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建国戦記 第一章 第01話 『転移』


過去も未来も存在せず、あるのは現在と言う瞬間だけだ

レフ・ニコラエヴィチ・トルストイ





 2061年11月24日 木曜日

冬を感じさせる寒々とした鉛色の空と風に波立つ海のただ中に、
日本国防軍所属の数多くの艦船の姿があった。

天気の傾向は雨である。
しかも下り坂に向かっており、お世辞に言っても良くはない。

これらの5隻からなる第3任務艦隊は同盟国であるアメリカ合衆国の要請によって工廠艦と輸送艦を従えてインド洋にあるディエゴガルシア島施設の修理を終えて、母港である呉に向けて帰途に就いていた。

環境破壊に伴う食料危機に加えて慢性的な資源枯渇によって、残る資源を巡った第三次世界大戦が勃発しており、余程の運が良くない限り戦闘艦と言えども単艦では航海できないような情勢になっていたのだ。

当然、国連などと言う幻想は大戦勃発と同時に崩壊している。

このような戦時下ゆえに、輸送任務には昨年に竣工したばかりの基準排水量128,000t、最高速力36.5kt、72機を越える艦載機と満載時には20両以上の主力戦闘車両が満載可能な大型強襲揚陸艦「大鳳」と、旧式に属する改あたご級護衛艦「最上」「三隈」が付いていた。大鳳にはディエゴガルシア島施設の修理を担当した国防軍が誇る擬体化工兵部隊と修理期間を有意義に過ごすために米海兵隊と訓練を行った特殊作戦郡の1個大隊が乗船している。

このような危険な情勢下に於いて第3任務艦隊の護衛対象は、
工廠艦「明石」と間宮級大型補給艦「早埼」であった。

「明石」は基準排水量152,500tに達する国防軍最大の軍艦である。損傷した艦艇の修理を行うべく、作戦遂行に必要不可欠な軍需物資の生産が可能な各種最新鋭の工作機材を搭載した軍艦であった。一部の機材が納入されておらず不完全であったが、それでも海を移動する工場と言っても過言ではない船であろう。

もう一隻の「早埼」は荷役能力が貧弱または破壊された港湾で迅速な揚搭を行うために右舷に巨大なツインクレーン2組と艦載艇10隻を有し、1070TEU(TEUとは20フィートコンテナ1個分)の積載能力に合わせ、自衛隊時代に竣工していた「ましゅう」級と同等の主燃料、航空燃料、真水用を搭載する事が出来た優れた補給艦である。

ただし、第3任務艦隊の艦載機は大きく制限されていた。

制空権と衛星の監視下に置かれている海域を移動するのを理由に、 劣勢に追い込まれている日本本土の防空戦を行うべく、大鳳の艦載機の大多数が日本本土の基地に移動していたのだ。残る艦載機は対潜哨戒用と連絡用を兼ねたUH-60系列と最低限の数に抑えられた多用途戦闘機F-35Hに留まっている。

そして、その編成に間違いは無かった。

案の定、出航2日目で「大鳳」の艦載機が1隻の中国海軍の原潜を撃沈しており、それ以後は艦隊速度の速さもあって中露連合軍の捕捉から逃れていたのだ。

艦隊の旗艦を務める大鳳の戦闘指揮所(CIC)には、艦隊を率いる高野栄治(たかの えいじ)中将が居た。年齢は49歳だが、30代の時に老化因子を抑える処置を受けているため、見た目は30代半ばにしか見えない。大学教授を思わせる風貌をしているだけでなく、その知識の高さと風貌から「教授」と呼ばれている。

高野は小さく呟く。

「常任理事国の傲慢から発した戦争か…
 しかし、好き勝手してきた国同士が今度は争い会うのだから、
 これ以上の皮肉な話は無いだろうな。

 食料供給源を米国に握られている時点で我が国に選択肢などは無いが、
 それを抜きにしても、まともな自国戦略を展開できない時点で米国追従しかあるまい」

政治経済を専攻していた彼は、世界の行く末が心配で仕方が無かった。
平和であってこそ、祖国が栄えるの事をよく知っていたのだ。

「さゆり、近辺状況についての説明を」

高野は軍事AI(人工知能) のさゆり(JPDF AI number 0452-9, Sayuri)を呼び出す。
彼の声に応じて、戦闘指揮所(CIC)の中央卓の端末からホログラム画像で投射された、20代前半の女性士官が浮かび上がる。

彼女がさゆりなのだ。

彼女は単機能型AIではなく、この艦隊を司る多機能型高度AIであり、監察幕僚 広報幕僚 会計幕僚などを兼ねた存在である。自衛隊の時代から人員不足に悩んでいた日本国防軍では高度AI兵力の充実に力を入れて、可能な限りの省力化に努めていたのだ。そして、この艦隊に勤務する擬体の統括者でもあった。

さゆりの擬体も当然存在するが、戦闘航海中は自室にてスリープ状態に置かれている。 その擬体の外見は漆黒のストレートヘアを有する美女と美少女の中間の容姿であり、彼女のきめ細やかな配慮と容姿が相まって艦隊での人気は高い。

擬体、すなわちアンドロイドであり、若手人口の減った日本を支えている労働力の要。 すでに民需や軍用を含めて6000万体が稼動しており、日本国にとっては欠かせない存在。そのうち50万体が国防軍兵士として勤務しているのだ。

また、今回は試験ケースとして指揮官を含む多くの人員が擬体にて運用されている。

「提督、付近に中露軍の姿はありません。
 現段階に於いて、日本海側での作戦行動を重要視していると判断できます」

何かに気がついた"さゆり"は言う。

「待ってください!
 航路前方に嵐と思わしき気象変化を観測!?
 そんな、事前予兆は無かったのに」

「規模は?」

高野が尋ねると"さゆり"は信じられないような表情を浮かべて言う。

「規模、急速に拡大中。
 中心付近の最大風速が45m/sにまで上昇!!
 後125秒で影響圏に到達します」

「原因は不明だが、現実に嵐は発展しつつある。
 総員、三角波に注意しつつ、嵐に備えよ」

高野の声と共に艦隊は嵐に備えるように動き出した。














嵐が収まった後に状況を確認しても、
どういう訳か地球上に溢れかえっていた電波周波数帯が綺麗に無くなっていたのだ。

司令部や政府のみならず民間ネットワークすら接続できない事態に高野は不審に思って、無線で各方面に呼びかけつつ状況を把握するべく無人偵察機を放つ。15分ほどして信じがたい事実が判明したのだ。

太陽系惑星の位置、地形情報、無人偵察機からの映像など、情報と名のつくものは徹底的に調べて判った事は、現時間が西暦1546年3月であることだった。

つまり、グレゴリオ暦に入る前の大昔である。

信じがたい出来事であったが、軍事AIのさゆりは所有する膨大なデータと各方面から得られた情報から、一番高い可能性はそれしかないと断定していた。

「事実は小説よりも奇なり、か…
 だが、このような事態は想定すらしていなかったよ」

「提督、想定している方が異常ですよ」

さゆりの言葉に高野は、それもそうだと言いながら表情で頷く。

「で…各艦艇の状況はどうなっている?」

「此方と同じく、混乱気味のようです。
 また、現在非常事態下につき特例A22条の第1項を適用いたします」

「了解した…」

高野は投げやりに言ったがその頭の中は、今後の行動を考えて忙しく動いていた。 上級司令部との連絡が取れない今、第3任務艦隊において、現地司令官に全兵装使用権限を与える特例A22条の第1項が適用されており、高野はこの艦隊を自由に操る事が出来るのだった。

また、日本国防軍の士官は軍事クーデターを避けるべく、命令系統に忠実に従うように戦術情報過程を睡眠学習で受ける際に、命令遵守の強制暗示が施されているのだ。非人道的に聞こえるが、荒廃した世界で人道主義など空想の産物でしかない。生存が関われば幻想などはたちまち吹き飛ぶ良い例とも言える。

高野の命令は命令遵守の強制暗示によって絶対とも言える影響力があったのだ。
もちろん、将官はそれに相応しい態度をとる様に教育されており、また高野自身もそれを傘にして強権を振るつもりなどは無かった。

統制のとれている国防軍であったが予想外の出来ごとによって大鳳の戦闘指揮所(CIC)はざわめき始めていたが、混乱には繋がっていない。

命令遵守の強制暗示だけでなく、艦隊人員の多くが準高度AIと言われるアンドロイドで占められていた事も混乱を最小限に留めていた要因であろう。

警戒態勢が解除された今の状態の"さゆり"の表情には優しさが戻っており、提督の副官としての立場も兼ね備えている彼女は提督に心配そうに問いかける。彼女の表情には上司に対する敬愛以上の何かが感じられた。

「提督、どの様に致しますか?」

「……このまま呆然としている訳にもいくまい…
 物資の状況はどうなっている?」

高野が補給幕僚でもない"さゆり"に尋ねたのには理由があった。

"さゆり"単体で、訓練幕僚、作戦幕僚、航空幕僚、砲術幕僚、対潜幕僚、掃海幕僚、情報幕僚、通信幕僚、電子幕僚、気象幕僚、監理幕僚、保全幕僚、運用幕僚、船務幕僚、武器体系幕僚、補給幕僚、機関幕僚、整備幕僚、後方幕僚、企画幕僚、計画幕僚、安全幕僚、当直幕僚の合計23に及ぶ幕僚と旗艦の艦長を兼任しているのだ。

「何と戦うかによって変わりますが弾薬に関しては、
 2061年水準の敵性軍隊を基準にして戦闘は4回戦分あります」

「戦闘を行わない場合は?」

「食糧の問題から最大で8ヶ月になります」

「なるほど……
 この大凰は核融合動力艦だから電力の問題は無いが、
 物資面を考えれば余り猶予は無いな」

「如何なさいますか?」

「進路修正、艦隊進路を日本本土に向けよ。
 "さゆり"、至急、会議を開く」

「了解しました!」

高野の声にさゆりは応じた。
こうして大鳳にて今後の方針を採りきめる会議が開かれる事となったのだ。














高野の命令によって大鳳艦内にある提督居住区の会議室兼食堂には、工廠艦の管理責任者を務める艦隊技術幕僚の真田忠道(さなだ ただみち)准将、上陸用実戦部隊として特殊作戦郡を率いる黒江大輝(くろえ だいき)大佐が呼ばれていた。

重要指揮官である大佐以上の階級を有する、主要幹部が集まっている。もちろん高野の副官であり、大佐階級を持つ"さゆり"も自らの擬体にて参加していた。

「以上の事から同じような自然現象に遭遇したとしても、
 元の時代に戻るすべは無いでしょう」

「だろうな。
 そんな現象が頻発したら大変な事態じゃわい。

 しかし、まぁ……嵐に遭遇して過去に軍艦がタイプスリップとは、
 大昔のアメリカ映画のような展開ですなぁ」

高野の言葉に初老の真田が面白そうに言いのける。
優秀だが奇抜な考えが大好きな真田らしい反応と言えよう。
そのまま真田は言葉を続ける。

「で、高野は如何したいのじゃ?」

高野はまとめておいた考えを述べた。

全艦を自沈させて全員が農民に溶け込もうにも、準高度AIの多くが欧米系の容姿をしており、この時代の日本人には対外排斥の風習もあり、その考え自体が困難な事。そのような努力を行うぐらいならば、あの狂った未来世界を繰り返さないように介入していく事こそ最善ではないか、と言う考えであった。

高野の考えを聞かされた真田、黒江、さゆりは心の底から高野の考えに同意する。

核戦争直前とも見える最悪ともいえる世界情勢、無策な政府、そのような時代を経験した彼らの考えは一つに纏まっていたと言えよう。

高野の言葉が続く。

「日本の鉄状況を考慮しつつ、
 我々の戦力を戦国時代の大名に対して持ち込んだらどうなると思いますか?」

「そうじゃなぁ……
 大雑把に言って日本全土の鉄は470トン位かな?
 工廠艦の残された設備があっても鉄資源の入手が無い限り、
 その大半が宝の持ち腐れになるだろう。

 それに、鉱山の開発も時間がかかる。
 だが、その大名は遅かれ早かれ武力で日本統一を成し遂げるじゃて」

「ええ、その通りです」

「だなぁ……で、余程の名君で無い限り、
 自らの大名家の命脈を保つために大陸進出を行うじゃろうなぁ。
 統一する際に増大した武士階級を維持するためには多くの領地が必要だからのう」

真田の言う通り、非生産者の代表格である武士階級の維持には多くの領地が必要だった。そして武勲に応えるためにも領地が必要なのだ。ジリ貧そのものの結果である。

「ええ、日本統一は大賛成ですが大陸進出は百害しかありません。
 だからこそ、不用意に武士階級を増やさない、深慮のある大名を選ぶ必要があります」

高野の警戒は当然であろう。
歴史を知っている高野からすれば大陸進出は愚行を通り越している。

「あー、……一つ良いでしょうか?」

黒江がそう言うと、どうぞと会議進行役の"さゆり"が応じた。

「高野閣下が大名になれば早いのでは?」

「え?」

予想外の内容に思わず高野は言葉に詰まる。

「それじゃ!
 高野が大名になれば全ては解決するぞ」

真田は子供が新しい玩具を見つけたときのように目を輝かながら叫んだ。黒江とさゆりも大賛成と言う表情であった。さゆりは目を潤ませて、誠心誠意に御使えしますとすら言っている。聡明な高野であったが自らが大名に担ぎ出される事など考え付かなかった。思考の硬直ではなく、日本国の無い過去に飛ばされても国防軍の将校としての意識の強さが伺えるであろう。

冷静な高野は問題点を指摘する。

「大名は守護職でなければ就けなかったような……」

「むっ、確かに!
 ワシとした事がぬかったわ」

「なら、諦めて…」

高野に勝るとも劣らぬ頭の回転の速さを有する真田は、
否定の言葉をさえぎる様に次の言葉を出す。

「ならば大名ではなく、国家元首で良いぞい。
 力で立場を勝ち取れば問題はなかろう」

真田の言葉によって高野の立場はより悪化した。

言葉の中に真田に悪意は全く無い。
ただ、純粋に日本民族の行く末を心配していたのだ。

不確定要素の多い大名支援よりも、確定要素が圧倒的に高い高野に期待するのも当然といえよう。現に、有能にして人格者として名高い高野は各政党から政治家としてのオファーが有ったぐらいである。

死中に活を見出したかのように真田の勢いが増す。

「むしろ天啓!
 このまま北上しつつ、房総半島にある新久留里城を攻めるべきですな!!」

新久留里城とは安房一国(房総半島一帯)を支配する里美家の居城である。

「いやぁ……しかし。
 まぁ、大名や国家元首はともかくとして、なぜ、新久留里城を狙うのですか?」

高野は話題を変えるべく真田に質問し、
それに対して質問に応じる事が大好きな真田は嬉々として説明を始めた。

真田が言うには、浦賀水道には豊富な魚介類が存在し、良港も多く艦隊停泊に適している。更には 内房から九十九里浜の先にある鹿島灘に掛けて8箇所の磁鉄鉱の鉱脈がある事と、特殊な地形ゆえに守りやすい事が上げられた。

「なるほど…確かに理にかなっています。
 鉄無くして近代国家の建設は不可能ですからね」

高野は大名や国家元首になる事は納得してなかったが、房総半島を拠点として捉える根拠には納得する。それらを抜きにしても、第3任務艦隊の停泊が可能な場所となれば限られてしまうであろう。

このように真田が瞬時に房総半島の戦略価値を言えたのには訳があった。

彼は都市開発ゲームに没頭する前に海上自衛隊の1個護衛艦隊が戦国時代にタイムスリップして歴史改変を行う仮想小説を書いていた経験があったのだ。

その小説の始まりは、新久留里城に対して対艦ミサイルによる攻撃から始まる過激なものであったが、鉄資源が取れ、適度な僻地であり制圧も容易なことから攻略プランとしては問題ないものと言えよう。もちろん、そのときの小説に使用した知識が生かされているなど、言いたくても言えなかったに違いない。

第3任務艦隊の会議は続く。

時に、織田信長が13歳の時の出来事であった。
そして、日本の歴史が大きく動き出す、最初の一日目でもあったのだ。
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【あとがき】
前々に帝国戦記の掲示板のレスにて書くと宣言しました、
帝国戦記の別バージョンです(笑)

最初は北条氏康や織田信長を支援しようかなぁと思いましたが、武士階級を残したまま近代化は不可能というか、相当な負担なので諦めました。

ただ、極めて有能な武将は貴族になるでしょう(悪)

帝国戦記と同じキャラなので重複する説明が出ると思いますが、初読みの人も考慮しているので、ご容赦ください。また、帝国戦記の合間に書く予定なので更新頻度は高くありません(汗)


【Q & A :大鳳や明石があれば、日本統一は楽勝じゃない?】
この時代にある日本国内の鉄量からして簡単には進みません。

鉄生産に関しては、農具や建造物に使われているもの補充分の鉄しか作られておらず、しかも鉄資源の多くが中国大陸からの輸入と砂鉄からの製鉄なので、製造機材があっても材料面から弾薬補充も簡単じゃないと言うことですね。それに明石の機能も限定されてるし…

意見、ご感想を心よりお待ちしております。

(2010年04月18日)
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