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建国戦記 第一章 第05話 『説得』


北条氏康は南関東の政治的中心地となっている八幡山の上に建つ小田原城の麓にある居館にて風魔一党の頭領である風魔小太郎(ふうま こたろう)から、皇国に関する報告を聞いていた。

「連発式の鉄砲に空飛ぶ鉄の箱は真だったのか……」

「左様でございます」

風魔小太郎は頷く。

西洋式火縄銃が日本の種子島に伝来したのは3年前。しかしその以前から、中国大陸では性能はともかく、鏃を火薬にて飛ばす神機火槍や鳥銃と言われる武器があったので鉄砲という存在は北条にも理解ができた。また風魔勢は自分達しか知らぬ道なき道を通って商人として皇国領に入りこんで、噂話や目撃情報を集めるかたちで的確に情報を収集している。

「奪えそうか?」

「無理でございます。
 手の者が鉄の箱よりも警護が甘いと思われる
 連発銃を入手しようと皇国軍の中に忍び込みましたが
 誰一人として戻った者はいません」

「一人もか!?」

「恐らく、敵にも優れた忍びの者がいるのでしょう」

「そうか……
 では敵の統治下にある一帯の情勢はどうなっていたのだ?」

「税の軽減に加えて制圧した城や国人領の蔵から得た兵糧を
 民に施しており、民心は皇国側に傾き始めているかと」

「厄介だな。
 だが国人領を攻撃するとは行く先々の国人を敵に回したのと同じ。
 大きくは無い国人衆とはいえ攻撃した事実は消えず、今後の進撃は苦労するだろうな」

「御意に」

北条は知らなかったが皇国は10年は房総半島から関東東部を直轄領として、その国力増強に努める計画であり、日本本土での領土拡張はそれ以上は行わない方針であったのだ。国人衆の併合という行いは、自分達による日本統一を考えていないからこそ出来る力技でもあろう。

「となれば旧国人領は高野という宰相が自ら管理しているのか?」

「いえ、どうやら逃げ出さずに皇国に下った一部の武士がいるようで、
 彼らを役人として採り立てて、幾つかの諸侯の下で管理しているようです」

領主権、下地進止権を守るべく抵抗を行った千葉氏、臼井氏の中でも、皇国軍の力を目のあたりにして、抵抗を断念し皇国に恭順を誓った人々もいたのだ。一部の所領は認められたものも、その代償として土地に対して所得税が課せられている。

「諸侯の情報に関しては?」

「詳細な内容につきましては目下、情報の収集中であります」

「分かった」

北条は寺社勢力との共闘を考えており、皇国内に存在する幾つかの寺社勢力に対して極秘裏に親書を届けさせてもいた。策とは事前に寝かせねば良い芽には育たない。北条は考えをまとめ終えると幾つかの指示を風魔小太郎に下していった。














皇国は領内に於ける寺社勢力の既得権を取り上げる行動にも着手する。軍備のみならず勝手に関所を設置する彼らを放置しても良い事などは無く、残しておいて一向一揆の元凶になるだけであろう。それに欧州の宗教事情に比べれば随分を控えめであったが、社寺領(領土)の収入や祠堂銭(供養料)などを元手に金融業に進出すら行っている現状からして純粋な宗教団体とは言い難く、宗教権威を利用した客商売と言っても過言ではない。

これらの事から皇国は領土知令と所得税令の布告を行った。

領土知令とは、皇国領に於ける徴税権・支配権にかかわる一定の権利義務を皇国政府に返還する事に加えて、軍事力の放棄と史実に於ける社寺領土知令の内容を足した法令を指す。また社寺領土知令とは明治政府が出した法令である。その内容は御朱印によって保障されていた境内地を除く社寺領を没収するものであった。 

更に所得税令とは純資産を基準に計算され、資産が多いものほど高い税の支払いを義務付ける超過累進税率方式の税金である。更に皇国では例え宗教団体であっても例外なく徴収される仕組みになっており、税に関して一切の聖域は無い。

仏という大義名分で守られていた寺社勢力はこの布告に対して、少なくない社寺勢力が正面からの対立を決意するも、それに対して皇国は宗教が本来の姿に戻れるよう心を込めた"説得"を始めたのだ。

説得に当たった二条カオリ大尉を例に挙げると以下のようになる。

……

………

…………

……………

カオリが率いる特殊作戦群の1個小隊は全地域型迷彩(ACU迷彩)の軍服に、市街戦を考慮したサーマルビジョンゴーグル、ガスマスクなどを組み込んだマルチマスクを装備し、素人が見てもかなりの威圧感を感じる格好をしていた。放射線、化学・細菌戦時でも作戦が可能な重装備である。全員が準高度AIの擬体であり戦国時代の人間では、同じ数では絶対に勝てないポテンシャルの差があるだろう。

カオリ率いる1個小隊の配置は何かを取り囲むようになっていた。

「大尉殿、全ての捕虜を集め終えました」

「御苦労、少尉」

副官から報告を受けると、カオリは捕虜たちに近づいて話し始める。

「さて…待たせたな。
 要件は至って簡単(シンプル)だ。
 何故、お前たちは領土知令と所得税令に従わない」

「…そ、それは……正当な権利であって…ひぃ」

「ほぉ……寺院は随分と居心地が良いようだな?
 目を開けて寝言が言える位に」

住職はカオリ大尉の視線に射竦められて最後まで言えなかった。

普段は高圧的で宗教の威光を振りかざし、仏の道を完全に踏み外していた住職であったが今は心の底から寺院の広場の真ん中で脅えきっている。その背後には武装解除された僧兵たちが居たが、彼らもまた住職と同じような心境であった。

1刻(約15分)の3分の1に満たない時間で寺院の主要建物群である伽藍を制圧され、半数以上の同僚が6.8mm×43SPC弾によって仏の御元へと旅立てば、どんな間抜けであっても特殊作戦群の実力と恐ろしさに気が付く。それに加えて取り囲まれた住職達は装備品の効果は理解できなくとも視覚効果から半端ではない威圧感を感じていたのも大きい。

テロリストとの戦いが多い特殊部隊の兵装は、制圧戦を優位に進めるべく視覚効果をも考慮されていた。特に施設制圧に於ける装備に関しては威圧感には不足は無い。実際にイギリス陸軍特殊部隊のSAS(スペシャル・エア・サービス)は自らの名とその視覚効果だけでテロリストを降伏に追い込んだ例も存在している。

そのような状況下に於いて交渉担当のカオリ大尉だけは第1種礼装甲の凛々しい制服姿であった。カオリはリリシアと同じように男性を魅了する整った表情と、腰まで伸びた長い髪の毛が魅力的な女性ある。普段は気さくで明るいカオリであったが今の彼女が纏う雰囲気は熟練した軍人そのものだった。そしてしゃべり方も違っている。

髪を優雅にかきわけつつカオリが言う。

「ふむ……どうやら我々の誠意と説明が不足しているようだ。
 宜しい、先ほどの挨拶に加えて我々からの更なる誠意の片鱗をお見せしよう。
 ああ、それと誠意だけでなく判りやすい説明も兼ねているので安心してほしい」

「な、何を!?」

カオリ大尉は住職の問いに対して答えず、ただ自らの手をすっと出して指を鳴らす。
その瞬間に伽藍の離れにあった建物が閃光と激しい音を共に崩れさった。
事前に設置しておいた軍用爆薬に起爆信号を送信した事によって発生した爆発である。

「うわぁああぁあああ!?」

「っ!!!」

従来の火薬を超絶的に上回る爆発による破壊を見せつけられた住職と僧兵たちは更に怯んだ。火薬による爆発はなんとか理解できたものも、どのようにして絶妙なタイミングを見計らったように爆発させたのかが解らず、かえってそれが彼らを委縮させていた。それは、いつ爆発するか判らぬ恐怖に等しく、安全な場所などは無いという事を理解させられる。

「さて、ご住職。我々からの誠意を感じてもらえたところで本題に入ろう。
 私は難しい話は好まないので、君は私の要求に可か否で返答してくれれば良い。
 それ以上は望まん。いいかね?」

カオリは綺麗な、とても綺麗な笑顔を浮かべつつも、喜怒哀楽すべてが抜け落ちたような低い声で言う。それがかえって住職や僧兵たちの背筋を凍らせ怖気を強めていた。この場に満ちるのは己らの常識を覆す存在への恐慌。強烈なストレスによって胃がかつてない程に痛む。

あまりの恐怖に住職は泡を吹いて気絶した。
数人の僧兵も同じようになる。

カオリはため息をつくと、
地べたに倒れこんだ住職の胸倉を掴んで片手で引っ張り上げ、いきなりビンタをした。

「起きろ!」

そのビンタは一発では終わらず起きるまで続けられる。
住職が目覚めると言い放つ。

「話の途中で眠るとは如何いう了見か?」

混乱をしている住職は夢遊病患者のように周りを見回す。
住職は恐怖の現実を思い出した。

カオリの言葉が淡々と続く。

「まぁ良い。 皇国が公布した領土知令、所得税令は理解しているな?」

住職は声を出す事もできず、首をブンブンと上下に振る。否と言った瞬間にこの世からの永遠の別れになると、この短期間の経験で学習し理解してしまった住職は従うしかない。周りの僧兵の反応も大小の差はあれ同じような様子であった。皆の瞳には一欠けらの覇気もなく、恐怖に怯えきっている。

草食動物が肉食動物を恐れるのと同じように、住職たちは特殊作戦群を自らの上に立つ捕食者として完全に認識してしまったのだ。人は環境に順応する生物と言えるだろう。

暴力と恐怖を交えた交渉によって良い感じに出来あがってきた住職を見てカオリは満足する。

「宜しい。頭の巡りは悪くないようだな。
 私としては国家に反した許しがたい不穏分子は
 一罰百戒の諺通りに早急に駆除すべきだと考えている。

 だが私達が仕える皇国政府はこのように仰った。
 「改めて法令を受け入れ、心からの恭順を誓うならば過去の過ちには目をつぶるべし」と…

 血に塗れた戦国の世にも関わらず慈悲深い話ではないか……
 皇国に従えば過ちを許すだけでなく財産と土地の一部は残すのだからな。

 さて……長話はここまでだ。
 お前達は皇国に恭順を誓うのか? それとも闘争を望むか?」

「恭順します!従います!だからっ、殺さないでくれぇ」

住職の言葉に対してカオリは副官に尋ねる。

「少尉、彼が裏切ったらどうするべきかな?」

「ハッ、大尉殿。
 自分の意見としては、徹底的に焼き払うべきであります」

「だそうだ……
 私としても同意見だ。ともあれ我々の意思を理解して貰えたかね」

特殊作戦群に囲まれる彼らの瞳は、完全に心が根っ子から折られ、打ち砕かれた者がする目だった。恥も外見も無く心底から怯えた表情でコクコクと首を縦に振って答える。

「ふむ……もし気が変わったら何時でも反逆するがよい。
 如何なる場所や時間であっても、皇国に仇を成した時……
 この私が地の果てまで追い詰めて、汝らが信仰する存在の下へと速やかに送り届けてやる」

このようにカオリによる心をこめた説得は終わった。

今日を境にして、この寺社はまるで何かに取り付かれたかのように、
必死に皇国を称える様になっていく。

今後、如何なる状況に於いても、
他勢力からの内応を勧める手紙が届いても誰一人として応じないほどである。

また抜け目のない事に周辺の村々にも理解と協力を訴えるべく、
各種に及ぶ宣伝工作も皇国は忘れていない。

このように、仏を前面に押し出して信仰に不要な特権を死守しようとした皇国に於ける各寺社勢力も特殊作戦群による誠心誠意を籠めた"数々の説得"によって、我先に皇国に対する恭順を誓って行き、大きく燃え上がろうとした対立姿勢も軒並み消火へと向かって行く。

幾つかの例外はあったが、皇国が行った説得工作は最終的な流血量を減らしつつ概ね成功を収めることとなった。もっとも、この様な力技が使えたのは皇国が支配した地域が中央から離れた過疎地であり、それに伴って寺社勢力の規模が小さかったからこそ出来た芸当であろう。

またイリナが率いる開放派という、女の美しさの源である曲線美を社会安定に生かそうと準高度AIの娘たちの中から志願者のみで集められたグループが、宗教による蠢動を抑えるべく動き出していくのだった。

こうして高野達による歴史改編に向けた行いが進められていくことになる。





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【あとがき】
カオリは犯罪者と敵と訓練兵に対しては強烈なまでに厳しいです。
まるで1990年度のマフィア映画のようw
これで皇国の地にある宗教団体は簡単には逆らえない(悪)

開放派が率先する観光事業、市場、大浴場、劇場、そして娼館も作られていくでしょうね。ともあれ、丁度良いので建国戦記は5話にて終了となります。 今までご声援ありがとうございました。

(2010年06月09日)
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