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建国戦記 第一章 第04話 『基本方針3』


下総国の一部地域は皇国の領土となった。
皇国とは高野たちが率いる勢力の名前であり、それに伴って国防軍は皇国軍と名前を変える。

皇国の目的は友好国として日本列島での統一政権の樹立と、天皇を日本国民統合の象徴として擁立するのを支援するのが目的の一つであった。あえて直接自分達の手で日本統一政権を作らないのは、歴史に精通している高野は内部闘争に巻き込まれるリスクをも考慮していたのだ。何しろ時代は下克上が当たり前の戦国時代である。日本民族の将来を考慮すれば内輪もめに巻き込まれてる暇などは無い。

関東の一部と房総半島を皇国領に組み込んだ代わりとして北海道、樺太、台湾の領地権は日本のものになる様に推し進めていく計画であった。また日本国の存続ではなく、日本民族の存続を第一に考えており、皇国は日本民族のリスク分散と生存圏を広げるべく太平洋地域に進出していく事も視野に入れていたのだ。

そして現在の皇国領の広さは現代の感覚で言うならば幕張を中心に西は船橋、北は豊かな自然を有する八千代市、東は交通の要衝である八街市、南は木更津市、という直径25kmに収まる領土である。これは幕張湾に停泊する護衛艦が装備する62口径127mm単装砲の射程内であり、かつ戦力展開が容易な範囲であった。特に木更津市は砂鉄(磁鉄鉱)があり重要採掘地と言えるだろう。 皇国領となった地域に存在した国人衆である、千葉氏(千葉市緑区大椎町)、臼井氏(千葉県佐倉市臼井田)は領地返還を拒み、特殊作戦群による攻撃により保有戦力の大半を失い抵抗を断念し、皇国領へと併合となった。

本当ならば八街市の更に東側にある砂鉄(磁鉄鉱)が採れる山武市の一帯も確保したかったが兵力不足から断念している。大鳳、明石、最上、三隈、早埼を合わせて乗員は約3400名程に達していたが実戦部隊として使えるのは特殊作戦郡の1個大隊が限界であった。残る人員は皇国の国土開発や技術層として活用しなければ数量と規模に劣る皇国の未来は明るいものと成らないであろう。

戦いは攻めよりも守りのほうが断然に難しいのだ。

また千葉氏当主の千葉利胤(ちば としたね)は河越城の戦いにて北条軍へと参加しており健在であったが本拠地を奪われてしまっては如何する事も出来ず、皇国に恭順を誓わず皇国領から追放されてきた千葉氏と臼井氏の家臣団と共に北条の客将として留まっていたのだ。 北条側は落ち延びて来た国人衆から得た情報によって皇国軍と僭称する軍勢が驚異的な武器を有している事を知り、当面は防戦に徹しつつ敵情収集に留める事にした。

このように高野は温情を見せつつも一部の情報をあえて漏えいする事で抑止力へと昇華させていたのだ。これは高野が有する高い戦略眼の賜であろう。

ともあれ皇国は統制下に置いた領内に於ける年貢の税率の大幅引き下げの発表と同時に、領内に於ける地域の名称を管理上の都合から日本国時代のものへと変更し、民生活性を促進すべく道路工事と各河川の治水工事という公共事業を布告した。

あとは善政を続ければ名実ともに本当の意味での皇国国民となるだろう。









西暦1546年(天文15年)6月15日

幕張の一角には、ポストモダン近代建築様式に近代日本様式を取り入れた、落ち着きつつも優雅な作りになっている、地上3階建、4500平方メートルの中規模な館があった。これは臨時の政府中枢と皇国軍の憩いの場所を兼ねて作られていた瑞穂館である。また迎賓館として使えるようにもなっていた。

外壁には窓ガラスと一体となったガラスカーテンウォールを多用している。

この瑞穂館は、高い機械力を有する擬体化工兵隊大隊、大鳳の高度電算機による最良にして最短の期間で設計図を作り出す計算処理能力、機能が限定されているとはいえ工廠艦「明石」有する優れた生産設備、これら3つの要素によって工事着工から41日という短期間で建てられていたのだ。

また瑞穂館は極めて堅牢に作られている。

建物の構成材は軽量かつ強固な生分解性繊維材とセラミックレンガであり強度は申し分なく、基礎フレームを構成する鋼材には、旧式護衛艦の「最上」「三隈」を構成する外壁の一部を第五世代バイオ燃料から精製した生分解プラスチックに交換して得た鉄材を工廠艦「明石」のプラントにて特殊加工を行って生産したANC(アモルファス・ナノ結晶軟磁性セラミックス複合材料)が使用されており、いかなる地震にも対応可能になっている。また瑞穂館で使われているガラスも第五世代バイオ燃料から精製された強化複層ポリマーガラスである。

しかし、軍艦の防御力を削ってまで確保が出来た鉄材は705トンに過ぎず、そのうち260トンを瑞穂館、弾薬補充に150トン、残りは農具などの開発機材に回されていたのだ。鉄生産が軌道に乗ればポストモダン近代建築様式とプラテレスコ様式を取り入れた地上5階、地下1階の皇国府の建設が始められる予定になっていた。

貴重な鉄材を多量に使用してまで、ここまで強固な建造物にしたのは1703年に関東地方を襲う元禄大地震に備えてのことだった。それに統治を行うにはどうしても陸上施設が必要不可欠なのだ。陸を起点に営々と築き上げていく行為こそが領土として認知される極めて大きな要素と言える。また敷地内の歩行道や道路、建設中の公園には多孔性セラミック・ブロック・レンガが使われており環境に対する配慮を忘れていない。

戦国時代の常識しか知らなかった領民たちは皇国が見せつけた建築技術の高さにただただ驚くだけであった。流石は皇国様と畏敬の念を強める思わぬ副次効果が得られていたのだ。

また、史実に於いてジャコビアン様式は17世紀に誕生するデザインであり、ポストモダンは更に4世紀先のデザインである。だが、この世界では皇国様式と呼ばれる事になるだろう。

"さゆり"、カオリ、イリナ・ダインコートの三人は地元住民が神殿のように崇めていた、その瑞穂館にあるカフェスペースとして設けられているテラスにて、お茶を飲みながら話している。

イリナが言う。

「ようやく本格的な統治を始められる状態になったね〜」

「寺社勢力が抑えている土地はまだだけど、
 それ以外の土地はなんとかね」

イリナの問いかけに"さゆり"が応じた。

イリナの容姿は日本人型の"さゆり"と違って、青い瞳、銀色の髪と、活発さと愛らしさを感じさせる白人系美少女の擬体をまとう準高度AIとして生きる電子知性体である。趣味は森林浴と写真撮影で、裏表のない真っすぐな性格が艦隊乗員の人気を集めていた。

また、カオリと同じように"さゆり"の親友である。

そして第3中隊を率いて南方の磁鉄鉱を制圧したシーナ・ダインコート大尉はイリナの姉であった。ちなみにシーナが長女でイリナは三女である。電子知性と言えども母である基礎人格を基準にして家族を形成しているのだ。

「だけど皇国領の北方に存在する国人衆の高城氏(千葉県松戸市栗ケ沢)と、
 それに寺社勢力が皇国との対立姿勢を見せているわ」

「カオリの言う通りね。
 私達が公布した年貢税率の引き下げは彼らにとっては都合が悪い話。
 それに加えて農地開拓も始めたのが目ざわりで仕方がないのでしょう」

独立領主と言っても過言ではない国人衆と寺社勢力は領地権を有し、自らの領地の税率を定め税を徴収出来る徴税権が含まれており他勢力が定めた税率に従う必要は無かった。

しかし隣接する領地が税率を下げるだけでなく農地開拓を進めていけば話は別だった。放置すれば自領の領民が豊かな土地へと流れる。戦国時代の統治者として食料生産力の低下に繋がる事態を看破できる者は居ないに違いない。

さゆりが続く。

「高野さんの狙い通り、北条氏は此方の武器を警戒して表立った動きを禁じてるわ。
 当面は大きな戦いは無いでしょう」

「うんうん、無暗に戦線を広げても良い事は無いからね」

「ええ、今はゆっくりと足場を固める時期よ。
 5年は現状維持で手がいっぱいでしょう」

「となると〜〜、注意するのは社寺勢力による農民を扇動して行う一揆だね」

「その点は想定4の段階で進めているのかしら?」

「はい。社寺勢力に関しては特殊作戦群による"説得"を行う方向で
 作戦案をまとめており、想定4を元に進めています。
 作戦の詳細は明日になれば提出できるでしょう」

特殊作戦郡に所属しているカオリは口の端をあげ、人の悪い笑みを浮かべて言った。

現代人からの感覚からすれば国人衆はともかく寺社勢力は放置しても問題なさそうに見えたが実際は大きな寺社勢力は放置できない存在だった。史実に於いても寺の要求が通らない場合は仏の御名において武装蜂起を行った例は多々に存在するだけでなく、更に武力をもって上皇に直訴した寺すらも存在するのだ。

さゆりが安心したように頷くと、イリナが思い出したように口に出す。

「そういえば、塩や嗜好品の販売は何時から始めるの?」

「9月から始める予定よ。
 皇国領の農家に農業技術の伝授や食糧生産システムの改良品種の提供にしても、
 一朝一夕には効果が出ないから時間が掛るでしょう。
 まずは塩や一部薬品を元に貨幣を稼いで食糧を得る事で当面を凌ぎます」

「嗜好品は流石にすぐには無理かぁ。
 ともあれ2ヵ月遅れだけど、これで皇国産業複合体が動き出すのね」

さゆりの声にカオリがしみじみと言った。

彼らが作ろうとしている塩は、完全天日塩や天日塩を海水で溶解後に平釜で煮詰める平釜塩でもなく、ましては岩塩や湖塩でもない。 イオン交換膜製塩法によって、天候に左右されず、24時間製塩していられるため安価で多量の塩を生み出せる、史実に於いても日本が世界で行った食塩精製方法で作るのだ。システム自体も水を浄化するバイオプラント浄化設備の設計を多少改良するだけで作れるのも強みである。

それに工廠艦「明石」の無尽蔵とも言える電力も大きい。

また皇国産業複合体とは皇国の国益にそった商業活動を行う企業の事である。あえて皇国が行わないのは、詳細は後の機会を持って説明するが将来を見越したリスク分散の意味があったのだ。

イリナが眼を輝かせながら口を開く。

「ねね、さゆり〜
 塩で儲けたら、都市開発を進めていくんだよね?」

「ええ、資金が得られれば公共施設の充実と劇場などの整備を推し進めていくわ。
 統治とは取り上げる税の見返りに民に与えられる物が無くては
 ただの略奪と同じだから。

 それに都市開発が進めば民の癒しの場所になるだけでなく、
 観光客も見込めるから一石二鳥ね」

「観光業の為に子供たちに読み書きそろばんを習得させる大きな理由にもなりそう。
 うふふ、夢が広がるわ〜」

教育に強い関心を持っているカオリは極めて上機嫌に反応した。

もちろん、カオリにはいきなり義務教育を普及させるのは不可能だと分かっている。農家では子供であっても貴重な労働力なのだ。農家の経済力と生産力の向上なくして義務教育制度の土壌は生まれないと言っても過言ではないだろう。

そうだねとカオリの考えを察したイリナと頷き、さゆりも同意する。
親友と言える関係の彼女たちはデータリンクを行わずとも概ね何を考えているか判るのだ。

「うんうん、人材が育てば生産力も上がるし、そうなれば南方地域にも早く進出できるからね〜
 一面に広がる青い海に反射する太陽の輝き、何処までも透き通った空かぁ……
 早く行きたいなぁ♪」

「ええ、そこまで行くのが楽しみ。
 きっと異国情緒あふれる良い観光圏になるでしょう」

笑みを浮かべながらカオリは頷く。
さゆりも観光業に大きな期待をかけているのが良くわかる様子で言う。

「それまでに音楽祭や演劇公演の準備も整えておかないとね」

「だね〜 手始めとして進めている新体操の公演準備も仕上げ段階♪
 夏祭りにお披露目するのが楽しみ!」

イリナが言ったのは皇国が行おうとしている観光事業の目玉の一つであったが、その本質は民衆の慰問を兼ね備えた公共娯楽の一つであった。

政府が娯楽を大々的に提供するのは古くは古代ローマ帝国に遡る。古代ローマの風刺詩人デキムス・ユニウス・ユウェナリス残した「パンとサーカス(見世物)を求める」と言う名言にもある通り、民衆は娯楽を欲していたのだ。特に娯楽に乏しいこの時代となれば、重要性は更に高くなる。

カオリが言う。

「さゆり、私とイリナも出る新体操の公演を楽しみにしてて」

「もちろん」

彼女たちの会話が途切れた頃に、ふと心地よい風がテラスに吹き込む。ただ黙ってテラスから眺める自然の光景が、未来の荒れた自然しか知らなかった3人の心に心地よい感覚をもたらしていく。改めて自然の大切さを学ぶと同時に季節を楽しむ日本人としての感性を有していることに喜びを感じていた。

「そろそろ時間ですね」

そう言うとさゆりは席を立つ。
イリナも同じようにティーカップに注がれていたお茶を飲み干して立ち上がる。カオリも続くように立ち上がって言う。

「さゆり〜
 大変だと思うけど女王役がんばってね」

「うん、ありがとう」

皇国に於ける"さゆり"の立場は国家の象徴として君臨する女王であった。系譜としては神武天皇の母である玉依姫尊(タマヨリビメ)の祖先に連なる血筋である。

さゆりとイリナのやり取りを見ていたカオリは微笑みながら言う。

「さゆりの愛する高野さんが付いているから大丈夫よ」

「か、カオリっ……確かに高野さんは好きだけど、愛してるけど…
 まだそこまで関係は進展してないし……って、私って何を言ってるの!?
 じょ、上官として尊敬して愛しているだけ…あっーーーー」

「はいはい、いまさら何を言ってるんだか……貴方の態度を見ていればバレバレよ。
 気が付かないのは朴念仁の高野さんぐらい」

「さゆり〜 私たちは応援してるからね♪」

イリナの言葉は本物である。イリナは"さゆり"の願いである、高野の婚姻を成就させようと水面下にて奔走していたのだ。大義名分は、他勢力から婚姻を申し込まれないようにする戦略予防、という内容を掲げる予定であった。高野の立場は皇国を運営する宰相であり地位的にも全く問題は無い。もちろん、全ての準高度AIから敬愛されている"さゆり"の幸せを願った計画だけにカオリも、このイリナの計画に完璧といえるレベルで賛同している。

そして準高度AIの行動にも関わらず、
さゆりはその嬉しい計画を察知していなかった。

さゆりは電子ネットワークを介して定期的に全ての電子知性体との業務情報の共有を行っていたが、プライバシーに抵触する情報に関しては権限はあっても情報の共有化は全く行っていなかった事が理由である。

それほどに"さゆり"の権限は強大なのだ。

最高度の電子知性体である"さゆり"の権限は実装プロトコルにおいてはネットワーク構造7層までの全ての階層において優越しており、更に大鳳のメインフレーム奥に設置されている51式軍用複合演算機との最高位アクセスも可能であった。いわば、システム階層構造の頂点である。

しかし、高野とさゆりはプライバシーに触れる権限を行使することなく、この事が準高度AIからの尊敬と愛情を受ける大きな要素となっていたのだ。

なんとか焦りを落ち着かせた"さゆり"が言う。

「と、とにかく、この話はここまで!
 公務に戻りましょう」

「は〜い」
「分かったわ、さゆり♪」

二人の言葉が本心からのものだと知っているさゆりは、
落ち着きを取り戻すと柔らかい表情を浮かべて心の中で感謝の言葉を言った。
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【あとがき】
千葉一族に連なる大須賀氏のおてんば姫…伝説に過ぎないが、出すと面白そうだけど名前がわからないので無理か^^;

ともあれ皇国は領内安定を主眼に置いて行動していきますが、どう考えても一般社会に於ける軽工業の樹立には100年以上先になりそうです…

【Q & A :瑞穂館ってどんな外観なの?】
東京の旧岩崎邸を近代的にしたような感じです。

意見、ご感想を心よりお待ちしております。

(2010年05月30日)
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