだな。
現在のコロニーや宇宙基地の構造体は、ほとんどがこの形式で展開し、
つなぎ合わせるようになっている。
あんな巨大な物を、いちいち部品ごとにつなぎ合わせていたら、
いくら時間と空気があっても足らんわ!」
歯が飛びそうな勢いに、思わず身を引きかけるガンツ大尉。
その気持ちはよ〜くわかると、かすかにうなづくY中将。
最初の訪問で、彼もえらい目にあっている。
「展開と同時に、精密な加工をされたジョイント部に、単純だか信頼性の高い精密ばねで、
補強のパイプがスライドして、直線になる。技法もどんどん進化しているんだ。
塗料が太陽熱で徐々に溶けて一体化するから、溶接より強度が出る。」
直線の精度は、1km展開しても、誤差がプラスマイナス1ミリ以内にまで来ていた。
「これが、実物と同じミラーです。サイズは重力下では、これが限度ですが。」
塩川が頑丈そうな箱を開けると、5センチ四方の恐ろしく薄く、反射率が極めて高そうな膜状の物が、
泡のような緩衝材の上に乗せられていた。思わず伸ばした手を、塩川が押しとどめる。
「うっかり触れると、指が落ちますぞ。厚さ1/100ミクロン、高反射合金の金属分子膜です。」
Y中将はあわてて手をひっこめた。
見かけによらず強度があるらしく、手袋をはめた塩川が指で挟んでも壊れなかった。
だが、縁に触れたら、あっさり指を切断してしまうらしい。
真空と無重力空間だけが作り出せる、技術の成果だった。
周囲に鉄をわずかに含ませてあり、枠に組み込まれた磁場発生装置で、
引っ張り合うようにしてはめ込まれる。
磁場を動かすことで、角度をプラスマイナス10度まで精密に動かせる。
2メートル四方のミラーで、重量は1グラム以内。
ただし、このサイズでは、重力があると動かすことすらできない。
宇宙空間でしか作成も使用も不可能なしろものだ。
磁場発生装置も含めて、枠は200グラム。恐ろしく軽い。
実験映像は、超高度衛星軌道上で100枚のミラーを展開し、100km先の目標に、
瞬間的に2000度を超えるエネルギーを集積した。
「ほお、なかなかの威力ではないか。」
Y中将の讃辞に、塩川は渋い顔をしていた。
「いえいえ中将閣下、わずか0,4秒の照射では話にもなりません。」
塩川に言わせると、ソーラーレーザーの欠点なのだそうだ。
まず衛星軌道上なので、地球の自転速度の関係上、太陽の位置が猛烈に変わる。
太陽はとにかく、目標との距離は遠ければ遠いほど、収束がしやすくなる。
最低4万キロ、できれば10万キロ以上が望ましい。
目標の大半は衛星軌道の円運動を描くので、ミラー全体を、相手に合わせて回転させれば、
比較的長時間焦点を合わせることができる。
また、近ければ、光の収束ためにミラーの角度を大きく変えねばならず、精度が上がらない。
できれば、ミラーをマイクロ(百万分の1)メートル単位の移動内で収束できる位置に、
目標がいないといけない。
コンピューターで全てのミラーを理想的な角度にすることは、
プログラム一つで簡単にできるが、角度が大きくなると、ミラーの歪みなどで精度は格段に落ちてしまう。
「太陽とミラーの間、ほぼ垂直上の一点が、もっとも効果的な収束が可能です。」
そして、何より距離が近くては、照射時間的にも、収束効率的にも良くない。
「大型の要塞攻略などになれば、月と地球ほどの距離(2億キロ)が必要になります。」
大量のミラーを展開するには、恐ろしいほどの広さが必要になる。
それを効果的に、しかもミラーをほんのわずかな角度で収束させるには、
けた外れの距離が必要だ。
「良くそれだけの距離を、収束させられるものだな。」
さすがにY中将が不思議がる。
「この技術は元々、天体観測用の巨大反射鏡を収束させる技術から始まっています。」
塩川はしみじみとした声で言った。
無限の宇宙から、かすかに飛んでくる光や電波を、収束し情報を探り出す技法は、
巨大なレンズから、次第に超巨大な反射鏡や、巨大なパラボラアンテナを数十収束したりと、
どんどん精度を上げていった。
例えば、20世紀末に打ち上げられたハップル宇宙天文台は、
鏡の端が設計より0.002mm平たく歪んでいたことから、
解析能力が予想の5%にまで低下したほどだ。
現在の技術の精度からすれば、この程度の収束はたやすい代物だった。
だが、どこでもどんな角度でも使えるコロニーレーザーなどとは、
利便性の差では比較にならないのも事実だ。
逆に良い点は、エネルギーや人手をほとんど使わないため、極めて安価なことと、
これほど探知されにくい攻撃システムも珍しいということだ。
数千kmなら、レーダーでも何とかなる。
数万キロ以内なら、索敵に調査機を出させてカバーも出来ないことはない。
だが数十万キロ以上離れられると、まずお手上げだ。
前もってスパイなどから情報を入れておかない限り、
攻撃されるまで、分りようが無い。
それに、システムは自分から発光するわけではない。
エネルギーも使わないし、赤外線も紫外線もエックス線も出さない。
星が見えるのは、光を放つか、電波を放つためだ。
よほど近く(数キロ以内)を通るか、ミラーの反射軸線上を通るかしなければ、
このシステムに気づかれることはあり得ない。
そして敵は、ミラーが収束した地点に、自分で公転軌道上を移動してくるのである。
「隠密性の太陽光と、利便性のコロニーレーザーか…。」
考え込む中将に、賛成派のマミヤ・ファナ大尉が初めて口を開いた。
「加えてですが、破壊がむずかしいのも、太陽光レーザーの特徴です。」
「ほお、お主良く分かっているではないか。」
塩川の声に、赤毛で美貌の女ざかり、マミヤ大尉は少しほほを染めた。
「はて、壊しやすそうに見えるが…?。」
「いえ、多少壊せても、止められません。」
例えばコロニーレーザーは、機能の10%を失ったら、まず使用不可能だ。
だが、ソーラーレーザーの場合、40%以上失っても、エネルギー量が減るだけで、
効果は十分ある。
また、実際に使う場合、2メートルのミラーを縦横100枚ずつ、1万枚つなげた物を単位に、
1000個ほど、間を数百メートルずつ離して使うのが理想的だ。
万一スパイなどから敵が、破壊に部隊を差し向けたとしても、
こちらの防御部隊をかいくぐって数十個壊すのが関の山だろう。
それぐらい壊されても、システム全体からみれば、痛くも痒くもない。
そして敵の攻撃部隊は壊滅している。
もし、こちらの防御部隊を壊滅できるほど、大量の部隊を送ったら、
要塞は攻略されてしまうだろう。
ソーラーレーザーは、それほど遠くに設置できる。
「だ、だがしかし、無数の散弾のような物で攻撃してきたらどうなる?、
一発でまとめて数十枚同時に壊されれば、すぐに全滅だろう!。」
「たわけ!」
カキーン!
必死に反論のきっかけを見つけたガンツ大尉だったが、2発目の入れ歯榴弾砲で、
ひっくり返る。
「つくづくこの男は、数学の基礎すら分からんようだな。」
「はあ…不詳の部下で申し訳ない。」
Y中将、本気で恥ずかしそうに頭を下げた。
最も無駄のない形で散弾を使うなら、
散弾銃のような三角形に広がる形だろう。
もし、単なる爆発で周辺にばらまくだけなら、95%以上が無駄になる。
もし、一発でまとめて10枚以上ミラー集合体を巻き込みたければ、
直径1000メートルの円内に、垂直方向から20万の散弾を集中させて、
確率はようやく50%程度だ。
もし角度が10度以上浅くなれば、確率は半分以下になる。
40度以下に角度が下がれば、ほとんど効果は無い。
(冬の日差しが弱いのと同じ)
20万では、一発5グラムの散弾でも、『1トンを超える』。
『まさにちりも積もれば山となる』である。
1トンの散弾をぶちまけるためには、10トンを超えるミサイルが必要だ。
そしてミサイルが届く位置に来る前に、敵護衛艦隊が待ち受けている。
ミサイルだろうと、何だろうと、重量物を大量に抱えた宇宙船は、
ろくに回避運動もできないのだから、あっという間に餌食にされる。
角度が悪ければ、ソーラーレーザーの試射の目標にされる可能性もある。
そういう馬鹿な事をするぐらいなら、軽量高破壊力の核兵器でも使う方が、
まだましだろう。
「しっ、しかし、はるか手前から目標めがけて飛ばせば…」
憐れみの目で、塩川とマミヤがY中将を見た。
これはこたえた。
「ガンツ大尉、少し頭が混乱しているようだな。頼むから黙っていてくれ、
いくら私でも恥ずかしい。」
まあ、彼の名誉のために言うならば、
多少猪突猛進、頭の固いところはあるが、
勇猛果敢で、人望も厚く、部下にも慕われる軍人なのだ。
たぶん、入れ歯榴弾砲を2発も食らったので、脳波が混乱しているのだろう。
「宇宙空間で木星に何かを投げたら、木星に当たるかね?」
宇宙の全ての物は運動している。恒星も、惑星も、衛星も、そして私たちも。
ミラー集合体も、常に動いている。
しかも、それぞれの影響を受けるので、はたから見れば、軌道は複雑に見える。
命中させるには、神の軌跡か悪魔の悪戯を願うか、
あるいは、人間(機械)が途中で細かく目標を修正するしかない。
軌道修正が出来ない単体のミサイルは、まず当たることはない。
散弾も、高密度のまま飛ぶことはありえない。
兵器は適切な距離と、最適なタイミングと、必要な数量で使わなければ、ただのゴミとなる。
「す、すみません…。」
顔を真っ赤にして、蚊の鳴くような声だった。
だが、がばっと顔を上げる。
「そ、それではソーラーレーザーに対抗する手段は無いのでしょうか?」
ほお、と塩川博士が片目を上げた。
「頭はちと問題があるが、その闘志は称賛して良いな。
なに、簡単なことじゃよ。その国の戦力が、相手の倍もあれば良いのじゃ。」
ガンツ大尉の目が点になった。
「要塞や宇宙基地に頼ろうとするから、こういう攻撃に弱いんじゃ。
ちゃんと戦力を整えて戦えば、ただの大規模兵器にすぎん。
要塞が焼かれたところで、戦況に大した影響が無いなら、どうということは無いじゃろ。」
ようやくガンツも納得がいったらしい。
Y中将は別な意味で納得ができた。
『逆にいえば、要塞に頼る相手には、強力な兵器というわけだ。
そしてコロニーレーザーは自分の国力を大きく削る。
国力は戦力の源、長期で見れば愚策であるな。』
「じゃんけんと一緒じゃ。パー(大規模兵器)はグー(要塞)に勝ち、
グー(要塞)はチョキ(部隊)に勝ち、チョキはパーに勝つ。」
「さすが博士、道理ですな。」
分かりやすい解説に、Y中将も思わず称賛した。
マミヤ大尉も、うっとりした緑の目で塩川博士を見ていた。
そういえば彼女は33歳だが、結婚に失敗して現在独り身である。
塩川博士は、年の割に色つやもよく、洒脱な所があった。
「早いところ、こういう戦争を終わらせてほしいですわい。
わしの本来の研究は、天文学ですからな。
新ハップル天文台で、星の海をのんびり見たいもんです。」
ぼっと、マミヤ大尉の頬が赤くなる。彼女も星が大好きなのだ。
「そ、その時はご一緒させていただけませんか。」
これはもう、告白に等しい。
さすが年の候か、彼女の顔色と言葉に、真意を汲み取り、
博士はちょっと照れた顔をした。
「すまん、最初は女房と見ると約束してしまっておるんじゃよ。」
見るも無残に落胆するマミヤ大尉。
だが、Y中将はあることを思い出した。確か博士は独身ではなかったのか?。
「はて、奥さまはおいくつでらっしゃいますか?。」
さらに艶のいい顔を赤くする塩川博士。
「このあいだ、3人目の妻をめとりましてな、28ですわ。」
んがっ!
ガンツも、マミヤも、Yも、全員顎ががくりと落ちた。
「いやあ、つい可愛らしいもんですから手を出したら、
あっさり身ごもりましてな。責任を取って結婚したんですわ。」
ホッホッホと笑う塩川博士に、思わずY中将は呟きたくなった。
『この妖怪ジジイ・・・・』
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