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建国戦記 第一章 第02話 『基本方針1』


幾度かの休憩を挟んで会議によって基本方針が纏められた。結局のところ高野が周囲の後押しによって、特定大名の全面支援ではなく新勢力の国家元首として動く事になったのだ。このまま座視すれば最悪な未来が日本にて繰り返される事を危惧した事が決断の理由である。

あの時代における食料危機、資源危機は破滅的であり、先進諸国であっても餓死者が出たほどであった。中国大陸で繰り広げられている環境破壊の余波を受けた日本でも例外ではない。

そして、特定大名の全面支援を行わない理由は、どのような大名を支援しても武士階級を廃止する事などは不可能という判断から出ていた。大多数に於いて柔軟性に乏しく、農民の犠牲の上に成り立っていた武士階級をそのまま残しても、近代国家に至る足枷にしかならないだろう。下手に勢力を拡大させては禍根にしかならない。

また、第3任務艦隊の特異性を忘れてはならないだろう。

擬体達は歳を取らず永遠に若いままであり、不老処置を受けている高野達は永遠の寿命は持っていないが、普通の人々から見れば似たようなものであった。科学的根拠で説明できるような時代でもなく、高野達の持論を推し進める立場を作り上げる必要があったのだ。

宗教裁判に掛けられては本末転倒であった。

これ等の事から結局のところ、如何なる事態にも対応できるように10年は房総半島から関東東部を直轄領として、その国力増強に努める事となる。

日本に統一政権が出来上がっており外国の脅威を正しく認識していれば、他にやり様があったが無いものねだりは出来ない。それに統一まで悠長に待つことは日本にある金銀を守る意味でも許されなかった。

真田は言う。

「せめてディエゴガルシア島に着く前に、この時代に来ていれば良かったものを」

「それは言えていますね。
 あの11万トンの物資があれば、日本の近代化も早まったでしょう。
 それに工廠艦から下ろした一部機材も今となっては大きな痛手です」

さゆりの言うとおり、明石が有する生産施設で残された物は、資源加工用の小型電気炉を始め、生分解性繊維材と第五世代バイオ燃料を生産するバイオプラントと補充部品の生産設備と一部生産設備に限られていた。その理由は米軍の要望によって明石の一部施設をディエゴガルシア島にて揚陸してきたからだった。独立国であっても政治的属国には選択肢などは存在しない。

「そうじゃな…
 現状では大規模生産は難しいとしか言いようがない」

「ただ工兵部隊に加えて上陸用部隊が乗っていた事が不幸中の幸いですね」

暗い話題だけではない。

修理を行った工兵部隊に加えて大鳳には強襲揚陸艦に相応しく、特殊作戦郡に属する完全武装の1個擬体化大隊(4個中隊、合計805名)が乗船していたのだ。明石に残された設備に加えて、特殊作戦群に属する擬体化大隊は大きな財産と言えるであろう。日本統一は不可能であったが、うまく運用すれば地域保持は可能な戦力である。

高野が口を開く。

「さゆりの言う通りです。
 無い事を悔やむより、補う方法を考慮しましょう」

「となると必要なのは食糧と磁鉄鉱だな…
 特に食糧は燃料に転化できるだけに重要じゃ」

「そうなると、当面の物資は現状で生産可能なものに留め、
 補充の厳しい資材は極力使わないようにして行くしかないですね」

高野が物資関連の方針を定めた。

資材があるとはいえ、そこから工業地帯をいきなり作れるわけではない。
各種工作機械を搭載した工廠艦の明石があれば、高野達の苦労は半減していたであろう。

さゆりが尋ねる。

「擬体の投入はどの様な比率で行いますか?」

「最初の作戦が完了次第、特殊作戦郡は一部を除いて全てを領土開発に回します。
 領土開発計画に関しては……」

普段の真田らしくない態度であったが高野の言葉を遮る様に発言する。

「高野よ、良ければ開発計画の詳細な運営はワシにやらせてくれぬか?」

「判りました、お任せします」

「感謝する!」

真田は上機嫌に答えた。
都市開発ゲームの愛好家でもある彼にとって都市開発は夢であり、しかも祖国日本を発展させる開発となればやる気の大きさは半端ではない。

「詳細な開発計画は真田准将に一任するとして、
 小型電気炉にて早埼の空コンテナを解体し、
 領土開発用の資材生産に当てていくのがベターでしょう」

「うむ。それまでは鉄材に関しては小規模生産で対応するしかないのう。
 建築資材にはバイオ素材とセラミックを多用して補うとして……
 まぁ、最初は磁鉄鉱で十分じゃな」

磁鉄鉱とは全世界どこでもある鉱物資源である。不純物を取り除き、鉄の含有量を上げる選鉱処理を行えば、踏鞴製鉄の原料となるものであった。

それから鉄資源に関する詳細な話し合いが行われ、旧式護衛艦の「最上」「三隈」を構成する外壁の一部を代用素材に換装して、剥がした外壁から鉄材を得る事になったのだ。

護衛艦の1隻を解体して資材にする案も出されたが、1万1500トン程度の鉄では大規模の近代的な鉄橋を1つ、中規模なら6つ程、作り上げた時点で無くなってしまう。それ以上に目に見える抑止戦力として護衛艦が必要だった事が大きかった。

それに、結局のところ鉄鉱石を産出する鉱山の開発を行わなければ早晩に立ち行かなくなるのも大きいだろう。

現段階で大名が連合して損害かまわず攻めてこられては、数に劣る第3任務艦隊は押し切られてしまう。戦国時代の技術水準から比べて強大な火力を有しているが、後方支援体制の無い近代戦力など何時までも戦えるものではない。正常な軍事センスを有する高野たちには、これらの事が痛いほどわかっていたのだ。

真田が言葉を続ける。

「当面は磁鉄鉱で補いつつ、鉄鉱石の入手が軌道に乗れば、
 幕張の地に炉頂圧発電を兼ねた電気炉型大型高炉を作れば良いじゃろう」

「電気炉型大型高炉ですか……
 早くて、150年後位になりそうですね」

「まぁな。 だが、大戦艦を量産するわけでもない。
 しばらくはこれで十分じゃろう」

そうですね、と高野、黒江、さゆりが同意する。

それから、統治と食料計画について話が進んで行き、やがて会議進行役のさゆりが休憩を提案すると全員の同意にて30分の休憩となった。適度な休憩を挟むことによって思考の低下を防ごうとするさゆりのきめ細やかさが伺える配慮であろう。









休憩を終え、会議が再開した。
統治と食料計画の概要を無事にまとめ終え、次の議題へと進んでいく。

さゆりの入れたお茶を飲みながら真田が口を開いた。

「済まんが、地理名称は我々の時代のものを使用したいのだが良いか?
 それにデジタルマップを改変するのも面倒じゃて」

「提督、宜しいでしょうか?」

"さゆり"が尋ねると高野が応じる。

「確かに、上陸地点の幕張を須賀というのも違和感を感じます。
 それで行きましょう」

「話を中断させて申し訳ない。
 で、上陸後の方針じゃったな」

「ええ、幕張に拠点を構築し、房総地方の制圧を行っていきます。
 領土運営の資金に関しては薬品や嗜好品などの商品販売に加えて、
 故事にならって南蛮船にて調達します」

「イギリス帝国と同じように私掠行為で富を稼ぐのですな」

「もちろん、無差別に狙うのではなく、
 日本人を奴隷として海外へ売りさばいている連中を標的にします。

 奴隷貿易船はその特徴的な内部構造から独特な熱源を放つので、
 熱源探知を行えば識別は容易でしょう」

奴隷船は一回の航海で可能な限り多く運べるように、船内を低い天井で仕切って足首を鎖で繋いだ奴隷を横に寝かせ、ダニが不用意に発生しない様に男女とも頭は剃られ、姿は全裸であった。しかも、絶食にて死亡する権利すら奪われている。マウスオープナーという魚の口開け用道具にて強制的に口を開放させて流動食を流し込んで強制的に生存させられるのだ。また、大抵の場合に於いてトイレは垂れ流しである。

最低最悪な環境と言えるであろう。

高野はそのような最低ビジネスに関与する連中が許せなかった。成熟した大人だけに他者に自らの正義を押し付けるようなことはしないが、温和な高野にも我慢の限度と言うものがある。しかし、一番憤怒を感じていたのは愛国心に溢れる、擬体と言う人間に近い体を持った電子知性体である彼女達であった。

「奴隷船を襲うのは良案じゃな。
 生きる望みはなくしている同胞を救いつつ、希望者は受け入れて労働力にもできる」

「それも期待しています。
 ただし、始めるとしても房総半島の安定後ですね。
 受け入れ基盤が整っていない段階で始めても碌な結果にはならないでしょう」

「同感じゃて」

私掠行為を行うのは、「大鳳」「最上」「三隈」のような戦闘艦ではなく低燃費にて長大な航続距離と積載能力を有する大型補給艦「早埼」を母船として、小型艦を複数隻を私掠任務に就かせる構想を立てている。

小型艦は生分解プラスチック等のバイオ素材にて建造する事で貴重な鉄資源を抑えるのだ。それに小型艦といえども、単装40mm機関砲1基と12.7mm重機関銃4基を装備するので、この時代における南蛮船を構成するレドンダカラヴェル級長距離貿易船やカラック級汎用船だけでなく、ガレアス級大型ガレー軍用船に対して優勢と言えるであろう。

更には母船の早埼に高感度テレビ装置、目標捕捉システム、全方位監視用赤外線装置(ALIR)を搭載した無人偵察機を搭載すれば万全な索敵警戒が行えるに違いない。

私掠計画の基本案をまとめ終えると、
次に幕張上陸からの詳細な計画がまとめられていく。

詳細な計算は、"さゆり"とリンクしている大鳳のメインフレーム奥に設置された、日本国防軍技術開発局が開発した51式軍用複合演算機(量子・DNA複合コンピュータ)にかかれば容易い。

無人偵察機による航空偵察とさゆりの計算を元に立てられた計画は、「最上」「三隈」が装備する有効射程28kmに達する62口径127mm単装砲の支援の元、房総半島を抑えるべく、その北に位置する下総国の千葉郡にある須賀(幕張)から上陸を行う内容である。

それだけでなく、橋頭保を確保すると同時に上陸地点から約15kmに位置する後北条氏の勢力下にある小弓城と、上陸地点から約23kmにある里見氏の支配下に位置する臼井城に対して艦砲射撃を行う計画であった。もちろん、その他の小城に対する作戦も構築されている。

最小限の火力で組織的反撃を封じてしまう作戦と言えよう。

中世の軍隊に於いて戦地に居る前線の部隊に対し、物資の補給などの兵站活動を行う後方基地である城や大都市が無ければ軍隊の行動は大きく阻害されてしまう。馬匹で後方から輸送すると言う手段もあるが、輸送効率からして大規模なものは行えない。また街や畑からの徴用を多用すれば現地経済を破綻させてしまうので選択肢としては選び辛い。

それに、例え北条氏が早期に事態の急変を知っても対応は出来ないだろう。
作戦開始時期が巧妙であった。
歴史を知っている高野達のアドバンテージは大きい。

史実の西暦1546年4月に於いて武蔵国の北東端に位置する川越城の周辺にて北条軍と7万にも上る上杉憲政・上杉朝定・足利晴氏連合軍が激突する事を知っていたのだ。後の世に言う河越夜戦(河越城の戦)である。それに、昨年から主戦力を連合軍方面に回している北条軍にとって南方の小弓城に大きな兵力を回す余裕は無いだろう。

また、里見氏も1538年に行われた第一次国府台合戦で大きな痛手を受けずに撤退した とは言え、糧秣備蓄から大きな戦力展開は不可能であった。

対する此方側の参加戦力は大鳳の上陸兵力として乗艦していた1個擬体化大隊と、艦載機に含まれていたが防空戦闘で使い道が無く残されていた12機の主力攻撃ヘリコプターAH-64Gの内、1機が参加する。AH-64Gは有事の際の阻止攻撃と戦術偵察機の役割を担うことになる。

本来ならば対地支援にはもっと多くのUH-60Lが参加するはずだが、今回は燃料と予備部品の節約のために見送られていた。第五世代バイオ燃料に関しては各艦に常備されている新鮮な野菜などを提供する食糧生産システムで作り上げた作物をバイオプラントにて転用すれば生産は出来たが燃料ばかりに使うことはできなかった。なぜなら生分解プラスチック、バイオポリマー素材、軍用爆薬などの原料としても使えるからだ。

それに、まずは食べる事で消費しなければならないし、食糧生産システムだけでは艦隊食糧を補えないから、その生産量は高が知れているだろう。

高野達は厳しい条件に苦悩を重ねつつも準備を進めていく。

最初に行った事は、人権を有している電子知性体を内外問わず人間として紹介する方針である。高野の意見は最もであろう。戦国時代の人間にアンドロイドを説明しても通じる訳がない。

その指示に伴って、"さゆり"は自分の姓に尊敬、敬愛する上官である、高野の姓を名乗ることを許してもらえるように懇願した。それに対して高野は「もっと良い姓があるのに」と苦笑いしながら了承すると、"さゆり"は喜色満面に喜び、改めて日本を良くしていこうと誓った。

天文15年(西暦1546年)
誰もが誕生を予測しなかった新勢力が、これより1ヵ月の準備期間を経て動き出す。この戦いにより武蔵支配を巡る大名間の抗争が大きく変化する事になるのだった。
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【あとがき】
これが後に、天皇家が銀河帝国の帝として君臨する序章であった(嘘)
群馬鉄山を抑えたいけど、制圧し続ける人的資源が足りない。

さて、高野たちの生まれをどうするかなぁ…

日本神話を天地開闢をテラフォーミング(惑星地球化計画)に例え、日本民族が遠い星からの来訪者と現地住民の混血によって誕生したように仕立て上げ、高野たちは、その超古代文明の子孫という立場というのも悪くないなぁw

世界レベルを逸脱した高度な技術と、彼らの不老がより良い証拠になるし(笑)


【Q & A :なんで大名に合流して支援しなかったの?、詳細版】
織田信長は世間の評判を重視し、迷信を信じずインフラ整備に力を注ぐことから日本国を任せてよさそうだったが、古渡城にて元服したばかりで家督を相続しておらず、また少々癖のある人格も無視できなかったのが大きいです。

だが織田信長が大名となれば同盟国としては有力ですね。

日本史に於いて屈指の長期安定政権の基盤を作り上げた徳川家康も3年4ヵ月前(1542年12月26日)に竹千代として生まれたばかりであり、手助けするには余りにも幼すぎ、それに先代からのしがらみもあり武士階級を廃止する事などは不可能でしょう……

それに対して、戦国大名の中で有名な豊臣秀吉は全く論外。
まだ無名な事が理由ではなく、彼が天下統一に行った事が大問題です。浪費家であり農民に重税を課し、国内不満を反らす為に海外派兵を行い、貴重な金を湯水の如く浪費した人物には日本は任せられません。

意見、ご感想を心よりお待ちしております。

(2010年04月21日)
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