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建国戦記 第14話 『与作』


1540年4月20日

太陽が落ち始めて夕方になる頃に扶桑連邦と北条の国境である武蔵国に続く道に一人の飛脚が走っていた。男性であり年齢は25か26ぐらいだと思われる。身長は180センチになるだろうか、この時代では異様に高い身長を有していた。腹掛けと言われる背中部分は覆わず、紐を首から背中で交差させることによって体に密着させた、大工、火消し、商人などが着用していた衣装を着用している彼だったが、その隙間から凄まじいまでに鍛え抜かれた肉体が目立つ。飛脚らしく扶桑連邦の印が刻まれた、少し大きめな挟み箱を肩にかけている。

彼の名は与作(よさく)という。
長距離を走っていたのに鍛えているのだろうか一切の息切れが見当たらない。
与作は扶桑連邦から尾張国に向けての書状を運ぶために走っていたのだ。

この時代の飛脚は信書、貨物、金銭、為替、など少量だが高額が物資を輸送している。本来は隠して行う仕事であったが、何故か扶桑連邦の彼らは隠すことなく大々的に行っていた。一応は、北条と今川には通行費を払っているので要所に設置された関所を問題なく通過できるようになっていた。本来は国を跨いだ飛脚の移動は難しいはずだったが、膨大な通行料が不可能を可能にしている。通行料は連邦通貨の支払いだったが、扶桑連邦の物資は彼らにとっても垂涎の的だったので問題は発生していない。ただし、地域によっては足軽が野盗と化した集団が出没しているので注意が必要だったが…

与作が扶桑連邦の支配地域から、北条側へと移動して暫くすると人の往来が極端に少なくなっていく。本来ならもっと人の往来が多い場所だったが、昨年から頻繁に凶悪な野盗集団が出現するようになってから人の往来が減って過疎化が進んでいた。そのような危険地帯にもかかわらず与作は顔色を変えることなく進む。無論、必ずしも野盗に遭遇するわけではないが、危険である事には代わりは無いだろう。

左右に森林が広がっていた街道を走る与作の前に武装した6人の男たちが木々の間や草厳から踊り出てくる。与作の背後にも武器を持った4人の男たちが立ち塞がった。武装に統一性は無く、刀、太刀、素槍など入り混じっており、防具を装備しているものも居れば腰布だけの軽装備のものも居た。この地域に出没している野盗の一味である。

「命が惜しければ荷物を置いていけっ!」

野盗を率いる信盛(のぶもり)が乱暴に言い放つ。

血走った目の奥底が野心でギラついていた。扶桑連邦の荷は希少性も相まってとても高く売れる事は商人間の間では周知の事実になっている。野盗も奪った荷を商人に売ることが多く、信盛も例に漏れず取引がある商人から、その情報を入手していたのだ。

扶桑連邦の飛脚がこの地域を通ることがあるという情報も商人を通じて入手している。そして、扶桑連邦の関係者は自分たちを示す標章(国籍マーク)を大々的に掲げているので間違いようが無かった。

故に、信盛は目に前に振って沸いた幸運に心の高ぶりを抑えることができない。

信盛は農民の次男坊であったが、武士になる事を夢見て足軽になったは良いが紆余曲折を経て野盗に落ちぶれた男だ。本来の名前ももっと農民らしい名前だったが、武士になったときに備えて信盛と自称していた。今でも武士になる夢を捨ててはいない。

――積荷を置いて安心しきったら即ぶっ殺してやる。
たまらねぇ…
大金を得たら俺はこんなクソのような生活からおさらばできるぞ!――

信盛は積荷を置いても置かなくても殺す気だったのだ。男性は皆殺し、女性は楽しんでから殺していた。自分の行いである事を隠蔽する意味もあったが、殺人を娯楽として楽しむ下種の中の下種だった。弱者を嬲る事で、信盛は自分の自尊心を満たす屑でもある。

しかし信盛は様子がおかしいことに気が付く。

――…まて、なんでコイツはこんなに落ち着いているんだ!?――

「この地で人々を襲っていたのは貴様たちだな」

与作は10人の男から武器と悪意を向けられているにも関わらず、顔色を変えずに武装した男たちに低い声で高圧的に質問を放つ。その様子は被害を受ける者には見えない。まるで断罪するものだろうか。

「知らんっ。
 死にたくなければさっさと荷物を置けよ」

異様な感じに信盛は苛立つように言い放った。

信盛の言葉を聴いた与作は得心したように肩にかけていた挟み箱をゆっくりと地面に置く。 様子からしてどうにも恐怖に屈した行動には見えない。挟み箱を開けると金属製と思われる手甲を取り出して手に装着した。戦うつもりなのか、予想外の展開に野盗たちの動きが止まる。

「法を破る屑どもを捕捉。
 これより規定に従い執行を開始する」

与作は助命を願うのではなく野賊たち煽るような発言を行う。
その低い声にはまるで獲物を見つけたような嬉しそうな響きがあった。
言い終えるとその直後に"ドッ"と蹴った足が土がめり込む音が出るほどの恐るべき脚力と瞬発力で大地を蹴って最も近くに居た野盗の一人に向かう。

「なっ!?」

構えている刀を掻い潜ると凄まじい勢いで正拳突きを放つと、拳はひねり込みながら男の鳩尾へとめり込む。ボクシングのプロボクサーが放つジャブの速度が時速50キロぐらいだが、与作の拳はジャブでないにもかかわらず、それをやや上回っていた。まるで棍棒を振り回したような音が鳴ったと思うと、殴られた野盗は3メートルほど吹き飛ばされて地面へと倒れこんだ。顔面蒼白の状態で口から血を吐いた後に大きな痙攣を経て、痙攣が小さなものへと移行していく。多数の臓器が破裂した際に生じたショック症状の発症だ。この時代の医療技術の水準では扶桑連邦を除けば直せない絶望的な傷だ。どれ程の力が込められていたのか、拳なのに有り得ない威力に野盗たちに衝撃が走る。

「まずは一つ」

「何をしてるっ
 ヤツは一人だ、ぶっ殺せ!
 あれは扶桑連邦の荷だ、高く売れるぞ、絶好の機会を逃がすなぁ!!」

信盛の力いっぱいの言葉に野盗たちの目の色が変わった。
驚愕や恐怖はもう無い。
欲望に染まった瞳で与作を囲んで武器を振りかざそうと迫っていく。

全方位から迫ってくる野盗を前にしても与作の表情に変化はなかった。迫る素槍を最小限の動きで回避し、同時に迫ってきた刀に対しては体を逸らして難なく回避すると、そのまま肩から刀を持った野盗の胸に密着させるような感じで肘うちを鳩尾に放ち、その直後に裏拳で顔面を殴った。また、素槍は装飾を有さない穂先から石突まで枝のない簡素な槍である。殴られた顔面はまるで大きく振りかざした鈍器で殴られたような陥没が発生する。その時間は僅か1秒だった。

「ぎゃああぁぁああああ!??」

連続して打撃を食らった野盗はこれまでに味わったことの無い激しい痛みから絶叫を上げる。激痛に留まらず度し難い眩暈と吐き気もこみ上げてきた。脳内が占めるのは生命の危険を知らせる苦しい情報だけである。

与作は相手の無力化した相手には構わずに突き出されたままの素槍の柄の部分を素早く掴むと自らのほうに素早く引き寄せた。素槍を握っていた野賊は人間の膂力とは思えない、まるで牛か馬に引っ張られたような力に抗えずに与作の方へと突っ込む形で前のめりになってしまう。与作は素早く正確に野盗の手首を掴んで、別の野盗が振りかざしてきた太刀の軌道へと誘導する。

「へっ!?」

野盗が出来たのは間抜けな声を出すぐらいだった。合気道の達人のような巧みな力の誘導で野盗が気が着いた時には、攻撃者から盾へと立ち位置を代えられていたのだ。思いっきり振りかざされた太刀は急には止まらなかった。仲間である野盗の肩へと当たり、そのまま肉と鎖骨を切り裂いてしまう。手入れが万全でなかったのか切れ味が今ひとつだったが、それでも重症と言える傷である。

加えて太刀がめり込むと同時に、与作は握っていた手首を激しく捻って野盗の肘を破壊し、開放骨折の状態にする。防御と攻撃を同時に行う凄まじい技量だ。太刀に切られた痛みを上回る尋常ではない痛みに人のものとは思えない悲鳴を上げた。開放骨折の傷口は雑菌による感染症を引き起こすリスクが高いので、適切な治療を行わなければ血止めに成功したとしてもやがて死に至るだろう。

「死ねぇ!」

与作の背後から素槍の突きが迫るも体を僅かに動かして回避する。そのまま流れるような動きで素槍を突き出した野盗に接触し、掌底打ちを顎の下から打ち付けた。掌底打ちを食らった野盗は縦軸に一回転半して地面へと崩れ落ちた。彼の顎は砕けており両眼底骨折にもなっている。

「ぬっふっふっ、これで4つ」

与作は低い声で不気味な笑みと共に言い放った。10人の武装した男が、5秒の間で6名まで人数を減らしたのだ。圧倒的な武力よりも恐怖すら感じる言動に野盗たちの戦意は急速に萎えていく。手に持つ武器の先を震わせながら後退りをする野盗も出始めた。

――な、なんなんだ…
こ、こいつ、一体何ものだぁ!?――

異様な展開に信盛の心に先ほどから打って変わってふつふつと恐怖が芽生えてくる。武器を持った男たちを格闘技だけで圧倒する飛脚などは聞いた事も無い。はっきり言って異様な展開である。今までの相手は命乞いをしたり逃亡を図ったりするものばかりであった。信じられないような精神的な負担が脳内に掛かり始めて頭痛が鳴り響いていく。

信盛は逃亡を決断しようとするも、その間に与作は瞬時に野盗の一人に間合いを詰める。与作の突進に対して太刀の突きで迎撃を試みるが現実は儚い。与作は太刀のつきを掻い潜り右手の甲を相手の右手首に当てて外側に受け流す。と、左手で野盗の右腕を掴むと重心をかけて斜め下にかけるて相手の体勢を崩し、左手を背中に押し当てて背後に回りこむ。半回転し自由になった左腕で相手の首を押し込んで受身が出来ない状態にしつつ地面に向けて背中から叩き付けた。これはローコンバットと言われる近接格闘術の一種だ。与作は追い討ちとして左足を上げて、悶絶しながら苦しむ野盗の顔面に叩き付け"ズン"という音を発生させる。容赦が無い蹴撃によって頭蓋骨が深く陥没していた。陥没の具合から生存は絶望的なのが判ってしまう。

これは5人目が攻撃を受けてから0.5秒の間の出来事だった。

「ヒ、ヒィィィィィ!」

野盗の一人が奇声を上げながら逃走を始める。一応は、まだ挟み撃ちになっている状態だったが、半数が瞬く間に致命傷を負わされた事実に野盗の士気は崩壊したのだ。残る者も蜘蛛の子を散らすように我先に逃げ出し始めた。これまで好き勝手してきた野盗たちの顔には強い恐怖が浮かび出ている。信じられない出来事から逃げるように我先に逃げていく。

与作は地面に落ちていた素槍を拾うと後方側に逃げた一人に向かって、そのまま投擲する。まるで投擲種目の競技のように素槍が飛んでいく。飛翔した素槍は50メートル先まで逃げていた野盗の背中に当たり、胆嚢部分を貫通して地面へと突き刺さった。

「ひぎゃあぁああああああ!?!?!?」

即死には至らぬ傷だが直ちに適切な処置を行わなければ失血かショック死に至るであろう傷であるのは確かだ。

与作は挟み箱を拾うと素槍が刺さった野盗には興味すら示さずに、
迷わずに残り4人の野盗が逃げた方向へと走り始めた。

これまでに走りと違ってかなりの速度であり、徹底的に追跡する意思が感じられる。太陽が水平線へと落ち始めて明かりとなるのは月の光ぐらいだったが、与作には野盗たちが逃げた方向が完全に判っていた。視線の先は木々が生い茂る深い森の中に向けられている。このような明かが乏しい状態にも関わらず、与作は街道から外れた道なき道を迷うことなく進んでいく。

「ハァハァ……、
 ここまで来れば…だ、大丈夫だろぉばぁ!?」

肩で息をしていた野盗の首が有り得ない方向で曲がっていた。音も無く木の上から飛び降りてきた与作による攻撃だ。有り得ない現実に野盗たちの思考が一瞬真っ白になる。頚椎に重篤な損傷を受けた男が倒れる様子がひどくゆっくりに見えた。

「ヒィィ、お、追ってきたぞ!!!」

超常現象のような現れ方をした与作に恐怖する。信盛は他の面々と比べて決断力があっただけに咄嗟に逃走を始めたが、残る二人は恐怖のあまり失禁と腰を抜かして動けない。

「助けてくれっ、頼む!」

「ほぉ、お前は命乞いをした相手を助けたのか?」

与作は応じる。一応は相手の言い分を聞いているようだが、全く信じていない様子だ。一歩一歩と近付いて様子が恐怖を煽る。与作は武器は持っていないが、これまでの経験から素手すらも凶悪すぎる武器そのものである事を骨の髄まで理解させられていた彼らにとっては生きた心地がしない。

「助けたぁえ!?」

嘘は良くないな、と与作は断言した。
与作はそいつの頭を右手で握るとそのまま持ち上げて、
万力のような力を容赦なく加えていく。

「アガガガガガァ!?」

地面から両足が離れてもがく野盗は苦痛のあまり暴れていた。抵抗も空しく桃を握り潰す様に指が頭蓋骨へと食い込んだ。バタついていた足が糸が切れた人形のように動きを止めた。与作はこの様な場面で虚言を弄した者には等しく死を与えている。

処理を終えると与作はもう一人の野盗に視線を向けた。
次は自分だと理解させられた男は恐怖によって自由に動かぬ体で這うようにして逃げようと努力するが。無常にも足跡がゆっくりと近付いてくる。

「止めろ、止めてくれぇ!!」

「諦めろ」

最後の望みを一刀両断した与作は野盗に対して断罪を下す。
涙と絶叫をもって助命を願うが与作の決意は揺るがない。
処置を終えた与作は残った一人に向かって走り出した。

信盛は背後から響く絶叫に身を震わせながらも体力が続く限り走り続ける。信盛が諦めないのは隠れ家に近づければ逃げ切れると確信があったのだ。隠れ家は玉川(多摩川)を跨ぐ30メートル程の釣橋の向こう側に存在しており、橋を支える綱は植物のしらくちかずらを加工した綱で作られているので、それを切ってしまえば橋は谷へと落ちる。流石のあの飛脚の外面をした化け物であっても橋がなければ渡ってはこれないだろう。専門的な技術が必要な吊り橋なと違って釣橋は堅牢な主塔などの設備を有していない、割木を綱で繋いだだけの梯子状の物なので作るのも壊すのも比較的簡単だ。

信盛は揺れる釣橋を慎重に渡りきると、
刀を抜いて与作が現れるのを待つ。


「き、来やがれ、化け物が!」

それは仲間の敵討ちの心境ではなく、自分に恐怖を与えた者への復讐からであった。 2分ほどで与作が向こう側に現れ、一切に迷いも出さずに走りかけてくる。釣橋が左右に揺れても体勢を崩さずに走ってくる姿は落下する恐怖すら感じていない異常性すら感じられた。その様子は月の光によって信盛が居る場所からも良く見える。信盛は「化け物めっ」と、叫びながら刀で綱を切り落す。釣橋を支えていた綱が切れたことで与作共々、梯子状に繋がれた板が重力に従って80メートル下の河川へと落ちていく。安心しきったのか、信盛は地面へと座り込む。

「ざまあないな!!!
 こ、これでヤツも追ってこれないだろう。
 日が昇ったら荷物の回収に降り…」

信盛は言葉を止めた。橋が落ちた直後にタン、タンと何かを駆け上がるような音が聞こえてきたからだ。まさかと思う信盛は這うようにして崖の上から覗き込むと信じられないものを目にする。与作が崖の岩肌の各所の突起を驚くべき跳躍を繰り返して登ってきたのだ。上げ馬神事というレベルの領域ではない。助走無しで3メートルほどの高さを跳躍するなど、人間業とは思えないというか人間には行えない所業だ。与作はそれを繰り返して与助は信盛の前に、ドンという音と共に降り立つ。土煙が舞い、衝撃が響く。

「待たせたなぁ」

「ひぃっ!!!  来るなぁぁぁ!!」

信盛は条件反射で刀を振るうも与作は難なく回避して、そのまま喉を握ると容赦なく頸動脈共々喉を握り潰した。信盛は激しく悶えてやがて動かなくなる。

「執行対象は全て沈黙。
 これより通常状態へと復帰する」

与作はそう言い放つと尾張国の方向に向かって走り出していった。与作は人間ではなく真田が高度戦術擬体の余剰パーツを元に有機物的な要素を持たせたケイ素系細胞で肉付けされた戦闘兵器だったので超人的な性能(能力)を有しているのも当然である。野盗の言い逃れは声紋・行動分析で看破していた。

彼は開発コードとして自立型戦術人型ユニット4型が与えられたモデルであり、
扶桑連邦成立後に既存の高度戦術擬体の簡略型として設計されたものだ。
兄弟機として与作とは幾つかが存在している。

与作は治安維持の一環として法を守らぬ凶悪犯罪者を誘い込んで処理するのと、飛脚による陸上連絡網が機能していると信秀に思わせるのが目的だ。生身の人員を投入しなかったのは、遠距離を徒歩で行かなければならない点に加えて、野盗や他の勢力の間者や刺客などから狙われる危険性があった点が大きい。野盗退治だけならKUB-UAVのようなドローンを投入すれば簡単だったが、この時代に溶け込める自立型戦術人型ユニット4型が選ばれていた。 また、与作は自我は有していなかったが人間らしく振舞う機能は有しており、真田の趣味もあって情状酌量の余地がない悪党に対しては恐怖を煽るような演出で処断するようになっている。現在、尾張国への飛脚として活用しているのは観戦武官の勝家と秀隆が信秀と連絡を取ることが主要だったが。

罠として機能するように、挟み箱には観戦武官からの書簡に加えて高額貨幣や高額商品を入れており、その情報それとなく情報を流してすらいた。悪意を持って与作たちを襲おうとする者は当面は減らなかったが、悪意を持って彼を襲う者は全て討ち取られていくので、与作が通る先々は自然と凶悪な賊が減っていき治安が回復していくことになる。
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【あとがき】
与作は特殊作戦群の擬体よりは性能は劣りますが、
珪素ベースなので防御力は高くなっていますw

意見、ご感想を心よりお待ちしております。

(2019年03月10日)
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